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シナリオ詳細

<尺には尺を>二度と失わないために

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●星灯聖典・正騎士団
 選ばれし人のみが形作られ、この理想郷の住人になれるという。
 理想は現実の対義語だというが、これほど現実から離れた空間もない。
 この空間には怪我も病気も飢えもなければ、死すらもないのだから。

「やっと逢えた――母上」
 捧げるように伸ばした聖騎士グラキエスの手は震え、母と呼ぶには未だ若く見える女性の頬へと触れる。
 若く見えるのは、彼女が死んだその時期の姿が形作られているためだろう。
「ええ。もう離れはしませんよ。■■■」
 グラキエスを、もう捨てた古き名で呼ぶ。グラキエスは首を振り、その名前を訂正した。
「今はグラキエスと名乗っているんだ、母上」
「あら、そうなの。グラキエス。立派になったのね」
 話し方も、物腰も、記憶にあるままだ。あの日のまま、だ。
 これが『作られたもの』だということは理解している。だが、それがなんだというのだろうか。
 人とて親に、ひいては神に作られたものではないか。それが真なる主によってこうして創造されたことの、どこに違いがあろうか。
 自分は果たしたのだ。ついに果たしたのだ。
 母との再会を。亡き母との、再会を。

 理想郷の住人はみな、『真なる主』ことルスト・シファーによって作られた存在である。
 そしてこの理想郷もまた、作られたものだ。
 ゆえに不滅であり、故に永遠となる。この住人は、そしてこの空間にいる自分達は、『死なない』のだ。
「行ってくるよ、母上。皆が待ってる」
 握られた手をほどき、きびすを返し歩き出すグラキエス。
 廊下をかつんかつんと靴音を鳴らし進むその肩には、信徒たちをこの場所まで導いてきた責任がのしかかっている。
 彼らの望むすべてを与えるという、責任が。彼らの失ったすべてを取り戻させるという、責任が。
 バルコニーへ出ると、各々が鎧や武具で身を固めた聖騎士たちが整列していた。
 星灯聖典・正騎士団。
 自らの率いてきた新興宗教、星灯聖典の中でも特別に貢献のあった者たちであり、聖なる刻印を授けた者たちである。
 下賜した聖骸布の数もまた多く、彼ら一人一人が天義の騎士を上回るだけの強さを持つといって過言ではない。
「君たちは、ついにたどり着いた」
 集まる視線に、グラキエスは応えるように声を張る。
「帳の内側だけに作られた幻ではない。神によって作られた真なる理想郷に、ついにたどり着いたのだ。
 もう失うことはない。もう別れることはない。もう焼かれることも沈むことも、死に絶えることもない。
 二度と消えない、大切な者を取り戻したのだ。
 神は我等と共にあり……!」
 そこまで言ってから、一つだけ呼吸を置く。
「だが」
 冷えるように、声は響いた。
「そんな理想郷へ土足で踏み入る愚か者たちが現れた。彼らは我々の大切な存在を傷つけ、死なぬことをよいことに手にかけてまわるだろう。そしてあまつさえ、この理想郷そのものを壊さんとするだろう。そんなことは、神を殺すに等しく断じて不可能であるが――」
 どん、と足を踏みならす。
「こんなことを許せるか!」
「許せるものか!」
 聖騎士の一人が叫ぶ。
「絶対に許せない!」
「殺してやる!」
「追い出してやる!」
「もう二度と失うものか!」
「あいつらを絶対に――!」
 気持ちは皆同じだ。婚約者を亡くした者。娘を亡くした者。故郷を焼かれた者。家族を奪われた者。特別に選ばれなかった者。両親に捨てられた者。……皆、この場所で出会えたのだ。真なる存在に、不滅の存在に。
 だからもう、手放したくない。穢されたくない。
 叫ぶ聖騎士たちをなだめるために、手をかざす。
「ならば守ろう。この理想郷を。ならば戦おう。この理想郷で。
 僕等の大切なものを、もうこれ以上傷つけさせないために――戦おう!」
 戦おう。
 戦おう。
 イレギュラーズを、倒せ。

●越えるべき壁
「我々は、遂行者たちの本拠地とされる『神の国』、その入り口たるテュリム大神殿を攻略した。ルスト・シファーを表舞台に引きずり出すため、その奥へと足を踏み入れることに成功した」
 所変わってこちらは天義、ローレット御用達の酒場。情報屋は自らを饒舌にさせる酒と煙草という二つのアイテムをもってして、イレギュラーズたちへと説明を続けていた。
「聖域とされた聖女の薔薇庭園は特異な時間が流れているのか、更なる『深層』に向かう必要があった。その深層は……『理想郷』と呼ばれている」

