PandoraPartyProject

シナリオ詳細

シシル・ククル・ナガンを待ちながら。或いは、砂漠の交差路…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●待つ女たち
 2人の女が、シシル・ククル・ナガンを待っていた。
 所は砂漠の交易路。
 小さなオアシスと、朽ちかけた小屋、それから近くの街の位置を示した粗末な看板だけがある。小屋の前に椅子を並べて、つい今朝がたから2人の女がそこでじぃっとオアシスを眺めて、時間を浪費しているのである。
 1人はコートを纏い、ニット帽子を被った女性、イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)。そして、もう1人は練達出身らしい服装をした眼鏡の女、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)である。
「エントマさんも、シシル・ククル・ナガンを待っているんっすか?」
「……そう言うイフタフちゃんも? 見たことある? シシル・ククル・ナガン」
「無いっすね。無いっすけど、ここに来たら逢えるって聞いたっす」
「そっか。私の方も、ここに来たら見られるって言うから」
 視線を交わさないまま、じぃっとオアシスを見つめたまま、2人は静かに言葉を交わす。
 今朝からずっと、もう数時間もの間、2人はここで“シシル・ククル・ナガン”を待っていた。

 シシル・ククル・ナガンとは何か。
 ある者はそれを、何より偉大な救世主であると言った。
 ある者はそれを、恵みをもたらす存在であると言った。
 ある者はそれを、恐ろしくて言葉に出来ないと言った。
 ある者はそれを、語る必要も無いものだと言った。
 そもそもの話、シシル・ククル・ナガンについて、その詳細を知る者は少ない。ラサの一部地域では、遥か昔から言い伝えられている存在だが、その姿形は愚か、そもそも生物であるのかさえも語られることはないのである。
 シシル・ククル・ナガンの名が広く知られることになったのは、今から数年ほど前……小説家、シージ・スキャンパーが駆け出し時代に出した著書『シシル・ククル・ナガン』がきっかけだった。
 一部のもの好きたちの間で話題になり、彼らは顔を合わせる度に「シシル・ククル・ナガンとは何か」を考察し、議論した。今ではラサのどこかの街には、自分たちを「シシル・ククル・ナガン」だと名乗る集団さえ存在するほどだ。
 そんなシシル・ククル・ナガンに、本日、この場所でなら逢えるかもしれない。見られるかもしれない。エントマとイフタフは、そんな噂を聞いて交易路のオアシスにやって来ていた。
「最近、忙しくって疲れが全然取れないんっすよ。待ってる間、暇だろうからって……釣り竿も持って来たのに、結局使ってないっす」
 エントマの足元には、1本の釣り竿が転がっていた。
「奇遇だね。こっちも忙しいよ。忙しくって、もう最高に楽しいよ」
 エントマは足元に転がったバッグを指さした。バッグの中身は、どうやら縄や干し肉のようだ。ともすると彼女は、シシル・ククル・ナガンを捕獲しに来たのかもしれない。
 そもそも姿さえも知れないシシル・ククル・ナガンを、どのようにして“それ”と判断するのか。
 果たして本当に、シシル・ククル・ナガンは訪れるのか。
「まぁ、来ないなら来ないで……のんびり休暇を満喫するだけっすけど」
「来るといいよね。来るって言うんだから、きっと実体のあるものだとは思うんだけど」
「……どうっすかね? ラサの古い噂なんて、けっこう曖昧っすから」
 なんて。
 ポツリと言葉を交わしながら、2人はじぃっとオアシスを見る。
 オアシスと、オアシスを訪れる旅人たちの姿を眺める。
 そんな風にして、貴重な時間は溶けていくのだ。

GMコメント

●ミッション
夕暮れまでオアシスで過ごそう

●ターゲット
シシル・ククル・ナガン
ラサに古くから伝わる謎の存在。しかし、誰もその姿や、どういった性質を持つものなのかといった詳細を知らない。
伝わっているのは、ただシシル・ククル・ナガンという名前だけだ。
ある者はシシル・ククル・ナガンを崇め、ある者は恐怖し、またある者は嫌悪する。
今日、この日、オアシスに現れるという情報をイフタフとエントマは耳にしたらしいが、その情報が真実である保証もないし、姿形が不明であるため「それがシシル・ククル・ナガンである」ことに気付けない可能性もある。

