PandoraPartyProject

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Fall in Alter Ego

 混沌世界の『軸』は誰にでも平等な訳ではない。
 不老と呼べる程長命な幻想種や旅人と人間の時間の価値は必ずしも同じでは無いし、反対に長命たる種は人間の時間の尺度で濃密に時間を感じる事は難しいかも知れない。
 故に変化は絶大だった。
 たかが数年の時間は澱に揺蕩う神託の少女とはまるで違う価値をもって。
 運命を大きく動かす事もあるだろう。括目せよ、と胸を張る事さえあるのだろう――
 レオン・ドナーツ・バルトロメイが再び空中神殿を訪れたのは長くて短い時間が過ぎた後の事だった。
 巡った季節は幾度だったか――何年か振りにその姿を認めた時、ざんげの表情筋は珍しい位に仕事をしていた。他人から見たら普段の無表情と殆ど分からない位の差に違いないが――彼女が驚いたのも無理はない。
 旧知の少年は以前よりもぐっと大人びていて――いや、そんな事より何より。
 彼女の姿を認めるや否やフラフラと倒れてしまったのだから。
 神殿の石畳の上に座る。彼の頭を不器用に膝の上に乗せたざんげはふと何年振りだろうと考えた。

 ……空中神殿に何とも言えない時間が流れる。

「……よう、久し振り」
 レオンが薄目を開けたのはそれから幾分か時間が過ぎてからの事だった。
 欠伸を噛み殺した彼はこの時間を我が物顔で扱い、何時にもまして身勝手なままであった。
「久し振りじゃねーです。一体これは何でごぜーますか」
「覚えてたじゃん」
「……転んで泣いた時、レオンはこうして欲しいって言ったじゃねーですか。
 間違ってたなら降りやがれ、と言うですよ。とっとと降りろでごぜーます」
「余計な事ばっか覚えてやがる。忘れろよ、そっちばかりは。
 オマエの顔を見たら緊張感が解けてね。ああ、取るものも取らず来たのがまず大失敗って訳だな」
 半笑いのレオンが膝の上から見上げたのは勝手知ったる少女の顔である。
 笑わせようと努力した、怒らせようと努力した。
 何なら泣かせてやってもいい――そんな風にすら思ったざんげの顔である。
『何一つあの頃のまま変わらないざんげ』の極々ささやかな変化を他ならぬ彼が受け取れない筈は無く。
 何とも釈然としない彼女の表情の何処かに積年の安堵が漂っているのを認めた時、レオンの溜飲はほんの少しだけ降りていた。
 彼の顔を見下ろしたざんげと彼女の顔を見上げるレオンの目線が絡んでいる。
「レオンは大きくなった……でごぜーますね」
「『抜く瞬間が抜けた』のは不本意だったぜ。今じゃ勝負にならねえな」
 元々、同年代より小柄だったレオンはこの数年の成長期で随分とたくましくなっていた。
 幾分か低くなった声に、そこかしこについた幾つもの傷。
 ざんげの記憶の中にあった少年と、今のレオンの姿は完全にはイコールしない。
 衝撃的な展開から始まって――それでもきっとレオンはレオンの侭なのに。
 そこまで考えてざんげは思った。
(――ああ、レオンは冒険に出たですね――)
 未知の探求を、血沸き肉躍る冒険への憧れを隠さなかった彼だから。
 その夢が叶ったのならばそれはざんげにとっても何処か――ほんの僅かに温かい事だった。
「……もう、来ねーもんかと思ってたですよ」
「もう来る気なんて無かったさ。まぁ、それでもこうなったのは――俺も大概諦めが悪いね」
 ざんげの言葉に半目のレオンは苦笑する。
「だって、何だって繰り返しさ。何時だって繰り返しだろう?
 俺が大人になっても、爺さんになっても。オマエは同じ答えを返すだろう?
 太陽を照りつけても旅人は外套を脱ぎやしない。
 だから俺とオマエはまっとうに噛み合いやしないし――
 ――ああ、一応聞いておくが。オマエ、この数年で何か劇的な変化は?」
 ざんげは真顔で首を振る。
「良し、それならいい。流石の俺でも俺の不在中にオマエに変化があったなんて聞いたら。
 カミサマを恨むを通り越してぶっ殺してやりたくなる」
「神様――って呼んでいいかは知らねーですが、とんだとばっちりじゃねーですか」
「いやさ、手違い(バグ)の責任だ。奴には俺の八つ当たりを浴びる義務がある」
