PandoraPartyProject

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アイオーン

●アイオーン
 腐れ縁の『神官』は語る。
「訳の分からない人ですよ」
 勢いで旅を共にする事になった『魔法使い』は語る。
「でも、とっても面白い人なのよ!」
 少しだけ――ほんの少しだけ複雑な関係の『僧侶』は語る。
「負けさせられた気になると、すごく悔しいんですけど!」
 愉快な『精霊使い』は朗々と語る。
「不思議と人を引っ張る所があるよネ。巻き込まれたくなるヤツなんだ」
 実直で勤勉な『戦士』は語る。
「うむ。間違いなく勇者であろう。彼は勇者に違いないのだ!」
 掴み所のない『盗賊』は語る。
「まぁ、彼はね。最良の暇潰しって所ですカ」
 大空を舞う聖翼は語る。
「アイオンは素敵な人ですよ」
 ……誰の評価も完全には一致しない。
 故に彼は歴史の上でも実に不明瞭な『鵺』だった。
 恐ろしく強かったとも、勇者王の名に恥じない英傑だったともされ。
 同時に胡乱で正体も分からず、実在さえも疑われた話もあった。(無論、幻想での言説では有り得ない!)
 勇者の物語は幾百にも及ぶが、その多くは旧過ぎて誰に確認出来るものでもない。
 ただ、この物語はほんの僅かだけ。その一端を覗き見る。
 勇者王アイオンが、その道のりを『最初』に歩み始めたのはいきなり『魔王』との決戦だったのである――


●知らずの幕間
「『一体どうして邪魔をする?』」
 誰しもに『魔王』と畏れられた男は心底から疑問を感じてそう尋ねた。
『地上』においてイルドゼギアの名を知らない者は無い。
 混沌中に轟いたその悪名は彼が長く積み上げてきた正しい恐怖と実力を何よりも示している。
「答えよ、勇者。
 座して死を待つ世界を望むか。他に為せる者が無いならば――
 我が闘争は、野望は高貴なる務め(ノブレス・オブリージュ)足り得ぬか」
 荘厳にして華やかなる問いは、まさに魔王の矜持に満ちていた。
「地上の羊共は武器を取るのか?
 破滅なる胡乱に抗い得るか?
 ……我の望みは愚物共にこそ恩恵があろう。
 手段の是非を問いたいなら話は知らぬが、それは枝葉に過ぎん。
『滅び』なる胡乱が確定的に迫っているというのなら、力ある者がより大きな力を求める事こそ正道。
 混沌が望んで我がここに在るならば、全てを超越せんとするのは旅人(ウォーカー)の本懐に違いなかろう?」
 イルドゼギアは敵らしい敵さえ持たぬ文字通りの無敵だった。
 少なくとも彼の武威は相対する敵対者の全てを上回り、その覇道を阻み得る者はこれまでに居なかった。
 地上での活動の先、アーカーシュ文明に目をつけ、空の覇者となってからも。
 眼窩に見下ろす世界は彼にとって常に無力で矮小であり、取るに足らないものに過ぎなかった。
 彼が挑むべきは常に人ではなくその上であり続けた。百年も、それ以上も――それは一つの例外さえ認めなかったのに。
「うーん……」
 魔王を前にしても何ら臆面もしない赤毛の男は小さく唸って考える仕草をしていた。
 魔王が居るならば勇者が居るのもまた不思議な話ではない。
 多くの伝承歌(サーガ)が導いてきたように、表裏一体の存在は何時の世にも人の絶望であり、希望で在り続けたのだから。
 しかしながら、美しい物語を切り取った伝承歌は本人の性質を正しく伝えるとも限らないのが世の常である――
「強いて言うなら、何となくかな。
 その上から目線で何でも導いてやるーってのが気に入らない」
「『誰かが導かねばどの道全ては終わるのだ』。
 混沌の神の何処に大義がある。第一が我とて、望みて呼び出された訳ではない。
 だが、降り掛かる火の粉は払うまで。
 その糧が正義であろうと恐怖であろうと些末事よ。
 人心を統ずるに必要であれば、魔王の名もまた合理的な手段にならん」
「『魔王』でも『勇者』でもそんなものは他称だろう?
 僕も君も唯の人間に過ぎないのに、君はそれ以上の役割を背負いたがる――
 同情出来なくも無いが、するような関係でもない。
『頼んでも居ないお節介』は好かれないものだよ、イルドゼギア」
 ――『勇者』の役割(ロール)を負った彼の名はアイオン。アイオーンとも称される。
 混沌史上、最も多くの功績を持つとされる『個人』。
 後の世においては幻想(レガド・イルシオン)の建国者、勇者王の名で通る人物だが、この時点では無名の冒険者に過ぎない。
 より正しく言うのなら、研究者間では彼の伝説はこの戦いをもって始まるとされるのが通説だ。
 ……裏を返せば、緒戦の相手が魔王だったアイオンの異常さは知れるだろうか?
 閑話休題。
「我が四天王を破っておいて『役割が無い』とは笑わせる」
『獣王』ル=アディン、『闇の申し子』ヴェルギュラ、『骸騎将』ダルギーズ、『魂の監視者』セァハ(そしてオマケに『最弱の』シュナルヒェン)――
 彼等は何れも己の力の信望者であるイルドゼギアが多少なりとも信を寄せた忠臣達であった。
 自身と同じく他者の力を寄せ付けない彼等の能力は絶大であり、イルドゼギアの恐怖神話の傍らには常に彼等が侍っていた。
 だと言うのに、この状況は何だ?
『問題はその無名な冒険者が天空島サハイェルに到り、魔王宮と称されたダンジョンの最奥にまで辿り着いている事なのだ』。
(いや、違う。我は四天王を失いながらも、この状況を厭うてはおらぬ――)
 イルドゼギアは『魔王』として自身に真に相対する何者か――それは勇者と呼ばれる戦士だろう――との邂逅を夢見た事が無い訳では無かった。
 我ながら子供じみたロマンチシズムと苦笑しながらも、そんな瞬間を武人として望まなかったと言うなら嘘になる。
 四天王(ゆうじん)を悼む気持ちはあるが、復讐心が燃ゆるよりもこの時間には別の何かが滾っていた。

