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シナリオ詳細

<神の門> 正義を天秤に掛けて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●揺れる天秤
 あらゆる物事は『立場』が変われば『見え方』が変わるものだ。

 たとえば、貴族の家に忍び込み盗みを繰り返す男がいたとしよう。
 日々怯えて暮らす貴族から見るならば、男は間違いなく大罪人に違いない。
 しかし当の男は、盗んだ金品を圧政に苦しむ民へ惜しげもなく与える。
 食うにも困る民から見るならば、男は正しく救世主なのだ。
 さて、この『男』を《正義の天秤》にかけるならば、皿はどちらに傾くだろうか。

 『遂行者』と『特異運命座標』という存在は決して交わることがない。
 特異運命座標と呼ばれる者たちは、無数の問題を解決し、幾多の困難と『冠位』という災厄を退けて世界を救い続けている。
 しかし、それも全ては『偽りの歴史』にすぎないのだ。

「ひとは、生まれながらにして贖いきれぬ罪を背負っている」
 少なくとも遂行者たるエミリオは、半ば盲目的に――あるいは狂信的に、そう信じている。
 それは『偽りの歴史』を歩む者は皆、『正しい歴史』という亡骸を踏み躙り、今を生きているからだ。
「無数に流れる血に足を染め、我々は今ものうのうと偽りの歴史を生きている。許されざる大罪を、しかし我らが主ならば赦して下さるのだ」
 その赦しの証こそが、主より授かった聖痕なのだ。

(そう、寛大にも我らが主は失敗を赦してくださっている)
 しかし、現状それではとても顔向けができない。
 神たる主の言葉を、己の行動によって否定することなどどうしてできようか。

 預言者ツロは、既に行動に移している。
 ツロの言葉に応じた一部のイレギュラーズは、この審判の門の先、神の国にて茶会に興じているだろう。
 そして。
 愚かにも、その誘いを拒絶した者たちは、仲間を連れてこの地へ至るはずだ。
 彼らをどんな手を使ってでも引き留める。
 それこそが、遂行者たる使命だった。

 だからこそ。
「ごきげんよう、イレギュラーズ諸君」
 響く幾多の足音へ顔を上げると、エミリオは軽薄な笑みを浮かべ彼らを出迎えた。


●審判の門にて、平穏は遠く
「ごきげんよう」
 と、軽薄な口調でイレギュラーズたちを出迎えるのは、遂行者だと宣う男だった。
「知った顔も、見知らぬ顔も、いずれにせよ諸君を歓迎しよう」
 大仰な仕草で出迎える男の瞳には敵意が宿っている。
 傍らには炎の獣をともない、その背後には白い騎士を従え、それを庇うように遂行者自らも剣を携えている。

『それでは、また会う日まで』
 以前、神託の事件の際に邂逅したとき、男はそう言い残して姿を消した。
「私も、また会う日を楽しみにしていました。ようやく戦う気になりましたか?」
 あの時はただ自分たちを観察するばかりで、男自らが行動することはなかった。
 そのことを示し、綾辻・愛奈(p3p010320)はそう挑発するように言葉を向ければ、
「さてなんのことやら。けれど今に君らは後悔するだろう。あの時、違う選択をしていれば、と」
 狂気に満ちた声で、男はそう応えを返す。
 同時に「引き返すなら今しかないよ」と煽るように笑いさえする。

 一部のイレギュラーズが遂行者と行動を共にしている。
 それは無事に帰還を果たした者からもたらされた報告だった。

「慎重に、いきましょう」
 やりとりを前に、そっと頭上を飛び交う赤き竜を指さし、ネーヴェ(p3p007199)は、どうにもあれは良くない気配がするのだと耳を揺らし仲間へ囁く。
「ああそうだな。……手の内を知ってる連中を相手したくはないが」
 消息を絶った者の中には、カイト(p3p007128)の知った者もいる。

 ローレットを通じて依頼されたこと。
 それは、今現在、招かれたイレギュラーズの安全なる帰還を求めるため。
 そして、諸悪の根源たるルスト・シファーを表に引き摺り出すため。
 そのために、全ての道をこじ開けることだった。
 即ち、眼前の遂行者を排除し、その道を切り開くことだ。

 ここに立つ理由はそれぞれ違うだろう。
 招かれたイレギュラーズの安否を心配したり、あるいは当人の顔を見に、声を聞きたい者もいるかもしれない。
 己の掲げる正義のためだったり、純粋に敵陣営が気に入らない……といったように。
 どんな理由であろうと、皆が協力することにかわりはないのだから。

