シナリオ詳細
再現性東京202X:夜に輝く金色の
オープニング
●金髪ツインテールゴスロリ地雷系……おじさん……!
牧田権蔵。五十五歳。
趣味は釣り。高い背丈に広い肩幅。白髪は地毛。
厳格な性格だと部下からは言われている。あだ名は『ゴンちゃん』。五十五にもなると誰もこの愛称では呼んでくれなくなった。
そんなゴンちゃん、目下の悩みというものがある。
「だから、止めなさいと言っているだろう!」
「五月蠅い! お店で大きい声出さないでよ!」
父子家庭で娘と一緒に一階建ての平屋暮らし。他に家族は居ない。
娘の名前は牧田香奈。今年の夏に十九になった。昔は可愛いものだった。
そんな香奈は今や平然と父に反抗している。
ここ数年くらいはこんな感じだ。
最近はそれに輪を掛けて、ほんの数年前まで清楚だった娘の服装はゴスロリ……? だとかいう物に変わっている。髪は明るすぎる金髪のツインテール。目に異常が有る訳でも無いのに右目には眼帯ガーゼ。
「とにかく! アタシが何処行こうと勝手でしょ!?」
加奈はそう言い切ると、父親の反論も聞かずにレストランを後にしてしまった。
権蔵の口から溜め息が出る。
こんな事なら、もう少しでも仕事より娘を優先しておくべきだった。
「なぁ……どう思う?」
権蔵は項垂れた背中のまま、テーブルを挟んだ空の席に問い掛けた。
すると、その空の席から……正確に言えば、ファミリー席の向こう側から返って来る声が一つ。
「どう、ね。オレにはただの親子喧嘩にしか見えなかったけど」
「茶化すな」
「茶化してない。大体お前、会社でも娘さんの話をした事無いだろ。同僚のオレですら聞いた事ない」
それで、とその同僚は言葉を続ける。
「娘さんの夜遊びを止めたいんだっけ」
「夜遊び自体は良いんだ。香奈も……まぁ、それなりの年頃だし、俺も……まぁ、それなりに丸くはなった」
何処が、と普段の権蔵の様子を知る同僚は肩を竦める。権蔵は構わず続けた。
「だが! これはどうだ! 如何にもな店じゃないか!」
権蔵がテーブルの上に一枚の紙を叩きつける。宣伝用の広告チラシ。派手な色で装飾された紙はそう見える。
「どれ……あぁ、最近良く在る何とか喫茶ってヤツじゃないか。オレも行った事あるぞ」
更に深く読み込んでみる。そのチラシには以下のような一文が書かれていた。
『当店、金髪、ツインテール、ゴスロリ服、以外の方の入店はお断りしております』
容姿の指定。同僚はそれに眉をひそめる。確かに、珍しいと言えば珍しい。
店名の『執事&メイド喫茶・グッドポイズン』というのも引っ掛かる。どっちだ。
「……まぁ、どうしても気になるんなら」
眉をひそめたまま、同僚は朧気に開いた口を動かした。
「中を調べてみると良いんじゃないか?」
「しかし、俺はこんな格好では……」
「知ってるよ。だから、その格好をした……」
瞬間、権蔵の瞳が勢い良く開かれる。
「そうかッ!」
「人に、だな……」
同僚が何かを言い切る前に、権蔵は会計を済ませてレストランを飛び出して行った。
約三十分。いや一時間は待たされたろうか。
そして現れたのが。
「こういう事だな!?」
金髪。ツインテール。ゴスロリ服。
……の、おっさん。牧田権蔵、五十五歳。
(違うと思うぞ)
の言葉が出せなかったのは、権蔵の眼が真剣だからである。本気なのだ。
同僚はチラシの内容を思い出す。『当店、金髪、ツインテール、ゴスロリ服、以外の方の入店はお断りしております』。
確かに。確かに良く見てみれば性別に関しては記載されていない。穴を突いたと言えばそれまでだろう。
「まぁ……せめて、誰かに相談くらいはしといた方が良い。お前に何か遭った時の為とかな……」
「あぁ、そうだな。後は乗り込んだ時に相手がどう出てくるか……」
鋭い眼光で机に肘を立てるツインテールのおっさんは、席を立つと悠々と再びの会計に向かって行った。
「……『その格好をした人』とかに頼んでみれば良いんじゃないかって、言おうとしたんだがな……」
肩幅の広いゴスロリ衣装を遠目に、同僚は半ば呆然とそれを見送る。
「……伝えるって難しいもんだ」
●大変だね、何処もさ。
「いつ、どの時代でもその時を享受出来ない者は一定数居るものだ。最もたる場所が此処かもな」
校長室の机にふてぶてしくも腰を落として、全身を紫のスーツに包んだ男は持っていたショットグラスを机へ置いた。
