シナリオ詳細
<伝承の旅路>名も無き墓守。或いは、行方知れず、人知れず…。
オープニング
●墓守
『ゼロ・グレイグヤード』。
またの名を『ゼロ・クール達の墓場』と呼ばれる陰鬱な土地には墓守がいる。
既に刻まれたナンバーも消えた古いゼロ・クールだが、その大きく頑丈な体躯は未だに破損することなく、立派に墓守の役目を務めあげていた。
ゼロ・グレイグヤードには管理人と呼ばれる者が存在するが、その者が墓所の管理を務めあげているようには思えない。
そんな管理人に代わり、墓所を巡回し、不届き者からゼロ・クールたちを守るのが、墓守と呼ばれる人形の役目だ。
身の丈は2メートルと半分ほど。
見に纏う汚れた鎧は、見ようによってはドレスのようにも見える。背丈の割に体は細く、すっかり古くなって汚れているけれど、おそらく元は純白であっただろうことが窺える。
片手には大きな丸い盾を、もう片方の手には長い槍を持つその姿は、古の伝説に謳われる“戦乙女”のようではないか。
「古いけど、まだ使えるな」
「壊してしまわないよう注意しろよ。とくに核は傷つけるな」
墓守と相対するのは2人の女。
片方は、つばの広い帽子を被った背の低い少女。その背中や腰には、型の古いマスケット銃が幾つも吊り下げられている。
もう1人は、背の高い女性。こちらはどうやら魔術の類を扱うらしい。黒いドレスのような衣服を身に纏い、身体の周囲に無数のガラス玉を浮かせていた。
“猟師”ティンカーと、“魔術師”カーベル。
共に“魔王たちの配下”と呼ばれる者である。
「まぁ、止めなきゃ寄生させられないだろ。手足ぐらいはいいよな?」
そう言ってティンカーがマスケット銃を構えた。
火薬の量が多いのか、或いは何らかの魔術的な強化が施された特別製か。小規模な爆発にも似た轟音と火花に次いで発射されたのは、先端の尖った弾丸だった。
空気の壁を抉りながら、螺旋の軌道を描きながら銃弾が飛ぶ。
墓守は、左手の盾を顔の前に突き出してティンカーの弾丸を防いだ。だが、弾丸は止まらない。盾を射貫き、墓守の肩を……さらには、墓守の背後に積み上げられたゼロ・クールの残骸までもを貫通した。
「ちょっと逸れたな。あの盾、硬いわ」
「盾だから当然だな。見てろ。盾持ちの相手はこうやるんだよ」
呆れたように呟いて、カーベルが虚空に腕を走らせた。
それに合わせて、周囲に浮かんだ無数のガラス玉が虚空を奔った。右へ、左へ、上へ、下へ……あっという間にガラス玉は墓守の周囲に展開される。
紫電が迸り、その次は炎。
雷と炎は、まるで蛇か何かのように墓守の手足に巻き付いた。【雷陣】と【紅焔】が頑丈な墓守の装甲を軋ませる。欠けた装甲が、足元の地面に零れ落ちる。
藻掻くように身を捩らせた墓守は、雷と炎を振り払うべくがむしゃらに槍を振り回す。
頑丈そうな長い槍だ。
その先端が、何度か墓守の足元を殴打した。
「はは。なにやってんだ? あんなんじゃ、アタシたちには届かない」
「いや……何か、奇妙な」
ティンカーは馬鹿にしたような笑みを浮かべ、カーベルは訝し気な顔をする。
墓守の狙いが読めず、動きを止めたことが2人の失敗だった。
墓守の足元から、2人の足元にかけて、地面に亀裂が走ったのだ。
「あ、やべ」
地面が裂けた。
足元が崩落し、1体と2人の身体が地面に飲み込まれる。
地面の下に落ちていく。
●真なる安息の地
「ゼロ・グレイグヤードの地下には空洞があるっす。全域ってわけじゃないっすけどね」
古い地図を手にもって、イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)がそう言った。
今から何十年も昔に描かれたようなボロボロの地図だ。描かれているのは、大雑把なゼロ・グレイグヤードの見取り図である。
「この黒く塗られた部分が地下空洞っす。たぶん、納骨堂か何かにするために、掘ったんじゃないですかね」
もっとも、納められるのは骨ではなくてゼロ・クールの残骸だろうが。
現在は使われていない……それどころか、知る者さえ少ないだろう、地下空洞だ。