 ――楽しいのだ。

(許せ、四天王。或いはル=アディン。貴様なら我の心持ちを解するか?)
 どれ程の言葉を弄したとて、根源的なその欲求を否定する事は難しい。
 だが、事実は小説より奇なり。人生は思い通りにゆかぬからこその人生であるかのようだ。
「ああ、うん。要するに――簡単に言うと、だ」
 アイオンは暫し悩んでいたが、やがて合点したように結論を出した。
「僕は君が好きじゃないから、こうしてしばきにやって来た。それが一番シンプルな答えになるんじゃないかな」
「――――」
「駄目だった? この答え。まあまあ妥当だとは思うけどね」
 少なからず興味を抱いて尋ねてしまったイルドゼギアを絶句させる程度にアイオンの物言いは遠慮が無い。
 何とも形容し難いアイオンの気質について困り顔を見せているのは何も敵対者のイルドゼギアだけに留まらなかった。
「ごめんなさいね、この方、こういう人なんです」
 心から申し訳なさそうな苦笑いをしたのは神官服に身を包んだ黒髪の美少年だった。
「悪い人ではないのですが、ええと。正直良い人とも言い切れません。
 ……神はこんな人でも見放しになりませんが、懺悔を求めても聞いてくれた試しはありませんから。
 魔王さんの方が余程話は通じると思うんです」
「……酷い言いようをするな! ロン・ロッツ・フェネスト!」
 穏やかで線の細い外見の割に随分な毒舌を並べた少年――ロンに思わずアイオンが大声を上げた。
 二人は長く旅をする友人であり、パーティにおいては比較的常識人に位置するロンは苦労人である。
 ロンはロンで『かなりいい性格』をしているのだが、これが『比較的常識人』である以上は、残りのメンバーも知れたものだ。
 ……そんな彼の先行きを語る上で『フェネスト』の名は何ら偶然ではない。
「ホントにそうよ! いい加減、あなたも悔い改めなさい! それか今ならプリン三つで勘弁してあげる!」
「そこがアイオンチャンのいい所でもあるんだけどネ。 ……なんちて」
「嗚呼、神よ。この胡乱な連中を御許し下さい。唯一まともな私の祈りに免じてどうか、どうか――」
 後世では文字通り『魔法使い』の原典とさえされる、マナセ・セレーナ・ムーンキー。
『嵐の王』という荒れ狂う大精霊を鎮め、文字通り一つの世界を『救う』事となる『精霊使い』ライエル。
 その美貌にこれまた厄介(マウント)な性格を乗せた『白銀花の巫女』フィナリィ・ロンドベルは幻想建国の礎となる『聖女』だ。
 何れもまだ自身の先を知らず、しかしながらこんな場面でもアイオンと同じく臆しない圧倒的な存在感を放つ面々だった。
 自己主張の強いパーティにイルドゼギアは呆れた顔をし、一方で白翼の聖鳥(ハイペリオン)とその世話係にして『戦士』たるポチトリ・ウィツィロは「うむうむ。元気で結構!」と胡乱な騒ぎを実に温かく見守っている。
「呆れたモンですねェ。全く――一緒に居ると退屈をしない人達なのは認める所ですケド」
「ちょっと! クロウ! 人を珍獣みたいに言うの辞めてくれる!?」
 そしてもう一人、『スケアクロウ』は本名不詳の盗賊であり魔術師である。
「うん? 概ね正解じゃないですカ」
「この陰険糸目!!!」
 概ねスケアクロウが弄んでいるに過ぎないが、噛みついてみせたマナセとは仲良く喧嘩をする仲である。
 やり取りはパーティの日常に過ぎないが、問題はこれが魔王の御前であるという事に尽きよう。
「実に分かり易い解説を痛み入った」
 イルドゼギアは目の前の規格外(パーティ)を本当の意味で理解する事を早晩に諦めていた。
 何時か望んだ勇者との決戦ではあったが――実際の所。
(『まとも』な連中が我に届く等、元より有り得ぬ事だったな)
 自嘲めいて考えたのはこの運命の必然の部分であった。