 情報屋は火のついた煙草を手に取り、口にくわえ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
 胸いっぱいに煙を吸い込んだ彼は小さなため息のように煙を吐き出す。
 その目は、どこか鋭く険しい。
「理想郷とはよくいったものでな。この空間にすまう人間たちは『死なない』んだそうだ。おっと、当然ルストに作られた人間たちと刻印を刻まれた遂行者たちだけ。つまりルストの支配下にある者のみの恩恵ってわけだ」
 煙草の灰が灰皿に自然と落ちる。情報屋はそれを一瞥して煙草を置くと、今度は酒の入ったコップへと手を伸ばす。
「この地に餓えはなく、この地に死はなく、あまねくすべてが幸福であります……とさ。そりゃあそうさ、すべてルストの手のひらの上なんだからな」
 で、ここからが本題だと情報屋はコップの中身をぐいっと飲み干す。
「天義に蔓延っていやがった新興宗教『星灯聖典』。その教祖、聖騎士グラキエスの拠点が理想郷の中に発見された。
 十名前後の聖騎士と『預言の騎士』たちに守られてかなり厄介だが、グラキエスといえば遂行者たちのなかでもかなり力を持った男だ。奴の拠点を探ればこの先へと進むヒントを見つけ出せるに違いないだろう。といっても、この理想郷は幾重にも施錠されているからな。鍵の一つという表現が正しいのだろうが……いずれにせよ、だ」
 予言の騎士、聖騎士団、そしてグラキエス。彼らを倒し先へと進むのだ。

GMコメント

●シチュエーション
 星灯聖典の教祖グラキエスの拠点を理想郷内に発見しました。
 この場所を守る騎士たちを倒し、グラキエスをも倒し、先へと進みましょう。
 成功条件はグラキエスの撤退となります。

●エネミーデータ1
 第一の庭には予言の騎士たちが待ち構えています。
・白騎士フォルクス
 存在するだけで味方にバフを与える、勝利を呼び込む騎士です。
 抵抗や回避にすぐれ、こちらを引きつけ時間を稼ぐ係でもあるようです。
・赤騎士セラーナ
 『炎の獣』を生み出す力を持っており、住民の力を借り炎の獣を作り出しています。
 炎の獣たちは赤騎士セラーナがいる限り次々に増え続けるでしょう。
 ちなみに炎の獣を倒すと元となった『選ばれし人』たちはどこか別の場所にあとでリポップするため平気なようです。
 赤騎士セラーナ自身はバランス型のスペックをしています。
・黒騎士ドンファン
 廃滅病の力を身体に宿した騎士で、PCたちに廃滅病のデバフを与えてきます。これは時間経過でHPに割合ダメージが入るという凶悪なもので、彼を倒すまで続きます。
 黒騎士ドンファンは防御系能力を超強化する結界を張っているため、【ブレイク】を行うかゴリ押しするかで倒す必要があるでしょう。
・青騎士デステマン
 単純に高い能力を持った騎士です。放っておくとこちらの戦力をガリガリ削ってくるので注意が必要でしょう。

●エネミーデータ2
 第二の庭には星灯聖典の聖騎士が十名ほど待ち構えています。
 グラキエスの拠点の警護を任された人員たちでしょう。
 彼らは家族や恋人などを『選ばれし人』として作り出して貰っており、これを絶対に失わないために死に物狂いで襲いかかってきます。
 また、全員が聖骸布を多く下賜された強力な騎士であるため簡単に倒すこともできません。
 更に言うなら、彼らはルストの権能によって死ぬことがないため倒されても後でどこかにリポップするため『死に物狂いで死を恐れない』という矛盾した戦い方ができるようです。

●エネミーデータ3
 邸宅前には聖騎士グラキエスが待ち構えています。
・聖騎士グラキエス
 非常に強力な遂行者です。一人でこちらの全員を相手にできるだけの実力を持っており、倒すのもまた一苦労となるでしょう。
 仕込み刀による抜刀術や吹雪のような範囲攻撃を使いこなし、これまでもイレギュラーズをかなり苦しめてきました。
 彼もまたルストの権能によって死なないため、死を恐れずに戦うことが可能です。
 またその一方で、聖騎士グラキエスはこちらに『語らい』を求めている雰囲気もあるようです。
 戦いの中で語り合いながら、剣を交わすのもよいでしょう。あるいは、戦いの前に語らいの時間をもつのもよいでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <尺には尺を>二度と失わないために完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年11月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)
花に集う
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
観音打 至東(p3p008495)
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺

リプレイ


 美しく創造された庭園の門前にて、立つ。『薔薇冠のしるし』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はその青い瞳を瞬かせ、門のずっと先にて待ち構えている予言の四騎士たちを睨んだ。
 彼らはいわば高級な門番といったところだろうか。その先に待ち構えるであろう星灯聖典聖騎士たちへの。
「…………」
 ちらりとエクスマリアが見やると、『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)は意図を察して頷いた。
「不滅であるのに、そうだからこそ、彼らは喪失を恐れるのですね。
 確かに、酷な事をしている自覚はあります。
 ですが、きっとわたしは……この楽園を否定しなければ、先へ進めない」
 楽園の否定。それは即ち他者の否定だ。戦う事とは究極的には否定しあうことである。
 例えばそう。『死者』がかつての姿で再現され、自分に微笑みかけてくるなどという空間を、否定しなければならない。それはきっと、死者への冒涜と同義なのだろう。それ以上に、己の停滞に他ならぬ。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はぱしんと拳を手で打ち鳴らした。
「混沌では死者は甦らないのが絶対のルールだよね? ということは生き返ってるヒトたちは実は何なのだろうね?」
 そんなことは決まっている。偽物だ。偽物であることに目を瞑れば、彼らは永遠に『過去』に生きることが出来る。
「オレは死んだヒトの代替を求めるのはやっちゃいけないことだって思う!
 でもヒトによっては本物だろうからムズカシイね!」
「確かに、偽物と本物の定義は主観によるかもしれませんが……」
 『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)はふうと小さく息をついて、かぶりをふる。
「生の苦しみからは、神の手を借りても、逃れられなかったか。
 刀尋東至若無量劫――そら、怨憎の担い手が、娑婆より馳せ参じましょうぞ」
 生きていくのは、つらいことだ。
 過去を悲しみながらではなおのこと。
 だからこの場所で、永遠の代替品で、いつまでも過去の中で死ぬまで生きていけばいいなどと……。
 それは一見して、よくできた循環システムかもしれない。誰も死なない、誰も飢えない、誰も悲しまない世界など。けれどあくまで代替品だ。ルストの支配あってのものだ。
「なくしたもの、とりもどしたいもの、てばなしたくないもの……。
 もう二度とであえないと思っていたたいせつな人とさいかいできて、ずっとずぅーっと幸せに過ごせるせかい。
 それがほんとうにあるのならどれだけ幸せなことか、痛いくらいに……わかってしまうよ」
 そうだ。本当にあるのなら。
 『薔薇冠のしるし』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は自問自答する。
「ぼくのやろうとしてることは、本当に正しいことなの?」
「正しい。保証したっていい」
 横に立っていた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が強いトーンで言い切った。
「ただ『彼ら』にとっては悪者だ。この場所では、楽園の破壊者に他ならない。けどそれは、望むところなんだ。
 他人の大切な存在を壊したいわけではないが、ルストの手の中で踊って死ぬなんて御免だからな」
「……うん」
 所詮はルストの手のひらの上。
 気まぐれ一つで消えてしまう幻想だ。
 星灯聖典はルストを信仰し永遠を肯定する。
 自分達は現実を信じて永遠を否定した。
 遂行者とやらになってしまえば、あるいは彼らと同じになれたのだろうか。
 だが。
「これがお前の理想ということか、グラキエス。
 なら……何度でもお前を否定してやる」
 そう、否定する。
 『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は強く拳を握りしめ、吠える獣のようにその言葉を口にした。
 きっと自分は、彼らにとって……グラキエスにとって否定すべき存在なのだ。
 いつまでもルストを付け狙い、理想郷に踏み入り、すべてを破壊しようとする存在。確かに許せるはずなどない。
 それで、大いに結構だ。
 『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。
「今井さん、準備はいいですか?」
「いつでも」
 横に控える今井さんは微笑みを浮かべ、腰に下げていたハンドガンを手に取った。ユーフォニーにはよくわからないが、銃上部をスライドさせガチャンと発射準備を整えている。
「グラキエス、そして騎士。その誇り高い決意と正義……ええ、ええ、本当に素晴らしい」
 その横で、『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が冷たい声で呟いた。
「私はその想いを否定しない。この理想郷が生まれた気持ちもわかる。
 だからこそ……私は悪い魔女として、蹂躙させてもらいます」
 ピッと腕にナイフを走らせ、したたる血を剣の形に変形させる。
「その気高き想いを持ったままの貴方達を葬送する為に」
 尊重も、この場合はやわらかな否定と同義だ。『悪い魔女』にとっては、それは同じ事なのだから。
「……そんなには知らんけども」
 『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が肩にかけていた弓をとり、矢をいつでも放てるように手に取った。
「自分の領地を取り戻そうと頑張ってた人はお前の甘言の所為で色んな苦しいめにあってた。頑張ってた人の大事な物が裏切った」
 色々なものを見てきた。調べようとすればもっと湧き出してくるだろう。
 だからハッキリしているのだ。
「自分には……ない方がよかったよ。星灯聖典なんてものはな!」
 いざ進め。彼らの理想郷を、否定するために。

