アネモネ・バードケージへ

どれほどの翼が折られたか。筆をとった時、まずそれを考えた。
鳥籠に囚われている鳥を思うと胸が痛む。
翼を毟られた日々を思い出せば、身体じゅうに震えが走る。

……それでも、お前を憎みきれない。

子供の頃、約束の場所に来なかったのはお前の方だが、
俺の中ではずっとあの日の事が蟠っている。
少しでもその想いを拭い去ろうと、天使の肖像を描いた時もあった。
しかし――描くだけでは救えないものもあるのだと、鳥籠の中で思い知った。

子供の頃、お前は俺にひとつ願いを託したが、今度は俺の願いを聞いてくれ。
乙女かよなんて笑わないで、重ねた罪もかなぐり捨てて、
お前の心ひとつで答えて欲しい。

――アネモネ。俺と一緒に天義を出よう。

罪を償うつもりなら、俺も一緒に背負ってやる。
たとえ俺ひとりに、お前を捉える鳥籠を砕く力が無かったとしても、
呼びかければ泥臭くたって立ち上がってくれる、最高の特異運命座標(キセキ)が共にある。

……返事はいつでも構わない。
お前の返事を待っている。

目を塞いだ犬のように従順な男なら、お前の周りにゃごまんと居るだろう？
生憎と、俺は孤児院育ちで出世の道も断たれた貧しい画家だ。
特異運命座標になって食い扶持は保証されてるようになったが、アネモネのいうムードを作れるスマートさよりも、明日を生き抜くために泥臭くがむしゃらに生きていく術が、すっかり身についちまった。

ただ、お前が言う事も尤もだ。すれ違ってから随分と長い年月が過ぎたからな。
シャイネンナハトの夜に何かしら互いの気持ちを引っ掻き回すような事があっても、ゆっくり出来る時間は無かったし……。

……分かった。お前の元へ会いに行く。
代わりに、お茶会の途中でも筆をとる事くらいは許してくれよ？
いいと思ったモンはすぐにアタリを描いておいた方が、仕上がりまでのイメージを固めやすいんだ。
ここらへんは、どうにもガキの頃から変えられなくてな。

わざわざ帰そうとしなくたって、俺は気ままな籠の外の鳥だ。
大空へ羽ばたきたいと思った時は自分の翼で飛び立つさ。
だから気兼ねなく、『束縛の聖女』様なりの歓迎をしてくれよな。

アネモネ。もうすぐ９月２０日――『空の日』はお前の誕生日だろ。
なんか欲しい物とかあるか？売れない画家でも用意できるものにしてくれよ。

ピィッ！？
あ、ばっ！いや、今帰ったってお前との約束、果たせねぇだろ。
ロレトレの時みたいにお茶ぐらいは飲みに行ってやるから、それで暫く我慢してくれ！

妙な話だと思うが、最近、俺によく似た顔の駄目人間を見つけてよ。
そいつはアネモネによく似た女性のヒモになってて、漠然と「アレにだけは撒けたくねぇ」と思った訳で……。

こうやって手紙を送るのは久しぶりだな。春は過ごしやすい季節だなんていうが、実際は暑かったり寒かったりで体調を崩しやすい。
特にお前さんは、今の天義の情勢的に多忙になりがちだろう？アドラスティアの件が終息したと思えば、今度は遂行者の侵攻だ。
ローレットには絶えず天義絡みの依頼が届いていて、少しでもお前さんの負担を減らせないものかとなるべく引き受けてはいるが……人を裁く仕事ってのは、単純なもんじゃねぇだろう。あまり根を詰めるなよ。

気分転換に付き合いたいところだが、日中はお勤めで忙しいだろう？
もし負担になりすぎないようなら、夜に人目を搔い潜って会いに行く。
天使の像を覚えてるか？ガキの頃、お前さんと俺が初めて会った場所だ。
屋敷の中まで侵入するのは難しいかもしれないが、庭までなら忍び込むのも難しくはなさそうだからな。

それが難しけりゃ、俺の方からローレットへ依頼を持ち掛けて、お前さんの公務をでっちあげるなり何なりで、羽を伸ばせる時間を作れないか掛け合ってみる。

最近、顔つき合わせるのも鉄帝と天義の境界の小競り合いの対処だったり、仕事の繋がりばかりだったからな。互いに忙しい時こそ、面倒なしがらみは置いといて、一緒に過ごす時間が欲しいと思ったんだ。