「さあ行こう」
 誰かがそう一歩踏み出せば、
「掛かってこい。我が主の名において、君たちをこの先に通さない」
 号令を下すように、遂行者は剣の切っ先をイレギュラーズへ向けるのだった。

GMコメント

はじめまして、あるいはこんにちは。
瀬戸千智(せと・ちさと)と申します。
皆様と共に物語を紡ぐことができれば幸いです。

●フィールド情報
 審判の門の前が舞台です。
 天候や視界、足元などに不利になる要素はありません。

●シチュエーション
 皆様は、招かれたイレギュラーズの安全な帰還、及び、ルスト・シファーを表に引き摺り出すため、全ての道をこじ開ける必要があります。
 このシナリオに限っては、
『遂行者たちを排除し、審判の門の先へ向かうこと』
 上記が目標となります。

 審判の門の前では、遂行者一行が皆様を待ち受けています。
 炎の獣を従え、その背後には白騎士が控えています。
 頭上には『幻影竜』が飛び交っており、聖痕を持たない者に炎を吹きかけることでしょう。

●成功条件
・炎の獣の撃破
・白騎士の撃破
・遂行者『エミリオ』の撃退

●エネミー情報
・炎の獣×20
 鳥や馬、狼など動物の姿をしています。
 炎系列の神秘系攻撃と、体当たりや引っ掻きなどの比較的単純な物理攻撃がメインです。
 本来、炎の獣自体はそれほどの戦力はありません。
 しかし、後述する『白騎士』により大幅に能力が強化されています。

・白騎士×1
 ルスト・シファーの権能によって生み出された『預言の騎士』です。
 馬に騎乗し、戦に勝利を呼び込むために白き旗を掲げています。
 この白騎士がいるだけでフィールドに存在する他のエネミーは能力が強化されています。
 後ろで控えていますが、状況に応じ騎乗での移動や突撃などを行なうでしょう。

・遂行者『エミリオ』
 今回の首謀者である男です。
 崇拝する『主』のために、皆様の行く手を阻もうと立ちはだかります。
 携えた騎士剣による『至近〜近接物理攻撃』を主攻撃としますが、神秘系攻撃の心得も多少あります。
 白騎士が存在している間、その能力が大幅に強化されています。
 また、白騎士は『神から分け与えられた存在』であるため、遂行者はそれを護ろうと行動するでしょう。

 遂行者が手にしている剣に『聖遺物』らしき力が宿っていることをわかっても構いません。
 遂行者は、成功条件が達成された時点、もしくは一定条件において撤退します。

・『幻影竜』
 赤き竜です。フィールド周辺を飛び交っており、聖痕を有さない者を焼き払います。
 【火炎系列】のBSを付与しますが、その威力は白騎士の存在で左右されます。
 手を出さない限り【BS】の付与のみを行ないます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

以上です。
それでは良い旅を!

  • <神の門> 正義を天秤に掛けて完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月13日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)
不死呪
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ


 赫々たる火は行く手を阻む荘厳なる門塀の如く聳え立つ。背負う青年は白をその身に纏っていた。
『遂行者』エミリオ――
 男が背負うのは紛れもなく使命であり、その立場故の柵だ。イレギュラーズが見れば不倶戴天の敵である冠位魔種も青年から見れば神と呼ぶに相応しい。
 そんな神の命を実直に熟す預言者が幾人かを茶会の席に呼び立てたらしい。憐れにも神の手を払い除けた者達がいる。
 神の意志は絶対だ。信仰を蔑ろにした者達はエミリオと異なる正義を盾にこの場へまでやってきたのだ。
「引き返すなら今しかないよ、と言われて引き返すほど素直ではないの。
 悪いけれど、この先で待つ仲間達の為に道を抉じ開けさせてもらうわよ!」
 鮮やかなる青に、焔を思わす金色。長く伸びた髪を揺らし、褪せることのなき剣をすらりと引き抜いた『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は地を踏み締め声を上げる。
 前線へと飛び出す女を受け止めたのはエミリオの剣であった。
「引き返せばよいのに。その選択を、きっと後悔するだろうね」
 これは神への裏切りであり、神を侮辱する悪しき行いだ。エミリオは心底うんざりしたように言って見せた――そう、有るべきだからだ。
「ええ、ええ。敬虔な信者殿ならそう言うでしょうとも。そうやっていつも誰かのせいにしておけば人生楽でしょうね?」
 鼻先で笑い『本と珈琲』綾辻・愛奈(p3p010320)の静謐を湛えた瞳がじらりと睨め付ける。
「――既に言ったかもしれませんがもう一度言ってやります。
 貴方がたの主張はこれまでの人類全てが積み上げた歴史に対する冒涜だ」
 駆け抜けて行く。回廊の床は冷たく、靴音は歪なバックミュージックとして響き渡った。
 愛奈と共に駆けるのは己が身に満天の星を携えた娘、『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)であった。その燃え上がるような紅色の髪が大きく揺らぐ。
「狙いは見えた! さあ、いくぜ――!」
 狙うは後方に佇む白き騎士だ。その佇まいも、嫋やかな白も眩く清廉な気配さえさせる。だが、それが遂行者に力を与えていると牡丹はよく知っていた。
 白騎士をその眸へと映した牡丹にエミリオは気付く。炎の獣達が駆けずり、彼女の動きを止めようとするが――彼のねらいはよく分かって居た。
「おや余所見……サァ、貴方の敵は誰デスカ?」
 呪いを帯びたその体は傷付くことを厭うことはない。
 『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)はその場で笑みを浮かべる。唇を釣り上げて脅威は此処だと囁くようにその気配が広がった。まるで地を這う蛇の如く、ぞろりと迫り来るそれに獣達が叫び出す。
「どうしたって退く気が無いのならば――我が主の名において、君達を断罪しよう」
「断罪……。成程、正義の在処ということデスネ。
 正義の天秤なんて実に下らないデス。この世にあるのは偶然と積み上げられた事実による起こるべくして起きた必然デス。
 こうだったかもしれないというありえざる幻想に囚われて妄想するのは勝手デスガそういうのは自分の部屋でやって下さいデス」
 アオゾラはさして興味も持たぬようにエミリオを一笑した。そのあっけらかんとした態度と全ては積み上げられた事実であり起こるべくして起こされた必然である以上、偽りの歴史ではないと言う主張。
 その言葉一つをとってしてもエミリオにとっては『正義』の所在を検める事の出来ない由縁であった。
「エミリオ様」
 穏やかに『星に想いを』ネーヴェ(p3p007199)は呼んだ。嫋やかな指先がつい、とスカートを摘まみ上げる。
 跳ね回りやすいようにと兎は地を蹴った。兎はか弱い被食者だ。その身、その在り方をまざまざと表してみせる。
「残念ながら、貴方の主には、賛同できないの。
 わたくしたちは、ここを通る必要がある。立ち塞がるのなら、退けるまで、です!」
「……そうか。ならば戦うのみ。我が主もそれを望んでいる!」
 理解に最も程遠く。ネーヴェの眸は真っ直ぐにエミリオを捉えてから拒絶を紡いだ。
 ――ひとは、生まれながらにして贖いきれぬ罪を背負っている。
 男の信の行く果てに、イレギュラーズは相容れない。少なくとも、ネーヴェにとっては到底理解は出来ない彼の感情は何処から沸いたものであったのだろうか。


