PandoraPartyProject

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北部戦線番外編

「おうおう、ようやく『青薔薇』のお出ましか。
 こりゃあいい。不愉快な戦争も、少しは晴れ間も覗いたか」
「戯言を! その薄笑いを永遠に凍り付かせて差し上げますわ!」
 古来より、戦争において最も効率的な勝利を望むならば『将を取る』は定石である。
『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロートの――麾下部隊『薔薇十字機関』の得手が『暗殺』であるならば、鉄帝国の守護神『塊鬼将』ザーバ・ザンザが前線に出たこの瞬間こそ、まさに彼女等の真骨頂、最適手を打つ瞬間だったと言える。
「そう猛るな。精々楽しめ」
 もう一度「戯言を」と薔薇を激昂させたザーバは、緒戦より幻想の主力部隊を一方的に押し込んでいた。
 だが、幻想貴族軍は老獪である。リーゼロッテとザーバのこの遭遇は偶然ならぬ必然――少なくとも幻想側の策の及んだ結果と言えた。主力部隊の損耗を減らしつつ前線を下げる事でザーバを深く引き込んだ『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディの采配指揮は、幻想では全く珍しいとしか言いようのない『二大巨頭の共同作業』の意を示す。
 リーゼロッテの周囲には何れも手練の暗殺者が十名。ザーバ側の数より多い。
 配下が配下を抑える動きを見せ、戦場の『最大武力』同士が激突するのは必然であった。
「仕留めて差し上げますわ――そうやって、無事に戻れると侮っていなさいな!」
 黒のドレスがふわりと花開く。小柄な体躯は獰猛な獣よりも尚疾く、一瞬その姿を『ブレ』させたリーゼロッテは、あらぬ死角からザーバの巨体――その首元を掻っ切らんとする。
「侮って等おらぬとも。鉄帝国軍人にとって、これ以上の時間が無いだけよ!」
 宙空に赤い軌跡を引いた『爪痕』を軽く躱し、ザーバはリーゼロッテ以上の気を吐いた。
「お前こそ、相手をきちんと覚えておけ。
 今日の相手(このおれ)は『慣れた暗殺(おあそび)』で済む程、甘くは無いぞ!」
 物理的圧力さえ伴って放たれた豪気の一喝に圧迫を覚えた兵達が怯む。
 その一方で怯む素振りも見せなかったのは流石にリーゼロッテである。
「ああ、全く――それでこそ。やはり淑女(レディ)の扱いも知らない野蛮人」
「生憎と舞踏の類は嗜んでいなくてなあ!」
 冗句か皮肉か――呟いた彼女にぐるんと振り回された鉄塊が襲いかかった。
 酷く重い鉄鎖の先に『塊鬼将』に相応しき鉄塊が結びついている。そんな常人ではまともに扱う事も叶わぬ無骨なる暴力の塊は、全く正しく凶器そのものだった。
 広範を襲う鎖の射程に巻き込まれた暗殺者の一人が奇妙な声を上げて動かなくなる。
 一方で自身を襲う凶悪なる一撃をリーゼロッテは軽くかわす。地響きを砂塵を巻き上げる鉄塊を背面に回転するように跳躍した彼女は冷ややかに見つめる。
「馬鹿力」
 宙を舞った少女の姿が動きのままに三つに割れた。
 実体を持ったかのような分身は彼女の魔導の幻惑であり、『馬鹿力の脳筋』に対してこれぞと見せる青薔薇の暗殺術の一端であった。

 ――ブルーローズ・ウィズ・キス――

 幻想国内では知る人ぞ知る、暗殺令嬢の口吻は逃れ得ない死のカウントダウンである。
 されど、相手はザーバ・ザンザ。すかさず放たれた反撃の三連を正面から受けながらも、その隆々たる肉体は大したダメージを受けたようにも見えない。
「おうおう、飛ばすな! 大丈夫か?」
「……ッち……!」
 逆に煽られたリーゼロッテの側が令嬢らしからぬ舌を打つ。
 魔力を纏った彼女の指先は『常人ならば確実に刈り取れている』だけの手応えを掴んでいた。だと言うのにまるで効いていないように見える所か――
(ええ。ええ! 今ので十分。もう、人間、辞めてますわよ!)
 ――与えた分だけ返された『お返し』のダメージが余計である。ザーバを倒さんとする時、どれだけの素早さ、身のこなしを持ち得ようとも逃れ得ないのは『圧倒的な耐久性に最後まで付き合うだけの持久力』。リーゼロッテの得手は爆発的な手数と攻撃力、そして奇襲機動性。翻って不得手は長すぎる戦い、つまり不可避の泥試合である。
「……っ……!」
 再び地震地鳴りの如く大地を叩いた鉄塊を避けながら、暗殺令嬢は息を呑む。
 有り難くないのは『圧倒的な持久戦』そしてもう一つ。『当たれば終わりの神経戦』。
 自身とて殺傷力に自信が無い訳ではないが――ザーバのそれは桁が違う。
「さあ、どんどん来いよ。暗殺令嬢。
 ……ま、時間は掛かるだろうが、必ず俺が捕まえてやる」
 如何な技量さえ正面からねじ伏せんとするパワーのザーバと、華麗にして流麗なる青薔薇の戦いはまるで一機の戦闘機がドレッドノート級を相手取っているかのよう。
「……薄ら笑いを、甘く見て!」
「だから、侮って等おらぬとも。愉しくて仕方ないのは認めるがな!」
 されど、リーゼロッテの気位はどんな不利にも曇るまい。
 不可能と笑うなら笑え、空戦で戦艦を相手取って見せる――実にアーベントロートらしい結論を得た彼女に、ザーバは満面の笑みを浮かべていた。

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