PandoraPartyProject

幕間

本を探して

関連キャラクター:マリエッタ・エーレイン

ループ
 バベルのような本棚の隅の隅、オマエが認識していないところで一冊、増えていたのか。タイトルすらも蚯蚓じみていた『それ』をするりと撫でてみる、本の虫としては兎も角、こんなにも魅力的な感触は他にないだろう。葡萄をもぎ取るふうにしてずるりと抜きだす。作者はインク壺をぶち撒けたとでも謂うのか、装丁までも潰れている。
 オマエは直感で『禁書』の類なのだと理解した。人間が読んではいけない代物なのだと、本能で咀嚼していた。それでも尚、捲りたいと謂う『この頭』は松果体までも純粋なのだろう。どくん、と、跳ねた心臓を押さえ込んで一頁目、するりと流れ込んだ内容は悉く悪辣でしかなかった――ぐぅ、如何してなのか、腹が減ってたまらない。
 芬と漂い始めた蜜は一種の体液なのだろう、一文字一文字が生命への冒涜らしく、じくじくとセルを砕いていく。崩された現実と称される足場、オマエは沈む感覚に囚われていた。マリエッタです、お手伝いすることはありますか? 同じ台詞を繰り返してしまう主人公、イレギュラーの楽しさを壊したのか、蜿蜒と、永遠と――。
 腐れたテーブルを囲んでの食事会なのだ、そんな物語性を登場人物どもは受け入れていた。大皿にのせられた慈愛の塊、水泡を想わせる疑似体験の血涙……。
 ぞわりとした正気に戻され、魔女の釜を覗き込んだ。

 これは出来そこないの『Null』だ、ナシのパイ。
執筆:にゃあら
泡沫姫
 マリエッタは一冊の本を取った。世界的な名作を数々生み出した作家の著作の一つ。
 もし物語の登場人物が選びとった未来が、違う物だったら?
 そっと、マリエッタは表紙を開く。

【泡沫姫】
 泡沫姫は好奇心旺盛な人魚の国の姫でした。
 泡沫姫はとても美しい声の持ち主で、みんなから愛されていました。
 彼女は生まれた時からずっと海の中で暮らしてきましたが、彼女は外の世界に憧れていました。
 
 十五歳の誕生日、彼女は特別に許可を貰って水面へ顔を出してみました。
 大きな帆船が通りかかり、満月に照らされていました。
「まぁ、あんなに大きいものがあるなんて!」
 興奮した様子で眺めていた泡沫姫でしたが、船の先端に誰かがいるのを見つけました。
 あれは、だれかしら?
 眺めていて泡沫姫は「あっ」と声を上げました。その人が海に転落したのです。
「大変だわ! 助けなくちゃ!」
 人間は人魚と違い、水の中で息はできません。このままでは死んでしまいます。
 泡沫姫は急いで彼の元へ泳いで、岸へと運びました。
 そっと、砂浜へ横たえ泡沫姫はその人の顔をみました。
「なんて素敵なんでしょう」
 豊かな金の髪に整った顔立ちのその人に、泡沫姫は恋をしました。
 しかし、人魚は人間に姿を見られてはなりません。名残惜しそうに泡沫姫はその人の額に口づけをひとつ落とし、海の中へ戻っていきました。

 さて、海に戻った泡沫姫ですが、来る日も来る日もあの人のことが頭から離れません。
 募る恋心にいたたまれず、彼女は海の魔女に相談しました。魔女はこう言います。
「お前さんが助けたのは城の王子さ。お前さんが私と契約してくれるなら、彼に会いに行ける足をやろう」
 泡沫姫は契約を結びました。引き換えに泡沫姫は美しい声を失いました。

 泡沫姫は陸に上がりました、もちろん家族には内緒です。
 お父様、お母様。お姉様達、ごめんなさい。静かに泣いて、彼女は城に向かいました。
 門番がどうしましたかと問いかけますが、声を失った泡沫姫は自分が王子を助けたとは言えません。
 門番も困り果てていると、王子がやってきました。
「どうしたんだい」
「はっ、此方の女性が城を訪ねてきたのですが話せない様で」
「それは大変だ、事故に遭ったのかもしれない。中に入れてやってくれ」
 王子の計らいで泡沫姫はお城で過ごすことになりました。
 夢にまで見た王子様との生活に胸が高鳴っていた泡沫姫ですが、そんなとある日。
 彼女の心に罅を入れる出来事が起こります。
 彼と親しげに話す女性を見つけてしまったのです。一日だけでなく、ずっと王子と女性は親し気でした。
 屹度自分が王子に恋をする前から、あの女性と王子は惹かれあっていたのでしょう。
 
 恋を失ったその夜、泡沫姫は枕を涙で濡らしました。わんわん泣きたいのに、泣き声も出せませんでした。
「泡沫姫、泡沫姫」
 誰かが自分を呼ぶ声で泡沫姫は目を覚ましました。バルコニーから見下ろすと
 そんな日です、魔女から話を聴いたらしい姉達が呼んでいました。
 ランタンをもって、泡沫姫は砂浜へと降りていきました。
 
「海の魔女から話は聞きました」
 一番上の姉が金の短剣を泡沫姫に差し出しました。
「さぁ、この短剣を王子に突き立てなさい。そうすれば契約は破棄され、貴方は海に帰ってこれるのです」
 姉達はそう言いました。手渡された短剣を姫は受け取りました。
 姉達はそのまま海へと帰っていきました。

