PandoraPartyProject

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ソルベvsヴェルス

「さて、まずはご足労痛み入りますよ、皇帝陛下」
「なあに。この位の距離なら一足飛びだ。俺個人ならリッツパークで女王に挨拶するのも簡単さ」
「……笑えないジョークですね、皇帝陛下はユーモアもたっぷりであらせられる」
 言外、裏の意に些かの剣呑を含んだのは海洋王国貴族派筆頭ソルベ・ジェラート・コンテュールとゼシュテル鉄帝国皇帝ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズ――今回の戦いの事実上の総司令官二人である。
 紆余曲折を経て、海洋王国と鉄帝国の講和会談はスタートした訳であるが……
 会談場となった軍艦は、睨みあう両艦隊の中間点に用意される事となっていた。
 両者の下交渉、綱引きの末、会談場へは鉄帝国側――皇帝ヴェルスが乗り込んできた形となったが、恐らくこれを呑んだのは混沌一『速い』彼にとって、これは大したリスクにはならないと踏んでの事だろう。逆にまずは譲って恩を売ったみたいな顔をするのだから、ソルベとしては気に食わない。さりとて、戦闘力に優れない自身が敵側に乗り込むのは気も進まず、結局まずは『海洋王国側が譲れず我侭を言う形』でそこに落ち着いたという訳である。
 さて、そんな会談の様子だが、やはり前段よりにこやかに火花は散らざるを得ない。
「僕達の『歓迎』は十分愉しんで頂けましたよね。ならば、もう長居したい理由は無い筈です」
「そりゃあ、勿論。用が済んだら綺麗に帰らせて貰うとも。
 元々今回の話は『海洋王国が遅々として取り締まらない海賊行為への厳重抗議』だぜ。
 その主張はもう十分伝わったと考えているが?」
「ハッハッハ。古今東西、賊徒の類が根絶やしになったためしなんてありません。
 治安の維持は国家の一大事業だ。怠るような愚か者はここにはおりませんよ。
 第一、そう仰る鉄帝国も、帝都(スチール・グラード)を離れれば賊の巣窟だというではありませんか。
 些か人道的に問題のあるスラム問題も抱えていらっしゃると聞く。
『我々はこの海軍力を以ってこの海の無法を全力で食い止めていますとも』。
 我が国の実力は陛下が身をもってご理解なさっているのでは?」
 ソルベが仕掛けヴェルスが一蹴し、ソルベがまたやり返す。
 両者は笑顔だが、つい数日前まで砲火をかわした間柄である。
(ああ、本当に厄介な連中め!
 僕は実際結構ビビりなんだからな。ふざけやがって!)
 ましてやソルベからしてみれば相対せねばならぬのは『世界最強の一角』だ。理性的には『大丈夫』と確信していたとしても気圧されてもおかしくはないシーンなのだが、内心どうあれ臆面も無い。
 気安く親しみやすい性格から普段は軽侮されがちなソルベという政治家だが、一度スイッチが入ればまるで別人の如くである。若くしてコンテュール家を継ぎ、辣腕を振るう彼はまさに強かな商人であった。
 砲艦外交然り、鉄帝国のやり方は常に威圧的である。
 退けばその分踏み込まれ、失うのは愛すべき祖国の国益なのだから覚悟も決まる。
 この先の外海征服の為にイレギュラーズとの信頼関係にひびを入れる訳にはいかない海洋王国と、この遠征で持ち帰る手土産なしではいられない鉄帝国……思惑はそれぞれだが、その中心に居るのは幸か不幸かイレギュラーズである事は間違いない。
「まぁ、楽しい歓談は置いといて、だ。そちらが交渉を申し入れたんだ。何かの手土産はあるんだろうね?」
「鉄帝国の要求は理解しましたよ。
 まず、陛下は海洋王国領海における鉄帝国船舶の被害に心を痛めておられるという。
 折りしも『問題の海賊連合』が大きく勢力を減じている昨今です。
 我々も近海警備を一層強め、この被害を必ずや食い止めましょう」
 しらっとした調子でそう約束するソルベをヴェルスは鼻で笑った。
 ソルベは『近海で起きる海賊行為を海賊連合の責任に押し付けたが、海洋王国が私掠海賊と結託している事は公然の秘密』である。それを条件として提示した彼の白々しさをヴェルスは全く承知している。勿論、ソルベもそれを見抜かれている事を理解しながら敢えてそう言っているのだから中々性格が良いと言えるだろう。
「それは前段、抗議に対しての返答だ。いざ戦闘が生じ、我々には少なからぬ被害が出ている。
 海洋王国がこれ以上の戦争を望まないというのなら……
 そうだな。そちらへの報いが必要なのは自明の理だと思うがね?」
「好き好んで領海を侵犯したのは貴国だったと記憶しているのですが?」