「ところがですね、地面が崩落しているのが見つかりまして。墓守と呼ばれているゼロ・クールの姿も見えないことから、崩落に巻き込まれて地下に落下したものと……」
そこで、ローレットはイレギュラーズを地下空洞の調査へ向かわせることに決めた。
墓守と呼ばれる強力なゼロ・クールの安否を確かめることが目的だ。
墓守が破損し、機能を停止しているのならそれで良し。
無事であれば、なんとか地上に復帰させてやりたいところだ。
「最悪なのは……寄生終焉獣に取り憑かれているケースっすね。あの辺も、最近はまったく安全な場所じゃないっすから」
明かりの無い地下空洞を調査することになる。
当然、それなりの危険は伴うだろう。
もしも“魔王たちの配下”が紛れ込んでいた場合は、危険度が何倍にも跳ね上がる。
「【猛毒】ガスや、可燃性ガスが溜まっている可能性もあるとかで……まぁ、探索には気を使っていただく必要があるっすけど」
万が一にも、大規模な爆発を起こしてしまえば、墓守も、イレギュラーズも、まとめて地面の下に埋もれかねないのだから。
- <伝承の旅路>名も無き墓守。或いは、行方知れず、人知れず…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●墓守の行く先
地面に穴が開いていた。
底の見えない、暗くて大きな穴である。
まるで奈落に続いているかのようにさえ思える大穴を覗き込みながら、『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)はロープを近くの木に結ぶ。
「不幸な事故か、魔王の尖兵の陰謀か……ともあれ、生きていてくれよ」
穴の底に落ちたのは、墓守と呼ばれるゼロ・クール。そして、“猟師”ティンカーと“魔術師”カーベルと言う名の魔王の配下が2人。
「1人ずつ降りよう。慎重にだ」
「あぁ……さあ、行こうか」
エーレンが穴の底に垂らしたロープを手に取って、『†心優しきタナトス・生と死の二重奏†』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が奈落へ向かって降りていく。
「助けなくては。同胞を脅かす物全てから、遠ざけなくては」
ブランシュの零した声は、誰の耳にも届かない。
土と埃と黴の匂いが満ちていた。
明かり1つも届かぬ地の底。ゼロ・グレイグヤードの地下にこれほどの空洞があることは、これまで知られていなかった。
崩落した土砂に埋もれるように、そこかしこに人形の残骸が散らばっている。
「自然な崩落にしては周りが壊れすぎじゃないか?」
崩落はかなりの広範囲にわたって起きている。当然、付近に打ち捨てられたり、埋葬されたりしていたゼロ・クールも地盤と共に穴の底に落ちていた。
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が暗闇の中に小石を放る。からん、ころんと反響した音が暗闇の中に響いている。
どうやら地下空洞はかなりの広さのようである。
「どんなに魔法使いに尽くしても壊れればこれですか? そんなの……」
砕けた人形の残骸を見下ろし、『その毒は守るために』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が唇を噛んだ。
人形たちの処遇に思うところがあるようだ。
だが、今は人形の扱いに想いを馳せている場合ではない。
地下に落ちた墓守や、ティンカーとカーベルの2人組の姿が見えない。きっと、今も地下を移動しているのだろう。
見つけ出さなければいけない。
見つけ出して、それから……。
「墓守様……無事だといいのですが……ニルは、とってもとっても心配です」
『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)の不安ももっともだ。
何しろティンカーとカーベルは、寄生終焉獣を連れているはずだから。
人型のものに取り憑き操るスライム状の終焉獣……ゼロ・クールの天敵とも言える怪物だ。それに取り憑かれてしまえば、墓守はもはや役目を失い、敵勢力の手駒に変わる。
