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シナリオ詳細

アカハル・ハルミンは眠れない。或いは、東奔西走、獏を探して…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●眠れない日々
 アカハル・ハルミンが眠れなくなってから、一体、どれだけの年月が過ぎただろうか。
 身体はずっとだるいまま。頭はずっと重たいまま。疲労の蓄積した脳は、常にじくじくと鈍い痛みを発している。
 疲れて、疲れて、疲れ切ってしまえば眠りに就くことは出来る。だが、ハルミンの睡眠時間はごく僅かで、それだって幽かな物音で目を覚ますぐらいに浅い眠りばかりであった。
 不眠症。
 病院の先生からはそう言われた。睡眠薬を処方された。
 だが、眠れない。
 身体と脳の機能を十全に回復させるに足る睡眠を、どうしたって得られない。
「あぁ、眠りたい。眠りたい」
 満足に動くだけの元気も失って、日がな一日、窓際でぼうっと空を見上げるばかりの毎日。
 あぁ、自分だってぐっすり眠って、朝陽と共に元気に起きて、仕事をしたり、人と遊んだり、美味しいものを食べに行ったり……そんな、当たり前に人間らしい生き方をしたい。
 眠れないことが原因か。
 ここ最近は、来る日も来る日も、そんなことばかりを考えてしまう。
 気分はひどく陰鬱で、いっそ消えてなくなりたいと思ってしまった。
 そんな、ある日のことである。
「遠くの島から珍しい生き物が運ばれて来たんだってよ! なんでも、そいつに近づくと誰でもたちまちぐっすり眠っちまって、楽しい夢が見れるって話だ!」
 通りの方からそんな声が聞こえて来たのは。
 声を張り上げ通りを歩いている男は、この辺りでは一等元気な若い漁師だ。噂好きの話好き。こいつに話を聞かれたら、翌日には街の全員にまで広まっていると、そんな逸話を持つ男である。
 まぁ、若い漁師のことはどうだっていいのだが。
 ハルミンの気を引いたのは、漁師の告げた一言だった。
「“誰でもぐっすり眠っちまって”……って言った?」
 “ぐっすり眠る”。
 なんと魅力的な言葉だろうか。
 果てない砂漠でやっと見つけたオアシスみたいに魅力的な言葉である。気づけばハルミンは部屋を飛び出していた。睡眠不足でふらふらだったが、ハルミンは必死に部屋を飛び出し、表の通りに駆け出した。
「その話! く、詳しく!!」
 そして件の漁師を見つけて、ハルミンはその胸倉を掴んだのである。血走った眼に、目の下に浮いた濃い隈に、げっそりとこけた頬と、すっかり乱れた長い髪。
 漁師は驚愕し、それどころか少し怯えてさえいただろう。
「な、なんだ!? 詳しくたって……」
 頭をがくがく揺らされながら、若い漁師は言葉を紡ぐ。
 その声は上ずっていた。
 ハルミンの気迫に圧倒されたのである。
「あれだ。獏って生き物だよ!! なんでもずんぐりした四本足の動物らしくて、鼻が長いって話だ! どっかの島で眠っていたのを、誰かがここの港に運んで来たんだよ!」
 獏の姿について、漁師もあまり詳しいことは知らないらしい。
 分かったことと言えば、4本脚であることと、鼻が長いことの2点だけ。
「その柔らかな腹に顔を埋めれば、あっという間に夢の中って話だぜ……っ!」
「っ!?」
 あっという間に夢の中。
 ハルミンにとっては、それ以上に魅力的な言葉は無い。
「それはっ! どこにぃ! いるのっ!!」
「分からねぇよ!」
「あ”!?」
 漁師の男は、獏の居場所が分からないと宣った。
 喉から手が出るほどに欲しい情報を、知らないと言った。
 一瞬、こいつを殴ってやろうと思ったが、よくよく考えれば別に彼は何も悪くない。睡眠不足で判断力が鈍っているらしい。
「逃げたらしいぞ! 他にもどっかの島からアリクイとか、ゾウとかって生き物を連れて来たらしいが、全部、逃げちまったらしい!!」
「ちぃっ!!」
 漁師の男を突き飛ばすようにして、ハルミンは通りを駆けていく。
 逃げ出したのなら、捕まえればいい。
 居場所が分からないのなら、探せばいい。
 見つけて、捕まえて、それでついでに少し獏とやらのお腹に顔をうずめて眠らせてもらえばいいではないか。となれば、獏がうっかり逃げ出したことも考えようによってはそう悪くはない。
「待ってて獏ちゃん! すぐに見つけてあげるから!」
 獏を見つければ、久しぶりにゆっくり眠れる。
 ハルミンの頭の中は、睡眠のことで一杯だった。