●予言の四騎士
 白騎士フォルクス、赤騎士セラーナ、黒騎士ドンファン、青騎士デステマン。
 四騎士はそれぞれ馬上から降りると、迫るこちらに対応すべく剣を抜いた。
 黒騎士ドンファンは廃滅病の空気を庭園へ充満させ、セラーナは周囲の人々を次々に炎の獣に変えていく。
 真っ先に突っ込んでくるのは白騎士フォルクス、ついで炎の獣たちだ。
 対抗するように動き出したのはイズマだった。
「黒騎士を優先して倒してくれ! 俺は白騎士を引きつける!」
 抜くは細剣メロディア・コンダクター。『響奏撃・弩』が振り抜く斬撃として放たれ、白騎士へと浴びせられる。
 一発は炎の獣が盾になることで防がれたが、それで終わるイズマではない。
 続く二発目が白騎士へと直撃し、白騎士はイズマめがけて白き剣を繰り出してきた。
 鋼の腕で防御するイズマ。がきんという音が戦場に響き渡る。
 ならばと動き出そうとした青騎士デステマンに割り込みをかけたのはエリスタリスだった。
 黒き星の解放を受け、それを青き剣で撃ち払う青騎士デステマン。
 ギラリとにらみ付ける鎧の下の瞳に、エリスタリスはしかし怯まない。
 突進してくる青騎士デステマンに対して、望むところだとばかりにエリスタリスは突進した。
 剣による斬撃。魔導障壁で防御。しかし衝撃はエリスタリスを激しく吹き飛ばし、煉瓦造りの民家へと激突させる。
(自己回復でなんとか持ちこたえられる……でしょうか。ギリギリ、ですね)
 青騎士デステマンが自分に執着してくれているから持ちこたえられるが、もしこちらに興味を失って他の仲間を襲い始めれば大変だ。エスタリスは青騎士デステマンをマークしたまま、再び魔導障壁を展開し直した。
 そこへ襲いかかるのは炎の獣たち。
 赤騎士セラーナが『選ばれし人』たちを素材に作り出した獣たちは咆哮をあげ炎の爪と牙で襲いかかる。
「そっちの相手はオレがつとめるね!」
 跳び蹴りを繰り出して割り込んできたイグナート。
 炎の獣とそれを先導する赤騎士セラーナをそれぞれ射程に収めると、『アッパーユアハート』の術式を解放した。
 赤騎士セラーナの誘引までは成功しなかったが、炎の獣たちはイグナートに誘引されて一斉に四方八方から襲いかかる。
 それをイグナートは握り込んだ拳で次々に払いのけていった。
 が、問題もあった。獣が邪魔で赤騎士セラーナへと届かないのだ。
 一方の赤騎士セラーナは先ほどから治癒を専門に行っているエクスマリアに目を付けていた。
「気付いたか」
 黒騎士ドンファンの放つ廃滅病のダメージを中和すべく治癒の魔法を連発していたエクスマリア。
 赤騎士セラーナに続いて黒騎士ドンファンもまた、エクスマリアを狙って剣を振り下ろしてくる。
 が、それを邪魔する二つの影があった。
 ブレイ・ブレイザーをソードモードにして剣を受けるムサシと、両手を翳して相手の腕を押し止めるリュコスだ。
 どちらかがこの場合赤騎士セラーナを抑えておかねばならない。
 二人は頷き合って、黒騎士ドンファンと赤騎士セラーナを引き剥がすように動いた。
 赤騎士セラーナを受け持ったのはリュコスの方だ。
 次々に繰り出される剣を飛び交わし、反撃の蹴りを打ち込んでいく。
 どうやら全体の戦術に若干の齟齬こそあったものの、なんとか持ちこたえつつあるらしい。
