PandoraPartyProject

シナリオ詳細

捕らわれのマリカ・ハウ。或いは、幻想種についてのある珍妙なる考察…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ただ唯一の純粋な願い
 金が欲しい。
 ただそれだけの、純粋な欲望を叶えるためだけに組織された集団である。
「幻想種って、きっと宝石を排泄すると思うのよね」
 そう言ったのは、割れた眼鏡をかけた瘦せぎすの女性であった。
 彼女の名はドン・ボロウ。幻想を拠点に活動する犯罪結社(自称)“ボロウ一味”のリーダーである。
「お頭? 大丈夫ですかい? その……」
 毛布を着込んだ小柄な男が、自分の頭を指差して問うた。
 震えているのは、寒さのせいか、それともボロウの言動を危ぶんでのことか。
 何しろここは、隙間風の吹き込むあばら家の一室。火を起すための薪なども無いし、そもそも暖炉にはキノコが生えている始末。長く使っていないのだ。暖炉に火を入れられないぐらい、ボロウ一味には金が無かった。
「だって、そうじゃなきゃ説明が付かないだろ? 容姿端麗、眉目秀麗、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってな具合の種族だ。きっと宝石を排出するに決まってる」
「お頭、そいつぁちょっと気持ち悪くねぇですかい?」
 ボロウの言葉に大男が首を傾げた。
 先に口を挟んだ小男と合わせて、ボロウ一味の両翼である。
 ボロウを含めた以上3名が、ボロウ一味の総員であった。
「どうするよ? お頭、いよいよ脳味噌が回ってねぇぜ?」
「ここんとこ、満足に食えてねぇからな。こりゃ、ボロウ一味もいよいよ終わりか」
「そもそも1度だって始まっちゃいねぇが」
 ひそひそと声を潜めて2人が言葉を交わしている。
 その間もボロウは、虚空に向かって独り言をつぶやき続けていた。やれ、何を喰ってるかによって宝石のグレードが変わるだの、耳が長いほどいい宝石を排出するだのと、とてもじゃないが正気であるとは思えない。
「しかし、お頭……何か根拠でも? 根拠も無しに幻想種に手ぇ出しちゃ、俺ら地獄の果てまで追いかけ回されますぜ?」
「連中、なかなかえげつねぇって話も聞くしな。なんだっけ? 木の枝1本へし折ったら、腕の骨1本をへし折ることでで贖わせるとかなんとか」
 子分2人がボロウの独り言を止めた。
 ピタリ、と言葉を止めたボロウは、次の瞬間、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
「それなんだが……実は1匹、既にとっ捕まえてんのさ。宝石の詰まった箱を抱えた幻想種をね!」

●危うし! マリカちゃん!
 マリカ・ハウ (p3p009233)が捕まった。
 その一報がイレギュラーズを戦慄させる。
「おいおい、どこの命知らずだ……ひでぇことになるぞ」
 クウハ (p3p010695)が顔色を悪くする。
 どこの誰か知らないが、どうやら世の中には“命の大切さ”を理解していない者がいるらしい。
「血の海……並べられた首……引きずり出された臓物……お友達……あわわわわわわ」
 古野 萌乃 (p3p008297)は、頭を抱えて震えていた。
 いずれ訪れる残酷な未来を思うと、涙が溢れそうになる。
「おいら、助けに行くよ。あまりにも……可哀そうだ」
「場所は郊外の古いあばら家でしたか。どこに捕まっているんでしょう? 地下に牢獄でもあるのかもしれません」
 回避できる惨劇など、回避した方がいいに決まっている。フーガ・リリオ (p3p010595)とハンナ・フォン・ルーデル (p3p010234)はさっそく地図を手に取って、マリカの捕まっている場所……つまり、惨劇予定地を調べていた。
 場所は幻想のとある街。
 郊外にある鬱蒼とした森の中。一軒のあばら家が、ボロウ一味のアジトである。
 古くは“魔女の住む森”と言われ、恐れられていた場所だ。
 少々、迷いやすい以外は障害になりそうな要素はない。ついでに言うなら、貴重な薬草や、珍しい生き物なども生息しておらず、人が立ち入ることも無い。
 つまり、人が歩けるような道は無い。
 マリカが“何か酷いこと”を行うにあたって、これほど都合の良い場所は無かった。
「いや、しかし……マリカ嬢は以前までの彼女と少し違っているのではなかったか?」
 少しの間、考え込んでいた武器商人 (p3p001107)がポツリと小さな声を零した。
 幾らか前から、マリカの様子は以前までと大きく変わっていたことを思い出したのである。変わったのは性格か、それとも在り方そのものか。
 ともかく、このように大人しくボロウ一味に捕まっているなど、いかにも“マリカらしく”無いではないか。
「……どちらにせよ、放置は出来ないか。そう時間はないかも知れないし、ここにいるメンバーだけで助けに行こう」

