シナリオ詳細
<THEO>OVTRLMVZGVI
オープニング
●
アクア・グレイの高い空が視界いっぱいに広がっていく。
山々に囲まれた森深い高地にある村はいつも通りの朝の風景が広がっていた。
ゆったりと立ち上がる煙突からの湯気に乗って野菜スープと香ばしいパンの匂いが鼻腔を擽る。
「今日も、良い天気だな」
朝の稽古を終えて一つ伸びをした青年は、ぱたぱたと走っていく子供の足音を聞いた。
いつもは寝坊助な村の子供たちが起き出して来たのだろうかとゆっくりと後ろを振り向く。
「なんだ、お前たち今日はずいぶんと早い……」
青年の赤茶色の瞳が捉えたのは、フードを目深に被った四人の子供。
一様に俯き加減でいつものキラキラした眩しい瞳は見えない。
(ははん。これは、あれか。収穫祭の仮装だな?)
豊穣を祝い、子供たちの成長を願う収穫祭には御伽噺の魔法が掛けられる。
といっても祭りはまだ、しばし先の話だ。
きっと彼らは祭りが待ち遠しくてこんな格好をしているのだろう。まあ、子供らしい無邪気さの発露とも言える。
「ふっふっふ。お前たちトリック・オア・トリートはまだ早いぞっ」
「とりっク」
たどたどしい言葉はそこで途切れた。
「そう。合言葉はTrick or Treatだ。ちゃんと予習するんだぞ」
そんな事を言いながら青年は顔を綻ばせると、ポーチの中に片手を入れる。
「でも早起きは偉いな。ほら。家に帰るんだぞ」
取り出した飴玉を一人一人に握らせようと、かがむ。
「とりっク」
「ん?」
青年はかがんだまま、顔をあげる。
「Trick so Treat」
「so……」
――幾重もの円を描くように、白く並んだ粒。
ああ。もう衣装が完成していたのか。
それにしても出来がいい。
あまりの出来の良さに、ぎょっとしてしまったぐらいだ。
顔の中心でぬらりと光る穴。蛇の口腔のような。ヤツメウナギのような。
ぞろりと並んだ――臼歯。
こんな子供達の前で焦るのは躊躇われるから、笑おうとしたのに。
まるで声が出ない。
いやいや。
だいたい。
いったいぜんたい。おかしいじゃないか。
顔の真ん中にあんな巨大な穴なんて、あいているわけがない。
視線を泳がせ、青年は気づいた。
子供達全員が見ている。
自分を。全員が。見ている。
大きな赤い一つ目で。顔より、頭より、ずっと大きな口を開け。
見ている。
「――――いっ、ひっ!?」
青年が手にした飴がバラバラと落ちた。
子供たちの周りはダーティ・ブラックの黒い水たまりに満たされている。その中で蠢く何かに攫われて飴がコロコロと動いていた。
フードの下から見上げる大きな一ツ眼が細められる。
「おカシも、あなたモ」
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ゼンブゼン部全部全部ゼン部ゼン部全部全部全ブゼンブゼンブゼンブ――――
「ぜーんぶ♪」
黒い水たまりの中で蠢く虫達。その上を平気で歩く芋虫の顔をした子供達。
にたりと笑ったその大きな臼歯が青年の瞳に大きく写って。
どうしようもない絶望が――青年の最期の記憶だった。
――――
――
「こっちの村まで来ればもう安全だ」
男は振り返る。大した荷物も持てないまま、村人達の命を最優先にした村の長の顔。
殿を務めていた青年に頷いてから、村長は同じ様に命からがら逃げ出した同郷の皆を見渡す。
「もう、大丈夫だ!」
その声に皆、安堵の声を上げ家族を抱きしめた。それだけ、恐怖であったのだ。
何もかもを飲み込む怪物。
立ち向かった村の自警団の青年たちは次々と食べられて。
跡形も無くなった自分の家。それでも、命だけはとここまで逃げて来たのだ。
「良かった。助かった……」
しかし。
「まって! あの子が居ないわ! 村を出る時は一緒に居たのに」
母親の手は弟を抱えるのに精一杯で。姉である少女を引く手はどこにも無かったのだろう。
「シェナ、どこに居るの、シェナ!」
おっとりとした心優しい女の子の姿を、皆が思い浮かべる。
少女はよく愛犬と一緒に走り回っていた。
風が柔らかい髪を攫って、屈託のない笑顔を向ける彼女の事を。
「シェナ!」
悲壮な顔で村の方向へ走り出す母親を男たちが止めて、首を振る。
「行ってはダメだ……」
「でも、シェナが! シェナが! シェナあああああ!!!」
子供を呼ぶ声は、木霊して。ざわめく森にかき消えた。
●