 リュコスが『今のうちに』と叫ぶに応え、ムサシは黒騎士ドンファンへと斬りかかる。
「ハイパーレーザーソード!」
 ブレイ・ブレイザーによる斬撃が黒騎士ドンファンへと浴びせられる。
 直後、ユーフォニーが『今井さん!』と強く叫んだ。
「了解」
 両手でしっかりと拳銃を握り、構える今井さん。黒騎士ドンファンの頭部に狙いをつけると、正確な射撃を何発も相手の頭部へと叩き込む。
 ヘッドショットキルにならないのは相手が兜を被っているせいだろうが、それにしても頭にくらえば体勢も崩れるもの。
 黒騎士ドンファンが何発目かの銃撃によろめいたその隙を狙って、至東が強烈な斬撃を叩き込んでいった。
 腕を切り落とすような斬撃。実際にそれは黒騎士ドンファンの片腕を切り落とし、続く斬撃が首を落とそうとしたところで黒騎士ドンファンは大きく飛び退きそれを回避した。
 逃がしはしない。そう決意した眼差しが黒騎士ドンファンをとらえ、素早く迫る至東の剣が黒騎士ドンファンの剣とぶつかり合う。
 廃滅病のダメージが至東の体力をごっそりと奪うが、それをエクスマリアが素早く治癒。
 体力を充実させた至東は、もらいましたとばかりに黒騎士ドンファンの横を駆け抜ける。
 否、切り落とし、抜けた。兜をかぶったままの頭がごとりと地面に落ち、黒騎士ドンファンの身体が塵となって消えていく。
「次――」
 鋭く言葉を発したマリエッタ。暁天宵月の術式を発動させると、とんでもない速度で赤騎士セラーナへと迫った。
 血によって固められた剣がまっすぐに突き出され、赤騎士セラーナはそれを紙一重に回避――したと思った直後、マリエッタの周囲に無数の血の剣が出現。それらが次々と赤騎士セラーナへと叩き込まれていった。
 大量の剣が突き刺され、赤騎士セラーナは膝から崩れ落ちる。塵となって消えていく身体を横目に、仲間たちの意識は青騎士デステマンへと移っていた。
 ギリギリもちこたえていたエリスタリスに合図を送り、彩陽が封殺の力を込めた矢『穿天明星』を解き放つ。
 ざくりと背に矢が突き刺さった青騎士デステマンはうめき声をあげ動きを止めた。今だ――とばかりに仲間たちの一斉攻撃が青騎士デステマンへと襲いかかる。
 炎の獣を倒しおえたイグナートの拳が顔面を打ち、リュコスの跳び蹴りが更に打ち、イズマの剣が青騎士デステマンを貫く。
「――ッ!」
 状況の不利を悟った白騎士フォルクスは撤退を選ぼうとするが、もう襲い。
 ムサシのブレイブレイザーが槍の形に変形し、マリエッタの血もまた槍の形に変形。更にはユーフォニーが指さした先、今井さんが書類を槍の形に成形しそれぞれが一斉に投擲。白騎士の身体を貫いた。
 がはっと血を吐く白騎士フォルクス。
 トドメとなったのは、彩陽の放つ一本の矢であった。
 心臓部へと打ち込まれた矢によって、がくりとよろめき仰向けに倒れ込む白騎士フォルクス。
 塵となって消えていくその身体を、エクスマリアはほっとした様子で見下ろしていた。
「全員、無事だな?」
 特に酷いダメージを受けていたエリスタリスを確認するが、エリスタリスはぴんぴんしていた。持ち前の防御力と自己回復でなんとか乗り切って見せたらしい。
「……流石だ」
「いえ、それほどでも」
 ともかく、第一関門は突破した。
 次は、星灯聖典の聖騎士たちが待ち構えるという第二の庭だ。