●NPC
イフタフ・ヤー・シムシム
ローレットの情報屋。
小柄で体力が無い。最近、お疲れモードらしく「シシル・ククル・ナガンに癒してもらう」ために本日はオアシスを訪れた。

エントマ・ヴィーヴィー
練達出身の動画配信者。
女性としては比較的長身。最近、自身の運営する動画チャンネルの登録者数が増えていて、とても楽しいらしい。
「シシル・ククル・ナガン」を調査しにオアシスに訪れた。

●場所と道具
ラサの交易路。
その途中にある小さなオアシス。粗末な小屋と、近くの街の方角を示した立て看板だけが存在している。人通りは決して盛んとは言えないが、時々、旅人や商人、野生の動物などがオアシスを訪れる。

オアシスの畔には、イフタフの用意した釣り竿と、エントマの用意した干し肉&縄が転がっている。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】遭難している
遭難しています。砂漠を舐めてかかるとこうなりますし、そうでなくとも運が悪いと遭難します。

【2】旅の途中で立ち寄った
一般通過イレギュラーズです。砂漠を旅している途中でオアシスを見つけて立ち寄りました。

【3】シシル・ククル・ナガンの噂を聞いた
エントマやイフタフと同じように「今日、この場所で、シシル・ククル・ナガンに逢える」という噂を聞きました。


待ちながら
シシル・ククル・ナガンを待っている間の行動です。

【1】シシル・ククル・ナガンを知っている
シシル・ククル・ナガンを知っています。
待っている間、オアシスで好きに過ごすことができます。
※何をして過ごすかはプレイングにご記載ください。

【2】シシル・ククル・ナガンを知らない
シシル・ククル・ナガンを知りません。
オアシスでシシル・ククル・ナガンを待つこともできますし、用事を済ませて去っていくこともできます。

【3】シシル・ククル・ナガンを信奉している
シシル・ククル・ナガンが何かは知りませんが、あなたはそれを信奉しています。
本日、シシル・ククル・ナガンが現れるのなら出迎えの準備をしなければいけません。

  • シシル・ククル・ナガンを待ちながら。或いは、砂漠の交差路…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月20日 22時10分
  • 参加人数6/7人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜
アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)
不死呪
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ

●シシル・ククル・ナガンの噂
 熱い光の降る昼下がりのことである。
 砂漠のオアシスにある、小さな小屋……否、小屋と呼ぶにもあまりに粗末な、申し訳程度の壁と屋根の下、肩を並べて2人の女性が地べたに座り込んでいる。
 ぼんやりとオアシスを、それからオアシスの向こうに揺れる蜃気楼を眺めつつ、2人の女性……エントマ・ヴィーヴィーとイフタフ・ヤー・シムシムはシシル・ククル・ナガンを待っていた。
 シシル・ククル・ナガン。
 ラサの砂漠に遥か昔から伝わる謎の存在である。
 人なのか、動物なのか、現象なのかも定かではなく、さらに言うなら実在するかどうかも不明な“何か”であった。シシル・ククル・ナガンは救いと共に現れるとも、災いをもたらすとも言われているし、広いラサの一部地域には「我々こそがシシル・ククル・ナガンである」と名乗る集団さえいる始末。
「なるほど? それで、シシル・ククル・ナガンを待っていると?」
『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)が、待っている2人を発見したのは偶然だ。商いの途中で砂嵐に飲まれ、率いていた商隊からはぐれたラダが、やっとのことでオアシスに辿り着いたのが数十分前。
 水分を補給し、人心地ついたラダがふと背後を見れば、イフタフとエントマはまだ同じ場所でじっとしていた。もしかしてあの2人も遭難中か、と思い声をかけたところ、2人の口から“シシル・ククル・ナガン”の名を聞いたのである。
 なお、自分の商隊の方は心配していない。副会長もいるのだから、きっと今頃は港に帰還しているだろう。
「……そっすね。疲れててぇ、もう1歩も動けなくてぇ、癒してほしくてぇ」
「私の方は休暇ついでのネタ探しだね。ラダさんも一緒に待つってのはどう?」
 イフタフは“癒し”を求めて、エントマは“配信のネタを求めて”と、シシル・ククル・ナガンを待つ理由には違いがあるが、両者の目的は一致していた。
「一応噂で知ってはいるけど、流石に実在するとは……」
 シシル・ククル・ナガンが実在すれば、だが。