「それは、大変なの……」
口元を抑えてぷるぷると首を振った『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の眉は困惑するように下がっていた。
聞くだけでも寒気がする村からの嘆願書。
被害は青年だけに留まらず、家畜や足の遅い老人、勇敢な自警団。その村にあるもの全て。家や木々でさえも飲み込んでいるという。このままでは村は跡形もなく消え去ってしまう。
「急がないと」
村人の大半は隣村に逃げたと云うことだが、その化物は人間の肉を好む性質。早く向かわなければ隣村にまで被害が及んでしまうだろう。
ローレットの報告書の束を持つ『Vanity』ラビ(p3n000027)の目は真剣だった。
「……レギオニーター」
その名前の響き、満たされぬ飢餓と暴食。
バサリと報告書を広げて、びっしりと書かれた文字を追う。
情報を喰らって。以前の戦闘記録を探し出したラビは、無表情だった眉根を少し寄せた。
重傷を負ったイレギュラーズの帰還。討伐を成し得なかった事実。
同じ個体では無いのだろうが、危険性については考慮すべきであろう。
ともあれ、やるしかないのだ。
ローレットが調べうる全ての情報をイレギュラーズに託し、ラビは「よろしくお願いします」と頷いた。
●
小さな足取りは踵を返し。
「モリー」
いつも一緒だった、大好きな愛犬(しんゆう)を思い出す。
騒乱の最中、家の犬小屋に置いてきてしまった。
大人たちの剣幕に連れられて、気づけば村から随分と離れてしまっていたから。
「この道をまっすぐ」
自分の村までは一本道だった。幼い少女でも分かる簡単な道。
だから、迎えに行くのだ。
「待ってて、モリー」
歩は勇気に満ちて。大地をしかと踏みしめる。
空高くアクア・グレイの広がりに。
幼き少女はヘイゼルの瞳を輝かせた―――
- <THEO>OVTRLMVZGVI完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年10月24日 23時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
世界には理というものがある。
適者生存、弱肉強食。それから――
――生きとし生けるものが糧を得るのはそうした自然の掟に他ならない。
だから『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は想う。それだけを考えるのであれば、決して咎め立てし得る事象ではないのだと。
だが人である彼女等であれば、人を食する存在――レギオニーターを放置出来ないのも、また事実ではあるのだ。
皆は森のはずれに集まっている村人達から少々の情報をかき集め、現場である村の広場へ向けて駆けている。
戦の為に策と作とを共有しながらも、思慮深い彼女にそう思わせたのは無理もないことだろう。そんな事件だ。
あぜ道を踏みしめ、背の高い木々の門を潜り抜け――突如視界が開けた。
「行くよ、ゲンティウス!」
しなやかで美しい足、その先が大地を蹴り『魔法少女』アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015)が空を舞う。
急かされているのは事態が火急を含んでいるからでもあり――
アリスの視線の先にはフードを被った一団。そして少し離れた位置に座り込んでいる幼い少女と一匹の犬が居た。
あの子は、親友である犬を救うため、勇気を出してここに居るのだ。
ならば今度はアリス達が勇気を振り絞る番だ。
既に犠牲者を生んでいるこの事件で、更なる悲劇を繰り返す訳には行かない。
――ついぞ零れた呟きは安堵を孕み。
「良かった、間に合った……!」
茫然自失の只中にある小さな少女を、アリスは細い腕に抱え込む。
「モリー!」
「うん、大丈夫だから」
この異常な状況の中で。少女が名を呼んだ愛犬は、けれど瞳に知性の光を灯し続けていた。犬は賢明にもアリスの後ろへ隠れ敵を睨む。
僅か一人と一匹。敵へ牽制の鋭い死線を送りながら、じりじりと下がるアリスに向けてレギオニーター達が吠える。
「私達はローレット、君を……君達を助けに来たんだっ!」
状況だけ見れば窮地なのかもしれない。だがアリスの声は少女を、そしておそらく己自身をも奮い立たせる物だった。
