PandoraPartyProject

シナリオ詳細

うみほうし

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●漆黒
「裂(さき)、裂」
 耳元でささやかれ、裂は目を開けた。まだ眠気が抜けない。眠りはつかのま、空腹から自分を解放してくれる甘い毒薬だ。できればもっと眠っていたかった。となりにいる阿真(あま)へ、いとしい女の姿を真似ただけの肉の塊へ、自分が牙を立てずにすむように。
「どうした、阿真」
「裂、なんだか。いやな予感がするの。胸がざわざわして落ち着かない」
 いぶかしげに、裂は目を細めた。海は凪いでいる。おだやかで、平和だ。けれど、かすかな違和感を裂はいだいた。
 水平線の色が違う。
 秋、空は青く、深く澄んでおり、海はしずかに広がっているが、水平線の向こうから、ひどく邪悪な気配を裂は感じ取った。
「阿真、こっちだ」
 嫌悪に背を向け、二人は波を割いて泳ぎだす。青い、青い海が、黒に染まっていく。空はにわかにかきくもり、太陽から裂と阿真を覆い隠す。岩が坂を転がるように、変化は突然で、急だった。黒が迫ってくる。裂は必死に泳いだ。あれにつかまってしまえば、とんでもないことになると、魂が警鐘を鳴らしている。
 けれど、浸食は予想外に速く、ふたりは黒い海へ飲みこまれそうになった。黒へひたした足に激痛を感じた瞬間、裂はとなりの阿真をつかみ上げ、おもいっきり投げ飛ばした。
「裂!」
「逃げろ! 俺のことは放っておけ、阿真!」
 叫ぶ裂の体を、漆黒が覆いつくした。それが、阿真の見た最後の景色だった。

●予想外だよね
「……たしかに僕の広域エネミースキャンは、魔種は対象外だけどぉ」
 裂はうすくまぶたをひらいた。誰かがのぞき込んでいる。紺色の長い髪を後ろでくくった青年だ。白い鎧姿も、銀の瞳も、黒で彩られた背景には場違いだった。あたりへは刺激臭が充満しており、裂はどうやら、島とも呼べない岩礁へ引き上げられているようだった。
 両手足の感覚がない。息をすることすら厳しい。苦痛に身を焼かれながら、裂は自分の体を見回す。手足は溶解し、付け根へクラゲのようになった肉が付着するばかり。全身は重度のやけどをおったようにどろどろになっている。
「まさか魔種がいるなんて思わないじゃん。邪魔が入らないように、なるべく人気のない所を選んだのに、裏目に出ちゃったかな」
 独り言を言っていた青年は、ようやく裂の目覚めに気づいた。
「Good morning、魔種。僕の言うことを聞くなら命は助けてあげる。そうじゃないなら廃滅で溶けちゃいな」
「……おま、えは……?」
「アーノルド」
 覚えてもいいし、覚えなくてもいいよと、青年は唇の端を持ち上げた。
「イレギュラーズが神の国まで攻め込むし、聖女ルルは気まぐれを起こすしで、約束の地が不安定になってる。だから適当なところへ『帳』をおろして、エネルギーを吸い上げて補填しようと思ってるんだ。
 君は、僕の作業が終わるまで、番犬をやってくれ。返事は?」
「……ことわ、る」
「あ、そう。まあいいや」
 しゃくり。青年は星型の聖痕がついた青林檎をほおばると、唐突に裂の唇を奪った。
「てめっ……!」
 暴れようにも手足がない。青林檎のかけらが喉を通り、胃であったところへ落ちていく。裂は不快さを隠そうともせず、最後のあがきとばかりに舌へかみついてやった。
「いて」
 アーノルドは裂から離れると、自分で自分を癒して、にいと笑った。
「生まれ変わった気分はどう?」
「ああ!? ふざける、な……?」
 飛び起きた裂は、はたと自分を見た。失ったはずの手足が元へ戻っている。牙はさらに鋭く、おそろしくなり、あれほど自分を悩ませた空腹は消え去っていた。
「僕の林檎を食べたから、君は今から僕のペットだ」
 続けてアーノルドは、古い切手のようなものを取り出した。
「口を開けて」
 裂の意思とは裏腹に、勝手に口が開いていく。アーノルドは裂の舌へその切手をぐりぐりと貼り付けた。
「『偽・不朽たる恩寵』(インコラプティブル・セブンス・ホール)を君へあげる、うれしいだろ?」
「くたばれ」
「うん、元気なようで何より」
 アーノルドは手にしていた青林檎を空へ放り投げた。曇天の空を星形の聖痕が覆う。
「それじゃ僕は上にいるから。邪魔がこないように見張っておいてくれよ。ああ、もしもイレギュラーズが来たら、殺しといて」

