PandoraPartyProject

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<割れた鏡のホリゾント>

 右も左も、上も下も、それさえ分からぬ深海の闇の中。光の差さぬその場所で少女の啜り泣きが響く。
 その姿は闇に紛れ見ることは出来ないが、射干玉の髪が美しい乙女であることをリーデル・コールは認識していた。
「ねえ、セイラ。どうして彼女は泣いているの?」
 年若い少女の様にあからさまに首を傾いで見せるリーデルに『セイレーン』――セイラ・フレーズ・バニーユは詰らなさそうに自身へと擦り寄る狂王種の目玉を引き抜き掌でぶちりと潰す。痛みに呻いた狂王種の声が水泡となり登っていく様子を眺めてからリーデルは「ご機嫌斜めなのね」と幼子に言う様に唇に笑みを浮かべた。
「ミロワールは莫迦な子なのですよ、リーデル」
「あら。女の子は多少莫迦でなくてはいけないのよ」
「いいえ、『女の子も狂っていないといけない』のですよ。この海ではね」
 苛立ちを露にしたセイラの傍より狂王種が母が如き慈愛を宿したリーデルの傍へと擦り寄っていく。
 指先は我が子を撫でるように優しく、然し、『それと我が子の違いが分かっていない』リーデルの事がセイラは愛おしかった。彼女は狂っている。狂っているからこそ、友人でいれるのだ。
 それが、『彼女』はどうだ。
 鏡の魔種『ミロワール』。宵の色をしたその娘、シャルロット・ディ・ダーマはあろうことかイレギュラーズの言葉を真に受けた。純真に他人を『映し』こんだ彼女は未来(きぼう)に向けて進まんとする彼らに感化されたのだ。

 ――アルバニアを共に斃そう!
 ――友達になろう! 廃滅病では殺させない!

 その言葉に酷く言葉を乱し、セイラが彼女に求めた『アクエリアへと狂王種を無尽蔵に派遣する』事を止め、イレギュラーズと仲良く『お話』していたのだ。第一、彼女らはアルバニアの配下に存在する魔種だ。『あの方』の脅威を知らぬわけでも『あの方』の失脚を望むこと等、有り得てはいけないのだ。
「ああ、リーデル。私は嫉妬。妬ましいのですよ、この娘が。
 イレギュラーズに手を差し伸べられ、友愛を向けられ! そして、しあわせを一時でも掴もうとしたことが!」
「『あの場で殺されてほしかった』?」
「――ええ、とっても。ああ、けれど、それでもしあわせになるというならば……」
 セイラの唇が吊り上がる。リーデルは「趣味の悪い人」とくすくすと笑った。そうだ、魔種というものはそういうものだ。性質が歪んだそれらにまともな倫理を求める事も、まともな判断を求める事も間違っているのだ。『鏡』という他者を映しこんでその存在を返すミロワールは『狂っていた筈だった』のだ。狂っているからこそセイラのお気に入りで、無垢であるからこそ利用価値があったというのに。
「ああ、憎たらしい! しあわせになるだなんて許さない。
 ミロワール、貴女は『選んだ』のですよ。ねえ。『次は上手にやってくださいね』?」
 振り仰ぐ。そこに存在するであろう宵の色をした少女はすすり泣きを漏らしながら「ええ」と小さく答えた。
 少女は闇に紛れ、その表情を悟られぬ様に俯いた。覗き込まれなければ自身の表情はきっと分からない。
「ええ、セイラ。次は『あの人たちを殺す』わ。
 そうね……そうだわ……あの方の為に――
 妬ましいわ……私はあの人たちと違う。魔種だもの。廃滅の呪いが解けたって、生きてはいれないんだもの」
 その言葉とは裏腹に、彼女は笑っていた。
 ……アクエリアはどうなっただろうか。その結果さえ、彼女はもはや興味を持たなかった。


アクエリアを巡る情勢は不穏さをましているようです!

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