 自身を含め――世界を変革するのは常に規格に収まらない特別である。
 運命をはみ出し、塗り潰すのは特異運命座標なる肩書以上に個人の資質であると彼は考えていた。
 そういう意味において、付き合いとも言えないような短時間で思い知った『勇者パーティ』は魔王に挑むに何処までも適切であると言わざるを得ない。
 魔王宮を揺るがし、貫いた今日という日、この時間は混沌の今後を左右する分岐点に他ならないのだろうと確信していた。
「では、勇者よ。『嫌い』な我を屠れるか試してみるがいい!
 まぁ、屠れぬとあらば――魂まで焼き尽くされるのは貴様等の方になろうがな!」
 イルドゼギアの一声は最終決戦の鏑矢となる。
 猛烈に高まり、渦巻いた魔力に呼応するかのように黒き炎が迷宮の深奥を渦巻いた。
「やる気十分じゃん……」
「煽ったのは貴方ですからね、アイオン!」
「宜しく頼んだ、マナセ! フィナリィ!」
 自覚のないアイオンとツッコミ役のロンは兎も角、ハンマーを構え果敢に黒炎に立ち向かうポチトリにマナセとフィナリィの二人が頷いた。
「感謝してよね!」
「マナセさん、そこはそうなるように仕向けた方がお利口さんというものですよ」
 ……丁々発止の言葉のやり取りの方はさて置いて、魔力攻撃を軽減するマナセの強化魔術(オリジナル・バフ)とフィナリィの賦活術は『神代』のそれ。
 現代までを紐解いてもほぼ再現性の無いその力は特別である。
「小癪な。しかし、この程度小手調べでもないわ!」
 イルドゼギアの咆哮で、今度は闇の奥より巨大な魔獣が放たれた。
「うわっと!?」
 恐るべき爪牙が身をかわしたアイオンの間近を通り過ぎる。
 ポチトリがフォローの意図を見せるが、彼もノーダメージで済んだ訳ではない。
「……ちょっと!? クロウ!!!」
「はい?」
「あなた、さっきから楽してばっかりいない!? 何とかしなさい!」
「……無理を言いますねェ、この子は。まあ何時もそうなんですケド」
「無理じゃないわよ。アンタ、あれ。獣王だっけ!
 あれやっつけた時のアレ出しなさいよ! あの変なキューブみたいなの!」
「アレは閉じ込めただけと言うか、アレ、一体どれだけ苦労して用意すると思ってるんですカ」
「知らないわよ、そんなの!!!」
 魔獣の暴威が近付き、マナセが悲鳴を上げた。
「無理解な『魔法使い』は最悪だなア!」とぼやいたスケアクロウがひらひらと軽い身のこなしでそれを引き受けた。
「アイオン。君もですよ。露払いは兎も角、魔王は勇者が倒すものでショウ?
 出番ですよ、実際の所。それが消去法的勇者であっても、ね!」
 スケアクロウに水を向けられたアイオンが頭を掻いた。
 成る程、運命を決める力を持つからこその勇者だ。
 アイオンは勇者である自覚は無かったけれど、魔王はどうも自分をそうと認めているらしい。
「……じゃあ、やるか」
「うむ。そうしよう――」
 気の無いアイオンの言葉にイルドゼギアはむしろ何処か楽し気に頷いた。
 魔王の一撃が空間を揺るがす。
「わー、本気ダネ。ちびっちゃいそう、嘘だけど!」
 ライエルが軽口を叩く。
「……アイオン!」
「うん」
 辛うじてロンの支援でこれを受け止めたアイオンの剣を握る手に力が篭る。
「頑張ったら、後でぎゅっとしてあげますよ!」
「頑張らなくてもそれはしてよ」
「……考えておきます」
 鉄火場にもアイオンの口は減らず、フィナリィは何時もそんな彼に『負けて』いた。
「あーもー! 滅茶苦茶よ! 滅茶苦茶だわ! 糸目の癖に!」
「今、僕何か悪い事しましたかネ?」
「油断をしてはいけないのだ!」
 個性豊かなパーティはどんな時もそのマイペースを崩さない。
 だから、きっと。未来は最初から定められた通りだった。