●豊穣 日々根村にて
「……魔種」
【無口な雄弁】リリコ (p3n000096)はそう告げた。その一言だけで、事の重大性が分かる。
「……日々根村という漁村に、阿真と名乗る魔種が現れた。阿真は、村人を人質にとって、依頼を出せと脅迫した」
 あなたは目をしばたかせた。依頼を? 魔種が? ローレットへ? その疑問へ答えるように、リリコは続けた。
「……夫の裂が、突然広がった廃滅の海にとらわれている。廃滅の海は魔種ですら溶かしてしまうから、自分はそこへ行けない。だから、自分の代わりに、夫を助け出してほしい」
 これが村人からの懇願であれば、あなたは一も二もなくのったかもしれない。だが、魔種がそう言っているのであれば、話は違ってくる。
「……もちろん、魔種はこの世界の敵だから、いずれは討伐しなければいけない。ごくわずかな例外を除いて、魔種へ反転した者が元に戻ったことはないから」
 阿真は泣いていたという。村人が要望通り依頼を出すと、すなおに人質を放したという。廃滅が現れた海への、案内も買って出ると言っているらしい。リリコはそっとつぶやいた。
「……裂を見つけてどうするかは、あなたしだい」

GMコメント

みどりです、こんにちは。
裂さんの因縁シナリオです。相談日数が少ないので、気を付けてください。

このシナリオは導線が二本あります。相談でどうするかを決めるのが望ましいですが、割れた場合は多数決です。
1)裂を不殺で倒し、助ける(豊穣の悪名があがります)
2)裂を討伐する(豊穣の名声があがります)

●エネミー

「<最後のプーロ・デセオ>屍山に血河 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8562」にて反転したPCさん。アーノルドくんの青林檎によって操られています。
 飛行・水上移動をもっており、廃滅の呪いを5回まで無視できる能力を獲得しています。タンク型。中距離以上の技は持っていないようですが、一発一発が重いので気を付けてください。

●戦場
 オイルを流したように黒く染まった海原です。水上移動があると有利に働きます。
戦場効果1)廃滅の呪い
 1ターンにHPの1/5相当のダメージを受けると、海ポチャしてしまいます。海は廃滅の呪いを宿しており、ポチャンするたびにHPへ大打撃を受け、また無効化できない【廃滅】がつきます。
戦場効果2)アーノルドの冷気
 回避命中へー15、反応へー40のペナルティを受けます。アーノルド自身にペナルティはかかりませんが、裂さんは、このペナルティを受けます。
戦場効果3)呼び声
 裂さんから発せられる呼び声です。ターン開始時、戦場内PC全員へ、【怒り】付与の判定が行われます。この判定はターンが経過するごとに厳しくなっていきます。

●友軍 道案内に徹します。戦闘へは参加できません。
阿真
かつて裂さんの妻であった魔種。裂さんとの永遠の愛に憧れ反転しました。正体は寄生虫の塊。今回、彼女との戦闘はありません。

