PandoraPartyProject

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境界図書館

 ずっと。
 ずっと。ずっと。ずっと。
 途方も無い時間を、彼女はただ揺蕩っていた。
 あの頃から。遠い遠い、あの日から。気も遠く、擦り切れてしまいそうなあの時から――

 彼女――厳密な意味でそう呼ぶのは適切ではないが――はクレカと言う。
 彼女は『人形師』なる存在によって生み出された被造物である。
 彼女の世界は信じ難い程、異質な――混沌では体系さえ類似出来ないオーバー・テクノロジーを多く有する世界だ。
 たとえばクレカのように、宝玉をコアとして生み出された命ある人形もその一つである。
 それ自体がかの世界が『生命』さえ生み出す――禁忌の領域に踏み込まんとした場所である証左となろう。

 その世界は大いなる厄災『世界分断』に苛まれていた。
 それは、太古の昔から途方も無い年月をかけて、世界を構成する土地が、大気が、文明が、文化が、生命が、つまり世界そのものが――徐々に徐々に『接続してしまった』異世界へと漏れ出し、滲み出し、流失し続けるという現象であった。
 異能と異才を誇るその世界でも本質的に『世界分断』を食い止める事は出来なかったという。
 絶望に絶望を重ねた人形師の一人は或る時、最後に残った一縷の望みを賭け、一体の人形――クレカを生み出した。
 人形師の望みとは自身の世界を元の姿へ戻すこと。流失した領域を取り戻し、世界を復元すること。
 クレカの姿は世界の最果て――接続してしまった境界にほど近い、境界そのものといっても過言では無いポイントXX389で最も長く観測された知的生命体をモデルとする事にした。あちら側での交流がスムーズになるよう願ったのである。
 だが、人形師の望みは彼の思う通りには叶わなかった。
 多大なる期待を背負い、境界に送り出されたクレカは世界と世界の狭間。
 最果てのあわいが歪んだ時、敢え無く閉じ込められてしまったのである。

 そんな昔話の後、本当に気が狂う位の長きが――幾星霜が過ぎ去った。

 ――

 ――――

 十層を攻略したイレギュラーズは、次の層に続く道の他に『枝葉』を発見するに至っていた。
 闇の回廊の先、一行が立っているのは混沌世界の内と外との境界にある、文字通りの異界であると言えた。
「あなたは……誰……?」
 足下すらおぼつかない極彩色の中で、視界に飛び込んできたのは一人の少女だった。
「誰って……」
「ペリカさんと――」  『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)と『疾風蒼嵐』シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)は咄嗟に返す言葉を失っていた。
 傍らのペリカとクレカの顔を見回して、何とも難しい顔をする他ない。
 謎の少女と我等が隊長は瓜二つと言ってもいい程にソックリだった。
「わたしはクレカ」
「まさか親戚……じゃないわよねぇ」
「そりゃあそうだわさ。親戚だって双子かって位似てる理由もないさね」
 よりにもよって名前まで。ふざけているのかとも思えたが、どうにもそんな様子はない。
 『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)の問い掛けにペリカは苦笑している。
「……外の世界から来た」
「え、ちょっと……待って? それって」 「外の世界か。クレカ君、君の話は興味深いが――もう少し精緻な説明が必要だな」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が目を丸くした。一方で『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)はこの状況にむしろ喜色満面、知識欲からか興奮の色を隠せない。
 異世界の住人は旅人(ウォーカー)と呼ばれ、かの神殿へ招待される決まりとなっている。
 それは絶対の法則であり、例外など観測されていない。少なくとも知られている限りでは、彼女が言うような――『やって来た』なんて形で世界に受け入れられる筈がないのだ。
「可能性の奇跡――」
 不意に『風来の名門貴族』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)が口にした言葉にイレギュラーズが目を見開いた。
 こんな発現の仕方は寡聞にして聞き及ばず、当然ながら知られていない。
 だが、仮にクレカの言葉を信じるのであれば、そうとしか思えない。
 この場所が、次層とは別の横穴――余りにも不安定な異空間だとするならば、それは非正常の悪さという事か。
 元より前人未踏なのだ。『果ての迷宮』の深部等というものは。