黄金の斜陽を隠す影が一気に伸び――座り込んでいた敵達が一斉に立ち上がる。
目深にかぶったフードを突き破るように伸びるのは白い首。粘着質の液体を垂れ流しながら、レギオニーター達は奇声を上げた。
巨大な丸い口腔にぞろりと生えそろった臼歯、不気味なダークレッドの単眼が一斉に少女等を睨みつける。
アリスは短く息を吐き。単にこのまま背を向けては危険が過ぎるだろうと、そう判断する。
敵と彼女。彼我の距離は残念なことに、それほど遠くはなかった。
――
――――村は。
一言で述べるなら酷い有り様だった。
平素の閑静さを残す中で、炊事を放棄したろう家が一軒だけ燃えている。
辺りには血にまみれた衣類の切れ端が落ちている。
いくつも、
ただそれだけが散った命の残滓を示している。
後は何もない。
腕も、足も。肉も骨も。
何もない。何一つない。
――全て食われてしまっている。
「目につく物全てを食い荒らす生物か」
ガレキすら残らぬ異質の凄絶に、『智の魔王』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)が呟く。
せめて、例えば食べる物が動物だけなのであれば、或いは生物兵器などとして利用もできよう。
だが文字通り全てであれば、どうにもならない。
これが以前存在したゼオニーターなる怪物の進化系であり、数も増えているというのであれば――駆逐する他ないのだろう。
それを少々『勿体ない』話だと感じるのは、彼が異界で魔を統べる王であったが所以であろうか。
使い勝手が悪い魔物を有効に使役するというのも、彼が誇った所作の一つであったのかもしれないが。
いくらなんでもこれでは、どのみち処分する他なかったろう。
さて――
アリスと敵の前に立ちふさがった少年がこれ以上の悲劇を許す筈もなく。曲刀を鞘走らせ『特異運命座標』秋宮・史之(p3p002233)が腰を低く剣を構える。
「任せてよ」
「ありがと」
再び大地を蹴り、少女を抱えたまま後方へと飛び退るアリスの前に、もう一人の味方が姿を見せた。
「食いっぷりのいいやつってのは、普通見ていて気持ちのいいモンなんだがなぁ……」
どこか飄々とした呟きの主、『水底の冷笑』十夜 縁(p3p000099)は嘆息一つ。
「ここまで来ると狂気しか感じねぇ」
このまま広がっては堪った物ではない。片づけるのみだ。
どこか気だるげな、しかし不敵な笑みを零して十夜は巨盾を大地に突き立てる。
「食い過ぎはよくないぜ」
嘯いてやった。
「お前さん方。好き嫌いがねぇのは大変結構だがね」
二体が口腔を広げ――続くのは。
「俺は秋宮史之、食ってばかりのおまえらに食われる側の気分を味合わせてやるよ!」
更に一体。
釣れた。史之と十夜。二人で三匹。
鞭のように迫る腕を曲刀で払い、史之の踵が地を抉った。一撃が重い。肝が冷えるとはこの事か。
そして名乗った所で思うのだ。
仮に理解する程の知能があるのであれば――ぞっとしない。言葉が通じるということは連携が出来る訳だ。
更には。こいつらには『マザー』なる存在が居ると、そんなことを聞いたような気がする。
迫り来る攻撃を次々と払いながら、史之の脳裏に過ったのは、そんな情報だった。
こんな奴らに親玉が居るとしたら、洒落では済まされない事態になる。
ともかくこうして戦いの火蓋は切って落とされた。
「――ここで倒さねばなりませんね」
呟いたクラリーチェも、似た想いを抱いたのであろう。
レギオニーター達は丁度子供程度の大きさだ。様々な情報を加味すれば、それは幼体なのかもしれないが――
けれど戦う他ないのである。
「もう大丈夫。立てますか?」
「うん」
アリスの腕を離れた少女に柔らかな言葉をかけつつ、クラリーチェは魔力を高めて行く。
「私達の後ろへ。絶対に守りますから」
震える足を叱咤して、幼い少女は愛犬と共にアリス達の背後へ身を隠す。
最初の目標は、これでクリアした。
だが本番はこれからだ。
●
一体を引き付けた史之は作戦通り、敵陣深くへ切り込む。
「そりゃ――」
次なる一体と対峙し間合いを図る刹那、後背からの一撃を横跳びにかわした。
「――そう来るよな」
じりじり詰まる距離に。
「力を貸して、ルスト・ウィッシュ!」
仲間を、そして己自身を鼓舞するように『駆け出し冒険者』シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)が戦場を駆ける。
