PandoraPartyProject

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アーカーシュ前日譚『大空の先へ』

 一面の濃い灰色に、上空から薄日だけが差している。
 そんな鳥籠のような世界だけが、少年達の全てだった――

 アーカーシュと呼ばれる不思議な浮遊島に、一つだけ存在する村レリッカ。そこからほど近い荒れ地の中で飛行種の少女は慎重に弓を立てる。藪に触れたら、音に気付かれてしまうから。
 この島に足を踏み入れた祖先が、最初に作ったものが弓だったらしい。次に槍。食料調達の必要があったからだ。だから村の若者は弓や槍を教わることが多い。少女――カティは、弓の名手だ。
 茂みに隠れたまま、大きな羽音のほうを向いて弦を引く。向こうから飛び出してきたのは――良かった、雄鳥だ。雌だったら狙えない。数が減ってしまうと習ったからだ。
 弦音が鳴り、カティは今日の糧を手に入れる。
 お肉はユルグヨシュアと一緒に分けて、残りは表通りのおばさんの野菜と交換しよう。
 そんなことを考えていると遠くから、己を呼ぶ声がした。
「カティー! 居たらちょっと来てくれるー!?」
「今行くからー! 待っててー!」
 噂をすればというか、なんというか。声の主は友人のユルグだった。
 素早く鳥の処理を済ませると、カティは呼ばれるほうへと駆けだした。

「で、どうよ。いよいよじゃない? ようやくじゃない? めっちゃいい感じじゃない?」
 まくし立てるヨシュアは、ここ最近で一番テンションが高い気がする。
「あー、うん。ついに?」
「そう、みてみてこれ。いやあ長かった」
「協力したかいがあったね」
 それもそのはず、三人が作っていたグライダーがようやく完成したというのだから。
 三人には夢がある。それは外の世界に飛び出すというものだった。
 祖先達が記録を残しているように、外には広大な大地があり、海があり、町があり、多くの人が暮らしているらしい。きっと、たぶん。いや、間違いなく。
 だからグライダーを作ろうなんて、最初に言いだしたのは誰だったろうか。
 古い手記漁りが趣味のヨシュアと、空想癖があるユルグ。好奇心の塊のようなカティの三人なら、言い出しっぺなんて分かりはしない。外の世界を夢見るのは皆おなじで、どこか諦めているのも、またおなじ――この島で育つ若者は、昔からみな同じだ。少年少女の誰もが思い焦がれ、やがて大人になり、忘れてしまう。
 誰しも、夢なんて「どうせそんなもの」だと、心の奥底では分かっているけれど。
 だから大人達だって、グライダーの制作について『見て見ぬ振り』をしてくれているのだ。

 島の周囲は暴風雨のような分厚い雲に覆われていて、あちこちで雷が瞬いている。
 不思議なことに上空からは日が差すのだが、あの雲があるから、飛び出してやる勇気なんてない。
 ずいぶん前に、崖から身を投げた人が居るらしいが、末路の想像なんてしたくもなかった。
 ともあれグライダーが出来たからといって、すぐ外に飛び出せる訳ではないのだ。だって、あの分厚い、雷が沢山光る、恐ろしい雲を越えようがないのだから。もしもそんなことが出来るのなら、大人達が、祖先達が、とっくの昔にやり遂げているに違いなかった。だって子供が新しく思いつくことの大半なんて、往々にして過去に誰もが思い至り、理由があって断念したことなのだから。
「いつか飛ばせるといいよね」
 ユルグが呟き、三人の話題はいつの間にか、夕食の材料へと移ろった。

 だから、こんな日が来るだなんて、夢でしかないと思っていた。
 ある日のことだ。ユルグが村祭りに使う祭壇のあたりにある石碑に触れたのである。

 ――SYSTEM METATRON RERUN……INPROGRESS……SUCCESSFUL!