●星灯聖典・聖騎士
 小さな村のような場所だった。
 エリスタリスたちが訪れると、まるで怖れをなしたかのように子供たちや女達が自分の家へと避難していく。
 と同時に、武装した聖騎士たちが行く手を遮るように隊列を組んで立ちはだかった。
 そして、先頭の一人が言う。
「頼む、帰ってくれ。俺たちはこの場所で愛する人と過ごしたいだけなんだ。あんたらに迷惑はかけないよ」
「いいえ」
 そういうわけには、いかない。この場所を放置するということはルストを放置するということ。滅びのアークが溜まっていくのを指をくわえて見ているということだ。
 それは、許すことはできない。
 なにより。
「決めたのです。この楽園を否定すると」
 エリスタリスは黒星解放を発動。何人かの聖騎士が誘引を受けてエスタリスに斬りかかるその一方で、何人かの聖騎士はエクスマリアに狙いをつけていた。
 おそらく先刻の戦いを見ていた者だろう。
「ヒーラーを潰せ! 勝機がある!」
 エクスマリアは魔導障壁を展開して飛び退き、繰り返しになる攻撃を回避。が、回避しきれずに聖騎士の放った矢が肩に突き刺さる。
 自らを治癒すべく魔法を展開するその一方で、イグナートが聖騎士へと襲いかかった。
「出来れば死なずに縛り上げておきたいんだけど!」
「流石にそれほど余裕のある相手ではなさそうだ」
 イズマがメロディアコンダクターで斬りかかると、相手は巧みな剣術でそれを受け流し、鋭い突きでイズマの胸をついた。
 咄嗟に後方に飛ばなければ心臓を貫かれていたところである。
「一人一人がかなり強い四騎士の時と同じ気持ちで挑まないと負ける!」
「それはちょっとキツすぎないかな!」
 イグナートは短剣二刀流の聖騎士の放つ連続攻撃を手刀で次々に受け流していたが、自分の『アッパーユアハート』があまりうまく効いていないことに徐々に気がつき始めていた。このままでは空振りだ。戦術的にも大変よろしくない。イグナートは覚悟を決めて方針変更。目の前の敵を思い切り殴りつけにかかった。
「これが星灯聖典の『聖騎士』か……」
 エクスマリアは呟きながら治癒魔法をイグナートたちへ飛ばす。これまで戦ってきた星灯聖典の信徒たちは一山いくらといった程度の戦闘力しかもたなかったが、聖騎士クラスになるとここまで手子摺るらしい。
「ここまで来て、撤退はナシだぞ」
「承知しておりますとも」
 至東は一人の聖騎士と相対していた。
 女性だ。髪の長い、ひとりの女性。
「お願い、退いて。かわいい坊やが待ってるの。あの子はまだ五歳だったのよ。死ぬには早すぎると思わない?」
「嗚呼……」
 あなたもまた、そうか。
「欲が膨らんでおります。
 死んだ者を『取り返したい』と、そういう心持ちで参画したのでしたか。
 それが今や、『失いたくない』と。
 貴方がたは、死んだ者の死を奪って恥じることがない!
 次の欲は、何であれ『ここでは叶いはしません』から、風船のように、いずれの破綻が見えておりますよ」
 相手の剣とぶつかり合い、そして、斬り伏せにかかる。
 一方でリュコスは髪の長い少年と相対していた。
「ここにはパパとママが生きているんだ。壊さないでくれ、頼む!」
 そう言いながら殴りかかってくる少年の拳を受け流し、リュコスは魔力を込めた掌底を放つ。至近距離で振り絞った魔力は剣の形を成し、少年を突き飛ばすようにはねのける。
 分かってしまう。気持ちが、分かってしまう。この場所ならば幸福になれるという彼らの気持ちが。
 けれど前に進まねばならない。否定しなければならない。
 リュコスはこのとき神ではなく、仲間たちの言葉をこそ信じた。
「騙されてるだけの相手だとしても。今回だけは同情も手加減もしない!」
 ムサシのブレイブレイザーがガンブレードを握った聖騎士のそれとぶつかり合う。
 幾度も斬り合い、火花を散らす。
「我々は騙されてなどいない! ここは理想郷だ。グラキエス様は我々との約束を守ってくださった!」
「守られてなどいない! あなたが与えられたのは死者の複製品だ! 死者が蘇ることはありえない!」
「それのなにが悪い!」
「悪いことすらわからないか!」
 想いと想いがぶつかり合っている。ユーフォニーは、そんな人々の嘆きを、叫びを、目をそらさずに見つめていた。その上で、今井さんがマスケティアに対して銃撃を放つのをよしとした。
「失いたくない気持ち、わかります。けれど、もうあなたは失ったんです。そこから目をそらしては……!」
「黙って! 私は手に入れたの! もう二度と死なない我が子を! 家族を! 親友を!」
 マスケット銃と拳銃による打ち合いが続き、弾丸がユーフォニーに当たろうとした寸前、書類を壁のように展開した今井さんがそれを防御した。
 その一方で、マリエッタは血の剣を次々に放っては聖騎士へと襲いかかる。
「私をここで消耗させる心づもりでしょうが……関係ありません。いくらでも、この剣は生み出せるのですよ」
 流れた血が幾本もの剣となり、聖騎士へ飛んで行く。
 それをたたき落とし、聖騎士の男は叫んだ。
「なぜこの理想郷を破壊しようとするのですか! 私たちはただ、愛する者と共にありたかっただけなのに!」
「その方法が間違っているのです。……いえ、そんな言い方は私らしくありませんね」
 束ねた剣が聖騎士の身体を貫く。
「例え間違っていなくても、奪うのです。だって私は、悪い魔女なのですから」
 そのまた一方で、彩陽は弓使いの聖騎士が放つ矢を紙一重に回避。
 矢筒から新たな『穿天明星』を引き抜くと、身体をくるりとスピンさせてから矢を放った。一瞬で狙いを定めたそれは相手の腕に突き刺さり、動きを封じる。そのまま次なる矢を手に取り放ち、放ち、更に放つ。
 一方的となった攻撃はしかし、聖騎士の叫びにぴくりと手を止めた。
「友達がいたんです。親友だった。僕のせいで死んでしまった」
 聖騎士は弓を握り、矢をつがえる。
「けれど今ここにいる。もう失わない。二度と!」
「いいや」
 先に矢を放ったのは、彩陽の方だった。
「それでも、だめだ」