●足
希望する台数の船が日々根村から貸し出されます。ただし、自前で小型船を持ち込んだほうが有利に判定されます。

●その他
『銀の瞳の遂行者』アーノルド
上空にいます。裂さんへ支援はしません。希望するPCは、戦闘後に接触することができます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。


裂さんを……
反転してしまった裂さん。その行く末をあなたが決めます。

【1】不殺で倒し、助ける
裂さんを助けて阿真と合流させます。

【2】殺す
ここで息の根を止めます。

  • うみほうし完了
  • コンニチハ、裂さん
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年11月07日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
雪風(p3p010891)
幸運艦

リプレイ


 青い海へ白い筋が一本、流れていく。『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)の小型船だ。その手前を、人魚に似た女が猛スピードで泳いでいく。
「阿真さん!」
 舳先から妙見子が叫んだ。
「水平線が黒くなってきました! 船に乗ってください!」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が空中へ浮き、阿真の手を取って船へ乗せる。
「この奥! この奥に裂が、裂が!」
「わかっているよ、深覗の方」
 涙をこぼす阿真をなだめるように、その背をやさしくさすると、武器商人は廃滅に呪われた海へ顔を向けた。
「つっこみます!」
『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)が空を見上げた。星型の、白と黒とにパッキリと分かれた聖痕が空を覆っている。乗り込んだ海域はオイルを流したように黒く、刺激臭が鼻を突く。
「……何度、聞いても。耳障りだ、な。」
『薔薇冠のしるし』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が、脳髄がきしむような原罪の呼び声に顔をしかめた。
「だが、マリア、には。きかない。」
 断固たる意志を持って、エクスマリアは呼び声へ反抗する。グリンガレットがいななきをあげた。エクスマリアはその背へまたがり、飛翔する。
『ネクロマンサー』マリカ・ハウ(p3p009233)はそれを見送り、顔を伏せた。
(恨みもない、引導を渡す義理もない)
 そして、硬くこわばった『幸運艦』雪風(p3p010891)の横顔を見た。
(この子の、やわく繊細な想いを、踏みにじった男へ、手を貸したのは私……。その時が来たなら、決着をつけよう、あの男と。……アメミットに己の心臓を捧げるのは、ドゥアトへあいつを送ってからでも遅くない……きっと)
 そう思いたいのかしら。マリカは白い息を吐いた。次の瞬間、彼女は不死者の女王たる絢爛と威厳とを身にまとっていた。
「……ったく、ようやく足取りが掴めたと思ったら何やってんだよ」
『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は、船から飛び降りた。次々と味方がそれに続く。着水。だが、水しぶきすらあがらない。まるで水鳥のように、命たちはうねる波の上に立っていた。
 赤く輝く両眼が、命をとらえた。命が吠える。
「この、大馬鹿野郎ー!」
 命の重戦車の如きラリアットをまともに食らうも、裂はわずかに体勢を崩しただけだった。裂からの反撃を受け、ふっとばされる命。彼を受け止めたのは、『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)だった。
「落とせるか? 私を」
 ぬらりとロジャーズが前へ出る。その腕は何ももたず、そのにくは柔らかく、その動きは緩慢で、しかして、不敗。絶対無敵の不沈艦は、裂を通り越して上空を睨む。
「私の本気を、真剣を晒して、先に無碍にしたのは、冒涜したのは貴様の方だぞ、遂行者? 宜しい。私を嘲るとは、辱めるとは、愉悦の二文字を理解している。上等ではないか、憤懣の極みではないか。魔種、少々、八つ当たりの相手を、してもらうぞ」


