PandoraPartyProject
鉄の帰還
「もー! くたくたよ!」
鉄帝海軍遠征艦隊。
鉄帝軍人やラド・バウの闘士を含んだ混成軍は『絶望の青』より帰路に着きつつあった。
グレイス・ヌレ海戦での結果による条約締結から『絶望の青』攻略に援軍として参戦。フェデリア海域攻略作戦の一角を担った――
が。彼らの疲労は頂点の中にあった。
突如として現れた滅海竜リヴァイアサンの攻撃は自慢の鋼鉄艦隊と言えど、海洋の船と比べて『少し頑丈』程度でしかなかったのだ。多くの船が打撃を受け轟沈し想像以上の被害が全軍を襲う。なんとか生き残った鋼鉄で包まれた筈のどの船にも浅くない損傷が見て取れる程だ。
そんな中でセイバーマギエルことリーヌシュカは甲板上に大の字で倒れ伏す。
艦隊の消耗も激しいがそれは直に戦った戦士達も同様なのだ。滅海竜へと向かい死力を尽くし体力は底に。
もはや立てない。その心境は彼女だけでなく。
「……死ぬかと、思った」
「いやはや全く……ああ早く鉄帝の地へ帰りたい……あの様な化物はもはや沢山」
夏仕様のマイケルを胸に抱くウォロク、スティランス家が長子アルケイデスも同様であった。
元よりフェデリア海域には『冠位』の魔種がいたのだ。並大抵の戦いにはなるまいと思っていたが……神話の生物。『竜』種の一角が出てこようなどとは想像もしていなかった。あれは災厄の権化。正に大海の支配者と言うに相応しき怪物。
生き残る為に全力を尽くし大竜へと立ち向かった――ものの。
「二度は御免だな。もう一度やれと言われても、その時我々の命はあるまい」
遠征艦隊の副指揮官ルドルフは吐息を一つ。
生きているのは奇跡に近い。なぜ勝てたのか今でも分からぬ。
……イレギュラーズ。奇跡を、運命を押し通す彼らがいなければきっと我らは――
「ああ、だが諸君。竜と戦うなどこの上なき武の誉れであろう。
皇帝陛下ですら通った事のない闘争の道へ身を投じる事が出来たのだ。良しとしようではないか」
瞬間。声を発したは遠征艦隊指揮官レオンハルト。
その黄金の髪は海洋の風に靡いている。心なしか、その表情は満足の笑みを浮かべていて。
「此度の一件は伝説となろう。国への良い手土産が出来た」
「まぁそうねぇ……偶には『闘士』としてちゃんと戦うのも、お肌に良い刺激になったかしら」
「途中までサボってた癖に何言ってるんだよビッツさん!!」
もっ――! と包帯をぐるぐるに巻かれながらパルスは、さほどの負傷も無く余裕の笑みを見せるビッツへと抗議する。
だがレオンハルトの言う通りだ。今回の戦いは長き混沌の歴史でも類を見ない一戦となっただろう。冠位魔種、滅海竜と名乗る竜種の出現……そしてその打倒と封印。数度の奇跡に、命を賭した『歌』も響いた。
これは、此処にいた者だけが見聞きした『現』である。
他の誰でもない我々が――伝説の最中に居たのだ。
「とはいえ艦隊の被害は甚大。暫く海軍は再編と復旧に時間を費やしそうだな……」
「あぁ、ああそれが宜しい! 暫く兵には、いや全員に休暇が必要でしょう!」
「ならばそれには我らクラースナヤ・ズヴェズダーもお手伝いしましょう。国の為に命を賭した鉄帝軍人も鉄帝の民に変わりなし。大司教も是とされる事でしょう」
ルドルフの冷静な状況判断に、早く国家に戻りたいアルケイデスは首を振って賛成。されば援軍として現れたクラースナヤ・ズヴェズダーのダニイールが話を持ち掛け、陸に戻った後の計画について会話をしている。
犠牲は決して少なくなかった。負った傷はあろう。
あまりの絶望に、鉄の地ではなく海の果てで死すると思った者もいたかもしれない。
だけど。
「……それでも、勝てたのよね。帰ったら絶対自慢してやるんだから!」
リーヌシュカは天へと手を伸ばして――拳を作る。
その先には何処までも広がる青き空。もはや嵐吹き荒ぶ様子もない大海の空。
ああ、ああ勝てたのだ。生き残ったのだ。
愛しきイレギュラーズ達の横に並び、一緒に立ち向かって。
彼らと闘争の中に確かに在った。
誰の顔の中にも満足があった。疲弊の中にあろうとも、その心には充足が。
これが鉄の民。
武に長け、武に命を捧げ、誰よりも何処よりも戦いに身を投じる者達よ――
「では諸君帰還しよう。我らが祖国へ、我らが大地へ」
残存艦隊見るも無残。負傷者多大、被害甚大、誰も彼も疲れ果てて。
それでも鉄帝艦隊は晴れ晴れと帰路へ着く。
竜と戦い生き残った、最高の勲章を胸に抱きながら……
*鉄帝艦隊がフェデリア海域での戦いを終え、祖国ゼシュテルへと帰還している様です――