 決着は思いのほか早くついた。
 個々のスペックは高かったものの、イレギュラーズの精鋭たちほどではない。こちらが何人か勝てば、そこからは数の利が状況を決定づける。
 最後の聖騎士が倒され消えたところで、イグナートは息をつく。
「確かに、拘束する暇はなかったね」
 死ぬまで戦う人間というのは恐ろしい。それが、ここまで強くなったならなおのこと。
「さあ、元凶の所へ行こうか……」
 いよいよ目指すは、第三の庭。聖騎士グラキエスの元へ。

●聖騎士グラキエス
 敵の利になることを許すべきか否か。
 聖騎士グラキエスという人物においては、場合によってはそれを是とした。
 エスタリスが仲間の治癒を行うのを黙って見つめながら、庭にただ一つ置かれた椅子に腰掛け黙っているのだから。
 ならばと一歩前に出たのは、ユーフォニーだった。
「初めまして! ユーフォニーです。こちらは今井さん」
「初めまして、だね。私はグラキエス。聖騎士グラキエスだ」
「グラキエスさん。あなたが会いたかった命はだれですか? どんなひとですか?」
 ユーフォニーの質問に、グラキエスは一度目を閉じる。敵前であるにも関わらずだ。
「母だよ。とてもいい人間だった。貧しい人にはパンを、怪我をした人には包帯を差し出す人だった。だから死んだ。早くにね。
 『僕』は寂しかったんだ。それは偽らざる事実だよ。だから、再会の力を望んだ。そして、ルスト様の力に出会った」
 ばさり、とコートを羽織る。遂行者の白き衣だ。
 ユーフォニーは今井さんに守られつつも、言葉を続けた。
「理想郷ってすごいです。純粋にそう思いました。
 だけど、時は進みます。
 私たちも進みます。
 もし貴方が私たちを止めたとしても、きっと仲間が冠位まで辿り着く。
 ローレットはすごいんですから。
 その時ここは……」
 胸に手を当て、痛みをこらえるように目を一度閉じる。敵前であるにも関わらず。
「だからその前に。
 グラキエスさん、本当の意味で今を、未来を、一緒に見ませんか。
 二度と失わないために。貴方の心を守りたいです」
「……」
 グラキエスはゆっくりと顔を横に振ってから、ユーフォニーを見た。
「私はそうは思わない。確かにローレットはこれまで何人もの冠位魔種を倒してきた。けれど、それもここで終わりだ。神にも等しいあの御方を、倒せる存在なんてない。
 これだけの世界を作り出せる人を、倒せるわけがないんだ。
 だから私からは……いや、今更か」
 ズッ、とムサシがユーフォニーを守るように前に出る。
「ムサシ?」
「彼女に刻印を刻み遂行者にするつもりか。そうはさせない」
 同じくマリエッタも前に出て、ユーフォニーを守るように血の剣を突きつけた。
「教えてください、貴方が失ったものを、取り戻したかったものを……いま失いたくないものを」
 そして戦いは、予告なく始まった。
 マリエッタの幾本もの剣が飛び、グラキエスへと襲いかかる。
 それを、グラキエスは杖に仕込んだ刀ですべて切り落としてしまった。
「その全てを私が奪ってあげます。この世界と今を守る為に、悪になるのは……慣れてますから」
「悪者に慣れるだなんて。つらいね」
「そうかもしれません」
 けれど、奪うことは変わらない。
 マリエッタは更なる剣を作り出すとグラキエスへと解き放つ。
 そのすべてを今度もまた切り落とすが、今度はそれだけではない。
「満足だろうな。お前は亡くなった人を生き返らせた『つもり』になれたんだから!」
 ブレイブレイザーを大剣モードへ変化させたムサシが、真正面から斬りかかっていた。
 剣と剣がぶつかり合い、激しい炎が燃え上がる。
「でもそれは、明日を生きようとしてる人を、大切な命を守りたいと思う俺にとっては……『侮辱』なんだよ……!」
「侮辱、だって?」
「それに彼らはルストの手の内で、明日にも利用され尽くして捨てられる命だってお前は教えない!
 だからお前も、お前の作った『理想郷』も……何度でも否定する。そして、叩き潰す!」
 剣を大きく払い、その衝撃でムサシまでも吹き飛ばされる。
「やはり、君は『否定』しなければならない。そうしなければ、私達は前には進めない」
 そこへ、今井さんによる銃撃が浴びせられる。
 激しい銃撃を剣で撃ち払いつつ応じていると、そこへ更に彩陽による矢が飛んできた。
 不思議な起動を描いた矢はグラキエスへと突き刺さり――かけて、紙一重のところでかわされた。
「不滅な物なんてない。神は不滅やいうならなんで地上におらんのよ」
 次の矢をつがえて構える彩陽。
「何で姿見せてくれへんねやろね。知ってるんよ皆。永遠なんてないって。
 分かってるんよほんまは。でもほんまって事にしたらしんどいのよ。
 そういう隙間に入り込むんやから狡いんよ」
「それは八つ当たりかな」
「……そ、単なる八つ当たりよ。……助けてくれへんかった神様へのね。