「そうだ。今回お前達に与えられる任務はとある同じ学生集団だ。そいつらは、今現在に立ち向かうよりここでの生活を受け入れている。悪いとは言わんがね。むしろ、怠惰に生きるだけなら賛同だ」
同じ学生集団。希望ヶ浜学園の雇われ校長である黄泉崎・ミコト(p3n000170)はそう言ったが、それはイレギュラーズ達の事に当たる。
破滅を受け入れているとまでは言わない。だが、もうそちらの情勢に興味を向けるよりも、この世界での生活を享受しきっていると言えるだろうか。
その種族は『旅人(ウォーカー)』、パッと見は人間種にも見える。服装や髪型で上手く隠してはいるが、八重歯のような牙は鋭くコスプレに見せかけた尻尾と小さな羽が生えている者も居る。全員に共通しているのは眼が赤いという事。
学園側は、通常の人間というより吸血鬼の種類なのだろうと判断した。
吸血鬼達は再現性の街で喫茶店を開き、そこで独自の経営をしているらしい。
「だが、やり方が良くない」
校長、ミコトは言い切った。
「特定の人物を店内に引き込み、金品を奪っている。時にはその血も、死にはしない程度にな」
奪われた者は、目覚めた後に記憶を失くしているらしい。
その理由は店内の料理に有るだろう、とミコトは言う。
そしてもう一度行く。もう一度奪われる。
では、何故これが発覚したのか。
ミコトはその理由を呼ぶために、外に待機させていた人物に対して両手を叩いて合図した。
「失礼する!」
そこに現れた、金髪ツインテールにゴスロリ服のおじさん。
武者か、お前は。と言わんばかりの声と共に、大股で室内に入って来た。ミニスカートが裂けそうだ。
「……こちらの娘が件の店に出入りしているらしい。その相談が情報屋伝いに俺のところまで回ってきた、という訳だ」
おじさん、権蔵の様子を見るに、夜妖だ何だのとは伝えられていないのだろう。イレギュラーズでも何でもない一般人に対してなら仕方の無い事。
飽くまで『怪しい店の調査』という名目だという事だ。
「もう解っていると思うが、依頼はこの者と件の店の調査、だ……どういう意味か、解るな?」
名目上の調査。そして先程のミコトの言葉。
つまり、目的はその店の従業員を力づくで黙らせてしまう事。
「あぁ、待て。中に潜入する必要が有る時に、重要な注意点が有るんだった」
そう言いながら、ミコトはチラシを取り出す。権蔵が持って来た物だろう。
『執事&メイド喫茶・グッドポイズン。当店、金髪、ツインテール、ゴスロリ服、以外の方の入店はお断りしております』
あぁ、だからか……? とイレギュラーズ達は何人か権蔵の服を横目に見た。
ミコトは、そんなイレギュラーズを見るとショットグラスに新たな金色の雫を注ぎ、一言付け加える。
「今のこの時期だ。当たれる者だけ当たると良い。何……二、三、そんな店を放っておいたところで何も起こらんよ」
注いだ物を一気に喉に流し込み、更にもう一言。
「だが、人目のつく街中でだけは暴れるんじゃないぞ」
- 再現性東京202X:夜に輝く金色の完了
- 一方その頃、練達では。
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月09日 22時15分
- 参加人数6/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●
カフェ『グッド&ポイズン』外。
「イェア!」
都会の明かりを背景にして、爛漫な声が写真の音を鳴らした。
金髪。ツインテール。おまけに獣耳。着用したゴスロリ服を眩しく光らせ、『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)は陽気にポーズを取ってaPhone10に自分を写す。流石はシティガール、特異な入店条件も余裕の突破だ。何はともあれ取り敢えずの自撮りも欠かさない。シティガールたるもの基本である。
おしとやかなゴスロリも宜しいが、メイのような溌剌としたゴスロリ娘も悪くないと天の声も腕を組んで頷いている。
「お客さんはあまり多くはない……のかな?」
路地裏から件のカフェを遠目に見るのは『双影の魔法(砲)戦士』マリオン・エイム(p3p010866)。
ドレスコードに合わせて、本日は女性モードでの参戦。
ギフトによる性別の変更でツインテール対策も問題無い。
髪色ヨシ! 長さヨシ! はなまる!