GMコメント

●ミッション
マリカおよび宝石箱を回収する

●エネミー
・ボロウ一味
ドン・ボロウを頭目とした3人組の犯罪結社(自称)
幻想全土を股にかけ、あまたの悪行に手を染める(予定)
ドン・ボロウの他、小柄な男性と大柄な男性の2人がいる。
その目的は「金」である。
今回「幻想種の排泄物は宝石に違いない」というドン・ボロウの思い込みにより、一般通過マリカを誘拐し、地下牢獄へと監禁している。
どうやら、マリカの元にせっせと食糧を運び込んでいるようだが……?

●フィールド
ドン・ボロウが用意した幻想のあばら家。
郊外の薄暗く、資源の少ない森の中央付近に存在している。
外から見た感じは、2部屋ぐらいしかなさそうなオンボロ家屋だが、地下には大きな牢獄がある。牢獄の辺りは異様に複雑な造りになっており、さながら迷宮のようである。
ボロウ一味が罠などを仕掛けている可能性がある。

●その他
・マリカ・ハウ (p3p009233)さんは地下牢獄からのスタートとなります。
※相談は、心の声でご参加いただけますと幸いです。

・作戦決行の時間帯は【昼】か【夜】からお選びください。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります

  • 捕らわれのマリカ・ハウ。或いは、幻想種についてのある珍妙なる考察…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2024年01月07日 22時10分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
※参加確定済み※
古野 萌乃(p3p008297)
名状し難い軟泥状のもの
※参加確定済み※
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
※参加確定済み※
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王
※参加確定済み※
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊
※参加確定済み※
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
※参加確定済み※

リプレイ

●マリカ・ハウの近況
「これも食わないのかい? そろそろ腹も空いただろ?」
 『死霊術師』マリカ・ハウ(p3p009233)の前に置かれたのは、さらに乗ったタンドリーチキンだ。わざわざ温め直したのか、香ばしい湯気を立ち昇らせている。
 マリカは無言のまま、タンドリーチキンから視線を逸らした。
「はぁ……これも食わないか。もしかして幻想種は肉食わないとかあるのかい? 温野菜とかの方がいい?」
 マリカとチキンを見比べて、ドン・ボロウはため息を零す。
 押さえた腹部が、きゅるる、と鳴いた。ドン・ボロウの部下2人は、今にも涎を垂らしそうな勢いでチキンの方を凝視していた。
 ドン・ボロウたちは貧乏だ。彼女たちだって、もう数日は満足に食事を摂れていないのだ。
 そんな状況にありながら、なぜマリカにだけ食事を摂らせようとしているのか。
「お頭、やっぱり幻想種は宝石を排泄するなんて話、与太じゃないっすか?」
「お黙り。じゃあそこの箱につまった宝石は、一体なんだって言うんだい!」
 幻想種は宝石を排泄する。
 ドン・ボロウのそんな勘違いが、すべての発端であり、原因である。