 冗句めいたレオンにざんげは曖昧な表情を浮かべた。
 彼女が『曖昧』を取る事自体が珍しい。本人の自覚がどうあれ、である。
「神様にヤキを入れるのはレオンに任せるですよ。
 ……でも、やっぱり分からねーです。どうしてレオンは今ここに……」
「てっきり、嫌われたとばかり思ってたですが」。ざんげは言葉の後半を呑み込んで小首を傾げた。
 口にしなかったその続きの言葉さえ、何となく理解したのだろう。レオンは苦笑して言った。
「さっきも言っただろ。旅人に外套を脱がせるにはどうすればいいかと思って、考えた。
 考えて、考えて、考えてよ――ようやく分かったんだよ。
 土台、旅人(バカ)の意見なんて聞いてるから上手く行かないんだって」
「……」
 ざんげは自分を指差し、小首を傾げた。
「そう、大バカ」
「レオンは私を罵りに来たでごぜーますか」
「半分はな」
 幾分か不満そうなざんげをかわしてレオンは大きく伸びをした。
 青い空に入道雲。初夏の日差しは眩しく、神殿の景色は遠い日に――出会ったその頃にも似ていた。
 だから――レオンはもう一分の迷いも無く彼女に言った。
「旅人(バカ)が何を言ったって、もう知るか。
 オマエがどれだけ神託(がいとう)にしがみ付いたって、全部吹っ飛ばしてやる。
 オマエは神託を守る女なんだろう? オマエは混沌の破滅を防ぐ為にここに居るんだろう。
 いいさ。好きにしな。だが、もうオマエの意見は聞かねーよ。その仕事は俺が全部終わらせてやる」
「……それは、どーゆー……」
「何で今か、何で来たかって聞いたよな。
『ギルド・ローレット』。それが答えだよ。
 今日、エウレカのおっさんに手伝って貰って冒険者ギルドを始めた。
 掘っ立て小屋にボロい看板をぶら下げた素寒貧のギルドさ。
 無名、無力、胡散臭い――超弱小の冒険者ギルド。構成員二名。俺とおっさんだけ」
 レオンは不思議そうな顔をしたままのざんげに一方的に続けた。
「俺は世界一の冒険者になる。それで、ローレットは世界一のギルドになるよ。
 混沌中の特異運命座標を集めて、オマエの言う『パンドラ』をかき集めてやる。
 それで、終焉だか終局だかが出てきたらそいつを一撃でぶっ飛ばして。
 オマエが泣こうと喚こうと空中神殿から引っぺがしてやる。
『俺はバグでも勇者様がやり切ったならそれで神託は終わり』だろ?」
「――――」
 初心者に毛が生えた位の少年が臆面も無く荒唐無稽に『世界一』を口にする。
 その傲慢な台詞以上に――目を丸くしたざんげは全く『そんな事は考えた事も無かった』。
 彼女の務めは特異運命座標を帯びた何某かに事情を説明し、先導する事のみ。
 神託はパンドラの蒐集とCase-D(しゅうきょく)の回避を望んでいたが、特異運命座標の性質上――彼等は何をしてもパンドラを集める事が出来るのだから――彼女がその先に口を出した事は無かった。
「馬鹿げてるだろ。そんなペースじゃ俺が死んでも終わらねぇ」
 神様の手違い(レオン)はシステムの根幹に風穴を開けると言い切っている。
「分かったな、ざんげ。うんでもはいでもYESでもいい。
 俺は俺が生きてる間に、全部ぶっ飛ばす。
 ぶっ飛ばしてオマエを無理矢理こっから引きずり下ろす。だからもう諦めろ。
 今日来たのは宣戦布告だ。兎に角、一秒でも早くオマエに言ってやりたくてよ」
 レオンは持ち前の超強気を微塵も隠さないでにっと笑う。

 ――だって俺は。俺はオマエが大嫌いだからな――

 言うだけ言って「寝る」と目を閉じたレオンの頬が少し赤い。
「本当に」
 そんな『どうしようもないひと』を膝の上で遊ばせたまま。
「本当に仕方ねぇ人でごぜーますね」
 肯定するでも無く、否定するでも無く――ざんげは幽かに微笑んだ。


 青い空、白い雲。大人びた少女の温もり、繰り返した悪態。
 遠い日の出来事は色付く他我であり、のめり込むエゴイズムそのものだ。
 その原風景は出会いの時であり、決意の時であり、少年時代との決別だ。
 馬鹿げていると笑わば、笑え。
 記憶の底で褪せないワン・シーンはセピアの海でもその光彩を忘れないから。


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