「なんでしょう? あの人たち……?」
 翼を広げて作った日陰に潜り込み『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)は首を傾げる。ハンナの視線の先には地べたに座るエントマとイフタフの姿があった。
 もう何十分も、2人はあぁして時間を無駄に消費している。少なくとも、ハンナの目にはそう見えた。
 ぼーっと頭と心と体を休める時間は大切なものだが、それはそれとして、なんぼなんでものんびりし過ぎではないだろうか。
 あまりにもぼーっとしているものだから、『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)が心配して様子を見に行ったほどである。
「何かを待っている風ですが……あら?」
 と、その時だ。
 ハンナの視界の片隅に、オアシスに沈む人の影が見えた気がした。
 最初は水面に映った自分の影かとも思ったが、どうやらそうではないようだ。水の中に誰かが沈んでいるのである。
 溺死体だろうか。
 過酷な砂漠の旅の途中で、無念にも命を落とす者は決して少なくない。やっとのことでオアシスにまで辿り着いて、安心した瞬間に心臓の鼓動を止めてしまう者もいる。
 きっと、そう言う類だろう。
「可哀そうに」
 そっと、ハンナは水面に手を差し入れた。
 せめて哀れな旅人を、水の中から引き揚げてあげるつもりだったのだ。
 けれど、しかし……。
「……ぷはっ」
「っ!?」
 溺死体の手が、ハンナを掴んだ。
 血の気を感じない青白い指が、ハンナの手首を握り絞めたのだ。
 ざばりと水を掻き分けて、溺死体が身を起こす。茶色い髪が水で顔に張り付いている。
 それは死体ではなく『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)であった。
「い、生きてました」
「死体じゃないデス」
 アオゾラは死体ではない。やっとのことでオアシスに辿り着き、水分を補給していた遭難者である。
 長い砂漠の旅の果て、身体がカラカラに乾き切ったころになって、遂にオアシスに辿り着いたのである。水分を失ったぐらいでアオゾラが死ぬことはないが、それでも渇きは苦しいものだ。
 よろけてオアシスに転落するのも無理はないというものだ。おかげですっかり渇きは癒えたが。

 眉唾ものの噂である。
 或いは、都市伝説の類かもしれない。
 イフタフからシシル・ククル・ナガンの噂を聞いた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の感想がそれだ。
「興味が無いかと言われると嘘になるけど」
 実在すると信じられるか、と言われれば、また別の話だ。そもそも、姿や形、大きささえも判然としないのであれば、仮ににシシル・ククル・ナガンが現れたとしても“そう”とは気づけないのではないか。
 まさか「私がシシル・ククル・ナガンです」なんて看板を掲げているわけでもあるまい。
「リオン、チャド。どうだろう? シシル・ククル・ナガンの話なんて聞いたことあったっけ?」
 イズマは、連れていた2匹のドレイクにそう問うた。
 言葉が通じていないということはないだろうが、きっとドレイクたちはシシル・ククル・ナガンに興味なんてないのだろう。甘えるようにぐるると唸り、イズマの顔に鼻先を寄せる。
「うぅん……? まぁ、時間はあるわけだし。俺も待ってみようかな」
 本当に、シシル・ククル・ナガンがやって来るのであれば。それを待って、ひと目見るのも悪くはないとそう思えた。