長く墓を守った人形の末路がそれでは、あまりに報われないではないか。
「墓場は死者が眠りにつくための所。墓守を狙うなんて、冒涜もいいところだわ」
『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)が拳を握る。
かくしてイレギュラーズは、暗い地下を歩み始めた。
地下空洞に目印になるような物は存在しない。
地図も無ければ、道も無いのだ。
ただ無限とも思える闇と、砕けた岩や、湿った土ばかりがあった。
「ふっふーっ、これが精霊の力! う……臭い……」
先頭を進んでいた『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が鼻を抑えて、足を止めた。
有毒ガスの匂いを嗅ぎつけたのだろう。
地下空間の怖ろしいところがそれだ。長らく人の手も入らず、空気の流れさえも淀んでいた地下空間のところどころには、人体に悪影響を及ぼすガスが溜まっているのだ。
ガスの溜まった区画は避けて通るべきだろう。
墓守はともかくとして、ティンカーやカーベルも、きっとそうしただろうから。
「墓標ヲ護ルコト ソレハ 死者ノ眠リヲ護ルコトデアリ 遺族ノ想イ護ルコト」
墓守は、どこに行ったのだろうか。
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)には、何となく墓守の行動が読めていた。
「自身ノ機能停止ハ構ワナイ。サレド 寄生ニヨリ死ヲ暴ク側ニ成リ果テルノハ 死ンデモ死ニキレマイ」
きっと、墓守は地上に帰還しようとしているはずだった。
なぜなら、それが墓守の役割であるからだ。
たった1体で、誰にも知られず墓守はゼロ・クールたちの眠る墓所を守っていたのだ。ティンカーやカーベルが余計な介入をしなければ、今も静かに人形たちの眠る地を守っていたはずなのだ。
ぼんやりと体を光らせながら、フリークライが歩み始めた。
奈落の底を、より一層に暗い場所へと向かって行った。
●奈落の底の攻防
暗所に響く足音を聞いて、“猟師”ティンカーは歩みを止めた。
「後ろから……? カーベルの奴、じゃないな」
耳に届いた足音が多い。
背中に担いだマスケット銃を手に取ると、ティンカーはそっと近くの岩の影に体を潜り込ませた。
「カーベルとも合流しないといけないってのに……敵じゃなきゃいいが」
溜め息を1つ零すと、マスケット銃に弾丸を込めた。
息を潜め、マスケット銃を構えると暗い通路へ銃口を向ける。引き金に指をかけた射撃体勢。指先にほんの僅かに力を込めれば、弾丸が発射されティンカーの敵を射貫くだろう。
「まったく墓守の奴め。余計なことをしてくれたよ……ティンカーとも逸れちまうし、出口はどこか分からないし、追手は来るし。面倒ばかり増えやがる」
勝手に口から文句が零れた。
だが、独り言はすぐに止む。そうすると辺りに静寂が満ちる。
次に静寂が破られる時は、誰かが凶弾に撃たれた時だ。
「墓守様、どこですか? 無事だったら返事をしてほしいのです!」
暗闇の中にニルの声が木霊した。
声が反響し、遠くまで響く。だが、墓守からの返事は無い。
「いないですか! いるなら返……っ!」
「待て! 何かいる!」
ニルとイズマが、異変に気が付いた。
ニルは突き刺さる視線を感じ、イズマは反響する音により、いち早く異変を察知したのだ。だが、異変を察知したからといって必ずしも危機を回避できるとは限らない。
ニルやルチアが保護結界を展開するのと、暗闇の中で火花が散るのはほぼ同時。
「火薬っ!?」
火花が散って、銃声が鳴った。
ジョシュアが悲鳴のような声をあげたのには理由がある。
洞窟内に溜まったガスだ。
可燃性の有毒ガスに引火すれば、大爆発が起きる可能性がある。保護結界を展開していれば地下空間の崩落は防げるだろう。
だが、爆炎と衝撃は容赦なくその場の全員を飲み込む。
「付いてこい」
ブランシュが駆け出した。
その後をエーレンとソアが追いかける。
選択肢は2つ。
防御姿勢を取るか、狙撃手の元へ駆けるかだ。
「ガス爆発ソノモノ防ゲズトモ」
「私の近くに! 急いで!」