「雪風!」
 裂が苦渋に満ちた顔でわめいた。その思いとは裏腹に、体は勝手に動き、裂けた腹から真っ赤な光の砲が打ち出される。中距離までの範囲へ扇状に着弾。一時置いて、爆発が続く。荒れる海、ごうごうと。雪風はそれでも顔をあげていた。いまにも泣き出しそうな、そんな顔で。
「何故ここへ来た!? 俺は、お前以外の手で討たれたかった! お前のそんな顔を、見たくはなかった!」
「裂さん……」
 我慢できず、雪風の頬を、最初のひと粒が転がり落ちる。
「……約束、守って、くれていたんですね。人の居ないところで、静かに暮らして、と。わたしとの、約束」
 しゃくりあげたくなるたびに、うしろから雪風を抱擁する妙見子が、頬を拭ってくれる。だから、雪風は心のままに、本音を口にした。
「討ちに、来たんじゃない、です。わたし、わたしは、助けに来ました! 裂さん!!」
 意表を突かれたのか、一瞬、裂の動きが止まる。その隙に、妙見子が雪風と裂の間に割って入る。
「雪風様が助けたいとおっしゃるなら、私はそれに応えましょう」
 美しきはその聖なるかな。観音か菩薩か。後光をまとった慈母は、裂から発射される赤い弾丸をその身でもって受け止めた。傾国が弾丸を弾く、だがそれ以上の数が妙見子の豊満な体へ食い込んだ。
「もっと、もっとお近くからどうぞ。この程度で、妙見子を、廃滅でとろかすおつもりで? けはっ」
 血を吐き、足元が危うくなりながらも、妙見子は強がった。雪風を守る。そのために妙見子はここへ来たのだから。
(妙見子さん……妙見子さん、ありがとう、ありがとう、ございます……)
 雪風がスコープをのぞく。
(わたしも、『私』も応えなくちゃ!)
 なまなかな不調は裂へは刺さらない。それどころか、裂へ植え付けたはずの不調は攻撃をはさむと同時に回復していく。雪風は思考を切り替え、大火力での砲撃に打って出た。
 空気が揺れる。波がはじけとぶ。十二糎七砲改の砲撃が、裂を襲った。船の上で阿真が息を呑むのが聞こえる。
「おう、嫁さん。アンタは黙ってみてな。己れたちを信じて」
 命がめざとく阿真を牽制する。骨が浮き出るほど握った阿真の拳を視界に収め、命は思考する。
(……今、こういう形で奴を殺したら阿真の方がその後に何をするかわからない。下手に行動の読めなくなることをするのは危険だ)
 そう思うことで、自分自身を納得させ、攻撃にうってでる。
「仮にもめおとならなぁ! 嫁ぇ、泣かせてんじゃねぇよ!」
 泥臭いほどの殴り合いで、命は裂の体力を削っていく。
(くっそ、かてぇ! 生前は壁はってただけあるな!)
 躍起になる命へ、こがねの光が降り注いだ。
「落ち着け。すこし、離れろ。」
 エクスマリアが駿馬の上から癒やしを届ける。愛された娘は、その統率力で戦場を睥睨し、確実かつ速やかに仲間を不調から解放する。運命は彼女の手のひらの上であり、さだめはたやすく彩りを変える。エクスマリアこそは、完璧の体現だった。
「村人に、怖い思いを、させたのは、よくない。だが、マリア達ならば、と、思ってくれたの、だろう?」
 エクスマリアも、ともすれば裂の加勢に入ろうとする阿真を落ち着かせる。おそらく、とエクスマリアは考えた。裂と阿真。両者は、補い合っている。
(このふたりを、一度に相手にするのは、考えただけで、頭が痛い、が。)
 阿真は、呼び声を抑えている。ぎゅっと目を閉じて、ただ裂の名を呼び続けている。その一途さに、魔種に落ちるほどの純真さに、今一度エクスマリアは賭けてみたくなった。
「少なくとも、いま、廃滅の呪いに溶かすほど、マリアは、非情では、ない。」
 天翔ける乙女は、その無表情の奥に、揺れる思いをのぞかせながら聖痕うなる大空へ虹を描く。するするとほどけて降りていく虹が、仲間を救っていく。
「裂さん!」
 ギリギリのところで裂の砲弾を避け、ルーキスは大きく後退すると、二刀でもって空を切り裂いた。剣圧が衝撃波に変じて裂へなだれおちていく。いくつもの攻撃を受けていた裂の姿が波間に消え、雄叫びとともに起き上がった。どろり溶け出した肌からは、廃滅の匂いがする。ルーキスはさらに二刀での攻撃を連ねていく。
「これほど苦悶に満ちた呼び声を、俺は聞いたことがない! だが、あなたがそうであるように、俺にもまだやらなければならないことがある。この声に応えることはできない……!」
 振り下ろした二刀から生まれる衝撃波は、青い稲妻を帯びていた。
「遂行者に駒にされ、志半ばに朽ちることを、俺は許さない! 雪風さんとの約束を守ってくれた義理堅さへは、たとえ魔種であろうとも、敬意を払う!」
 ルーキスのスターライトエンブレムが光を放った。すばやい身のこなしで距離を保ちながら、正確無比に裂へ攻撃を当てていく。
「いつか、あなたと死合こととなろうとも、今だけはあなたを友と呼ぼう!」
 攻めと移動を変幻自在に操り、ルーキスは戦場を駆け抜ける。
 一方でマリカは、船の上でじっとたたずんでいた。
「……お母さん」
 かつて、マリカは女王だった。ならばここにいるのは、何者なのだろうか。自分でも回答できない悩みが、今日も降り積もる。言の葉を受けて、ゆっくりと形作られていくは、母であったもの。
「……お願いを、聞いてくれる?」
 巨大な髑髏が、マリカを守るように両手で包む。
「私のこと、まだ、嫌いじゃなかったらで、いいから……」
 下を向いてしまったマリカは、痛みを堪えるように、声を押し出した。
「……たすけて、お母さん」
 咆哮をあげ、波を蹴立てて髑髏が突進する。正面からそれを受けた裂が、反撃に入る前に、マリカは鎌を振った。淡雪のように、髑髏は消え失せる。
「お母さんを、殴らないでよ……」
 陰鬱なネクロマンサーの衣が、風を受けてはためく。その音にマリカの声は、かき消されていった。
「限界が近いね」
 するりと、そのモノは前に出た。
「そこにいるのと助けられるの、どちらが幸せなのだろうね」
 遠く悠くを視るその瞳は、静寂のまま、揺らぐことがない。
「この手が慈悲になるか。それとも無慈悲になるか。それはキミの行く末しだいだ」
 純粋なる闇が、武器商人の手のひらに集まっていく。廃滅の呪いなど比べ物にならない漆黒は、美しささえ感じさせた。
「お眠り」
 手元から黒がほとばしる。空中で自在に軌道を変え、キリキリと空気を引き裂いて、武器商人の一手が裂へ届く。頭蓋を強く打たれ、裂は倒れ伏した。その姿が廃滅に侵される前に、武器商人は波を割いて近寄り、裂の腕を掴む。そのまま軽々と、武器商人は裂を船の甲板へ投げこんだ。
「あの時……介錯してあげられたら、よかったのにねぇ……」
 淡く輝く銀糸の下は、薄い後悔に彩られていた。