「理由はやはり前段述べた筈だ。この場で正当性を争うのなら、講和は最初から不可能じゃないか?」
 よくもぬけぬけと盗人猛々しい――ソルベは苦笑したが、ヴェルスの言葉にも一理ある。
 言いたい事は山程あるが、ソルベの最優先事項は戦争を局地戦で終わらせる事、愛すべきイレギュラーズと大事な同胞を奪還する事である。そして恐らく戦争を辞めたいのは鉄帝国側も同じだろうと踏んでいた。
(……実際の所、被害も小さくない。勝ちの絵も描けない。この先は単なる消耗だ。
 それに何より、彼等もイレギュラーズに憎まれたくはないでしょうからね)
 辞めたいのはお互い様、妥結したいのはお互い様。
 しかし、捻じれた戦場は海洋王国に勝利をもたらしながらも、行きがかり上の妥協を要求する事になった。
(実際、凄い連中ですよ。戦争とは別の意味で、パワーバランスさえ崩してしまうんですから)
 特異運命座標とは良く言ったものだ。
 国程の力はなくても全くキャスティングボードを握っているようではないか。
「……それで? ソルベ卿。結論を聞きたいな。偉大な海洋王国は英断を下せるのか」
「分かりました。では、こうしましょう。
 一つ、海洋王国は鉄帝国捕虜を返還する。
 二つ、海洋王国は鉄帝国側に貿易港を一つ貸与する。
 但し周辺の安全は保障しますが軍艦・軍人の派遣は一切認めない。
 三つ、海洋王国は外洋征服につき、『鉄帝国に周辺監視を要請する』。
 四つ、海洋王国は今冬につき、鉄帝国に『人道的な食糧支援』を実施する。
 如何ですか? 皇帝陛下。問答はもう沢山、今回はこれで『全て』です」
 一つ目は大前提。二つ目は鉄帝国が不凍の貿易港を求めているのは知れた話である。
 三つ目、『周辺監視を要請する』はこれ以上他国がちょっかいを出さないように睨みを利かせろという意味であるが、要するに『頼むという事は一口噛ませる』という話に他ならない。
 四つ目は言うまでもない。鉄帝国の冬は厳しく、海洋王国は豊かであるという事だ。
「そちらの要求は?」
「まず、今後の領海侵犯につき、厳にお慎み頂きたい。
 鉄帝国艦隊の可及的速やかなる撤収。及び海洋王国軍将兵全てとイレギュラーズ十七名の即時返還。
 鉄帝国の――そうですね、バラミタがいい。バラミタ鉱山を『友好の証』に割譲して下さい。
 又、我々の輸送ルートとして不凍港ベネクトの使用権を頂きたい。こちらも当然派遣は商船のみです。
 但し、国の管轄としますので軍人の派遣はご容赦願いますがね」
 イレギュラーズの身柄という或る意味で最大の価値を覗いた場合。
 ソルベの提案は『差し引き』で相応鉄帝国が得、といった所である。客観的に見て、戦争自体は海洋の勝利ではあるのだが、戦争を今すぐ辞めたい理由が海洋側に強いのが痛い部分だ。面子を重要視する軍国、相手はそれも皇帝親征である。戦争をやったからには幾分かでも利得をもぎ取らねば絶対に収まらない事を彼は知っていた。但し、海洋王国側にも面子がある。実際の所、形式的なトロフィーに過ぎないと言えばそうなるが、割譲提案は『勝者としての当然のポーズ』なのだ。
「欲張りだな? 足りないと言ったらどうする」
「是非も無い。戦争を続行しましょう」
 ヴェルスの、ソルベの言葉で彼我の緊張感が一気に高まった。
 鍔迫り合いのように視線が絡む。肌を突き刺すようなプレッシャーにむしろ当事者以外が息を呑んでいた。
 そんなひりつく時間は僅か十数秒。
「――冗談だよ。十分だ」
 表情を和らげたヴェルスの言葉で緊迫が雲散霧消する。
「流石は偉大なる海洋王国。物事の道理を良く分かっている。
『我々は共に素晴らしい友人との不幸な行き違いを乗り越え、未来志向の関係を構築しようじゃないか』」
「ええ。『我々も鉄帝国のような精強にして頼りがいのある友人を持てた事を幸福に思いますよ』」
 言葉のやり取りは丸い刃のようだったが――ともあれ、話の大筋は纏まった。
 ソルベとヴェルスの合図を受けて両国の文官、書記官が緊急で講和調印の準備を始めた。
(やれやれ。良かったですよ)
(やれやれ。助かった)
 この時、表情には出さず大役二人は丁度似たような事を考えていた。

 ――これでローレットに恨まれずに済む――

 今や彼等は大魔種さえ討ち果たした現代の奇跡である。
 政治的にも、神託的にも、便利な戦力としても、面白い友人としても。
 そう、これを失くしたらちょっとつまらない相手に違いないから。


※海洋王国と鉄帝国が講和条約を締結し、イレギュラーズ十七人が解放されました!

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