PandoraPartyProject

幕間

日日是好日

女性が大好き夏子ちゃんと
夏子が大好きタイムちゃんの
愛とか恋とか捻くれ曲がっちゃって
されどソレなりにかけがえのない大切な日々の情景


関連キャラクター:タイム

初夏の喫茶店にて
「ねぇ、夏子さん」
「何、タイムちゃん」
 躑躅の花が散り始めて、だんだん太陽が顔を出している時間が長引いてきた初夏の頃。
 涼しい風が窓から入ってくる喫茶店で、タイムと夏子は過ごしていた。
 カラン、と少し溶けた氷がグラスの中で動いて音を立てる。
 ミルクセーキをくるくるとストローでかき混ぜながら、タイムはむすりと膨れていた。
「さっきウエイトレスさんにデレデレしてたでしょ」
「ええ~? そうかなぁ? そうかもなぁ?」
「もう!」
 頭を掻きながらでへへと締まりのない顔をしている夏子の足先を軽く蹴る。
 痛くもない癖に「いてて」と大袈裟に足を擦っているのがちょっとだけ腹立たしい。
「だってね、タイムちゃん。綺麗な女性を口説くというのはもう男に生まれたからには最低限の礼儀でありまして」
「そんな礼儀聞いたことないわよ」
 呆れたように溜息を吐いた。このやり取りも一度や二度の事ではない。
 目の前の夏子という男が生粋の女好きで、よく破廉恥な妄想をしては笑みを浮かべるくらい助平なのはタイムもよく知っている。知ってはいるが。
「よりによって、私の目の前でするかしらね~、普通~!」
「つまり、目の前でなければ口説いても構わない……?」
「閃いた! みたいな顔しないでよ、もう!」
「ごめんごめん、冗談だよ」
「……」
「あ、あり? もしかしてぇ、俺信用されてない感じぃ~? 夏子傷ついちゃう~~」
「……」
「あ、待って、もしかしてマジで怒ってる?」
 おどけた態度から一転し、あわあわと慌てだした夏子があんまりにも可笑しいのでタイムは耐え切れず吹き出してしまった。
「ああっ、真剣に謝ってるのにぃ~!」
「ふふ、ごめんなさいね。でもちょっと怒ったのは本当よ?」
 ミルクセーキの優しい甘さにタイムは目を細める。

 だって、わたしはあなたのことが好きなんだもの。
 他の女の子に目を向けられて、ましてや口説くなんて。面白くないにも程がある。
 もっとも夏子の『好き』は全ての女性に等しく囁かれ与えられるもので。
 自分の『好き』は一人に捧げられるもので大きな違いがあるのだ。
 夏子がそれに気づくのはまだまだ屹度先の話。

(あーあ、何でこの人の事好きになっちゃったのかなあ)
 心の内のボヤキとは裏腹に、タイムは微笑みを浮かべていた。

「タイムちゃん?」
「ううん、何でもないわ。ねぇ、夏子さんこれ食べたいな」
「レディのお望みと在れば如何様にも。すみませ~ん」
 再度テーブルへ来たウエイトレスにメニューを指さしながら注文をする夏子の顔をタイムは眺めていた。
 相変わらずデレデレしていたので、さっきより強めに足先を蹴ってやった。 
執筆:
花言葉は一つじゃ無い
 雨がしとしと降る梅雨の一日。
 タイムと夏子は傘を差しながら雨に濡れる街を歩いていた。二人で他愛無い世間話に花を咲かせていると、夏子の足が突然止まる。釣られてタイムも足を止めた。

「夏子さん、どうかしたの?」
「いいモン見つけちった。タイムちゃん、ちょ~っと待ってて」
「うん」
 夏子の大きな背中を目で追いかけると、どうやら花屋に入った様だった。何の用事だろうと疑問に思いつつ、タイムが暫く水溜りに映る自分の顔と睨めっこしていると「ありがとうございました」と店員の明るい声が聞こえてきた。
 店から出てきた夏子はその腕には何か抱えている。
 
「タイムちゃんお待たせ~、はい、これどうぞ」
 にこにこと夏子がタイムに差し出したのはピンク色の紫陽花だった。
 この季節を象徴する美しい花はプレゼント用にラッピングされていた。タイムの為に買ってきたらしい。
「……ありがとう」
 しかし受け取ったタイムの顔は少し寂し気だった。それは雨の所為ではないだろう。
 ぱちくりと左目を瞬きさせた夏子が首を傾げる。
「あれぇ、タイムちゃん不満げ? もしかして紫陽花キライだった?」
「ううん、紫陽花は好きよ。とっても綺麗。綺麗だけど……」
 好きな男性に花を贈られて嬉しくない訳はない。
 思い付きしろ、自分を喜ばせようと選んでくれたのだ。その心遣いはとても嬉しい。
 まぁ、夏子はどの女性にでも花を贈りそうだが此処では一旦おいておいて。