因みにゴスロリ服と一言にいってもその種類は非常に豊富。ゴスロリと言えば白と黒のモノクロカラー、そんな考えは一つも二つも前のものだと言っておこう。
マリオンさんの場合は、全体は水色を基調として手首と胸元のフリルに白を加えたものなど如何でしょう。
「依頼対象の一人、香奈氏の到着までの予測。約三分」
その横では、マリオンと真反対の方向に視線を向ける『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)の姿。
何ッ……人外か!? いや違う! 観測端末は本来の名状し難き姿からは掛け離れた、美少女へと変貌を遂げているではないか。
加えて銀河の色をそのまま模したかのような髪色はブロンドに、宇宙を落としたかのようないつもの衣装もゴシック&ロリータへと着替えを済ませている。
もし目の前に居たなら固い握手をした上でハグの一つもしてあげたい。いや、今の観測端末にハグとかしたら祓い屋を呼ばれかねんか。止めとくか。
「うむ。あの顔は間違いなく香奈だ」
で、これよ。
牧田権蔵、五十五歳。金髪ツインテールのヅラにゴスロリファッション。
なーんでこんなん出しちゃったかな。
格好だけ見れば三人と変わりないのだが、顔面と体格が素材の味を活かし過ぎている。
「お店に入ったね」
マリオンが香奈を目で追い、権蔵はそれを聞くと大きく頷いた。
「では」
「ここで待ってて欲しいのですよ?」
ところをメイに真顔で止められた。そりゃそうだ。
ふむ、と一声漏らしたのは観測端末。
「厳密に言えば、当端末も同じ分類にはなりますが」
「あのお店がどういう対応をするかにもよるかなぁ。そういう情報ってない?」
続くマリオンの質問に、メイの持つaPhone10が光る。
「調査済み、なのですよ!」
と言っても口コミのほとんどが「面白そう」「美味しそう」などの予測を書き込まれているに過ぎない。
因みに付近の店にはイマドキ風ファッションが格安で売られている洋服店や、和風洋風の菓子を取り揃えた菓子店などが並んでいる。食べ歩きには良い場所かもしれない。
だがこの情報では権蔵は止まらない。メイの不安も止まらない。
「鏡で自分の恰好見て冷静になるのですよ!」
詰め寄るメイに、権蔵は近くのガラスに自身の姿を映し。
「……問題、有るだろうか?」
首を傾げた。
どうやら、説得するには彼の心を揺さぶるに至らなかったようだ。
「いざ参らん!」
先陣を切って歩き出した権蔵に続くマリオンと観測端末。その後をメイは慌てて駆けて行く。
「せめて、最初に入るのはメイ達にお任せするのですよ!」
●
「お帰りなさいませ! お嬢……」
本日二回目の鈴が鳴り、受付のメイドはとびきりの笑顔で扉に向かって声を掛け。
「……様、がた……」
少し、困惑していた。
理由は勿論美少女三人の後に続いたゴスロリ風味のおっさんだろう。
最初は焦っていたメイドだが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「お茶会のご準備は整ってますよ。お待ち、しておりました」
マニュアルその一。席にお連れする際は『お茶会』として案内する事。
一人の執事服が、マリオンと観測端末に向かって笑顔を振り撒く。
「お嬢様方、お帰りなさいませ。お座席はこちらで御座います」
「うん、有り難う。じゃあ、そうだね……」
と、マリオンはメイと観測端末に視線を向ける。
料理が怪しいと解っているとはいえ、全く食べないのも怪しまれるか。
「マリオンお嬢様ー! 今日は寒いですし、スープなど如何ですか!」
マニュアルその二。お客様に受付で名前を記入して貰い、呼ぶ時は『様』か『お嬢様』を付ける事。
「こら、お嬢様にあまり慣れた口で話すんじゃない……失礼致しました。このメイド、何分新人なもので……」
「あ、うん、大丈夫! じゃ、貝殻のスープをお願い出来るかな」
「メイはハンバーグなのですよ!」
「では、メイサンと同じにしましょう」
「茶を」
マニュアルその三。対等に接する者と敬う者に分かれよ。緩急を付けるべし。