 同時刻。
 ドン・ボロウ一味のアジトである森の奥の小さな小屋。
 その近くまで、数人のイレギュラーズは進行を成功させていた。
 昼間であれど暗い森。
 人の近寄らぬ、鬱蒼とした森である。
「マリカに手を出しやがるとは良い度胸してやがるじゃねェか」
「TKRy・Ry……! まさかこのようなことになろうとはな!」
「マリカって子は直接会ったことがないけど、クウハ達の大事な人なんだろ。ボロウ一味が無抵抗な子に『妙な事』をしていたら、流石のおいらも許せない」
「然り! ドン・ボロウにはマリカの研究について聞きたいことが沢山あるからな! 絞って懲らしめて吐き出させるのだ!」
 イレギュラーズの数は5人。
 声を上げた彼……『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)も、『名状し難い軟泥状のもの』古野 萌乃(p3p008297)も、『世界で一番幸せな旦那さん』フーガ・リリオ(p3p010595)も、誰もが憤っていた。
 静かな怒気を腹の奥に滾らせながら、森を進む一団はまるで地獄からの使者か何かのようである。
「何というか……何というか……人間追い詰められると思考が明後日の方向にすっ飛んでいくのでしょうね」
 怒れる一団に強襲されることになる、ドン・ボロウ一味に対して憐憫の情を抱かずにはいられない。
『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)はボロウ一味の愚かさについて、滾々と説いてやりたい気持ちであった。
 それはそれとして、同情する気にはなれないが。
「まあ、人のモノを勝手に持っていったら泥棒だし、我(アタシ)の猫が彼らを殺そうとしても文句は言えないだろうさ」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)の言う通り、今回の一件、一から十までボロウ一味の自業自得であるからだ。
「拐われたのが死霊術師の娘じゃなければ我(アタシ)も職を斡旋するくらいの手助けはできたかもしれないんだけどねぇ、カワイソウに」
 可哀そうに、と。
 そう呟いているけれど、武器商人の口元にはうっすらとした笑みが浮かんでいる。
 ハンナはそのことに気が付いた。
 気が付いたが、結局、何も言わないままに、黙々と森を進むのだった。

●誰かにとっての災難
「あれか。周囲に罠とかは無いみたいだけど……犯罪結社のアジトにしちゃ、ちょっと拍子抜け過ぎないかい?」
「まぁ、3人しかいないそうだから……さて、とりあえず血の匂いなんかはしないねぇ」
 フーガと武器商人が、薄暗い森の中を見回す。
 近くには獣の気配も、人の気配も、罠の気配も存在しない。しばらくそうしていたが、やがて武器商人が自分の足元へ視線を落とした。
 マリカが捕らわれている場所は、地下にあるという牢獄で間違いないのだろう。
「前なら然程心配も必要なかったろうが……マリカに妙な事してやがったらブチ殺す」
「しかし、しかし! 幻想種が宝石を排泄するという説は極めて興味深い、故に可愛い事案なのだ! 我々はなる早で検体……いやマリカと宝石の回収に向かわねばならない!」
「……いや、萌乃よぉ」
「あぁ、もちろん! 宝石箱の中身は無論マリカの【自主規制】であろう!!!」
「まぁ、手ぇ貸してくれるならなんでもいいが」
 クウハと萌乃が小屋の方へ近づいていく。
 地上に敵の姿が無いと分かったのなら、地下牢獄へと早々に向かうべきだからだ。
 だが、前へ出ようとした2人の肩をハンナが掴む。
「待ってください。誰か出てきます」
 ハンナが視線を向ける先、小屋の扉がゆっくりと開く。

 マリカの『お友達』が憤っていた。
 無言でそれを制止しながら、マリカは視線を天井へ向ける。
「……?」
 何かしら音や気配がしたわけではない。
 そもそも、音や気配を察知できるほど、地下牢獄の天井は薄くなかった。だが、マリカはなぜか“良く知る誰か”の存在を、近くに感じたのである。
「うん? どうかしたのかい?」
 マリカの様子に違和感を覚えたのか、ドン・ボロウはそう問うた。
 少々、思考の方向が明後日に向いている風だが、一応は犯罪結社(自称)の頭目である。
 観察眼は鋭く、勘もいい。
 無言のまま、何かを思案しているドン・ボロウを見て、マリカは彼女の評価を上方へと修正した。
「……様子を見て来な」
 顎をしゃくって、大柄な部下へと指示を出す。
「っす。了解っす」
 さっきまで、腹を空かせた情けない顔をしていた男だが、ドン・ボロウの命令を聞いた途端に顔つきが変わる。
 空腹も、疲労も感じさせぬ、精悍な顔つきに。
 肩で風を切り、部屋を出ていく大男の背は、まさしく勇敢な戦士のそれであった。