「裂、裂」
「裂さん。裂、さん」
 誰だろう。自分を呼ぶのは、阿真と、もうひとり、誰か。
 裂は懸命にまぶたをこじあけた。
 最初に見えたのは、金糸で刺繍がされた手袋。裂の顔を覆うように、エクスマリアの手がかざされていた。
「……意識が、戻った。」
 エクスマリアが手を引く。裂は身を起こした。
「裂!」
「おう、阿真」
「よかったよぉ! あのまま死んじゃうかと思ったよぉ!」
 子どもみたいに泣きわめく阿真を、あきれつつ抱きしめる。柔らかな肌が香り、ぬくもりが伝わってくる。これは偽物。つくりもの。わかっている。わかっていてなお、自分は手を取った。
「……面倒かけたみてぇだな」
 裂は自分の呼び声を封じ込め、目の前の少女を見つめた。
「裂さん……」
 雪風は首を振った。
「こんな形でも、裂さんに会えて、よかったです」
「そうか」
「はい」
「俺は、会いたくなかった」
 空腹が。飢餓感が、またじわじわと身を蝕みはじめていた。呪われた体が、理性を失う日が近い。裂は、そう感じた。その時、自分はどうなるのだろうか。すべてをなげうった存在を手に掛け、そしてきっと、この少女すら。恐ろしい。怖ろしい。自分で自分の寄る辺を、食い尽くしていくに違いない。裂は自嘲気味に言った。
「……首を取るんなら、他のやつにしてもらいてぇな」
「嘘はよくないよ?」
 横から入った声に目を向けると、自分の腹を裂いた相手が居た。武器商人はほんのりと微笑んだまま、同じことをくりかえす。
「裂さん」
 雪風はきゅっと拳を握った。
「きっと多くの人達がこのまま貴方を倒しきれと口にすると思います。先日も敵に操られたかつての仲間をこの手で沈めました。ですが……私はこれ以上恩ある人をこの手にかけるのは嫌なんです……!」
 ですからどうか、無事で、生き延びてください、それだけが私の望みです。
 少女のちっぽけで、鮮烈な願いを受け、裂はまぶたを閉じた。
「そうしてぇよ、俺だって」
「阿真さんも」
 雪風は懸命に続けた。よしよしと、妙見子がうしろから抱きしめてくれている。
「今回は幸運だったと思ってください。私達以外の人達が相手となればこうはいかないと思います。だからくれぐれも注意をしてください、終焉を含めて今世界中が落ち着きませんから」
「うん、ありがと。覚えておくから」
「こうした形で再会するのは、不本意でしょうが。許してください」
 ルーキスの言葉に、裂と阿真は黙り込んだ。
「あなたたちは、いじましくも慎ましやかに生きようとしている。魔種でありながら、なお」
 それを放ってはおけなかった。
 ルーキスの真心から出た思いに、裂はうなだれた。
「なあ、お前は、何がヒトをヒトたらしめると思う?」
「え?」
 ルーキスは言い淀み、命が頬を掻く。
「理性、か?」
「そうだ。そしてそいつは、導火線を火が這うように、日に日に消えていく」
 裂は口元へ薄く笑みをのせた。
「こうして話せるのも今のうちだけだろうから、言っておく。助けてくれたこと、感謝する」
「裂さん……」
 いつかくる別れの予感を、今だけは知らぬふりをしていたい。雪風は、深々と頭を下げる裂へ、涙ぐんだまま微笑みを送った。