疾走を開始した3人を見送り、フリークライとルチアが動く。
フリークライはその身を盾とし、ルチアは叫ぶ。味方の【抵抗】を強化する祈りが、閃光となって辺りを包んだ。
直後、着弾。
フリークライの胸部を穿った弾丸が、ぱっと僅かな火花を散らす。
飛び散った火花が可燃性のガスに引火した。
ごう、と空間に炎が灯る。
炎はまるで意思を持っているかのように、暗闇を紅蓮に染め上げた。
地面が揺れた。
背後で起きた大爆発に、カーベルは思わず耳を押さえて蹲る。直後、カーベルの全身を飲み込んだのは砂埃と熱波であった。
熱波に煽られ地面を転がるカーベルは、紅蓮の炎の中に佇む巨象を見た。
「見つけたぁ!」
墓守だ。
熱波に動じることもなく、墓守はそこに立っている。
紅蓮の炎が暗い洞窟を明るく照らした。
「いた! いました!」
「墓守様、ニルは連れて帰ってあげたいです!」
炎の中に佇む巨象の影を見つけて、ニルとジョシュアが声を張り上げる。ドレスを纏っているかのようなシルエット。
間違いない。
ゼロ・グレイグヤードの番人、墓守である。
熱波を背中に受けてそれは加速した。
獣の四肢で地面を掴み、暗がりの中を駆ける影。金の髪を振り乱し、鋭い爪を振り上げて、まるで狩りでもするかのように飛びかかる彼女の名はソアと言う。
「こんにちわ。そして、さようならよ」
ティンカーは、咄嗟に地面に転がることでソアの爪を回避した。
斬撃が硬い地面を抉る。
鋭い爪をまともに受ければ、ティンカーの肉などあっさりと抉り取られるだろう。接近戦は分が悪い。そもそも、ティンカーの得物は銃だ。
肉薄された以上、その優位性の大部分は失われたも同然である。
「っても、そう簡単にゃやられねぇ!」
地面を転がりながらも、ティンカーはマスケット銃を構えた。
必殺の弾丸、針の穴を通すような精密射撃。
避けれるものなら避けてみろ。
ソアの側頭部に銃口を押し当てる。射程の優位性が失われたとはいえ、弾丸の威力までもが削がれたわけではない。
けれど、しかし……。
ティンカーの指が、引き金を引くことは無かった。
「疾っ!」
鋭く空気を吐く音がした。
暗闇の中を銀光が奔る。
斬撃だ。
闇さえ斬り裂くような斬撃が、マスケット銃を半ばほどで断ち切った。
「……一応聞いといてやる。誰だ、お前ら?」
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ」
刀を正眼に構え直しつつエーレンは告げた。
「忠義の墓守に手出しはさせんぞ、俺達に見つかったのが運の尽きと思え」
ティンカーは使い物にならなくなった銃を投げ捨て、新たに2丁のマスケット銃を背中から降ろす。マスケット銃という武器は、弾丸を多く詰め込めない。
弾数……つまりは手数の不足を、ティンカーは銃そのものを多く持ち歩くことでカバーしているのである。
じりじりとティンカーは後方へ下がる。
逃げ道を塞ぐように、迂闊に弾丸を撃てないように牽制しながら、3人はティンカーとの距離を詰めていく。
「ご自慢の弾も打てなくてはただの物体に過ぎない」
ブランシュが腕を持ち上げた。
まっすぐに伸ばした指先に、花弁のような炎が灯る。
それを見て、ティンカーは笑った。
「いいのかよ? 炎なんて出して。ガス溜まりだぜ、ここは」
引き金に指をかけたまま、ティンカーは言った。
ブランシュが炎を解き放つ。或いは、ティンカーが弾丸を撃てば、2度目の爆発が起きる。
これは、自分の身さえ巻き込んだ一世一代の賭けだ。
舌打ちを零したブランシュが、指先に灯る炎を消した。
同時刻。
ジョシュアの斬撃を回避しながら、“魔術師”カーベルは苦悩していた。
可燃性の有毒ガスが辺りに充満していることに気が付いたのだ。
「ここで火や雷を使えば大爆破を起こすぞ?」
「……ちっ」
舌打ちを零す。
イズマの言う通り、この場所は、ガスの溜まった地下空間という戦場は、カーベルにとって不利なのだ。
カーベルの行使する魔術は、ガラス玉を媒介にして火炎や稲妻を放つというものだ。奇襲性と瞬間火力には自信があるが、それはあくまで“地上”で行使した場合の話。