 粗末な小屋のすぐ隣には、ビーチチェアとパラソルが設置されていた。
 ご丁寧なことに、ストローが刺さったヤシの実まで用意されている。地べたに座って待っているエントマやイフタフに比べれば、こちらの方が何倍か何十倍かも居心地が良さそうだった。
 砂漠の真ん中のオアシスで、バカンスを満喫しているのは『玉響』レイン・レイン(p3p010586)である。
 じゅー、っとヤシの実ジュースを啜りながら、晴れやかな空を眺めている。
「よ、よぉ。こんなところで何やってんだ?」
 いつの間にレインはそこにいたのか。
 ペッカートは、レインがビーチチェアとパラソルを設置する瞬間に気が付かなかった。いつの間にかレインはオアシスにやって来て、誰にも気づかれないうちにチェアとパラソルを設置したのだ。
 なぜ? そんな疑問がペッカートの脳内で渦を巻く。
「ん……待ってる。シシル・ククル・ナガン……を」
 果たして、レインの返答は「シシル・ククル・ナガンを待っている」というものだった。つまりイフタフやエントマと同じだ。
「お前もかよ。それって、そうやってたら現れるのか? つーか、何なんだよそれは」
 今日はやたらとシシル・ククル・ナガンの名前をよく聞く日だ。
 そして、名前以外の情報は全くと言っていいほど得られない。
「……さぁ?」
 レインはこてんと首を傾げた。
「待ってれば……出てくるかな……って。果報は……寝て……待て?」
「……クソ不敬なんじゃ……いやいいけど」
 どのようにシシル・ククル・ナガンを待とうと、ペッカートには関係が無い。関係はないし、そもそもシシル・ククル・ナガンは“敬う”べき存在なのかどうかさえも定かではない。
「何なんだよ、シシル・ククル・ナガンって」
 得体が知れない存在だ。
 人か、獣か、それとも別の何かなのかも分からない。だと言うのに、話を聞けばラサではそれなりに有名だと言う。
 エントマやイフタフ、レインのように、わざわざ砂漠のオアシスに来て、その訪れを待っている者もいる始末。ラサの何処かには、シシル・ククル・ナガンの信奉者たちもいるらしい。
 名前だけの存在にしては、どうにも影響力があり過ぎる。
 ペッカートは、そう言う類の存在に……何の利益も与えないのに、妙に影響力を持ち人々の信仰を集める存在に心当たりがあった。
「そいつが“悪魔”の天敵じゃなきゃいいが」
 “それ”に関わると、ろくなことにならないからだ。
 
●待ちながら
「シシル・ククル・ナガン……ですか?」
 聞き覚えのない名前である。はて? と首を傾げたハンナは、視線をアオゾラへと向けた。
 アオゾラは、ぼんやりとオアシスを眺めながら浅く頷く。
「聞いたことの無い名前ですね。人、なのですか?」
 ハンナが問いを重ねた。
 アオゾラは顎に指を当てると、記憶を探るように視線を虚空に少し走らせる。
「シシルとククルとナガン……三人組の何でも屋と銃使いと剣士の盗賊団と」
「どういう組み合わせの一団でしょうか」
 世界を股にかける大盗賊団の気配がする。
 きっと、協力したり敵対したりと微妙な関係の女盗賊もいるはずだ。なぜだかハンナはそう思った。
「どなたから聞いたのでしょう?」
「……保安官の様な人から聞いたデス」
 顎の四角い保安官だった。あの濃い顔は一度見たら、二度と忘れられそうにない。
「あなたは、シシル・ククル・ナガンを探して砂漠を旅していたんですか?」
「道に迷っただけデス」
「そうですか。オアシスに辿り着けて幸運でしたね」
 ぼんやりと、ことばを交わすハンナとアオゾラ。まるでそこだけ、ゆっくりとした時間が流れているようだった。
「どうするんデスカ?」
「待ってみようと思います。何となく興味がわいたので」
「そうデスカ」
 うん、とひとつ頷いて、アオゾラはオアシスに手を浸す。
 開いた指と指の間を、小さな魚が擦り抜けていく。
「そちらは?」
 ハンナが問うた。
「……待ちマス。皆さんが帰る時に、一緒に帰りマス」
 思えば、生きることは“待つ”ことの連続だ。待って、待って、待ち続けて……待った果てに何を得るのか。それとも何も得られないのか。
 生きるとは、そんなことの連続だ。