 冷気が強くなる。マリカは顔をあげた。
「来たわね、アーノルド」
 ひえきった空気そのままの、銀の瞳が裂をながめやる。
「意外ともたなかったな」
「静かに暮らしていた彼らを引っ掻き回して、楽しい?」
「へえ、そうだったんだ。まあ、いいや。僕は興味ないし」
 心底どうでも良さそうに、アーノルドは長剣を天へ掲げた。大空を覆っていた聖痕が割れ砕け、帳が開けていく。
「なんでも気分で決めるんだな、アンタは」
「そうだね。いや……そうだった、かもな」
 命の挑発に、アーノルドが歯切れの悪い返事をする。裂たちを逃し、イレギュラーズは空から降りてきたアーノルドを取り囲んだ。
「雪風様の御心を波立てたこと、後悔なさるとよろしい」
 妙見子が利き手をすっとあげた。威嚇するように尻尾が広がる。雪風も主砲のターゲットをアーノルドへ固定する。
「遂行者! これ以上お前たちの好きにはさせない! マリグナント・フリートも含めて……この手で消し去ってやる!」
「お前が、今回の原因、か。」
 エクスマリアの短い髪が、風が流すのとは違う方向へうねった。
「覚えていろ。報いは、必ず受けることになる。」
 ルーキスも用心深く、瑠璃雛菊と白百合をクロスさせている。
「味方への手助けもなしとは、随分と薄情なのだな、次にまた同じようなことをしたら、迷わず斬る。覚えておけ」
「乙女心を弄んだ罪は重いよ、アーノルドの旦那? 可愛いモノガタリがこんなにも愛らしくなったのは誰のせいだろうね。……とりあえず、一発殴られるなり責任取って連れてってあげるなりしたら?」
「静かにしてくれる?」
 一閃。銀の剣閃があたりを薙いだ。氷漬けになり、氷像と化した仲間が海へ落ちていく。寒風ふきすさぶなか、ロジャーズとアーノルドだけが宙に浮いていた。
「なんのつもりだ」
「二人で話がしたくて」
「ぬけぬけと」
 ロジャーズの言にアーノルドは苦く笑った。
「君を惑わせたこと、不快にさせてしまったこと、それは詫びるよ、すまなかった。けどさ」
 アーノルドがさしだした手のひらへ、冷気が収束する。青い林檎が生まれた瞬間、ロジャーズは長いかいなをふるった。
「よこせ!」
 アーノルドの姿がぶれ、冷気の向こうに消える。ロジャーズの腕が宙をかく。ふたたび現れたアーノルドは、どこか悲しそうだった。
「そんなに俺へ、ひれ伏したいの? 『L』」
 違うだろ。アーノルドは続ける。
「君は、ひれ伏される存在だろ? もはや数えあげることも不可能なほど、日々語られ書き連ねられる最新の神話だろ? ねえ、『L』?」
「だとすればなんとする?」
「そうだね……」
 どくりと、ロジャーズの胸が脈打った。かつてつけられた星型の印が、変質したのを感じ、ロジャーズは胸へ長い指を這わせた。
「神を名乗るなら、神らしく、奪い、壊し、滅ぼせ」
 そう言うとアーノルドは、青林檎を放り投げた。手元に落ちてきた時、それは林檎ではなく透明な緑のキャンディに変わっていた。
「俺を打ち倒しなよ、『L』」
 林檎の代わりに、緑のキャンディ。ロジャーズの口へそれを押し込み、アーノルドはごめんねと笑った。
「ホワイトデーにはまだ遠いけど」
 ささやきが耳朶へ触れる。林檎味のキャンディが口の中、からころと鳴っている。ロジャーズは、頬へ、触れるような口づけを感じた。
「期待してる」