 小屋から出て来たのは、顔に傷のある大柄な男だ。
 その背丈は2メートルを少し超えたぐらいだろうか。扉を潜るのにも、頭をかがめているほどだ。
 足は短く、腕は太く長い。ゴリラのような上半身に比べれば、腰から下は小さく見える。
 だが、違うのだ。
 決して細いわけではない。必要なだけの筋肉が、ぎっしりと詰まった頑強な脚だ。
「なんだ? トイレか何かか?」
「いえ、フーガさん。何か様子が……」
 ハンナが異変に気が付いた。
 大男は、すぅと肺いっぱいに空気を吸い込むと、顔を足元の地面に向けた。
 次の瞬間、彼は足元へ向けて怒鳴りつける。
「お客さんだぁ!! 誰か来てるぞぉぉぉおおおおおおお!!」

「っ!? バレてる? なんで……?」
「逃げられては厄介です。ここは私に任せて、皆さんは地下へ」
 耳を押さえて、フーガが困惑の声をあげる。
 潜伏している痕跡などは、まったく残していなかったはずだ。だが、大男には見つかっている。何かの索敵能力か、それとも別の要素によるものか。
 とにかく、後手に回ったことは確かである。
 ハンナが懐に手を入れながら、茂みから跳び出していく。
「お……?」
 大男の目が、ハンナを向いた。
 その目は驚いたように丸く見開かれている。
「本当にいやがったよ」
「……なんですって?」
 ハンナが懐から取り出したのは閃光手榴弾である。ピンを引き抜き、大男に向け投擲する。
 大男が両腕で顔を庇うのと、閃光が辺りを真白に染めるのは同時であった。
「バレてたわけじゃないんだ! いつもこうやって叫んでるんだ、こいつ!」
(ここはおいらたちが請け負った!)
 叫ぶと同時に、フーガは心の声をクウハへと届ける。
「ちくしょう! 何しやがった!」
 閃光弾で目を焼かれた大男が、がむしゃらに太い両腕を振り回す。
 ぶぉん、と空気の唸る音がした。直撃を受ければ、骨ぐらいは折れるだろうか。そして、暴れている場所が悪かった。大男は、その大きな身体の全部を使って小屋の入り口を塞いでいる。
 銃を構えるハンナを追い越し、フーガが駆けた。
「う……ぐ」
 振り回される大男の拳を側頭部に受けながらも、大男の腰にしがみ付く。耳が潰れて、血が零れた。衝撃で鼓膜が破れたのかもしれない。
「この程度、なんだってんだ!」
 フーガの頭部で、淡い燐光が弾けて散った。
 治癒の魔術だ。側頭部に受けたダメージを治療しながら、フーガは大男の膝に腕を回して抱え上げる。
タックルを受けた大男が姿勢を崩して、地面に倒れた。
「ぬぉっ! もう1人いたのか!」
「あぁ、おいらが本命だよっ!」
 目が見えていない大男は、クウハたちに気が付いていない。
 フーガと大男が殴り合いをしている後ろを、残る4人が通過していく。

 大男の叫ぶ声が地下牢獄に轟いた。
 最初は何のリアクションも示さなかったドン・ボロウと小男だが、数秒後にはその表情を強張らせた。
「訂正が無い。お前、武器を持っておいで!」
「頭、もう用意してやす! 俺ぁ、お先に行ってきますんで、ここは頼んます!」
 ドン・ボロウに曲刀を投げ渡しながら、小男が部屋を駆け出して行く。
「……死ぬつもりですか?」
「お? やっと喋ったね。まぁ、悪党だ……死ぬ時ぁ、死ぬのさ」
 マリアの問いに、ドン・ボロウは少し寂しそうな笑みを浮かべて答えた。

