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豊穣郷・神威神楽
豊穣郷・神威神楽
海向こう。
海洋王国が求めた『新天地』――それは大号令の最中に発見されたアクエリアやフェデリア海域に存在した島々とは異なる明確な巨大な『陸地』が存在していた。それは語られぬ真実だ。海向こうからすれば遥かな霞の先の現実である。
幻でもなくば泡と消える夢でもない広大なる現実は、まさに今『絶望の青』――今は悠久の海、『静寂の青』とでも呼ぼうか――を越えた海洋王国先遣隊の胸を躍らせた瞬間だった。
上陸を果たした彼等は、陸地の一角に橋頭保を作り、本土へと吉報を告げる手紙を出す――
――同時刻。その陸地。『新天地』の中枢域。
「――龍神様が滅された、と?」
山々を超えた先には建造群があった。明らかに人の住まう……言うなれば『都』とでも言おうか。
更にその一角。絢爛豪華なる場所で、額より『角』を生やした鬼人の青年は静かにそう言った。
身に纏うは――さて、混沌ではあまり見ぬ衣装である。似た様なモノは世の外より訪れる旅人が時折身に着けている事があるが、アレは恐らく『狩衣』と呼ばれる和装だろうか。同じく部屋に存在しているやけに血色が悪いように見える男――も、似たような雅なる和装を身に着けていた。
しかし角を生やした青年とそちらとでは随分と雰囲気が異なる。
奥に鎮座す、烏帽子を身に着けた男の方は服に皺一つなく高貴な様子を伺わせるが、かたや鬼人の青年の方は随所に泥に汚れた様が見て取れる。まるで、外を駆けずり回った後にここへと訪れたかのような有り様だ。
――それもそうだろう。なぜならば彼は、この国の中枢に位置しながらもその種の特異なる外見故に白眼視されている存在であるのだ。
彼は――彼のみならず彼を含めた一族・種族が、といえるが――日常的に京の外に蔓延る邪なる者共、怨霊の撃退などに駆り出されている。誰かがやらねばならぬ仕事だが、望んで受けた仕事でもない。その癖、彼の尽力を示す泥に汚れた衣服に対して、彼の眼前に立つ男は眉を顰めてみせるのだ。
「龍神様の一大事に、主は京の外で怨霊と戯れるとは流石はお暇な獄人(ごくと)様だ。
我々、八百万(やおよろず)と比べれば、全て力に任せて居れるのだから、毎日がさぞ楽しかろうな」
口元を扇で隠した男は青年を汚らしいと切って捨てた。黙りこくったままの青年に男は言葉を重ね続ける。
「巫女姫様が仰るに、巫女姫様の寵愛を受ける淑女も龍神狩りの一味に居るそうだ。
奴らは我らが大地――この黄泉津(よもつ)に来るじゃろう。『外』の奴らは我々の事を『絶望の向こう側』と認識しておるようじゃが!
龍神様のご加護厚き黄泉津に姑息にも踏み入ろうとする奴らじゃ! さっさと追い返すが良いぞ」
豁然と。或いは怒鳴り散らす様に。
自らを八百万の一角と述べた男は――まるで命令を下すかの様に青年へと言葉を述べた。
それは敵意ともいえる感情を込めている。外からの者など邪魔だと言っている様で……
「あら、いけないわ。天香。言葉は正しく使わないと。
まず第一に龍神様はお斃れになってはいない。眠っただけ。
第二に外からのお客様――稀人は重要だわ。
『彼女』が私を迎えに来るのよ? 丁重におもてなししなくては。ね?」
天香と呼ばれた上段の彼を窘める様に、更に奥から声が響いた。
暖簾に遮られその姿はよく見えないが――声からしてうら若い女性だろう。蠱惑的な笑みを御簾の陰に隠した女は、美しい銀の髪に月の様な淀んだ彩の瞳、そして純白と青黒く揺れる焔の翼を生やしていた。
うっとりと笑った女の許へと饒舌であった男――天香は途端に『その様に』と擦り寄るように告げる。その瞳は服従する事に嬉々とした色が宿っており、今や眼前に居た青年の事など映ってはいない。
(あれが――カラカサ殿の言う『魔種』か。人を狂わすことなど容易であるように振舞っている……
よもや、この黄泉津に踏み入れ、更には高天京(たかあまのみやこ)の内部にも巣食うとは。
醒めぬ眠りに囚われている『帝』を救出せねばならない。天香も、巫女姫もこの国にとっては害だ)
その思惑を悟らせる事は無い。悟らせたならば、この国は終わってしまおう。
ゆっくりと立ち上がった青年の背を巫女姫の淀んだ金の瞳が追いかける。
『建葉』と静かに彼女は彼の名を呼ぶ。まるで、値踏みする様に、目を細めてうっとりと微笑んで。
「私、元々は『外の人間』なのよ? もう一度、しっかりと。分かるように教えてくれない?」
「……天香様の仰った通りだ。龍神様――外ではリヴァイアサンと呼ぶ存在が調伏されたのだという。
『此岸ノ辺』に貴女様の様に突然遣わされる存在と同様の存在が、かの龍神の海を越えるが為の行為だろう。
神使、いや、貴女様の『外の国』では、何と言ったかな。そう……『特異運命座標』か」
特異運命座標、と。その言葉を口にしたときに巫女姫はぱあと表情を明るくする。
彼女にとっての最愛の待ち人はどうやら『外』の国では特異運命座標として活動しているそうなのだ。
改めての確認に過ぎまいが、余程その言葉を聞きたかったものと見えた。
そう稀人は――『お客様』は間もなく到るのだ。この地(カムイグラ)に。
「天香様などは龍神様が害された事に対してお怒りであろうが、事態はそう単純ではない。
龍神様は外界とカムイグラを完全に隔絶していたが、それは外よりの恵みを否定していたとも言えよう。
彼等の思惑は知れない。侵略か、或いは交易か、それとも『祭壇』か――
――海の向こうの思惑までは読めないが、俺はこの状況を嫌気していない」
「どうして? 思惑は知れないのに」
「――少なくとも俺は貴女と同じように。彼の者達の到来を待って居たからだ」
憮然とも取れる晴れない表情を浮かべたまま、建葉は「失礼する」と巫女姫に背を向けた。
自身の側で爛々と瞳を輝かせている男に一瞥くれてから、巫女姫は楽しげに笑った。
「ええ、ええ。本当に腹芸が苦手ね。ねぇ? 天香? やはり彼はああでないと――」
絶望の青の向こう側、海洋王国が新天地と位置付けたその場所に存在する大陸の名前は黄泉津。
外界にてグリムアザースと呼ばれしその存在を八百万と呼び尊ぶその国は奇異なる文化を形成する。
この地にしか居らぬ角を額に持つ獄人と呼ばれる鬼人が棲もうている。
黄金の穂が揺れる美しきその場所を、人は『豊穣郷』――神威神楽(カムイグラ)と呼んだ。
*――新天地・新国家『豊穣郷カムイグラ』が発見されました!!