PandoraPartyProject

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Refrain Blue II

 その海には悪夢が棲む。
 足を踏み入れる何者をも赦さず、弁えを知らぬ人智を完膚なきまでに叩きのめす。
 意思を持った破滅はまるで外に染み出さない事が奇跡であるかのように完結し、全て最初から決められたような結末を誰にも等しくお仕着せてきたものだ。
 故にその海は『絶望の青』と称された。
 近海、海洋王国の首都から然したる距離も離れていないのに、何処までも絶対的に隔絶されていた。
 狂王の咆哮が水平線を切り裂く。
 濃厚な死の臭いが連鎖する犠牲を増やせば、局地嵐(サプライズ)の風鳴りが荒々しい鎮魂を紡ぐ。
 絶望。
 絶望。
 絶望。絶望。
 それはアリアドネの途切れた迷宮である。
 解答さえ用意されていないパズルである。
『唯、未来を夢見て先を目指す誰かを嘲り憎むかのように』。
 何者かの強烈な意志を反映した海は全ての挑戦を残酷に跳ね除けるように今日も誰かに牙を剥く。
「キャプテン! 右舷、また来ます! 新手の『狂王種』です!」
「行動パターンアナザーです! 変異種かも知れません!」
「ほほう! 『後半の海』はまた随分と手厳しい! 余程吾輩達を秘密に近づけたくないものと見えるな!」
「一斉砲撃! 効果認めず! 猛スピードで突っ込んできます!」
「逃げるな突っ込め!」
「……は!?」
「すれ違うスピードは男女の如し、だ!
『美人(ファム・ファタル)』程、求めるを振り回すものと相場は決まっている!
 かく言う吾輩も『慣れてる』性質でね! 初見殺し(ぽっとで)で吾輩を落とせると思うなよ!」
 されど。
「キャプテン! 弾丸雹です! 船体がとても持ちません!」
「持たなかったらどうする!?
 諸君は素直に絶望の海(スープ)の調味料にでもなりたいのかね!?」
「し、しかし……」
「『後半の海』なのだ! 吾輩達は記録(レコード)持ちだぞ!?
 死なば諸共、死んで残せる名も財も無い。なれば、この程度!
 絶望の青を鼻歌と征く海賊(ドレイク)の奥の手を御覧あれ!」
 されど。
「キャプテン、随伴艦は全滅です」
「……『廃滅』か」
「はい。本艦のクルーもギリギリの状態です。このままならば……」
「随分とやってくれたが、限界か。唯、英霊の健闘に感謝し、祈らん」
「ここまで踏破距離を伸ばしたのです。次こそは……
 キャプテンは讃えられこそすれ、責められる事はありますまい」
「吾輩は称賛も侮蔑も要らぬよ。ましてや政治等まっぴらだ」
「我々が戻れば――この経験は王国の財産となりましょう。
 キャプテンならば次こそは――」
「――次は無いのだ。絶対に。少なくとも『先』を見つけるまでは『次』等無い」
「……は?」
「付き合わせるクルー諸君には心より謝罪する。しかし『次』は無いのだよ。間違いなく!」
 されど――
「道がなくとも切り拓いた。
 未知等全て捻じ伏せた。答えが無ければ作ればいい。
 求むるは一心不乱の勝利だけ――生憎と吾輩は諦めが悪いものでねぇ!
 酒に宝に女に浪漫。『海賊は何一つ諦められない性分なのだよ!』」
 ――強き意志、嫉妬の情は、よりによってそれを上回るかも知れない強烈な執念にその瞬間だけ膝を屈したのかも知れなかった。
 どんな障害も海賊ドレイクを阻むに到らず。
 彼は海図の導きに従い、遠く遥か遠くを目指し続けた。
 屍を積み上げ、此の世の地獄を呪いじみた妄執だけで突き進み、遂には『果て』をねめつけた。御伽話、与太話を唯一の標と決めつけた――彼が『望み』に出会ったのを唯の奇跡と切り捨てるのは無情が過ぎよう。
「……キャプテン……」
「ああ……」
 やつれた顔の副長が掠れた声でドレイクを呼んだ。
「キャプテン、これが貴方の望んだ――」
「そうだ。運命の女神は、吾輩達に微笑んだぞ!」
 艦がいよいよ限界を迎えんとした時――恐らくこれは奇跡的な偶然で――辿り着いた小島の中央には黄金の木が聳えていた。
 黄金の木に実るのは同じく美しく輝くたった一つの果実である。『碌なモノが見れなかった』この海で初めて一同が目にする素晴らしい結果、希望の結実そのものであった。
「まさか本当に見つかるなんて――」
「君には苦労をかけたな」
 苦笑した副長が力無く首を振った。
 全滅寸前となった時、彼はドレイクに詰め寄った。
 この冒険は何の為に行われているのかと。何故次が無いのかと――
 ドレイクは多くを語らなかったが、『絶望の海図』を一読した副長はそれ以上何も言わなかった。
「後はあの果実を……しかし」
 海図の御伽噺が真実であるとすると仮定するならば問題はもう一つあった。

 ――黄金の実、生命をもぐ不遜に枯死の呪いあれ――

 ……『絶望の海』を的確に伝えてきた海図(かたりべ)が今更嘘を吐くとは誰も到底思えない。
 ならば、それを手にするのは絶望的な程に絶対的な命賭けであり、試してみる以上の答えが何処にもないのは明白だった。
「副長。一つだけ頼まれて貰えないか」
「嫌ですけど」
「そう言わずに、ネ。君にしか頼めないのだ」
「……すごく嫌ですが、聞くだけならば」
「吾輩は必ずあれを手に入れる。だが、吾輩がもし『無事で済まなかった時』。
 そうだな。吾輩の事は言わず、代わりにその望みを叶えて欲しい」
「……つくづく厭なキャプテンですねぇ。無茶振りには慣れてますけど」
 渋面をした副長は意地悪く言った。
「そうですね、『名前を呼んでくれたらそうします』」
「……は?」
 不意を突かれた顔をしたドレイクに副長――クリストロフはようやく溜飲を下げた顔をした。
「キャプテンは他人の名前を覚えませんからね」
「海賊の――男の誓いだ! 吾輩は今後一生、君の望みを尊重しよう!」
 話は纏まり、ドレイクは黄金の果実――生命そのものに手を伸ばす。
(女王陛下、吾輩を待ってくれていなかったら――最初で最後、本気でお恨み申し上げますよ!)
 それが禁忌であろうとも、彼を阻める者は居ない。阻める意志は無い。
 エリザベス・レニ・アイスは必ず彼が救うのだと、歴史にそう書いてある。
『絶望の海図』にそれを書き加えて――物語はきっと初めて完結するのだと!

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