「畏まりました。すぐにお持ち致します」
所変わって店内、厨房。
「さて。受けた注文は五人分、ですか」
短めの茶髪に執事服。振り返ってみれば、キッチリとした制服に反して緑色の瞳が柔らかい印象を与える。
厨房へ足を運んだ『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)は『関係者』が居ない事を確認し、フロアへ視線を向けながら注文内容を脳内で復唱した。
正直、貴方の金髪ツインテゴスロリ姿を見てみたかった。見てみたかった。
ここだけの話だが、レイテの執事姿はメイド達に好評だったりする。「弟にしたい」と言われたとか。
「では、手順通りに作ってみましょう」
言葉に振り向いたのは、包丁片手に腰下までの艶やかな黒髪を揺らす『死澱』瀬能・詩織(p3p010861)。
華奢な体躯にいつもは着ないようなフリルの付いた白黒メイド服。額に生えた二本角の頭上には、白いカチューシャが乗っている。
いつもの和服で応募に来たところ、対応した執事服が「和服美人……これはこれでアリか……!?」と散々悩んだ挙句、店のコンセプトが取っ散らかってしまうという理由でですね、この度メイド服を着て頂く事となりました。
厨房までも可愛らしく彩られているが、詩織が調理をしている姿は何とも、様になっている。静かな朝に大根の味噌汁とか作って欲しい。
「もしかしたら、お店としての機能は意外に整っているのかもしれませんね」
「しかもダ」
詩織が言葉を終えると同時に、厨房の奥から『惑わす怪猫』玄野 壱和(p3p010806)が肉を中心とした食材を両手に現れた。
厨房とはいえ従業員の一端。制服は執事かメイドか、その口調と少年っぽくも見える容姿から執事服での業務と相成った。本人的には少々遺憾かもしれない。
「レシピにマニュアルまで完備してやがル」
二枚重ねのレシピを捲り、壱和は材料に目を通した。
(『血染めのハンバーグ』って名前にしちゃ実際に血は入ってねぇし肉も『普通』の肉カ……少しガッカリ)
依頼を提示した校長は『放っておいたところで何も起こらんよ』などと言っていたが。
(現にこっちは営業に支障が出てるんだっつーノ!)
同じ飲食店を経営する身として、看過出来ない問題が有る。
ただでさえグレーゾーンな商売なのだ。
それを、やらかすどころか漏れ出している。このままでは飲食業そのものの信用も傾きかねない。
(クソガ! 新参者が自分達の利益のみで好き勝手やってんじゃねーヨ!)
故に、壱和の胸中も穏やかではなかった。
「ここまでに問題が無いって事は」
レイテの声に、壱和は顔を上げた。
「あア。仕上げだナ」
「でしたら、アレでしょうね」
詩織が目を向けたのはカウンターに置かれた無色透明の液体が入った小瓶。いかにも怪しい。
出来た料理をカウンターに並べ、レイテがその小瓶に手を伸ばす。
と同時に、執事服の男がカウンターに来る姿が見え、素知らぬ顔でその腕を引っ込めた。
三人が何気無く作業に戻りながら男の所作を目で追ってみれば、小瓶の中身を掛けている。やはり、間違いない。
「わ! かーわいー!」
客席から明るいメイドの声が響いたのは、そんな時だった。
男がその声に気を取られた隙に、レイテが素早く瓶の中身を水へ差し替える。どうにか香奈の分だけは間に合った。
「お嬢様のお知り合いですか?」
「え、いや……」
メイドと香奈の目線の先に居るのはメイ。報告用も兼ねた店内写真を撮りつつ、さり気無く二人の席に近寄っている。
「照れるですよ! でも、そっちの服も可愛いのですよ! 一緒に撮りたいのですよ!」
流石シティガール。これが陽キャというやつか。
「その服何処で買ったのですよ?」
「あ、これ? 大通りのいっちばん大きな所! アナタのは?」
「メイはすぐ向かいのお店なのですよ!」
「え、そんなお店在るの!? ちょっと行ってみようかな……夜も開いてるなら」
髪を弄りながら香奈は興味有り気に呟く。退店後の彼女の行動もこれで予測し易くなるだろう。
メイの良く通る声であれば、レイテ達にも聞こえている筈だ。