 ――資格保有を確認。システム・メタトロンの鍵として承認する。

 謎の声が辺りに響いた瞬間、ユルグは光を放ち、翼が生え、頭の上に輪が出現した。
 木の上で本を読んでいたヨシュアはあわや落ちかけ、カティは崖の下へ矢の一本を失い、山菜採りのおじさんが腰を抜かし、肉料理のおばさんが鍋へ全部放り込み、村長はとてつもなく渋い顔をしていた気がする。
 何せその瞬間に、島を多う分厚い雲の壁が、完全に消え失せてしまったのだ。
 もちろん、三人はすぐに、いつもの場所へと集まった。
 それから来る日も来る日も、崖の下に遠く広がる大地を眺めて過ごし――ついに町らしきものが見えた。

「カティ、ユルグ。ちょっと聞いて欲しい。記録を比べたものなんだけど。この閉じた島は、人口だって段々減ってる。あとはこっち、ほら見て。獲物の種類と数の記録だよ。島の生態系にも急激な変化が出てきているんだ。やっぱり外との繋がりは、絶対に必要なものだと思うよ」
 ある日の朝、ヨシュアがそんなことを言った。
(やっぱり、雉がとれなくなってきてる)
 その日の夕方、狩りを終えたカティも気付き始めていた。
(ヨシュアが言ってた通り、生態系っていうのがどんどん変わっていってるんだ)

 ――きっと私達が住んでいるから。
   最近の変化が早すぎるのは、きっと島が眠りから覚めたから。

 だから夜になった頃、三人は村長へと直談判に出たのだ。
「ヤンじい! 外の世界に行かせて下さい!」
「駄目だ」
「えええええ!?」
 村長――アンフィフテーレの返事は、にべもない。
「この島が外の世界との交流をもった時、島へ来る人々が必ずしも善良とは限らない。村を危険にさらさないと、言い切れるのかね?」
 正論だ。けれど。
「獲物は目に見えて減っています。このままでは食べ物に困るのではないでしょうか?」
 ヨシュアが堂々と言い放った。
 村長は複雑な表情で腕を組む。
「村の中で、話し合いをする場は設けよう」
「わかりました」
 少年達は俯き、下唇を噛みしめ、とぼとぼと引き返す。
 そして――村長の家が見えなくなったところで、一気に走り出した。

「もういいよ、町だって見えたんだよ」
「僕達がやるんだ!」
「今日!」

 荷車にのったグライダーを引きずり出し、三人は崖まで押した。
 あと少し、あと少しだ。
 勘のいい村長のことだ。そろそろ気付かれて居るかもしれない。
 けれど、止まるわけにはいかない。

「待ちなさい」

 村長の声だ。
 血の気が引いた。
 大勢の足音も聞こえる。
 このままでは大人達に止められてしまう。このグライダーだって、壊されてしまうかもしれない。
 そんなことは、絶対にさせない。
「飛び乗れユルグ!」
「うん!」
「カティも!」
「いいから待ちなさい!」
「待てません!」
 叫びながら振り返ったヨシュアの目にうつったのは、背後をぐるりと囲んだ大人達だった。
 あと一押ししたら、自分も飛び乗る。そうしたら、あとは大空への大冒険が始まるだけ。
 大人達は間に合わない。
 勝ったとヨシュアが笑い、村長は深い溜息を吐き出して、舌打ち一つ。

「だったら……こいつを、もっていけよ! こんのクソガキども!」
 宙できらりと光ったものを、ヨシュアはあわてて握り込む。
 そして崖を蹴りつけ、グライダーに飛び乗った。

 浮遊感に包まれながら、ベルトを締める。
 満天の夜空が、なぜだかひどく眩しくて。胸をざわめかせる興奮、これが自由というものか。
 ゴーグルをして、それから握りしめた手のひらをそっと開いた。

「ヤンじい……」
 村長から投げつけられたもの。
 それは鉄帝国と呼ばれる国の兵士の身分を示す、ドッグタグであった。

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