PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

情緒の刺し合いをお願いされる田辺さん

関連キャラクター:耀 英司

前途に光闇在ろうとも

 ――「すれ違う」ことが増えたと、英司は感じた。
 過日にこなした幾つかの依頼。傷つき、ひび割れ、或いは歪められた心に相対すべく集った依頼のメンバーたちの姿が、その日以降やけに目につくようになったのだ。
 だからこそ。昼下がり、幻想の大通りに佇む喫茶店にて。
「……こうして顔を突き合わせるのは初めてだな」
「ええ。お久しぶりです、英司様」
 何の気なしに訪れた店で、そのうちの一人――ヴァイオレットと出会った偶然に、英司はどこか必然じみた予感を感じていた。
 普段、英司はこうした場所を利用することは少ない。故に英司にとって、此度の行動は彼らしからぬ気紛れか、
「先の依頼から今まで、碌に言葉を交わす機会もありませんでしたからね」
 ――或いは、彼自身も気づかぬうちに、彼女らとのこうした機会を望んでいたのか。
「話すこと、ねえ?」
「ええ。少なくとも、互いに吐き出せることはある、と思いましたよ。
 蓋し、英司様とワタクシは、どこか似ていますから」
「……」
 脳裏に浮かんだのは、それこそ彼らが縁を結ぶ切っ掛けとなった依頼。
「罪もない子供達を救おうとして。罪もない老人を救おうとして。
 伸ばした手が届くまいと思えば、それを『諦める』ことが出来る」
『諦める』。
 その単語がどう言った覚悟を指すかは、双方にとって分かりきったことで。
「ワタクシは、それにより生じた結果を耐えられます。
『諦める』対象が、ワタクシにとって余程親しい人でもなければ」
 ――けれど、貴方は。
 依頼内容を経て知っただけの、顔も知らない誰かの為に。満身を傷に晒すほどの献身を示す英司。
 その彼は、ヴァイオレットと違い、『諦める』ことで癒えぬ傷を重ねていっているのではないかと、言外に彼女は憂えている。
「……どうだろうな」
 暫しの後、漸く英司が口を開く。
 それは、平時彼が飄々とした態度の奥底に秘めている、決して見えない本心の欠片。
「あの依頼で出会ったやつらが、真っ当な人間に成れるなら。俺はそう願って、傷を負うことも厭わず立ち向かった」
「……」
「だからこそ、かね。
 それが叶わなかった時、彼奴らの不幸な結末は、その全てが俺に在ると、どこかで俺自身が囁くのさ」
 それを『傷』と言うのなら、そうなのだろうと。
 英司は仮面の下で笑う。同時に、そんな傷なら幾らでも負ってやる、とも。
「その果てに、いつか貴方自身が倒れるとしても?」
「最期まで虚構(ユメ)を見ながら死ねるのなら、それはそれで本望だろ?」
「……聞き捨てのならない言葉だな」
 聞こえた声は、新たな闖入者のもの。
「よう、聖霊」
「命を無碍に扱うなよ。その時は、俺がぶん殴りに行ってやる」
「……何とも頼りになるお医者様だ」
 先ほどまでの物憂げな雰囲気を霧散させ、英司とヴァイオレットはくつくつと笑う。
「因みにそう言うお前さんは、どうなんだい?」
「救えなかった患者はごまんといるさ。けれどそれは、これから救える筈の相手を『諦める』理由にはならない」
 言葉を返した聖霊の性質は、きっと英司のそれと似通ってはいたのだろう。
 ただ、彼には止まれない理由があった。一つは今聖霊自身が口にしたそれ。
 そうして、もう一つ。然る人の瞳を何時か必ず治すと言う、約束が。
「……賽の河原の石積みかね?」
「徒労ってことは無いだろう」
 あんまりな英司の言葉に苦笑を返す聖霊。
 掬える命は在るのだ。救われる人は居るのだ。
 ただ、それを為す聖霊の重石が歩む度に増えていく。「それだけ」のことなのだと。
「何やら深い話をしているようでありますな?」
「……お次はお前さんかい、ムサシ」
 そろそろ河岸変えるか? と新たな知人を迎える英司を他所に、ひょっこりと姿をみせたムサシもまた、彼らと同じテーブルに着く。
「話を聞くだに、各々の決意を挫く障害に対してどう臨むか、といった話題のようでありますが」
「まあ、其処まで堅っ苦しくは無いが」
 ――余計な話を始めましたかね? と困った顔で笑うヴァイオレットに、英司は軽くかぶりを振って応える。
「お前さんは、どうだい。そう言う悩みは考えないタイプか?」
「……いえ。自分も、自分が信じる正義に揺らぐときはあるであります」
 ただ、それは。
 これから自分が救う人々に対し、手を伸ばす理由にはならないでしょう、と。彼は続けて。
「――なるほど」
『自問や自責によって、ともすれば足を止めうる。道半ばで倒れうる』。
 そうした英司や聖霊に対し、ムサシは先へ往き続ける存在だった。
 裏を返せば、それは自らの心が死のうとも己に課した役割を為し続ける存在であることを躊躇わらない、狂人のそれと紙一重だ。
 その危うさを、自覚しているのか。知ったとしてそのひずみを正すことは有り得るのか。
 少なくとも、今この時。『最愛の人』が未だ傍に居なかった彼の行く末を、英司らが識ることなど当然なかったけれど。
「……『彼女』は」
 どうなんだろうな、と。
 その時、何の気なしに聖霊が零した言葉に、反応する者の態度は様々だった。
 ヴァイオレットは、『彼女』を憂えて微かに瞑目し。
 聖霊は、『諦め』ざるを得なかった『彼女』が背負った怪我を想起して目を伏せ。
 ムサシもまた、同様に。ただ口を閉じ、『彼女』の危うさに眦を顰めただけであった。

「――アイツなら、心配無いさ」

「……英司殿?」
 ただ、英司だけが、こともなげにそう言ったのだ。
「アイツには、誰も諦めさせない。そんな選択肢は、俺が根こそぎ奪ってやる」
 ……視線の先には、大通りの片隅。
 何時からか身に着いた癖。過日の依頼の仲間たちを視界に捉えるその感覚が、見知った水色の髪を瞳に収めていた。
 
 ――その果てに、いつか貴方自身が倒れるとしても?

 問われた言葉に対し、自らが、自身に課した悔悟ゆえに倒れることを良しとしつつも。
 英司は、そんな日が来ないことを確信していた。
「あら、皆様。珍しい組み合わせですね」
 漆黒の怪人。自らが悪に塗れ、手を汚すことをどれほど自らに認めたとしても。
「良ければ、わたしも混ぜて頂いてよろしいですか?」
「ワタクシは構いませんが、そろそろ大所帯になってまいりましたね?」
「同感だ。もうちょっと広い店に移りたいところだな」
「折角なので、他の店を探しつつ買い物なども如何でありましょうか?」
 ましろのひと。お前が傍で笑ってくれるなら、俺は何時までも強く在り続けることが出来るのだから、と。
「では、英司様は?」
「……ああ、そうだな」
 知らず、仮面の下で浮かべた笑み。
 それを眼前の『彼女』が知ることは、決してなかったけれど。
「それじゃあ、俺も付き合わせてもらおうかね」
「はい、それでは参りましょう!」



 此方に手を伸ばし、微笑む『彼女』の姿。
 その手を優しく取った英司は、残る三人と共に喫茶店を後にする。
 ――その手を、離すまいと。汚させるまいと、自らに誓いながら。
執筆:田辺正彦

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