 しかし姫は決めていました。この短剣は使わないと。

 ――あの人が、私の為に死ぬなんて耐えられない。だから私泡になるわ。

 恐怖はありませんでした。短剣を海に投げ捨てようと手を上げた時でした。
「ああ、愛しい人よ。僕が死ねば、貴方は救われるのだね」
 王子が立っていました。後をつけてきていた王子は全て聞いていました。
 泡沫姫が王子の恋人だと思っていた女性は彼の侍女だったのです。
 王子は最初から泡沫姫を愛していました。

「愛する人を救えるのなら、僕は喜んで死を選ぼう」
 王子は柔らかく微笑んでいました。泡沫姫から短剣を取り上げた王子は自らの心臓に突き立てました。
 鮮血が真っ白なブラウスを汚して、泡沫姫の手も赤く染まりました。
 抱き起した身体は体温を失いつつありました。
 温もりが、思い出が、消えていきました。

 違う、違うの。私、あなたに幸せになってほしかったの。
「私の命なんて、いらなかったの!!」
 漸く出せた声はもう、王子には聞こえていませんでした。
 これは、泡にならなかった、なりたかった姫の物語。
執筆:
小さな植物図鑑
 雑多なものを眺めているとき、不意に目に留まるものというのは何かしら興味を引くものであることが多い。
 小物にちょっとした家具、アクセサリーやドライフラワーなどなどと様々に積み上げられた手狭なお店でマリエッタが見つけたのは、本棚に入った小さな本。だいぶ古い本のようで背表紙は日に焼けてしまっている。
 手に取ってよく見ると裏表紙に値札が付いている。売り物のようだが長い間そこにあったようで何度も値下げされた形跡があった。
 表紙にはタイトルは何もない。首をかしげながらもマリエッタは中身を読み始める。

 それは手書きの植物図鑑のようだった。図鑑というには少々薄すぎるとは思うが、ページの左側に植物の絵、右側に名前や生息地域、育て方、使い方など詳細に書かれている。
 いくらか抜粋しよう。

 全体が青く中心が黄色い丸い花に百合のような葉っぱを持った植物の絵がある。
 名前は『ブルーメモリ』と書かれており、海中に群れて生えているそう。花を咲かせると同時に発光する性質があり、このタイミングで採った花には優れた薬効を持つという。
 また葉をよく乾かしたうえで粉末にして飲むことで水中での呼吸を容易にする効果もあるそうだ。
 ただし精霊の涙が溶け込んだ純粋な水でしか育てることができない、と書かれている。

 赤くチューリップに似た花と楓に似た葉を持つ植物が描かれている。ただし茎を除いたほぼ全ての部分は赤とオレンジと黄色が使われまるで炎のようだ。
 名前はどうやら『フェアリーランプ』というようで、実際に燃えているらしい。触れるときには火竜の革で作った手袋をしていないとやけどをするため注意と書かれている。
 先天性の魔力欠乏症の症状によく効き、特効薬になるが入手が大変難しく高価なのが欠点。霊力の高い森の中で稀に育ち、見つけることが難しいのである。希少さや発の難度からフェアリーの名が与えられたと書かれている。
 人工的に育てる方法はまだ見つかっておらず、研究中と書いてあり、その横に『必ず見つけてみせる』と乱れた文字が添えられていた。

 ここまで読んでマリエッタはいったん本を閉じた。知らない植物に聞いたこともない症状や用語。きっとこれはどこかの世界の旅人が持ち込んだものなのだろう。
 どうしてここにあるのか、何を思ってこれを書いたのか、本は答えてくれることはない。
 ただできるのはこの手書きの、世界に一冊しかないであろう本の作者に思いを巡らせることだけ。
 そうしてマリエッタはこの小さな本を買うためにレジへと向かったのだった。
執筆:心音マリ
辞典専門店『Zwar』
 黝く燻んだ外壁、店名は疎か開いているのかすら判らず、注意深く見なければ風景の1ピースとして通り過ぎてしまいそうな程に小さな書店。
 本好きの中では有数の辞典専門店『Zwar』の鉄錆の浮いたドアノブを引けば、陽の差さない店内には天井までうんと高く背を伸ばした本棚に有りと有らゆる辞典が犇いていた。
 濃縮された洋墨の匂いと埃の匂い。
 高級板紙に立派な装飾の施された外函を纏って気高いデザイン辞典。
 マリエッタの小さな両掌でも事足りる様なころんと小さく愛らしい辞典。
 将又、子供の学習用の辞典まで用途に合わせて、此の広い様で狭い世界から蒐集された辞典の品揃えを前にすると、眸が眩く想い。

 世界の『五文字』と『七文字』の言葉。
 美しい宝石に、魔法道具。
 魔女の描いた薬草の事、御伽噺の歴史。
 怪異ガイドに、かみさまの話。

 日暮れ迄たっぷりと時間を掛けて選び抜いたのは天気の言葉が詰まったもの。
 本を読む時により情景が想像し易くなるし、手紙に小洒落た言い回しが出来る様になるだろう、と思っての事だ。
 会計を済まし外に出れば烟る様な細い雨に、早速辞典を捲る。『煙雨』、『糸雨』と名前を識れば憂鬱な雨も愉しくなるから不思議な心地!
 『青梅雨』を浴びる蛙が『ゲコ』と鳴きながら帰路に着く彼女を見送っていた。
執筆:しらね葵

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