「ぶはっ!」
 氷像から元に戻ったルーキスが海面から顔を出す。海は元の青さを取り戻していた。
「いまの、は?」
 エクスマリアの問に、命が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「あの遂行者野郎の特殊能力だろ。ケッ、見せつけやがって」
「……氷に、封じ込められた」
 マリカもまた眉間に縦じわを作っていた。そのとなりで妙見子が必死で水をかいている。
「雪風様! ご無事ですか!?」
「……はい……」
 妙見子に抱きとめられた雪風の大粒の瞳へ、炎が燃えていた。
「この世の片隅で、生きていこうとしている裂さんたちに、なんてことを……許さない。けっして……神の国も、冠位傲慢も」
 船へ上がった一同は、甲板に立つロジャーズの背を見つけた。ばりぼりと何かをかみくだく音がする。
「おやァ」
 武器商人が銀のうすぎぬの隙間から紫紺の瞳でロジャーズを見た。
「もらったんだね、モノガタリ。神の使徒からじゃなくて、あのコ本人から。どうする?」
「ふん」
 ごくんと飲み込む。林檎のキャンディの後味が、あまったるく舌に残った。
「それを決めるのは私だ」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

だいじょうぶわたし!?超久々だけど、リプレイ書ける!?ってめちゃくちゃ緊張しながら書いてました。どうか皆さんのお手元へ無事届きますように。

またのご利用をお待ちしております。

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