大切な誰かを守る剣たるを己に課す少女は。けれどこの日、剣でもあり盾でもあるが、その意思――願いは変わらない。
横殴りの一撃に響く鋼の悲鳴。軋む盾にその身を預け、弾けるように繰り出した剣と共に、その身を舞わせ。
幾度かの剣戟の音の後、青い剣閃と共に溢れた血糊は黒。禍々しく蠢く体液をかわし、シャルレィスは敵へと詰め寄る。
(うーん、こういう相手はどんな物語になるか大体決まってるんですよね)
彼等の心がもっと『人間』に近ければ――もう少し彼女の興味もそそるというものではあったのだろうが。
おそらく誰しも心中に、なんらかの拒否感、嫌悪を抱える中でただ一人。『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は優し気に微笑んだ。
(どちらかと言えば犠牲者の話の方が私は興味あるかなあ? ふふふ……)
交戦開始から二十秒程が経過したろうか。
四音とて手を抜くつもりも毛頭ない。
(そして矢面に立ち戦う皆さんを助けるのが私の役目という訳ですね)
さあ――物語を始めましょう。
敵の重く鋭い一撃に、盾役の面々の体力は早くも削られ始めていた。
ならば癒し手である四音は――飛び散るタールブラック、混じるクリムゾンの霧を潜り抜け――。
ダークヴァイオレットの澱みから生じた赤い手がイレギュラーズ達の傷を癒して行く。
ここまで。盾役による敵のひきつけ、そして分断する作戦は功を奏していると言える。
十夜が二体、史之が一体、そしてシャルレイスが一体。
それが敵の全てである。
後衛、なによりも救出すべき少女に被害が及んでいないのは僥倖だろう。
イレギュラーズの狙いはその上での各個撃破だ。
八名のイレギュラーズに対して、敵の数は四。それも小さな、子供のようなサイズの怪物だ。
数で優位なれど、圧倒出来ぬのは、それがやはり人ならざる存在であるからか。
「さあて、ね」
奇しくも二体に囲まれた十夜は口の端だけを微かに、そして皮肉気に歪める。
「おっと。こんなおっさん食ったら腹壊すぜ?」
弦音と共に、襲い来る口腔を一条の矢が穿つ。グレイシアの力強い援護射撃だ。流れる血が、蝕む毒が、呪いの咢となり怪物をかみ砕く。
己を食む死霊へと食らいつくのはワームの白い首。身を食い破る死霊さえ飲み込まんと襲うレギオニーターの口腔。まるで共食いの様相か。
こんなになんでも食うのであれば――仲間同士で共食いでもしてくれれば良かったと、十夜はふとそんな風に考えもした。
「さすがにそりゃあ、虫のいい話かね」
それにしても――グレイシアはきっと、こんな様子を嘆いても良いのだろう。
かつての彼であれば、今の一撃で敵は即死、否――消し炭だった筈だ。
尤も鍛錬と知性こそが彼の得手。それに彼自身吹聴している訳もなく。斯様な事とてさもありなんと、再びその手に死霊を束ね――
イレギュラーズの猛攻は続く。
各々がその力を解放する技を纏い、渾身の一撃を見舞って征く。
唇を噛み、跳ねる鼓動を抑え、『円環の導手』巡理 リイン(p3p000831)は白き大鎌を振るう。
生と死を分かつ厳然たる一撃。戦場を蹂躙せしめる渾身の一撃がレギオニーターの胴を袈裟斬りに裂いた。 迸り蠢くマットブラックが大地に腐海の如き花を咲かせる。
「食い止めて下さる皆様に報いるためにも、全力を尽くします」
まずは数を減らさなければならない。
凛と声を張るクラリーチェは魔術書掲げる。風がめくりあげたページが示すのは地獄の魔神。序列二十九を冠する大公爵。
さあ――「私が命じます、アスタロト!」
爆発的に膨れ上がる猛毒の瘴気は邪竜の咢の如く、二体のレギオニーターを一気に飲み込む。
「私だって、負けてられないから、ね」
宙を舞うアリスがその両手で突き出した魔杖――ゲンティウスに幾重もの光る円環が顕現する。
高さと距離と。敵と攻撃を受け続ける仲間達の足並みと。彼女の視線の先を遮るものがない瞬間こそが千載一遇のチャンス。
「行くよ……ライトニング!」
澄んだ音と共に展開された魔陣の中心、杖の切っ先から迸る雷光が敵達を劈いた。
こうして十秒。二十秒。三十秒。イレギュラーズ達は堅実かつ着実に作戦を遂行して往く。
ただ一つの懸念は――各個撃破を目的としているにも関わらず、未だ四体のレギオニーターが健在であることだった。
「どうにも。ふふ……困ったものですね」
