PandoraPartyProject
悍ましき月影に――
静寂を指先で掬い上げる。白香殿は噎せ返るような花の香りが漂った。
子守歌を口遊むのは神威神楽の頂点に座す女――『巫女姫』エルメリア・フィルティス。
その香りと声にぴくりと瞼を動かしたのは、彼女と瓜二つのかんばせをした一人のイレギュラーズであった。
「――、」
指先が、ぴくりと揺れた。エルメリアは歌声を止めて膝上の銀糸の上を梳く指をぴたりと止める。流れる指先は毛先を擽ってから離れて宙を彷徨う。
「アルテミア」
名を呼ぶ唇が歓喜に戦慄いた。まるで少女に戻ったかのように、幸福が沸き立ってくる。もう二度とは呼べぬか儘だと覚悟までした愛しい双子の姉――嗚呼、けれどエルメリアが抱いているのは家族愛では無い。それは唇を重ね、その身全てを自分の物にしたいという浅ましい感情、『恋』だ――が其処に居る。
「……エル――」
ぱちりとその目を見開いて。『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は起き上がる。微睡む隙さえ無いほどに、近くに存在したかんばせは『自分が知っている双子の妹』とは思えない笑みを浮かべていた。
「おはよう、アルテミア」
頭が痛い、とアルテミアは感じた。広い白香殿には自身とエルメリアの二人きりである。周囲に存在した肉腫も、仲間達の姿さえ存在しない。天涯に飾られた宝玉が如き月だけが二人を照らしている。
「シフォリィさんは……!?」
立ち上がらんとしたアルテミアは自身の腕と脚に枷が存在し、自在に動けないことを悟る。睨め付けた先に居るエルメリアは飛び出した名前に不快感をあらわにするように息を吐いた。
「別の場所に繋いでいます。ねえ、アルテミア……どうして、シフォリィさんを、仲間を優先しようとしたの?
私は貴女が望むならば何だってするのに……どうして私ではなくて仲間なんかを――」
そろりとその白い指先が頬をなぞった。アルテミアはまず、現状を教えてくれとエルメリアに乞う。
幾人か捕えられたイレギュラーズは其れ其れが牢に繋がれ、『取引』を行っているのだという。
自身らに付いてこの国を支配するならば、相応の職位を与えてやろうと。拒絶するならば流刑にすると決定している。
ただ――一人、ヴォルペ(p3p007135)だけは彼を捕えた宮内卿『八咫姫』たっての希望で彼女が自身の声で取引を行ったらしい。
「……そう」
「アルテミアには大切なお願いがあるの。折角の再開を邪魔されて私はとても不満なのよ。
……けれど、私は貴女がいればそれでいいから、貴女がそれだけ仲間が大事だって言うなら、交渉を行いたいと思うの」
「交渉?」
「そう。私と一緒に居て欲しいの。そうすれば仲間は流刑だけで済ませてあげる」
どういうこと、とアルテミアの唇が戦慄いた。乾いた声が漏れ出して、エルメリアはにこりと微笑む。
「もしも断れば、仲間は一人ずつ殺すわ。勿論、此方の手を取った人間には手出しはしない。
けれど、拒絶したものが流刑となって、遠くに流されたとして……安穏に生きていられるっておかしいと思わない?
だって、私とアルテミアの再会を――この美しい月夜を台無しにしたのよ?」
その眸は嬉々とした色彩が宿っている。まるで、アルテミアもそう思って居ることを確信するかのようだ。
「だから、殺そうと思っていたけれど……アルテミアが大事だって言うなら手出しはしないわ。
その代わり約束して欲しいの。私と一緒に居て? ローレットに戻らないならどんな我儘だって聞いてあげる。
流刑になった仲間と会いたいって言うなら、貴女のことを島に連れて行ってあげることだって出来る。
――私は、この国の最高権力者なのだから」
うっとりと微笑んだ。エルメリアの指先がアルテミアの頬を撫でる。
アルテミア――私の唯一の、お姉様。
――大好き。大好きよ。だから――
アルテミアは唇を噛んだ。ああ、脳内に響き渡ったのは、彼女の呼び声か――