GMコメント

●ミッション
逃げ出した動物たちを捕まえる

●ターゲット
・獏
体長2メートルほどの巨大な獏。
どこかの島で眠っていたところ、捕獲されて街に連れて来られたらしい。
近くにいる者を強制的に眠りに誘う能力を持つ。
四本足で鼻が長い。
現在、港町を逃亡中。

・アリクイ
アリクイ。
獏とは別口で連れて来られた動物。
四本足で鼻が長い。
現在、港町を逃亡中。

・ゾウ
ゾウ。
獏やアリクイとは別口で連れて来られた動物。
四本足で鼻が長い。
現在、港町を逃亡中。

・アカハル・ハルミン
海洋に住む不眠症の女性。
2年近く不眠症に悩まされており、すっかり疲労している。
安眠のためなら悪魔にも魂を売る覚悟があるなど、少々、まともな精神状態ではなさそうだ。
現在は獏を探して、ふらふらと街を徘徊中。

●フィールド
海洋。とある港町。
海外からの渡航者も多く、見世物小屋やサーカス、お土産屋をはじめ娯楽施設や飲食店が多く立ち並んでいる街。
白を基調とした家屋が多く、大通りは人で賑わっている。
そのため、逃げ出した動物が大通りに出た場合には大きな騒ぎとなるだろう。
なお、現在は大きな騒ぎは起きていないようだ。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】獏の護送任務にあたっていた
獏をはじめとした動物たちの護送任務にあたっていました。……が、悲しいかな逃げられました。

【2】見慣れない動物の影を見た
港町の探索中、見慣れない動物の影を見かけました。現在は散歩がてら動物の捜索中です。

【3】その他の個人的な目標のため
何らかの事情により、動物たちorハルミンを探しています。


見慣れない動物を探して…
獏とアリクイ、ゾウの行方を捜しています。主な捜索個所をご指定ください。

【1】港付近を捜索する
港付近を捜索します。船着き場や、船員向けの飲食店とお土産屋などが多く存在しています。獏たちを輸送していた船も停泊しています。

【2】大通り付近を捜索する
大通りを捜索します。旅行客向けの飲食店やお土産屋、見世物小屋などが並んでいます。なお、人の行き来が活発です。

【3】裏通り付近を捜索する
裏通りを捜索します。住人の居住区や事務所などが多くあります。道の幅は狭く、道の端には荷物や木箱が積まれています。なお、ハルミンの家は裏通りにあります。

  • アカハル・ハルミンは眠れない。或いは、東奔西走、獏を探して…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月07日 22時10分
  • 参加人数6/6人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
冬越 弾正(p3p007105)
終音
ルネ=エクス=アグニス(p3p008385)
書の静寂
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
ピエール(p3p011251)
ナマモノ候補