「やぁ、二度目まして。前の時は手の内探られてるだけでどーもやりにくかったんだよな。
 ただ、今回はお前も壇上の上。観客気分で居させる訳には行かないもんでな?
 勿論……歓迎はたっぷりしてやるよ。……俺の『舞台』は少々、手荒く理不尽に満ちているけどな?」
 唇を吊り上げた。鮮やかな焔の海を彩る演出は、降り注ぎ、凍て付く気配を宿す。
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)の指先に挟み込まれたのは術式の描かれた符であった。それはするりと虚空へと溶け行き、文言を結ぶ。
「壇上から降りることはない。君達と『遂行者』は違う存在だろう?」
「……ああ、信じる場所が違えば立ち位置も違うだろうが――引き摺り下ろしてやる、ここまで」
 感情を曝け出し、己が想いを口にするならば彼は何と云うか。男は淡々と振る舞っている。自らこそが正しいとでも言う様に。
「諸君等を歓迎するが、偽りの歴史こそ正しいと嘯くのは理解が出来ないな」
「こちらこそ。偽りという言葉は理解が出来ないし気に入らない。
 この世界にいる全ての人々の行動の結果、それが歴史として語り継がれるもの。
 特定の誰が決めるものでもない――『正しい歴史』などと傲慢なんだよ、遂行者って奴らは!」
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が歯噛みした。苛立ちが滲み、その眸が湛えたのは怒りだ。
 自らに待とう鎧は苛む痛みの異種返し。ちょっとした悪戯程度でも触れる指先に走る痛みは堪えるだろう。
「私に触れたら火傷するよ。覚悟してかかってきな」
 モカは周囲の炎の獣達を眺め遣った。その傍を走り抜けて行くのは『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)。
 すらりと引き抜いた剣先に待とうのは覇気。それは弾丸へと姿を変えて無数にも叩き込まれて白騎士への道を開いた。
 エミリオはアルテミアが、そして周辺を淘汰し白騎士を目指すのは仲間達の役割だ。この戦いをルーキスは至極単純な戦いであると認識していた。敵を排除して前に進む、それは何方の陣営にとっても掲げる目標は同じだろう。
「狙いは彼か」
「だと、言ったらどうなさるのですか?」
 愛奈の指先が銃のフレームに添えられた。両手を前に突き出してターゲットをその双眸で捉える。指先が滑るようにトリガーを引いた。
 反動をも本野もせずに連続で叩き込む。羽のような軽さを思わせた白を身に纏うのは愛奈とて同じ。
 無数の炎片が閃き、叩き込まれた弾丸は現実と虚構の狭間で嘲笑う。
「――、」
「ああ。コレは見せてませんでしたね。見られていることが判っているのに手の内を明かすわけがないでしょう?」
 覗き見ばかりをしていた彼の意表を突いて、出来うる限りエミリオをこの場に押し止めることが目的だ。
 周囲を飛び交う赤き竜は『到達する事を許さじ』と大口開いて牙を剥くだろうか。跳ね上がるようにリズミカルに、ネーヴェは獣達をその身へと引き寄せる。
 ネーヴェとアオゾラの元へと獣達が引き寄せられればこじ開けられた穴に牡丹は飛び込むのみだ。
「見えたぜ!」
 何処までも楽しげに。唇が吊り上がった。
「オレは硬い、オレは無敵だ!」
 だからこそ、白騎士を何処へも行かせるわけがない。牡丹は食らい付くように手を伸ばす。
 輝くもの天より堕ち――愛はさだめ、さだめは死。意図せぬ愛は流転する。母を真似たトリッキーな戦い方は決して万能とは言えないだろう。
 だが、その心だけは母に負けぬ気概でやってきた。牡丹は白騎士の注意を惹き付ける事を狙う。
「オレを見ろ!」
 迷うことなくその場所まで飛び込んだ。エミリオは牡丹に気付き、後方へと注意を逸らす。
 眼前に居た愛奈が離れ、牡丹を追掛けた。その背を食い止めようと手を伸ばしたその行く手へとアルテミアが滑り込む。
「あら、せっかく一緒にダンスを踊っているのに他へ目移りするだなんて悪い人ねぇ?
 ――悪いけれど、向こうへ行かせるつもりはないわよ?」
 すう、と剣を構え直した。白騎士の存在が遂行者を強化する。アルテミアも理解をしている。
(……奴の剣は警戒しなくちゃね。妙な気配がするもの……)
 エミリオの注意を惹くように。彼の視線を奪うように、燃え盛ったのは鮮やかなる恋焔。
 アルテミアにとって身をも焦がす忘れ得ぬ感情。最愛の妹の遺した想いの具現化、彼女の心の叫びの如く、瀟洒な青が魔力を宿した。
 閃く焔がエミリオへと襲い征く。
「生憎、ここはダンスホールには不似合いだ」
「ええ、そうかも。敵対者を狙うだけの竜の鳴き声はオーケストラの伴奏にもならないほどに不愉快だもの」
 アルテミアの唇が吊り上がる。まるで踊るように踏込んだ。エミリオの剣にぶつかった刃がぎんと音を立てる。
 エスコートもおざなりな遂行者に不満を告げる事は無く、再度翻る。
「レディのエスコートもできないのか?」
 嘲るように、飛び交うのは殺戮の結界。血色の気配は紅蓮に揺らぎカイトの魔力の奔流と共にエミリオの腕を掴み取る。
「招かれざる客人に出来るエスコートは帰宅の誘いでは?」
「はは、かもな。それも主の命令だっていうならば……主の名において通さない――なんて言われちゃうとだな。
 抉じ開けてその面が歪むとこ見てみたくなっちまうんだ。俺はそういうとこで性格悪いからさ」
 唇を吊り上げて、カイトは指先を動かした。舞台演出ならお手の物。この回廊は彼という役者の舞台なのだ。
「ほら、好きなだけ拝ませてやるよ。壇上の上。ここに立つのは皆役者。上手に踊れぬならば脱落して貰うだけ」


