幕間
ユリーカさん目撃録
ユリーカさん目撃録
関連キャラクター:囲 飛呂
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- 夏の夜のユリーカ・ユリカ。或いは、彼女は太陽の天使…。
- 太陽は今日も元気であった。
ある夏の日、眩いばかりの太陽光。
じりじりと照り付ける日差しが、囲 飛呂の体温を否応なしに高くする。
頬を伝って流れた汗が、ぽたりと足元へ滴った。
渇いた地面に染みが1つ。
それでも飛呂は1歩たりとも動けない。
心臓が太鼓のように跳ねている。
脳の奥が痺れて、もう何も考えられない。
呼吸が荒い。
頬が緩む。
泣き笑いのような奇妙な表情を浮かべ、通りの先をただ見つめていた。
通行人の邪魔になっている自覚はあった。
変なものを見るような、不躾な視線が突き刺さる。
しかし、飛呂はその場を動けないでいる。
まるで身体が石になってしまったみたいだ。
熱中症か?
否、これはまごうことなき“恋”である。
空よりもなお青い髪。
華奢な身体に、幼子のように小さな体。
あどけない笑顔と、思慮の深さを感じさせる翡翠の瞳。
パンとりんごの詰まった袋を胸に抱えて、頬をすっかり緩ませている。
彼女の周囲にきらきらとした粒子が飛び散っているのが分かった。彼女がぱたぱたと翼を動かす度に、きらきらはひと際に強く輝き、飛呂の瞳から脳にかけてを焼き焦がす。
ユリーカ・ユリカ。
年齢は19。
ギルド『ローレット』に所属する新米駆け出し情報屋にして、かの偉大なるエウレカ・ユリカの後継だ。
早起きは3 GOLDの得と言うが、あれは嘘だと飛呂は思った。
普段よりも30分ほど早くに目覚め、天気がいいからという理由で、朝っぱらから散歩に出かけた。そんな気紛れが、彼に人生でも最も輝かしき幸運を与えてくれたのだ。
この幸運に値段なんて付けられない。
「お……お、おは、おはよ」
震える唇。
喉から絞り出す掠れた声。
『おはよう、ユリーカさん。いい天気だな。そっちは買い物か?』
そんな気軽な挨拶が、どんな依頼の達成よりも難しい。
もっと彼女の近くへ寄りたい。
気心の知れた友人にするみたいに、挨拶を交わして、それから少し話がしたい。
あわよくば、朝食でも一緒に摂れれば幸いだ。
その後は、ユリーカの荷物を預かってローレットまで肩を並べて散歩でも。
ローレットに付けたら、何か軽い依頼を受けて、見事にそれを達成するのだ。
『依頼は大成功なのです! さすがは飛呂さんですね!』
そんな風に褒められたい。
それから「大したことねぇよ」なんて、言葉を返して……報酬を得たことを理由に、ユリーカを夕食に誘いたい。
「あ、あぁ……眩しすぎるぜ。天使ってのは皆こんな風なのか」
太陽に近づき過ぎたイカロスは、きっとこんな気持ちだったに違いない。
あぁ、ユリーカ・ユリカ。
真夏の彼女は、太陽よりも眩しかった。
手を伸ばしても届かない。
求めても得られぬもどかしささえ心地いい。
世界はこれを“愛”と呼ぶのだ。 - 執筆:病み月
- ユリーカ・ユリカの監視。或いは、監視者2人…。
- ●ユリーカ・ユリカの視察
ところは幻想。とある洋館。
高い壁に、厳重に封鎖された鉄の門、門の前には明らかにカタギに見えない2人の門番がいる。
街の隅にある建物だが、住人たちはどうにも洋館を避けて通っているようだ。
人身売買と違法薬物の製造・販売。洋館の主である貴族には、それらの疑惑がかけられている。
洋館から数十メートルほど離れた位置の植え込みの影に、潜む小さな人影が1つ。
青い髪に華奢な手足、背中には小さな白い羽。
双眼鏡を目に付けて、かれこれ数時間ほどもユリーカ・ユリカは洋館の様子を見張っていた。
貴族が悪事に加担している証拠を掴むためである。
元より長期戦は覚悟の上だ。ユリーカの隣には、袋に入ったアンパンと牛乳が詰め込まれていた。
「何をしてるんだ? 俺が声をかけてもいいのか?」
洋館の監視を続けるユリーカ。
そんな彼女を、遠く離れた位置から監視する者がいた。
囲 飛呂だ。
彼がユリーカを見つけたのは偶然だった。或いは、必然であったと言えるかもしれない。
ローレットの前で待機すること数時間。こそこそと出かけていくユリーカを見て、こっそりと後を付けたのだ。元々の目的は、挨拶を交わし、ほんの少しの日常的な会話を楽しむことだった。
けれど、飛呂は声をかける直前で臆してしまったのである。
そのままズルズルと声をかけるタイミングを見逃し続け、今に至るというわけだ。幸いにして、飛呂の尾行はユリーカにバレていないようだ。
けれど、しかし……。
「なんだ? 貴族の屋敷から誰か出て来た? 出かけるような素振りだが……あいつ、ユリーカさんの方を気にしていないか?」
ユリーカの監視は、件の貴族にバレてしまったようである。
黒い服を着た男が2人。迂回しながらユリーカの方に近づいていく。だが、ユリーカは彼らの接近に気が付いていないようだ。
監視がバレるとどうなる?
捕らえられることは確実だ。最悪の場合は、殺されてしまうかもしれない。
背筋に悪寒が、頬に冷や汗が伝う。
「マズった……仕事じゃないから、今日は銃を持ってきていない」
だからと言って、ユリーカの危機を見過ごせるだろうか。
答えは否だ。
中腰に構えた飛呂は地面を蹴って駆け出した。
脇目も振らず、まっすぐに。
道路を駆け抜け、花壇と水路を跳び越えて、あっという間に飛呂はユリーカの元へと迫った。
「!? 飛呂さん!」
「見つかってる! 逃げよう!」
飛呂はユリーカの手を掴み、元来た道を引き返す。
背後で男の怒鳴り声が聞こえた。そんなものに耳を貸している暇はない。
(すべすべしていて柔らかい。あぁ、俺は今日、死ぬかもしれない)
飛呂の意識は、繋いだ彼女の手の感触に囚われていた。 - 執筆:病み月
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