リプレイ

●誰か私を眠らせてくれ!
 港を鮫が歩いていた。
 港を、ジンベエザメが歩いていた。
 ずんぐりとした短い足で地面を踏み締め、とってことってこと港を鮫が歩いていた。
 鮫の口の部分から、桃色の髪と、どこかぼうっとした顔が覗いている。鮫が着ぐるみだったのだ。
「歩くの……楽しい……」
 鮫の中身は『玉響』レイン・レイン(p3p010586)である。
 船乗りたちがレインに気付いた。
「あれは何だ? 人か?」
「馬鹿お前、見ての通りジンベエザメだろうが」
「ジンベエザメに足があんのか? 着ぐるみを着た人だろうが?」
「何で着ぐるみ着てんだ? 鮫レースはまだ先だろ?」
 ざわめきが徐々に広がっていく。誰か声をかけてみろよ、なんて声がそこかしこで上がる。
 そんな声に応えたわけでもあるまいが、誰かがレインに近づいて行った。
「あれは何だ? 鴉か?」
「馬鹿お前、ありゃペストマスクだろうが」
「何でペストマスクを被ってんだ? 流行ってんのか?」
「流行ってるって何がだ? ペストか? マスクか?」
 再び、ざわめきが広がっていく。
 ひそひそと交わされる声も、注がれる視線も意に介さずに『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はレインの方へと近づいていく。
 そして、2人は邂逅した。
 手術台の上でミシンと蝙蝠傘が出会う、という詩がある。“美しい”ことの代表例として挙げられたのが、それである。
 それと同じように、波の音の聴こえる港で、ジンベエザメとペストマスクが邂逅したのだ。
「君……暑くないかね? この炎天下で着ぐるみを着て出歩くなんて、自殺行為と言わざるを得ない」
 ルブラットはそう言った。長袖の衣服に白衣を纏い、ペストマスクを被ったルブラットは己の姿を1度、鏡で見てみるべきでは無いだろうか。
「ん……日に当たらないから……僕の防護服代わり……」
「なるほど。失礼した。体質であるなら、仕方がない」
 水分補給は小まめにな。
 そう言い残して、ルブラットは立ち去っていく。
 その背をぼんやり見送って、レインは肩から提げた鞄に手を伸ばす。水筒を取り出そうとしたのだ。
 けれど、あぁ、なんと悲しいことだろう。
 鮫のヒレでは、水筒を掴めないのであった。

 最初は、見間違いかと思った。
 歩き去ろうとして「いや、しかし……」と二度見した。
 二度見して、確信した。人混みの中を、怯えた様子で体長2メートル近い巨大な獏が歩いているのだ。
「ありゃあ……この間世話になった獏だ。見覚えがありすぎる」
 少し前に、どこかの島で見かけた獏に違いない。『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)が見つめる中で、獏の姿は人混みに消えた。
「港の船から逃げ出したらしい。ローレットの皆が探していたぞ」
「うぉっ……何が出たかと思ったぜ」
 背後から声をかけられて、縁は危うく腰の刀を抜きかけた。縁の背後に立っていたのは、巨躯のオークであったからだ。
「む? 驚かせたのなら悪い」
 オークの名は『ナマモノ候補』ピエール(p3p011251)という。見た目は鎧を着こんだ巨躯のオークだが、れっきとしたイレギュラーズの一員だ。
 だが、オークだ。その育ちゆえか、顔立ちもなかなかに厳つい。
「少し手を貸してもらえないか? 海洋国家では名前が通っていると聞いたぞ」
「あぁ、捕獲するのか? まぁ、知らない獏でも無いし、別に手を貸すのはいいんだが」
 縁とピエールとが組むと、少し“悪漢”度合が高すぎるんじゃないかと、そんな懸念が拭えないのだ。

 獏を保護し、安全な場所へ移送することに決まったのはほんの数日前のことである。
 奇妙な島と獏の生態調査に参加していた彼……『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)が輸送船の護衛に選ばれたのは、ごく自然な流れであった。
 補給のために港町に船を寄せたまでは良かった。船には獏の他にも、ゾウやらアリクイやら、海洋の色んな島で発見された動物たちが乗せられていた。
 密猟者から守るために、獏やアリクイ、ゾウなどの動物を安全な島へと運ぶためである。
「獏には素敵な夢を見せてもらった恩義がある」
 獏とアリクイ、それからゾウが逃げ出した。
 逃げ出した動物たちを探して、弾正は街の裏通りを疾駆している。
「傷つけないように丁寧に運ぶ……つもりだったんだ。まさかあんな事になるとは」
悔やんでも悔やみきれない。
 密猟者たちが、船を襲撃することまでは予想出来た。だが、まさか火を放つとは思わなかった。
 幸い、火はすぐに消し止められたし、密猟者たちは弾正が叩きのめして甲板に転がしたけれど。残念ながら、放火の際のどさくさに紛れて、3匹の動物が港町に逃げ出した。
 悲しいことになる前に、獏を見つけなければいけない。
 弾正にしては珍しく、その顔には焦りの色が滲んでいた。