「そうなれば墓守は壊れてお前達も生き埋めだ。それでもやるのか!?」
イズマの言う通り、可燃有毒ガスの溜まった地下空間では十全に威力を発揮できない。
可能なことと言えば、せいぜいがガラス玉を操り、敵にぶつける程度であった。
もっとも、つまりは多少加速が乗っただけのガラス玉など、ルチアとフリークライによってあっさりと弾き返されるのだが……。
加えて、問題はもう1つ。
「寄生獣を植え付けられる前で良かった」
「イザトナレバ 対象カバウ」
カーベルの背後に佇む墓守の存在も無視できない。右手に持っていた槍は落下の際に喪失してしまったようだが、左手の盾は健在だ。
そうでなくとも、墓守の頑強な身体は、それ自体が武器となる。十全に魔術を行使できない現状、カーベルだけで墓守を御することは不可能に近い。
「墓守様……っ!」
墓守は、カーベルのことを完全に敵と認識している。
盾を身体の前に構えて、1歩ずつカーベルの方へ近づいていく。ニルの制止など届かない。墓を荒らしたカーベルを、その手で叩き潰すつもりなのだろう。
「あ、いや……いいんだ、これで」
腕を振り上げた墓守を見上げ、カーベルは笑った。
瞬間、カーベルの足元から何かが跳び出す。ぬちゃ、と粘ついた音を鳴らして地面を這うのは寄生終焉獣であった。
カーベルがそうであるように。
墓守もまた、暗闇の中では十分に視界が効かないらしい。
それゆえ、墓守は避けられない。
墓守の脚に寄生終焉獣が張り付いた。
じわり。
染み込むようにして、その体表を黒く染めていく。
●墓守の勤め
暗がりの中にニルの悲鳴が聞こえた気がした。
エーレンは動揺した様子を見せ、ティンカーは悪辣に笑う。
「何が……起きてる?」
「最悪なのは今まさに助けがいるのに間に合わないケース」
ブランシュの問いにソアが答えた。
その瞳は、まっすぐにティンカーの方を向いている。
「俺達は魔王の尖兵の足止めだな」
ソアの視線から何かを感じ取ったのだろう。
エーレン、そしてブランシュが姿勢を低くし駆け出した。
「ふざけんな! 全員まとめて吹き飛びたいのか!?」
有効射程はティンカーの方が遥かに長い。
両手に持ったマスケット銃を、エーレンとブランシュの胸部へと向けた。万が一にも弾丸を交わされないように。
「人としてこんな死を迎えてはならないから……」
ブランシュは回避しない、防御もしない。
ティンカーが引き金を引くことも無かった。
「俺はいくらでも代価を払う。人形でも、魂がある限り人なのだから」
ブランシュの指先に炎が灯る。
ティンカーが顔色を青ざめさせた。ブランシュの気迫に気圧されたのか、引き金から指を外して背中を岩盤へ押し付ける。
刹那、銀光が閃いた。
斬撃が。
一瞬の隙を突くようにして、エーレンが放った疾く、弱い斬撃がティンカーの手首を浅く斬る。切断されたのは手首の腱だ。
「……ぁ」
「忠義の墓守には、これからも役目を果たしてもらわなくてはならん」
ティンカーの手から銃が落ちた。
銃が地面に落ちるより先に、ティンカーの眼前にソアが迫る。
「下手したらドカンっていきそう? 大丈夫、ボクにはこの爪があるもの」
鋭い爪がティンカーの肩から胸にかけてを斬り裂いた。
黒く染まり行く墓守を見やって、カーベルは呵々と気持ちの悪い哄笑をあげる。
「さぁ、どうすんだ? 墓守を取り返しに来たんだろ? だが、こうなっちまえば……」
「墓守モ自分ノ安全ヨリモ墓荒ラシ撃退コソ望ムダロウカラ」
カーベルの言葉を途中で遮り、フリークライが腕を広げる。
広げた両手が弾き飛ばしたのはガラス玉。墓守の方へ駆け寄るニルとジョシュアを狙って撃ち出されたものだ。
奇襲に不意打ち。
誇りも矜持も存在しない。それゆえに厄介であるとも言える。
「あぁ……もう、やるっきゃねぇか」
カーベルが指を弾いた。
ガラス球の中で火炎と稲妻が渦を巻く。自分ごと、イレギュラーズを吹き飛ばしてしまうつもりなのだ。追い詰められて後が無いから、せめて邪魔者を道連れにするつもりなのだ。
けれど、しかし……。
「我モ墓守。後ハ任セテ」
フリークライがガラス玉を胸に抱く。
魔術の発動を、自分の身体で押さえ込むつもりなのだ。