口調こそ柔和で軽い四音、或いは仲間達の様子すらも楽しんでいるのかもしれないが。
徐々に深く広く、蠢く粘液に足を取られるも、イレギュラーズ達は半数もが各々対策を行い、残る面々も十夜による回復を得ることが出来ている。
しかし体力面では癒しの力を行使し続けてなお、イレギュラーズ達が受ける傷の全てをカバーしきれないで居た。
「やれやれ、どうにかならんものかね」
とはいえそんな軽口を叩きつつも最前線を支え続ける十夜、癒し続ける四音が居なければ、誰が倒れていてもおかしくない状況だ。
鞭のような腕を盾で弾いたシャルレィスの背後から、もう一体のレギオニーターが首を振るう。
「っ!」
禍々しい単眼の煌きを視界の隅に捉え――間に合わない。叩きつけられた衝撃に意識が明滅する。
地に投げ出され、肩に強い衝撃を受けながら。それでも彼女は咄嗟に大地を蹴りつけた。可能性の箱をこじ開け、蒼穹色の闘気が煌く。
「はあああぁぁぁ――ッ!」
宙に浮かぶ身体と、覆いかぶさるように迫る怪物と――放つ横凪の一閃がレギオニーターの胴を捉え、傷だらけの身体にめり込み――両断して。
それがようやくの一体。目に見えた戦果であった。
●
レギオニーター達が一斉に天を仰ぐ。
「飢餓――であるか」
虚無の波動を放ったグレイシアが眉間を寄せる。
「おっと、させないよ――ッ!」
真正面から迫る咢へ向け、史之は衝撃に顔をゆがめながらもそのまま敵の口腔へ曲刀を突き入れる。
「腕も、足も、くれてやるもんか!」
首の後ろに切っ先が生え、蠢く黒が大地に散った。
「お高いんだよ、俺は!」
こうして繰り返してきた小さな反撃の数々とて、間違いなくレギオニーターの体力を削ぎ落している筈である。
こんな状況であれば、大抵の生物なら死んでいるとも思えるが、ワームとはこういう生き物なのか。
少年は一呼吸に刃を引き抜く。背にじわりと冷たい汗がにじんだ。
「お前さんの後ろは、このおっさんに任せとけよ」
後背から十夜の声がした。三方を囲まれる形で、背中合わせになっていたのか。
更に幾度かの攻防が続いた。最前線の二名とて、一度膝を折りかけパンドラの輝きを燃やしている。
目まぐるしく立ち位置を変える敵の猛攻に、後衛火力は個体を対象とせざるを得ない状況だ。
「目を狙ってみる」
このままでは、らちが明かない。それになによりも己が知的好奇心をくすぐるのだと。そう考えた史之の一撃は起死回生の一手となるか。
「そうかい」
端的に答えた十夜は渾身の力を振り絞り、大盾を怪物に叩きつける。
怪物が奇声をあげ、十夜へ腕を、首を、叩きつける。
「――やってみな」
衝撃を受けながらも尚も一歩踏み込み、眼前に迫る口腔を睨みつけながら。それでも十夜は涼し気に呟いた。
飢餓により攻撃性を増した敵二体を引き受けると、そんな意思を伝えて。
後なんてある訳がない。一か八かの賭けだ。
「こういうのはどうです――?」
聞こえたのは四音の声。投げられたのは拳ほどの小さな岩か。
こんな相手に餌を供給しているようで、少々気が引けるが。
宙を舞う一点に――
「――そこだッ!」
史之は曲刀をくるりとリバースグリップに持ち替え突き下ろす。
剣が眼球にめり込み、俯いたワームが甲高い奇声を上げてのたうつ。
「素敵な光景です。ふふ……では、お願いしますね」
四音の声が僅かにかすれている。表情には出さぬまでも、かなりの疲労が蓄積されているのだろう。
ここで癒しの力が増した。アリスの決断だ。
彼方を立てれば此方が立たず。高火力を誇るアリスが守勢に回ることは戦線の安定と引き換えに攻撃手を失うということでもある。
そんなことは百も承知だが、いまここで最前線を崩す訳にはいかない。
「これはどう?」
今度はシャルレイス。満身創痍の身体を叱咤し大振りの枝を投げつける。
これが、どうしたものか。
笑いごとではないのだが、面白いように食いついてくるではないか。
そして五度目。
だが、それを僅かに目で追った怪物は、構わず盾に突進をしかけてきた。飢餓が治まったのであろう。
「『動くもの』を狙ったのであろうな」
「あれのどこかは分からんが、頭ってやつはついているらしい」
死霊弓をひき絞るグレイシアに十夜が答える。
「傷も癒えているようだが」
「厄介だねえ」
だが目を潰し、岩や枝を食わせ。生じた一瞬の隙をイレギュラーズ達は逃さなかった。
仕掛けた猛攻がレギオニーターの身体に無数の傷を刻み付ける。