 ぐつぐつと鍋の中で湯が沸いていた。
 オアシスの端で起こした焚き火の中で、木切れがパチパチと燃えている。湯が沸いたのを確認し、ラダはその中へ黒いブロックを幾つか落とす。
 ブロックの正体は、乾燥させた野菜や肉、調味料だ。そのまま齧っても栄養を補給できるし、今みたいに火を起して湯を沸かせられるのなら、暖かなスープにして飲める。
 砂漠の旅の必需品である。
 ふわり、と湯気に混じってスパイシーな香りが漂う。
 香りに気がついたのか。チェアに寝そべっていたレインが、上体を起こしてラダへ問う。
「ククルなんとか……って……太陽なのかな」
「……なに?」
 突然、何を言い出したのか。
 何を訊かれたのか。
 鍋を掻き混ぜる手を止めて、ラダはレインの方へと視線を向けた。
「僕……暑いのはやだけど……お日様は好き」
 そう言ってレインは視線を西の空へと向けた。
 もう暫くすれば、太陽が砂漠の果てに沈むだろう。太陽が沈めば夜が来る。エントマやイフタフの話では、シシル・ククル・ナガンが訪れるのは日暮れ頃であるらしい。
 本当に、シシル・ククル・ナガンが現れるのかは定かではないが。
「シシルなんとか……って……何だろう」
 レインはシシル・ククル・ナガンを知らない。
 近くの街で噂を聞いて、オアシスを訪れただけだ。本当に逢えるかどうかの確証も無いし、逢えないのなら、それはそれで構わないとさえ思っている。
「シシル・ククル・ナガンが何かは、ラサでも長い間、議論されているな」
 スープをひと口、味見してラダは懐からナイフを取り出した。レインが飲み終えたヤシの実を掴むと、ナイフで皮を剥いでいく。
「シシル・ククル・ナガンは“存在しないもの”に付けられた仮初の名前だと言う噂もある」
「……?」
「つまり、まぁ……“存在しない”ってことだ。ただ、シシル・ククル・ナガンという“名前”だけがあって実態はないんだ」
 実態が無いということは、つまり“何でもあり得る”ということだ。シシル・ククル・ナガンの名を知る者が、自分の求める何かを指してそう呼べばいいということだ。
「信仰に似ているかもしれないな」
 ナイフで削いだヤシの果肉をスープへ落とし入れながら、ラダはくっくと肩を揺らした。実態も無い何かに名前を付けるなど、まるで禅問答か何かのようだ。
「ふぅん? ……ところで……何を作っている……の?」
「夕飯だ。みんな食べるかね?」
 どうせこの時間からでは、オアシスを離れることは出来ない。シシル・ククル・ナガンが現れるにせよ、そうで無いにせよ、一泊することは確定であった。