 ドロップキックが小男の顔面に突き刺さる。
「TKRy・Ry……!!」
「いっ……てぇ!?」
 狭い通路を転がって、小男は壁に背中をぶつけた。
 だが、受け身を取るのが上手いのか、小男が動きを止めていたのはほんの一瞬。
 衝撃と痛みに目を白黒させながら、手にした短剣を投擲する。
「っと! 割と当てて来るな!?」
「当たったところで、どうってことは無いけどねぇ」
 短剣はまっすぐクウハの頭部目掛けて飛んだ。だが、刃がクウハを裂くことは無い。武器商人が、腕を掲げて短剣を弾いたからだ。
「鉄板でも仕込んでんのか!」
 舌打ちを零し、小男は腰に下げていたナイフを引き抜いた。
 小男がナイフを投擲した瞬間、バチ、とけたたましい雷音が鳴り響く。
 萌乃の放った雷光の魔弾が、ナイフを空中で撃ち落としたのだ。
 と、同時に萌乃が駆け出して、小男目掛けて殴りかかった。
「うぉっ! ガキだと!?」
「お前らの企みは分かってるんだ! ボコボコにしてから縛り上げて……知ってること全部、吐いてもらうぞ!」
 薄汚れた牢獄の床を、縺れ合うようにして小男と萌乃が転がっていく。
 肉と殴る音が聞こえて、暗い廊下に血が飛び散った。
 果たしてその血は、小男の萌乃、どちらのものか……。

 森の奥の小屋にアジトを構て、数年になる。
 その間、1度たりとも誰かが近づいて来ることは無かった。資源に乏しい、こう言ってはなんだがまったく魅力の無い森なのだから当然だ。
 だからと言って、ドン。ボロウは警戒を怠ってはいなかった。今まで大丈夫だからといって、これから先も大丈夫である保証などまったく無いからだ。
 だから、何者かたちが侵入して来たことに対しても「あぁ、来たか」という程度のことしか思わなかった。小男の悲鳴が聞こえた時には、既に「侵入者は相当に腕が立つのだろう」と覚悟を決めてさえいた。
「あんた、隠れときな。巻き込まれると事だからね」
 ドン・ボロウは木箱を動かし、マリカの前に簡易のバリケードを造る。
 それから曲刀を高く構えて、扉の影に身を隠した。
 それから数秒。
 扉の影から、誰かが顔を覗かせる。
「くらいな……っ!」
 容赦呵責の無い斬撃が、まっすぐに誰かへ振り下ろされた。
 けれど、しかし……。
「躊躇いが無いね。追い詰められた鼠の心境かな?」
「……なっ」
 ボロウの斬撃は、しかし白い皮膚を僅かに裂いたに終わった。
 よく研がれた刃を、武器商人が素手でつかみ取る。手の平が裂けて、銀の刃を血が伝う。
 剣を引くことも、押すことも出来ない。
「……本当に人かい、あんた?」
「さぁ? ご覧の通りだよ」
 くっくと肩を揺らして嗤う武器商人の背後から、怒気に染まった瞳が覗く。
「よぉ。俺の気に入りを攫うとは余程死にたいらしいな。クズどもが」
 クウハである。
 武器商人の横を抜け、ドン・ボロウの眼前へと歩を進めた。
 怒りに染まった壮絶な眼差しを、至近距離からドン・ボロウへと向ける。低く、唸るような声で、クウハは言った。
「だが、俺様は寛容だ。素直にマリカを解放して情報を洗いざらい吐くってんなら命は助けてやらなくもないぜ?」
 一瞬の静寂。
 刹那、ドン・ボロウは動いた。
 剣を身体ごと後方へ引きながら、武器商人の腹部を強かに蹴り飛ばしたのだ。その頬には冷や汗が流れている。顔色は恐怖で青く染まっている。
 だが、彼女は動いた。
「おや……まぁ」
 武器商人の手の平が裂け、白い骨が覗いた。
 飛び散る鮮血と、深く裂かれた自分の手を愉快そうに眺めると、武器商人はにぃと口角を上げる。
「命なんざ、捨てる覚悟で悪党やってんだ、こっちは!」
「なるほど。引き寄せるのはお願いね、我(アタシ)の可愛い猫」
「おう。いい女が貧相な格好で悪党家業とは涙がでるな? これも縁だ、俺の女にならねェか?」
「馬鹿にしてんじゃねぇぞ! チャラ男ぉぉ!!」
 クウハの煽りに、ドン・ボロウは激怒した。
 唾を飛ばしながら絶叫すると、大上段から曲刀を振り下ろす。剣を扱う技能はさほど高くない。だが、怒りが、気迫が、不足している技術を十全にカバーした。
 とはいえ、しかし……。
 所詮は飢えた貧乏悪党……武器商人とクウハを相手に戦い抜くには、どうしても実力が足りない。