 じゃあ――
「はぁ。やっと出てこれたよ」
「あー、よかったー! もうどうしようかと思ったもん」
 途方に暮れるイレギュラーズ達に更なる混乱を与えたのは、たった今現れた二人であった。
 二人は各々カストル、ポルックスと名乗った。
 クレカと同じ『果てのあわいに閉じ込められていた存在』だと言う。
 ああ、これは枝葉中の枝葉だが。ついでに双子なのだそうだ。
 あれもこれも俄には信じられないが、こうまでくれば『きっとそう』なのだろう。
 世界の外郭にへばりついたこの連中は、こちら側にアクセスを試み続けていたという。
 そしてついに、イレギュラーズの階層踏破から生じた可能性によって、双方の認識を可能としたのだ。
 通常ならば混沌に拒まれて非観測状態となるべき筈だったそれ等は、イレギュラーズの持つ特異運命座標に化学反応した。『自身等がそのままの形で受け入れられない事を理解していた彼等はあろう事か、観測した特異運命座標の真似をしたのだ』。
「けど、うん。やっぱりね……」
 カストルが寂しそうに言葉を切る。
 或いはペリカとの縁によるものか、より完全に近しい形でイレギュラーズを模倣するに到った――世界に受け入れられつつあるクレカと違い、双子はこちら側(むくなるこんとん)には完全に受け入れられてはいないらしい。
 あくまで双子は界境の揺らぐ場所にしか観測されず、この場を離れる事は出来ないだろう。
「……良く分からないけど、結局どうして君達はここに居たの?」
 『ハム子』主人=公(p3p000578)は問う。それは本質的な問い掛けだ。
 いくらか尋ねて、結局クレカは語ってくれなかったが、一方で双子のほうは明確な使命を帯びていると主張する。
「このあわいの中の泡沫世界は、そのうちきっと図書館に見えるようになる。たぶんね」
 言葉の意味は分からないが、きっと分かろうとする事自体が無為な努力なのだろうと確信出来る。
「厳密には『君達からは図書館のように観測できる』と言うほうが正解に近いかもしれないけれど、それはいいよね」
 理屈はどうしようもない。実際の所は誰にも分からないかもしれないのだから。
「館長は――そうだね。お願い出来るかな?」
「……」
「一番長く居るんだし、お願い! それになんかそれっぽいし!」
 カストルの言葉に小首を傾げるクレカにポルックスがころころと笑う。
「彼女を図書館の『館長』とすれば、僕達は『司書』ってところなのかな」
「うん。メイビー。少なくとも、あなたたちにとっては!」
 酷く不親切な台詞の数々に『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)は嘆息した。
「それで、結局――汝(あなた)達は我(わたし)達に一体どうして欲しいのかしら」
「その質問を待ってた。僕達はね、君達に『沢山の世界を救って欲しい』んだ」
 カストルの――双子達の手に、数冊の本が現れる。
「本……なのか? 図書館と言ったし」
「これは鍵……ああ、本に見えてるならいいんだ」
『夢終わらせる者』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787) に応じたカストルが微笑む。
「良かったよ。これは君達が外の世界へアクセスする為の重要アイテム」
 本――ライブノベルと呼ぶらしい――を読めば、意識が異世界へ投影される。
 ひょっとして「見るだけ?」と、イレギュラーズの問いに双子は首を振る。
 投影された意識は、その世界へ『直接的に干渉が可能』らしい。
 感覚的には正にそこに居る事になる。さながら転移したかのように。
「だから君達にとっては『死んでも死なない』ってぐらいじゃないかな」
 なんて物騒なことを付け加えて。
「けれど一つだけ気をつけて」
 双子は続けた。
「あなたたちには夢みたいなものかもしれないけれど、そこで起きる出来事は『全部が本当の事』だから」
 ライブノベルの中は、なんらかの『問題』を抱えているらしい。
 イレギュラーズはそこへアクセスして『問題を解消』してやることになる。
「もちろん、これはちゃんとした取引でもある。君等の世界にも良いことがあるんだ」
 小世界の救済は本来混沌での出来事に干渉しないが、この――界境図書館が確かに『混沌に突き刺さっている』のが重要だという。行動はあくまで図書館に発端を為す――つまり、イレギュラーズの起点は混沌である。混沌での出来事ならば、特異運命座標の属性は決して損なわれないという訳だ。
「だからこれは君達にも僕達にも。どちらにとっても有益なことなんだ。  だって、図書館に収録される物語は――ハッピーエンドがいいだろう?」
 なるほど――そいつは途方もない。
 双子は何故、多くの世界を救ってほしいのか――一言も触れてはいないけれど。


※果ての迷宮十層の先に次元の揺らぎ――『界境図書館』なる領域が観測されています……
 果ての迷宮十層突破により、種族『秘宝種(レガシーゼロ)』が解放されました!

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