香奈はその店を確かめるように、ふと窓ガラスを振り返った。
「ん……?」
そして、眼を擦った。
「え、なんで?」
どう見ても一人だけ浮いている奴が居る。
立ってみれば仕切りを挟んで真向いの席。良くここまでバレなかったものだ。
「いや、違うぞ香奈。別に心配して来た訳では」
と真顔で取り繕う権蔵の言葉は「ウザ」の二文字に斬り捨てられた。
「お待たせ致しました」
何か言い掛けた権蔵の手元に、そっと細い影が入る。
「緑茶で御座います。お口に合えば良いのですが」
詩織はそういうと、互いに距離を詰める牧田親子の間に文字通り入った。
「……仲が宜しいのですね?」
「これと!? 嘘でしょ!? 喧嘩しかしてないけど!」
響く香奈の声に、詩織は目線を下に向けて応える。
「私は養子でしたが、両親はもう他界してしまいましたので……言い争いが出来る御二人が眩しくて、少し羨ましいですね」
そう言われては、と途端に二人の口も閉じてしまう。余計な混乱を防ぐ効果も有ったようだ。
「こちら『貝殻のスープ』と『血染めのハンバーグ』で御座います。本日の食後は紅茶とココアのどちらに致しましょうか?」
喧騒も落ち着いた頃、観測端末達のテーブルに例の料理が運ばれてくる。食後のドリンク付き。
親子にはそれぞれスープと緑茶。空気に耐えられずやっと開いた口で飲んでみれば「……いや普通に美味い」と親子揃って同じ感想が飛び出す。
運ばれて来た料理に対しては、マリオンと観測端末が一口ずつ食してみた。
「美味しい、ですね」
の観測端末の言葉にも、メイの食指は動かなかったようだ。取り敢えず『バエ』の角度で料理を映してみるも、その名前と大量のケチャップにドン引きである。
ただ、マリオンも全てを食した訳ではなく一口のみ。
「ダイエット中だから」
と残ったスープは観測端末が引き継いでくれた。
そう、ここまでは特に問題が無かったのだ。
問題が有ったのはむしろ……。
●
「……おかしいな、誰も効いてなくなかったか?」
食事後、普通に会計を済ませた客達を思い返しながら、廃ビルの一角で執事服の男は頭を抱えていた。
普通に退店した為、こちらも普通に営業を終了せざるを得なかったのだ。
店の裏口を出た通路の先。この先を居住区としているのだろう。
あれだけ居ながら収穫はまさかのゼロ。
確かに食事はしていた筈だ。ちゃんとあの『中身』も入れていた。
「念の為に」
「……誰だ!?」
「お手洗いをお借りして正解でした。個室であれば、不純成分の除去も容易い。距離五十……四十五。廃ビルの中に入りました」
「やっぱりね。二……四……うん、反響音からも八人全員居る。付近に人影も無し」
「いや、この声は……!」
廃ビルの影から掛けられる観測端末とレイテの声。
その横から更に見覚えの有る、マリオンと詩織、そして壱和のシルエット。
「何でこのドレスコードなのかずっと気になってたけど」
「えぇ、人数を絞り顔を覚え易くする事で、再犯を容易にさせる……そんなところでしょうね?」
「くぅ……気配なんて無かったのに!」
「やるならもっとバレないようにやれってんダ」
「クソ、バレちゃ仕方がねぇ! 構えろお前ら!」
一人の執事服の号令で、敵全員が武器を手に抜き始める。
「典型的な三下の台詞……」
その中に、小柄なツインテールが一番槍に飛び込んだ。
「なのですよ!」
速度は力。音速の塊。
執事服が剣を抜き切るより速く、弾丸の如く加速したメイがそのどてっ腹にぶち当たる。
「速ッ……!?」
「意外と手応え無いね。もしかして鈍ってる?」
一同の前面に出たレイテが苦笑しながら構えを取る。
図星だったか、メイド達の攻撃も挑発した彼に集中、しかも魔術ではなく武器で殴り掛かっているところを見る辺り、割と本気の怒りのようだ。
ただ、レイテがその程度の打撃で怯む筈も無い。
加えて観測端末からもたらされる癒しの音が、即座に彼を回復させる。
更に壱和が振り撒くのは、再生力を特化させた自身から放つ正の調律。
一度その身を震わせれば、食事をしたマリオンに入った少しばかりの毒気も瞬時に浄化されていく。