その身を淡い燐光が包む。治癒の魔術を行使していても、至近距離で魔術を喰らえば大ダメージは避けられないだろう。
「なにを……っ!?」
フリークライの身体が爆ぜた。
その全身に亀裂が走る。
だが、爆発は起きない。
「決まっているだろう。墓守を帰還させるんだよ」
フリークライの背中を蹴ってイズマが跳んだ。
細剣が空気を切り裂く音がした。弦楽器をつま弾くような、艶やかで、冷たい旋律だ。
その音色が葬送曲であることに、カーベルは最後まで気付かなかった。
「可燃性ガス……良かった。空気が流れて」
上手くいった。
額に滲む汗を拭ってルチアは安堵の溜め息を零す。
カーベルの魔術による、可燃性ガスへの誘爆。それを防ぐために、咄嗟に保護結界を展開し、岩盤に穴をこじ開けた。
穴から流れ込んだ空気が、可燃性ガスを吹き飛ばしたのだ。おかげで大爆発の発生だけは防げた。
そして……。
「墓守様……ニルはまだ、あなたがどんなひとか知らないです。でも、こんなことをしたかったのでは、ないはずです!」
ジョシュアとニルが墓守へと手を伸ばす。
終焉獣に寄生され身体を痙攣させる墓守。その胸部に、核に張り付くスライム状の怪物を掴んだ。
「ニルはあなたのことを知りたい。仲良くなりたいです。だから、どうか……」
ニルとジョシュアが寄生終焉獣を引っ張る。
墓守の振り回した腕がニルの頭部を打った。側頭部から血が滴る。
「終焉獣なんかに負けないで!」
構うものかと声の限りに叫びをあげた。
剥がれ落ちた寄生終焉獣へ向け、ジョシュアが剣を突き立てる。
かつて学んだ狩りの極意。
弱った獲物を確実に仕留めるために、何度も、何度も。
やがて、寄生終焉獣が息絶えた。
灰と化して崩れ去った寄生終焉獣を足で蹴散らして、ジョシュアは微笑む。
「確か、名前がないのですよね。もしよければつけても?」
ジョシュアの顔を墓守が見下ろしている。
人形の顔は、美しい女性を模したものだ。その顔が少し笑った気がした。
「……墓守なので天国の花という意味でレイラーニというのはどうでしょう?」
墓守は何も答えない。
けれど、小さく頷いた。
ジョシュアの目には、そう見えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ティンカー&ベルは抹殺。墓守は無事に地上へ帰還しました。
依頼は成功となります。
この度は、ご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ゼロ・クール“墓守”の状況確認および対応
●ターゲット
・墓守(ゼロ・クール)×1
ドレスのような鎧を纏った2メートル半ほどのゼロ・クール。
右手に槍を、左手に盾を装備している。
ゼロ・グレイグヤードの番人として用意されたものらしい。
①無事であった場合は、地上に帰還させる。
②破損、機能停止していた場合は地下に放置で問題ない。
③寄生終焉獣に取り憑かれていた場合は破壊する。
以上の対応が必要。
・“猟師”ティンカー
女性。
小柄なガンナー。腰や背中にいくつものマスケット銃を装備している。
ワンショット・ワンキル:物超遠貫に特大ダメージ
貫通する特別製の弾丸による遠距離射撃。
・“魔術師”カーベル
女性。
ガラス球を操る魔術師。
ガラス玉魔術:神中範に中ダメージ、雷陣、紅焔
ガラス玉を媒介に、稲妻と炎の魔術を展開するスキル。
●フィールド
『ゼロ・グレイグヤード』。
またの名を『ゼロ・クール達の墓場』。
そこら中に破棄されたゼロ・クールが転がっている陰鬱な土地。
その地下に存在する空洞。元々は納骨堂として利用されていたものらしいが、長い年月の中で存在そのものが忘れ去られてしまった。
暗い地下空間であり、所々に【猛毒】ガスや、可燃性ガスが溜まっている可能性がある。
可燃性ガスは、炎や電気に反応し大きな爆発を起こす。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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