 血走った眼に、こけた頬。
 潤いの無いぼさぼさの髪に、骨と皮ばかりのような細い腕。
「眠らせてよぉぉぉ! 私、もう眠りたいの! ぐっすり眠りたいのよぉぉ!」
 アカハル・ハルミンは絶叫していた。
 血走った眼に涙を溜めて絶叫していた。限界なのだ。眠たいし、眠りたいけど、眠れない。そんな日々を過ごすことに疲れているのだ。辛いのだ。
「眠りたいの! 眠らせてほしいのよぉぉ!」
 ハルミンは、裏路地の隅に座り込み、何かに向けて叫んでいるのだ。
 その何かは、アリクイだった。
 獏とアリクイの区別が、ハルミンには付いていないのだ。困ったように、アリクイは視線を彷徨わせている。獏ではないので、眠りたいと言われたところで何も出来ないのである。
「アリクイが長いのは鼻じゃなくて長い舌を収納する口なんだけど、どう思う?」
「……誰? アリクイ? アリクイって何? 獏ではないの? 獏でしょ? 獏だって言って!!」
 ハルミンはもう限界だった。
 睡眠不足のせいだろうか。情緒が不安定だった。
「じゃあ、問診しつつ色々と試してみようか」
 ハルミンの肩に手を置いて『書の静寂』ルネ=エクス=アグニス(p3p008385)は微笑んだ。どこから取り出したものか。その手には数冊の本が掴まれている。
 そんな2人を迷惑そうに一瞥し、アリクイはどこかへ歩いて行った。

●獏を取り戻せ
 両手を広げての仁王立ち。
 視線はまっすぐ前を向き、胸を張って立っている。敵意も、牙も、爪も、何もかもを真正面から受け止めるという意思を体現したかのような、威風堂々たる立ち姿。
 アリクイの威嚇のポーズだ。
「……しゃーく」
 相対するはレインである。
 ジンベエザメの着ぐるみを纏ったレインもまた、両のヒレを大きく左右に広げて、威嚇を返しているのであった。
 両者、一歩も譲らない。
 迫力は無いが、あまりに異様な光景に見物人は固唾を飲んだ。誰も言葉を発さない。アリクイとレインの間に飛び交う不可視の火の粉と、静寂だけがそこにはあった。
 港で出会ったアリクイとレイン。
 最初に威嚇を始めたのは、果たしてどちらだっただろうか。
 睨み合いの果てに、一体、何に至るのだろうか。
 否、何も無いのかもしれない。争いは何も生まないかもしれない。
 だが、この瞬間……レインとアリクイの間には、確かに何かが通じていたのだ。

 夢と言うのは不思議なものだ。
 人の脳が、記憶を整理する際に見る断片化した映像記録が夢であるという説もある。
 そして、夢の内容は原則として自分の意思でコントロールすることは出来ない。だが、獏の力があれば夢の内容をある程度コントロールすることも可能になるのだ。
 見たい夢を見られるようになるのだ。
 それ以前に、不眠症で悩む者や病や怪我の痛み・苦しみで夜も眠れない者たちを強制的に眠らせてやることができるのだ。
「あの生き物は医療の新たな可能性だ。ある種のセラピーと言ってもいい」
 例えば、似たような例に犬や猫と触れ合うことで傷ついた心を癒すアニマルセラピーがある。
 或いは、古い皮膚を魚に喰わせてきれいにするドクター・フィッシュというものもある。
 または、壊死した皮膚や筋肉を蛆に喰わせて奇麗に除去するマゴット・セラピーなどもある。
 薬用ヒルや、吸血医療用のヒルなどもいる。
 ルブラットの持つぬいぐるみ……蛭のヒルデガルドくんも、その類である。
「獏セラピー……そうだ。実際に患者へ施す前には、十分な治験が必要だ。被検体は私が担おう。あの夢を、もう1度……」
 かつて、夢の世界でルブラットは、ヒルデガルドと優雅なティータイムを過ごした。獏の協力が得られれば、夢の中限定とはいえ、好きな時に、何度だってヒルデガルドと共に過ごせるのである。
 不眠に苦しむ患者のため、そして己の欲望のため、ルブラットは獏を探すことに協力を惜しまないのだ。