レイテに集中する敵の群れ。その足元に浮かび上がるのはマリオンの掌握気術。
「もう逃げられないよ?」
言うが早いか、展開される気糸の斬撃。
絡め取るように全ての敵が斬撃の中に飲み込まれていく。
「クソ、本気かよ!」
執事服の苦悶に「本気、ですよ?」と返す静かな声。
「皆様にその心算が有ろうと無かろうと」
ゆらり、つらりと詩織の声が廃ビルの中に反響する。
「親子を引き裂こうとしましたね? ええ、私、その様な方々にとても……狂おしい程に増悪を覚えまして」
流れるような所作で詩織の手に纏うのは善と悪の闘気。
「故に皆様……暗く冷たく、救い無き死の澱みの底へと、一人残らず沈め、引き摺り込んで差し上げます」
但し、此度だけは特別。彼らが混沌世界の犠牲者なのもまた事実だからだ。
不殺の意思を持って放たれたその波動は、しかし容赦無く敵を穿ち、命は奪わずとも沈めていく。
「あら? 加減をしたつもりでしたが」
「加減なんて必要ねーヨ」
壱和の爪が怪しく光る。
「吸血鬼ってよく不死って言われるよナ。だったらマジで死なねぇのか何度でも刻んでやるヨォ!」
「おわあッ!?」
イレギュラーズ対イレギュラーズ。
蓋を開けてみれば、戦いは一方的な流れであった。
これはもう攻め手を増やした方が早いと判断し、レイテと観測端末も攻撃に加わる。詩織に倣い、両者とも殺すには至らぬ一撃で制裁を与える。
その群れの中を撹乱するように、暗い廃墟にメイの蒼き閃光が駆ける。この子ホントに容赦無い。
ボロボロの相手布陣を見て、好機と躍り出たのはマリオン。
「これで改心してくれるかな!」
「へっ、誰がおま」
「青空式マリオンスピンキック!!」
「おぼァッ!?」
改心とは時に力技なり。
マリオンのスピンキック、まぁただの回し蹴りでくの字に曲がった執事服は、耐える間もなくその場に崩れ落ちた。
「これで貴方一人だけ、ですね」
「何ぃ……だがまだ終わった訳じゃ……」
「これで改心なさらないと言うのなら」
「なら、何をしよ」
「……残穢『死切」
「大変、申し訳御座いませんでした」
詩織を始めとする皆の殺気を感じ取り、最後の執事も敢え無く降参したのだった。
「……コイツら、只者じゃねぇとは思ったが……まさか」
縛られたもう一人の執事服に、壱和は鼻を鳴らす。
「『イーハトーヴォ』。名前くらいは聞いた事あるだロ?」
「やっぱり……イレギュラーズ……だったのね」
「ご明察、そんで同業者だヨ。困るんだよネー。殺してないとはいえこう目立った事されるト」
戦闘後、彼らを待っていたのはお説教タイムである。ではマリオンさんから。
「君たちの料理は本当に美味しかったし、接客も凄く楽しかったよ!」
「はい」
「これだけ、接客も営業も頑張ってるのに、悪事の隠れ蓑で終わるのは凄くもったいないと思います! ばつ!」
「はい」
「だから君達なら、改心して真面目にやれば、この店で成功できるとマリオンさんは思います! まる!」
「……はい!」
「あ、付け加えるなら」
と横から観測端末。
「サービス自体は兎も角、料理の名称は改善した方が良いかと」
「……はい?」
更にレイテが彼らの前に歩み寄り、軽く握り拳を作って笑顔で言った。
「次、同じ事があったら……吸血鬼を滅ぼすって言われてる方法、1から10まで全部その身で味わって貰いますからね?」
「はいぃ!」
これからは、普通の飲食店として経営される事になるだろう。
つまり、とメイは大きく胸を張った。そこ、張る胸が無いとか言わないの。
「これにて一件落着、なのですよ!」
「……あれ、そう言えば」
何かを思い出したように振り返るレイテ。
観測端末もそれに気付き、後ろを振り返った。
「権蔵氏は?」
後日の話だ。
退店後、誰にも見向きもされず、ただ一人暗い店内で茶を啜っていた牧田権蔵が発見されたのは。
因みに詩織の淹れた茶が大変気に入ったらしく、それを目当てでメイド喫茶を巡り彼女を探し求める姿を香奈に見られる事になるのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせ致しました!