「なぁ。あんたもシシル・ククル・ナガンを待っている口か?」
 静かに笛の音を鳴らしているイズマを見て、ペッカートはそう問いかけた。
 イズマの傍らで微睡んでいた2匹のドレイクが、警戒するように首をもたげて唸り声を零した。
「っと、そう警戒するなよ。何も悪さはしねぇって」
 呵々と笑って、ペッカートは数歩だけ後ろへ下がった。
 笛を鳴らす手を止めて、イズマはペッカートの方を見やる。
「なぜそう思ったんだ?」
「なに、きっとシシル・ククル・ナガンとやらは笛の音が好きなんだろうと思ってよ。まぁ、好きなのはトランペットやオルガンの音色の方かも知れねぇが」
「……生憎と、トランペットは持ち歩いていないな」
 鳴らすことは出来るが。
 ふむ、と顎に人差し指を当てると、イズマは逆に問いを返した。
「俺もシシル・ククル・ナガンには興味がある。ペッカートさんは、その正体は何だと思う? さっき、何かを地面を漁っていたようだったけど関係はあるのか?」
「なんだ。見てたのか」
 オアシスの端に腰を降ろしたペッカートは、ポケットの中から畳んだ布を取り出した。
 つい数分前まで、ペッカートはそこらの地面にしゃがみ込んで、何かを拾い集めていたのだ。先ほど、ペッカートとエントマたちが会話しているところも見た。
 きっと、シシル・ククル・ナガンに関係する何かの作業をしているのだと、イズマはそう予想したのだ。
「なに、大したことじゃねぇ。捧げ物でも用意しておこうと思ってな」
 そう言ってペッカートは布を広げた。
 布の中にあったのは、幾つかの銃弾のようである。
「銃弾? シシル・ククル・ナガンとやらは銃弾を好むのかな?」
「どうだろうな。俺も直にお目にかかったことはねぇけど……」
 シシル・ククル・ナガンの正体は知れない。
 だが、もしも仮にそれがペッカートの天敵だとすれば、きっと姿を現すことはないだろう。何しろそれは、ただそこに居て、崇め奉られるだけの存在だからだ。
 何をしてくれるでも無く、ただ存在することだけを信じられる存在だ。何をするわけでも無いのに、人から信仰されるそれの在り方は、まったくもって気に入らない。
「もしいるんなら、銃弾の1つや2つはぶち込んでやりたいね」
 それに比べれば、悪魔の方が幾らか人道的かつ良心的な存在であると、ペッカートはそう言った。
 イズマは首を傾げながら、それでもよくよく考えた末に言葉を返した。
「よく分からないが……例えばシシル・ククル・ナガンの存在を信じて、その訪れを待つと言う行為そのものに、意味があるんじゃないか?」
「待ってて救われるってんなら、誰も俺らと契約なんざしてねぇさ」
 嘲るような笑みを浮かべて、ペッカートは鉛の弾をポケットの中へしまい込む。
 もうそろそろ日が暮れる。
 シシル・ククル・ナガンは未だに現れない。

●“何か”を考え、待つと言うこと
「あ……夕日……」
 西の空が赤く燃えていた。
 夜が来る。
 そして、シシル・ククル・ナガンは結局、来なかった。
「海より……色が濃いね……。きれい」
 スープを口へと運びながら、レインはくすりと微笑んだ。

 焚き火を囲んで、夕食を食べる。
 口数は少ない。
 だが、それは陰鬱な沈黙ではない。
 シシル・ククル・ナガンは現れなかったけれど、エントマも、イフタフも、心のどこかでこの結末を予想していた。だから、裏切られたとか、期待が外れたとか、そんなことはあまり思わなかったのである。
 2人は何も得られなかった。
 ただ、1日という時間を“待つ”ことに消費しただけだ。
 人生には時々、そういう日が訪れる。
「何となく、いい顔をしている気がするな」
 鍋を掻き混ぜながら、ラダは言う。
 エントマとイフタフは、顔を上げた。
 アオゾラやハンナの視線が2人に向かう。幾つもの視線を受け止めながら、2人は少し、ぽかんとしていた。
 それから、やがて……。
「あぁ」
 イフタフはそう呟いた。
 そう呟いて、ぽりぽりと頭を掻いた。
「何て言うか、リセットされた気分っす」
 心のどこかでシシル・ククル・ナガンの訪れを待っていたのは事実である。だが、シシル・ククル・ナガンが“何”であっても良かった。
 何でもよかったのだ。
 ただ“待つ”ことが、今のイフタフには必要だった。そして、それはきっとエントマも同じだ。ともすると、ハンナやアオゾラにとっても。
「シシル・ククル・ナガンは来なかったっすけど……まぁ、悪い1日じゃなかったっすよ」
 そう言ってエントマは、スープを啜る。
「美味しいスープにもあり付けたし。うん……今日と言う日に意味が無かったとは思わないっす」
 なんて。
 そんな感想を抱く当たり、ひょっとするとシシル・ククル・ナガンは“姿も気配も無いまま”に、オアシスへ来ていたのかもしれない。
 これは、8人の男女がシシル・ククル・ナガンを待ったある日の話。
 意味なんて無かった、けれど“人生には欠かせない”時間を過ごした、ある日の話だ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
シシル・ククル・ナガンは訪れませんでしたが、エントマとイフタフは何かを得られたみたいです。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。


シシル・ククル・ナガンが何かを設定してはいますが、確定情報は出さない方針です。
もやもやした人はすいません。

PAGETOPPAGEBOTTOM