 痛みなど底には何もなかった。死など恐ろしくはない。だが、無数に襲い来る獣達の前に自らが持ち得る力は万能で無いとアオゾラは知っている。
 出来る限り戦線を支え続けることが目的だ。「なかなかの数デスネ」と呟いたアオゾラにネーヴェは小さく頷いた。
「ええ、けれど……」
 大幅にその力を強化された有象無象。けだものの嘶きを前にしてもネーヴェは恐れる事は無い。
「ここで、耐えれば何かがかわる、はずです」
「過去との決別デスカ?」
「分かりません。ただ、エミリオ様に、とって……敗北は惑いになる、かも、しれません」
 ネーヴェにとって、正義を持ち出した男には何らかの躊躇いがあるように見えたのだ。
 アオゾラにとって知らぬ男は、それでもイレギュラーズの在り方に疑念と興味を抱いている。反感ではない、盲信の隙間に見えた己の所在の在り方だ。
(……正義なんて、疑ってしまえば紙切れのようなモノだ。己を律し、己を持たねば、それは揺らぐだろう)
 ルーキスは知っている。自らが主君と崇めるその人が信念をも歪めたならば正すのがそのお人を信ずるモノの役目であると。
 その信念に罅が入れば、己が信仰など塵芥のように風に吹かれて消え去ってしまうのだと。
 モカの黒豹は地を駆けた。反撃する獣が放つ風圧に煽られて頬に一筋の傷が走る。痛み分けだ、何も恐れる事も無く。
「『正しい歴史』なんてもの、どこにもないだろう。時が戻ることはないのだから!」
「だからこそ、我らが主が『正しさ』を証明なさるのだ」
 理解出来ないとモカは独り言ちた。理解出来ないからこそ、信念をぶつけ合う。
 テュリム大神殿を駆けるイレギュラーズの誰もが同じだ。エミリオの正義の天秤がぐらぐらと軋み揺らぐ。
「白騎士は神から賜ったモノだと言って居たか? だから、あちらが気になるのだろう。
 だが、今は、自分の心配をした方が良いだろう。余所見していると首が飛ぶぞ?」
「神から賜った命を愚弄するとは――」
「よく言う」
 眉を吊り上げてからルーキスは地を蹴った。鋭く振り下ろした剣をエミリオの長剣が弾く。その隙を突くように脇を狙ったアルテミアの剣が男の腹を引き裂いた。
 白い衣服がはためき千切れる。遂行者はぎらりとその眸に感情を剥き出した。命のやりとりをしてでも己を突き通す強さとは、どこから来るのか。
 エミリオには持ち得ぬ強さを切っ先に乗せたアルテミアとルキースに、今だ健在の獣達を引付けるネーヴェとアオゾラは一体一体を丁寧に打ち倒しながら好機を待った。
「騎士! 此処で終わりだ!」
 ――そう、好機は牡丹の一撃によって訪れる。どれ程の苦難でも彼女は止まることは無い。
「牡丹さん」
 呼ぶ愛奈に頷いた。その戦い方は愛奈にとっては慣れたもので、牡丹にとっては不思議としっくりと嵌まるパーツ。
 航空猟兵であった『彼女達』の戦い方に良く似たそれは新参である牡丹にとっても戦いやすいものだった。
『母』の面影をその身に宿した彼女を愛奈は真っ向から見据える。そうだ、そのまま――騎士の首が断たれる。
 傾ぐその姿を双眸に映し、傷など気にする事は無くアオゾラが「今デス」と声を発する。走り抜けていく黒き豹、そして大地より大口を開いて呑み喰らう巨大な顎。
 モカとカイトの元へと行かぬように自らをか弱く見せたネーヴェは「お終い、です」と目を伏せた。
 華奢な娘に不似合いな鋭い一撃が獣の命運を断つ。ずん、と音を立て血へと転がる炎の獣の死骸を眺め遣ってからアルテミアと向かい合っていたエミリオが目を見開いた。
「お終い……のようだが?」
 ルーキスがじり、と一歩近付いた。後退するエミリオの背後には牡丹が、愛奈が立っている。
「……そのようだ」
 しん、と静寂が落ちる。傷付いた腕を庇うように剣を構えたエミリオがぎらりとイレギュラーズを睨め付けた。
「さぁ、通してくれるよな。どんなに崇高な遂行者サマだろうと、自分が惜しいもんな?」
「何を必死になって居るのか。崇高なる神を否定してまで、どうして」
 エミリオは剣を構えたままカイトを見た。土足で神の領域に踏込み冒涜することが誉れであるというのか。