依頼完了、お疲れ様でした!
反省しなかったら殺る、っていうのが共通認識かってくらい息ピッタリのプレイングを頂いておりまして、はい、反省させて頂きました。おかげさまで致命傷で済みました。
牧田親子に関してはちょっと溝が深まったとか深まってないとか。
それより、皆様のゴスロリ&執事服をイメージしながらの執筆、大変嬉しゅう御座いました。
また機会が有りましたらその身に包まれに来て下さい。
では!
GMコメント
●目標
『執事&メイド喫茶・グッドポイズン』
従業員計八名の撃破。
※本依頼は単純に八名との戦闘に勝てば成功となります。
●敵情報
敵となるのは『旅人(ウォーカー)』。実態は全員が吸血鬼。
他の大きな戦いにも参戦する事なく、またこれまでもそうして生きて来た。
再現性東京においてイレギュラーズとしては『救世主』とは程遠く、その上住民を襲っている。
敵は依頼を受けている訳ではないが、この行為はハイ・ルールにも抵触しているだろう。
・執事(レイピア)×2
主にウェイターをしている執事服の吸血鬼。
店では丁寧な口調で接し、敵意が有る事は見せない。
武器は細見の剣、レイピア。
・執事(鞭)×2
主に厨房を担当している執事服の吸血鬼。
店に客を呼び込む為、日々の料理の研究は欠かせない。
武器は範囲的に攻撃の出来る鞭。
・メイド×4
この喫茶店においてウェイターの手伝いをすると共に、女性客と一緒の席で接待するメイド服の女性店員吸血鬼。
まるで友人のように暖かく接してくれる事からある程度需要は在る模様。
攻撃方法は神秘属性の魔術攻撃。
●執事&メイド喫茶・グッドポイズンについて
再現性東京にて経営している喫茶店。
中で働く八人は何れも吸血鬼であり、再現性東京においてその正体を隠している。
店内は喫茶店というより、明るい雰囲気のファミリー席が並ぶレストランと言った方が近い。
店のコンセプトは女性をターゲットに想定しているのか、執事喫茶の側面が強い。
女性メイドは同じ席に座り、気軽な友達かお嬢様として客に接待する。
ここで出される料理を食べると【魅了】【麻痺】が付いてしまうので注意してほしい。
食べた後に戦闘に入るなら二つのBSが付いた状態で開始される。
大きな貝を器とした『貝殻のスープ』、特製ケチャップソースをたっぷり掛けた『血染めのハンバーグ』が人気。
普通の店を装う為に喫茶店の経営を維持していくため、接客と料理の研究を怠れずにいる。その為味は美味しい。
最近マンネリを感じた為か新たにバイトも募集している。
●入店について
『金髪。ツインテール。ゴスロリ服』
この要件を満たしていれば性別容姿関係無く入店出来る。恐らく想定はしていないだろうが。
要件を満たしていない場合は門前払いされる。
●中に店員として潜入するなら
執事、メイド、どちらでも当日から戦力として採用されるだろう。
例え見た目が純人間でなくとも、『それっぽいコスプレをしている』と判断される。
容姿が全くの人外? ……いけます!!
●NPCについて
・牧田権蔵
金色ツインテールゴスロリ服のコスプレをしている。
当日もこの格好で客として入店するだろう。
中に居る筈の娘、牧田香奈の説得と店の調査に行くと思われる。
本人は娘にバレそうだとは微塵も思っていない。
・牧田香奈
当日、店内に入店する。
香奈はこの店が怪しいとは思っておらず、被害にもまだ遭っていない。
格好はただ趣味で始めたもの。
●ロケーション
再現性東京・夜の街。
当日、牧田香奈が店内に入ったのを見計らって権蔵と共に中に入る事になる。
一緒に行くも止めるもイレギュラーズ次第。
また戦闘場所としては店内も使えるが、外に丸見えなので校長の言葉を思い出せば上手く隠しながら戦うしかないだろう。
その他、裏手側に人気の無い廃ビルがいくつか並んでいる。
敵の住処もここにある為、閉店後の帰宅途中を狙うかどうにかこちらへ誘導すると良いかもしれない。
もし後をつけるなら、彼らの方から襲ってくるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
----用語説明----
●希望ヶ浜学園
再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。
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