●マリカの救出
 ぞくり、と背筋を悪寒が走る。
 全身の毛穴から、冷たい汗が溢れ出した。血の気が下がる感覚。首元に死神の鎌を突き付けられたかのような錯覚。
 そして、激痛。
 足首を貫く影……まるで蔦のように蠢く影の茨が血に濡れている。骨が抉られ、筋肉が裂けた。激痛に耐えかね、ボロウの口から悲鳴が零れる。
 けれど、膝は付かなかった。
 死を前にして、最後まで立っていることを選んだ。
 ドン・ボロウは戦って死ぬことを選んだ。
 負け犬のような人生の最後を、地べたを這いずるような惨めな生涯を思えば。
 最後の瞬間に立っていられるのなら上等だ。
「そうかい。じゃあ、死ねよ……正直なとこ、最近暴れ足りねェんだよな」
 手にした曲刀が宙を舞う。
 影が閃いたように見えた。だが、違う。それはクウハの操る黒い大鎌であった。
 刃が薄暗がりを斬り裂いた。
 次の瞬間、それはドン・ボロウの首を斬り落とすのだろう。
 苦しまずに死ねそうだ。
 なんて……。
 生を諦めた、その時だ。
「誰一人、誰にも殺させない」
 マリカの操る大鎌が、クウハの鎌を止めたのだった。

 因果応報。
 自身の置かれた状況を、マリカ・ハウは受け入れていた。
 このままドン・ボロウたちに殺されても仕方が無い。
 野垂れ死にこそが当然の結末。
(ここで辱めを受けて朽ち果てるのもお似合いの結末かもしれない)
 だから、抗うことはしなかった。
 クウハたちが助けに来たことに気付いても、大きく感情が揺れるようなことも無かった。
「馬鹿にしてんじゃねぇぞ! チャラ男ぉぉ!!」
 ドン・ボロウの怒鳴り声。
 彼女はきっと、怒れるクウハに斬り殺されるだろう。
 そのことだけが、気にかかる。
(自分の罪を背負うことは出来ても、自分の為に手を汚した人に償う方法はない)
 自分のために、ドン・ボロウが死ぬことだけが許容できない。
 それだけは絶対に許せない。
 だから、マリカは拘束を解いて、鎌を手にした。
 低く、速く、駆け抜けた。
「誰一人、誰にも殺させない」
 そう言って。
 マリカは鎌を一閃させた。

「これで良かったのでしょうか?」
 ハンナの呟いた声を聞いて、フーガと武器商人は肩を竦める。
「まぁ……おいらも思うところはあるけどさ」
「誘拐された本人が、放置でいいと言っているからねぇ」
 そう言って武器商人は、視線をマリカとクウハへ向ける。
 
 ドン・ボロウ一味は、森奥のアジトに置いて来た。
 大男と小男はしばらく動けないほどの傷を負っているが、命に別状はない。ドン・ボロウにしても、足の怪我は軽くない。
 納得のいっていなさそうなクウハだが、マリカが無傷であったこともあり、3人の命を取らずに済ませることを承諾したようだ。
 無言のまま歩くマリカを気にしつつ、クウハは萌乃と適当な言葉を交わしているようだ。
「TKRy……!? 旅人は黄金を排出する……だと? なんとっ……そんな事実があるとは……! え、いや待って、は?」
「おぉ、幻想種が宝石が産むなら旅人が黄金を産んでもおかしくねェよな? 特に頭の良い奴からは極上の純金が生まれる筈だ」
「いや、あるいは有り得るのか……? そうか……我も今初めて知ったのだ。我々もマリカと近い道を歩まねばな! この劇薬はマリカの為に持ち込んだものだが、後で我も服用するとするか! まっ、この我からは純金が出るのは分かりきっているが!」
 会話の内容を一から十まで聴き取って、フーガは顔色を悪くする。
 せっかくマリカを無事に救助したというのに、更なる惨劇が幕を開けようとしていたからだ。


成否

成功

MVP

武器商人(p3p001107)
闇之雲

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
無事にマリカさんは救助されました。
依頼は成功となります。
ドン・ボロウの部下たちは「幻想種は宝石を排泄する」という話を端から信じていなかったようです。
それでも、ドン・ボロウに従おうと決めた理由があったのでしょう。

この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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