 鼻の長い、4本脚の動物が暴れている。
 そんな話を耳にして、縁とピエールは現場に向かった。現場は人でごった返していたけれど、縁の姿を認めるとまるで海が割れるみたいに人混みの中に道が出来た。
 いざとなれば、ピエールの巨体を押し込むことで道を開こうとしていたので、その必要がなくなったことに安堵する。
「おう、わりぃな。騒ぎは俺らで収めとくんで、お前さんらは避難しておいてくれや」
 頭を下げる若い男に手を挙げながら、縁とピエールは悠々と現場へ近づいていく。若い男は、どうにも反社会的勢力に属する者のようであったけれど、今はどうでもいいことだ。
「大したものだな」
「海洋名声トップの力ってのはこういう時に使うモンだ」
 軽口を叩き合いながら、縁とピエールは遂に人混みの中心へと辿り着いた。
 なるほど、確かにそこにいたのは4本脚で鼻の長い動物だった。長い鼻を左右へ振り回しながら、太い足で地面を踏みつけ、周囲を威嚇しているのである。
 苛立っているのか、興奮しているのか。とにかく、とてもじゃないが穏やかな様子ではない。何かのきっかけがあれば、人混み目掛けて突進を慣行しても不思議じゃない。
「いきなり知らねぇ場所に連れてこられちゃ混乱もするわな」
 野次馬たちを下がらせながら、縁は頭を掻いている。
 と、それはともかく……。
「鼻が長くて四本足……あれは確かゾウだよな?」
 ゾウだった。
 暴れているのは、獏では無かった。
 それは確かにゾウである。まだ小さいので、子供のゾウだ。
「ほっとくわけにはいかねぇよなぁ」
 困った風に縁は呟く。
 ピエールは大きく頷くと、腰に括りつけていた斧を足元へ落とす。そうして、丸腰になったピエールは、巨体を揺らした前へと進む。
 ゆっくり、大地を踏み締めるように。
 まるで、小さな山が動いているようだ。
「やんのか?」
 縁は問うた。
 ピエールは、ゾウの方を見据えたまま大きく頷く。
「暴れられると面倒だ。大人しくさせて引っ張っていこう」
 多少の距離を保ったまま、ピエールはゾウをまっすぐに見据えた。野生の獣と相対したなら、決して視線を逸らしてはいけない。
「さぁ、思いっきりぶつかって来い!」
 鎧の腹を力いっぱい平手で叩き、ピエールは気勢を発揮した。

 ルネが港を訪れたのは、そもそもハルミンに逢うためだ。
 珍しい不眠症の女性がいると聞いて調査と治療の為にわざわざ、港の街へと足を運んだのである。
 ところはハルミンの寝室。
 温めたミルクに、一定のリズムで鳴らす音楽、子守歌……試せるだけの睡眠導入法を試した。ここまでの数時間で、積み上げた書籍は6冊に至った。
 だが、未だに何の成果も得られてはいない。
「眠りたいよぉ。眠りたいだけなのにぃ。眠れないのぉ」
 遂にハルミンは泣きだした。
 ルネの膝に顔を押し付け、慟哭しながら涙を流す。衣服に染みた涙が冷たい。
「う、うぅん……どうしたものかな、これは」
 こうなって来ると、獏に眠らせてもらうなんて非科学的かつ持続不可能な手段に頼るという選択肢も見えて来る。
 正直、辞典で後頭部を一撃するのが、一番手っ取り早い手段である気さえする。
 本が傷むので、そんな真似はしないけれど。
 困った……と、ハルミンの頭を撫でながら、ルネは内心で冷や汗を流す。
 と、その時だ。
「そこの者たち! 獏を解放しろ!」
 窓の外を、男が1人、駆けて行った。
 駆けて行ったというか、飛んで行ったというか。
「……獏?」
 あっという間に視界から消えた飛ぶ男性……もとい弾正は、確かに“獏”と言ったはずだ。
「獏ぅ……そうだ、もう、獏に頼るしかないんだぁ。じゃないと、死ぬんだぁ」
 ゆらり、とハルミンは立ち上がる。
 その顔面は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