 エミリオの頭の中で組み立てられた理論は盲信的なものであったのだろう。カイトとエミリオの間には分り合えない認識の差異があった。
「どうして? それはただの癇癪でしかない。子供の我儘は終わりです、エミリオ。
 ……この門は明け渡して貰います。私の友人の為に。この奥に向かわねばならないのですから」
「友人? まさか、そんな個人的な感情でここまできたとでも?」
「ええ。尤もたる行動原理でしょう」
 愛奈は差も当然であるように言ってのける。牡丹が構えを作ったことに気付いた。エミリオの出方次第ではこの場で畳みかける心算はしてあるのだ。
 エミリオは嘆息した。友人の為? ――理解が出来るわけがない。理解のしようがない。
 少なくともエミリオという男にとっては我武者羅に戦い道を開こうとするイレギュラーズの行いは神への冒涜に過ぎない。
 モカの言う傲慢な振る舞いだと言われようとも、正そうと思わぬのは『偽りの歴史』とは多くの血屍の上にこそ成り立つものだからだ。
 形骸化した正義だけを手に、傲慢な振る舞いをしていたのは天義そのものではないか。
 男の正義の天秤は揺らいでいる。果たして何方が正しいのかを理解出来ぬままに。
「信じるものがあるのは、悪いことでは、ないでしょう、が。わたくしたちとは相入れず、敵対する定めなのですもの」
 ネーヴェは地を蹴った。気弱なウサギは弱いままではない。エミリオが咄嗟に剣を構え、ネーヴェの一撃を跳ね返す。
 剣に罅が入ったか。信じる心の惑いがその剣には映されたような気がした。
(エミリオ様……?)
 ネーヴェと視線がかち合った。何故に、この様な場所までやってくる。
 災いなどない、誰もが幸福である筈の『本来の歴史』を取り戻すことを否定するその心の強さは、劣悪なる歴史であれど荒波を乗り越えた証左だというのか。
 エミリオは剣を降ろす。そろそろと後退し、剣に眩い光が灯る。「待ちなさい」とアルテミアが鋭い声を発した。
 聖遺物は遂行者の逃走を手助けするのだろう。此処は神の国、それは万能に働く可能性もある。
「――それでは、また会う日まで」
 静かに告げたその言葉に表情を変えぬまま愛奈は腕を降ろした。その眸は男を見定めるように揺らいでいる。
「逃げるのか!」
 ルーキスが鋭く問うた。ぴたりと足を止めた男はゆっくりと振り返る。白を纏う騎士と黒を纏った代弁者(イレギュラーズ)達。
 双方の在り方は似通っていて、大きく違う。決して交わらぬ理念と正義をその胸に抱いている。
 ただ、その男の瞳には惑いがあった気がしてルーキスはぐ、と息を呑んだ。
「……まぁ、良い。ルスト・シファーに伝えておけ……『必ず会いに行く』とな」
 ルーキスの言葉から目を逸らしてからエミリオは姿を消した。
(……再び、会った時こそは……)
 ぎゅうとその手に力を込めてからネーヴェは決意をした。
 彼の表情から感じられた惑い。それはイレギュラーズが何を想い、考えてこの場に至ったのかという拙い疑問だったのだろう。
 ほつれた感情にはまだ分り合える可能性が感じらた気がしたのだ。
「……エミリオ様」
 呼び掛けたその声音は、疾うに姿を消した遂行者にも聞こえていただろうか。

成否

成功

MVP

紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

状態異常

モカ・ビアンキーニ(p3p007999)[重傷]
Pantera Nera
アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)[重傷]
不死呪

あとがき

 お疲れさまでした。シナリオの代筆を担当させていただきました夏です。
 この度は弊社クリエイター都合によりお客様には執筆担当変更のご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。

 エミリオ君に関しましては瀬戸GMにお返しさせて頂きます。
 彼の正義がより良い結末を迎えられますように。

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