 神様はいないから。神様の使いとやらにさ。お前らと一緒よ」
 苛烈な矢の襲撃。それに混じるようにして飛び込んだのはイズマだった。
「よくできた理想郷だな、グラキエスさん。
 だが何人もの理想を取り込んで矛盾しないのか?」
「しないさ。人の理想は、存外小さなものだからね」
「……失った物を取り戻す時、他を壊さずにやれれば良いのに。
 でもそんな理想的な手段は無かったんだな。
 それに、周囲は完璧でも自分は変われない。
 この限界を、大きな欠点を、いつまで無視できる?」
「…………」
 イズマの二つ目の質問を、しかしグラキエスは応えなかった。応えられなかったのかもしれない。
 連続して繰り出すメロディアコンダクターの斬撃を、刀でもって撃ち払い続けるグラキエス。
 ここまでの猛攻を受けてもまだ払いのけられるのかと、イズマは内心で歯噛みした。
「ぼくが正しいとしんじじられるのは「ルストは許せない」ってこと。
 だから星灯聖典の人たちもたおしてこのさきをとおる……ごめんね」
 纏うのは純粋なる黒衣。放たれるのは創造した神滅の魔剣。
 それをついに受けたグラキエスは軽くよろめき、しかし反撃に繰り出した斬撃は襲いかかっていたすべての人物を一度に吹き飛ばしてしまった。
「うっ――!」
 吹き飛ばされ、バウンドして転がるリュコス。
 それをフォローすべくエスタリスとエクスマリアは治癒の魔法を展開させた。
(折れる事すら許してくれないなんて、酷い人)
 ちらりとみたエスタリス。その一方でエクスマリアがグラキエスへと語りかける。
「語ったところで、刃を収めはしないだろう、が……」
 治癒の魔法を仲間にかけながら。
「お前達が『失ったもの』の為に戦うように。マリアは、『今大切なもの』を失わぬ為に、戦うだけ、だ」
 先刻戦った星灯聖典の聖騎士たちを思い出す。
 彼らの奪わないでくれという懇願を、しかし自分達は踏みにじった。
 それは違うと。間違っていると否定して。
「例え、何を奪うことになるとしても」
「そう、か……君たちは『今』に生きているんだね。残念ながら、私達は違う」
 グラキエスの斬撃が更に苛烈になった。まるで吹雪の中にいるかのように冷気が刃となって襲いかかり、全員にそれが降りかかるのだ。
「私達は、過去に生きている。捕らわれているのでも、縛られているのでもない。選択して、過去にいるんだ。
 誰だって考えるんじゃないかな。あのときこうしていれば、って。やりなおせるなら、とりもどせるなら、神に縋ることだってある。私達はそういう選択をしたんだ」
「戦士なら自分の信じるもののタメに命を懸けるもんだよ。でも、ここには懸けられる命がないね。戦っても楽しくない騎士ばかりだ」
 イグナートの拳が降りかかる。
 それを杖で払うように受けて、グラキエスは微笑む。
「それは君の信条だね。立派だと思うよ。けれど、私達は過去に生きているんだ。賭けるのは命ではなく過去なんだ」
 瞬間、至東の刀がグラキエスへと走った。
「グラキエス君、貴殿には罪があります。
 この実験場に、己のみならず多くの者を招いたこと。
 永遠を吹き込まれてここまで来た彼らの体験している『永遠のまがい物』は今日で何日目ですか?
 神ですら竜ですら現在進行系の体験でしか語り得ぬ『永遠の切れ端』は人の身に適合するとお思いですか?」
 ピッ、とグラキエスの頬に傷が走った。初めてグラキエスに傷がついたのだ。
「できるさ……きっとね」
「嗚呼――」
 更なる斬撃を浴びせようと剣を構えた、その時。グラキエスは大きくその場を飛び退いた。
 追撃を――そう至東が飛び込んだ瞬間。
「やめて!」
 間にひとりの女性が割り込んだ。
 美しい女性だった。グラキエスよりも少し年上だろうか。彼女が……『そう』か。
 気付いた時には斬っていた。
 鮮血が吹き上がり、女性はがくりと身体を折る。
「母上――!」
 その時初めて、グラキエスは感情的に叫んだ。
 駆け寄り、身体を抱き起こす。
 その身体が消えていくのを見て、拳を握りしめた。
「奪ったな……『僕』から、二度も……!」
 こちらを見つめる視線には、激しい憎悪が宿っていた。
 思わず戦う手を止めてしまうほどの、ぞっとするような目だった。
「この場は退く。けれどもう……許さない。次に会う時は、どちらかが死ぬときだ」
 剣を振るい、吹雪を巻き起こすグラキエス。吹雪が晴れたそのあとには、彼の姿はどこにも残ってはいなかった。

 聖騎士グラキエス。次に彼と相まみえるときは、どちらかが死ぬ時だ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――聖騎士グラキエスは撤退し、理想郷の一部は破壊されました。

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