これは。
生物の本能なのであろうか。
後衛へ向けて。脱兎の如く逃げようとする三体。
「やらせんよ」
「逃がすか!」
その二体を十夜と史之が盾で弾き飛ばした。
しかし。
一体残る。
「食べたいならば食べればいい」
眼前に迫るレギオニーターへ、クラリーチェが言い放つ。
怯むつもりなど毛頭ない。
彼女はその臼歯まみれの口腔へ、可憐な指先を伸ばし。
シャルレイスの剣、リィンの大鎌がレギオニーターの背を切り裂いて。
「けれど、こうなることもまた必然なのでしょう」
放たれた膨大な魔力の奔流がレギオニーターの頭部を吹き飛ばした。
そして。
幾重にも展開する魔陣に光が満ち。
「とどめよ、ゲンティウス!」
光条が怪物の胸部を貫く。
アリスの魔弾、グレイシアから放たれた一条の矢が残る怪物を食い破り、戦いは終わりを告げた。
――ハズだった。
「これ、幼体なんだよなあ。ぜったい居るよなあ。でっかいの」
不吉な言葉を口にした史之へ向けて、今まさに最後に一体にとどめを刺した筈のグレイシアが意外な声をあげる。
「ヤツメウナギのようなものであろう。入念に潰しておいたほうがよろしい」
「っていうと」
音がした。
昏れ往く黄金をかき消すように影が伸び。
足先で突いた史之へ。
倒れた筈のレギオニーターが弾けるように跳ね上がり。
「と、まあ。こうなる訳だ」
放たれた漆黒の波動がその生命を焼き尽くして。
「なるほど」
身震いもしたくなるというもの。
――後は。
「怖かったでしょう? もう大丈夫だから。向こうでいっぱい『お話し』を聞かせてください、ね?」
かがんだ四音に少女が抱き着いた。
四音の唇端が微かに吊り上がる。
これでひとまず一件落着か。
「一連のレギオニーターによる事件。この先に何かあるのでしょうか」
そっと呟いたクラリーチェの声を、風にささめく木々が空へと運んで――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
またのご参加をお待ちしております。
称号獲得
グレイシア=オルトバーン(p3p000111):叡智のエヴァーグレイ
アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015):煌きのハイドランジア
GMコメント
yakigoteGMと愉快な仲間たち。その4か5ぐらいのもみじです。
●目的
レギオニーターの殲滅
●ロケーション
太陽が照らす山深い村。
かつては家が立ち並び、小さいながらも笑顔の溢れる村でした。
現在は村の半分が食べ尽くされています。戦闘には十分な広さがあるでしょう。
戦場の周りには家屋、山羊や家畜小屋、木々等が存在します。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●敵
○レギオニーター×4
・頭部が芋虫で、人間の子供のような体をした生物。
・非常に食欲旺盛で何でも食べられるが、特に生きている肉を好む。
・物理攻撃力・反応・回避に優れている。
『飢餓感』(P):ターン経過、一定値に達すると凶暴化、攻撃性が上昇。
追加行動で『捕食』を行うようになります。この状態は『捕食』を何度か行うことで解除されます。
『捕食』(P):周辺の木々、石、肉、その他口に入れば何でも食べようとします。
また、この行動によりHPが回復します。
『粘液』(P):毎行動後に回避判定を行い、失敗すると不吉のBS効果を受けます。
この判定難易度はターン経過で上昇します。
浮遊していると、判定にプラス補正がつきます。
レギオニーターの至近距離にいるとマイナス補正がつきます。
レギオニーターから出ている黒い粘液。よく見ると自分で動いている。触れると這いずっている感触が嫌でもわかる。
●村人
○シェナ
小さくて心優しい8歳程の少女。
愛犬のモリーを探しに村に入り込んでしまいました。
モリーと無事に再会を果たした所で、運悪くレギオニーターに見つかりました。
現場へ到着するとレギオニーターの関心はイレギュラーズへ移ります。
腰を抜かして泣いている少女など、逃げられる筈もないと考えたのでしょうか。
戦闘中は問題ありませんが、負けてしまうとシェナもモリーも食べられてしまいます。
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