●『勇者』と魔王
「――」
「――――」
「――っ、ぁ……!」
「やった、か……?」
 アイオンの一撃が魔王の胸を貫いたのは、予定調和の結末だった。
 混沌の運命を、滅びの未来を憂い、自身の力で抗わんとした魔王と。
 まるで自覚は無い侭に余りにも数奇で特別な生涯を走り抜ける事となる勇者。
 光芒さえ残さず、交わったのは文字通りの刹那だ。されどその意味は大き過ぎる。
 これより大きな歯車を立てて動き出す混沌という叙事詩において、伝説の始まりにおいてイルドゼギアという名は余りにも大きい。
 彼を討ち果たした時点でアイオンは誰の疑う余地もない『勇者』となり、『魔王』は敗北でその役割を完全に終焉したのだから。
「或る意味で――望みは叶ったな」
 自身を破ったその衝撃にこそ魔王は笑う。
「望み?」
「我は最強を追い求めた。我道に悔いは無く、より強いお前が引き継ぐというのなら本望よ」
「……引き継ぐ心算は無いんだけど」
「お前がそう望まなくても、世界はそれを認めまい。
 既に託されているのだ。混沌に迫る喫緊の『終焉』が存在する限りはな」
 イルドゼギアに善は無い。但し彼には彼なりの大義があった。
 理不尽に迫りくる終焉、破滅を破る事が叶うのは『最強』だけである。
『魔王』を討ち果たし、声望を得た『勇者』がそれを望まれるのは分かり切った結末だ。
「死ぬ前に、呪いをかけて逝こうとするなよ」
「フン。知れた事よ。我はお前が嫌いなのでな――」
 意趣返しの言葉にアイオンは憮然とした。
 先に自分が言った手前、何を言い返す事も出来ない。
 だから、代わりに。咳払いをした彼は最後に問い掛ける事にした。
「なぁ、イルドゼギア」
「……?」
「『楽しかったか、魔王は』」
「さて、な」
 はぐらかしかけたイルドゼギアはそれを思い留まって、言い直す。
「ああ、うむ。悪くは無かったな。
 ……これは負け惜しみではないがな。
 これよりお前が過ごす『勇者』に比べれば、多少はな――」

 ――これは誰も知らない、何も正確には伝わらなかった唯の幕間。
   しかし、誰もが知る『勇者王』の始まりの一幕に違いなかった。

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