●獏よさらば
 獏が台車で運ばれていく。
 台車を引くのは、マスクで顔を隠した3人の男たちである。
「おい! おいおいおいおい、追って来るぞ!」
「分かってる。さっきの男だろ!?」
「もう1人いる。女だ! なんて目をしてやがる! 真っ赤に充血してんぞ!」
 まるで罵り合うように、男たちが叫んでいた。
 叫んでいないと、怖くて脚が止まってしまいそうになるからだ。
 ついでに、そろそろ眠気も限界に近い。獏の傍にいると眠たくなるので仕方がない。
「待て! 大人しくお縄に着けば命までは取らん!」
「獏ぅぅ!! 獏だ! やっと眠れる! 獏をこっちに渡してよぉ! 渡さないなら、殺してでも奪い取ってやる!」
「命までは取らんと言っているだろうが! っていうか、貴女がハルミン殿だな? 危険だから下がっていろ!」
 平蜘蛛を展開させたまま、弾正は叫んだ。
 ハルミンの方は聞く耳を持っていなかったが。

 弾正の背から伸びた4本の機械のアーム。
 その先端が、男たちの方を向く。
 しゅ、と風を切る音がして、次の瞬間、台車を引っ張る男の1人が地面に倒れた。
「な、なんだぁ?」
 鼻血を流しながら、男が自分の足首を見た。そこに巻き付いているのは半透明の糸である。
 捕まった、と男が悟った時には既に手遅れだった。
 2人目、3人目も次々糸にからめとられて、地面に倒れ……。
「やっと眠れるぅぅぅうるるるる」
 鬼気迫る様子のハルミンが、獏の腹へとダイブした。

 弾正が港に戻って来たのは、夕方近くになった頃のことである。
 ハルミンが眠りに就くまでに、少々、時間がかかったのだ。今頃はルネが様子を見ているはずだけれど、ハルミンの不眠症はまだ根本的に解決したわけではない。
 とはいえ、久しぶりにぐっすりと眠れているようなので、幾らか体と心は休まるはずである。
「ゾウの方も無事に捕まえられたようだな」
 台車を引いて港に戻った弾正の前を、ゾウを引き連れた縁とピエールが歩いている。ピエールの方は幾らか怪我をしているようだが、まぁ、あの巨躯だ。多少の怪我でどうこうなるほど柔ではあるまい。
 ゾウとピエールとは、きっと体と体、心と心でぶつかり合うことで和解したのだ。なぜならゾウとピエールは、仲が良さそうに見えたから。
「ところで……あれは」
 足を止めた弾正は、輸送船の方に視線を向けて呟く。
「ずっと、あぁしている。どうにも何か対話中のようだよ」
 そう言葉を返して来たのは、近くのベンチに腰かけていたルブラットであった。獏を認めると、ヒルデガルドを小脇に抱えて近づいて来た。
 心なしかその足取りは軽く、何やら上機嫌なようにも思えたのだった。

 さて、弾正が“あれ”と言った光景が何かといえば、それはアリクイとの威嚇合戦を継続しているレインであった。
 両者ともに、身体全部で「大」を描くようにして、ピクリとも動かずに睨み合っているのである。
「……しゃーく」
 レインとアリクイの勝負……もとい対話は、もう暫くの間は終わりそうにない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
逃げ出した動物たちは無事に捕獲され、ハルミンもとりあえず眠ることが出来ました。
皆さんも睡眠はしっかりとってくださいね。

この度はシナリオへのご参加、ありがとうございました。

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