(でも、紫陽花かぁ……)

 紫陽花の花言葉には有名なものがある。
『移り気』『浮気』
 色が時期や場所により変わる様からつけられたとされるこの花言葉は決していい意味ではない。
 タイムはソレを知っていたので内心複雑だった。
 美しい女性を見る度に鼻の下を伸ばす夏子に呆れることは多々あれど、この想いが移りゆくことなど無いというのに。
 夏子はもしかしたらこの事を知らなかったのかもしれない。気持ちは嬉しいが、と前置きしタイムは眉根を寄せる。
「夏子さん、あのね……紫陽花には」
「タイムちゃん、タイムちゃん」

 タイムに呼びかけるどこか楽しそうな夏子の声に釣られて顔を上げれば、ニンマリ顔が一つ。
「タイムちゃん、なんで紫陽花には白とか青とかあるなかで、ピンクのヤツにしたと思う?」
「えっ?」
 きょとんとするタイムの長い耳元に顔を寄せて夏子はぼそりと呟いた。
「ピンクの紫陽花の花言葉はね」
 ――元気な女性、強い愛情。
 ね、タイムちゃんにぴったりでしょ?

「それに色も可愛くてタイムちゃんによく似てるしね」
「かわっ」
 ぼんっと耳まで真っ赤に染まったタイムを見て「ああ、やっぱりぴったりだね」なんて夏子は笑った。
執筆:
朝は星を食べてしまった
 白み征く空が夜を食んだ。開け放った窓から吹き込んだ初夏の風は湿っぽい。この空気では髪は上手く纏まらないだろうか。
 瞼を押し上げて、朝と呼ぶにはまだ早すぎた空気をすうと飲み込んだ。呼気に混ざり込む草の香りは心地よい。早起きには三文の得と言うけれど、お得だった試しは最近合っただろうかとタイムは独り言ちてからドレッサーの前に立った。
 何となく、香りが心地よかったからと購入した化粧水に「良い香りだ」と褒められたくて少し奮発ヘアオイル。それから――視線を落としてから木箱に仕舞い込んだ星を象った髪飾り。

 ――いいじゃん、似合うと思うよ。粗品で貰ったんだよね。

 そんな彼のことを思い出してからタイムは「何よ、粗品って」と唇を尖らせた。何処かの店で貰ってきたと夏子が行った星が連なったヘアゴムは少し子供っぽいテイストであった。
 何処で貰ったのと聞けば彼は「んー」と何となく誤魔化したように笑う気がして、問い掛けないまま仕舞い込んだ。
 ノック数度の音の後、タイムは適当なカーディガンを肩に掛けて扉を開いた。黒狼隊で使用する屋敷の個人用居室は来客も忙しない為にこんな時間に誰だと問う事もしない。
「や」
「……おはよう?」
「いーや、今から寝るんだけどさ。タイムちゃんって星は好き?」
 突拍子もない、とタイムは唇を尖らせて――それから掌にころんと転がされた金平糖入りの瓶に眉を吊り上げた。
「また粗品?」と尖った声音に夏子は「お土産」と其れだけ返して目を眇めた。「疑った?」なんて、軽い言葉は何時も通り風に吹かれた羽のよう。
「だって、何時も粗品だって言うでしょう?」
「美味しそうだし可愛かったからさ、お土産」
 タイムは俯いてから「ありがとう」の五文字をやっとの事で紡いだ。それじゃあと扉を閉めようとして夏子の指先が髪を掬い上げたことに気付く。
「タイムちゃんの髪ってふわふわしてて美味しそうだよね。金平糖でデコレーションすると美味しそうだと思わない?」
「……どういう意味?」
「星の髪飾り、付けてみなよってこと。可愛いと思うよ。マジマジ」
 笑った彼にタイムは「気が向いたらね」と返してからドレッサーに跳ねるような足取りで向かった。
 ――ああなんて、乙女心は直ぐに踊ってしまうから! 粗品だって何だって朝が来れば都合が良いことだけ覚えて居られれば良いのだもの。
一足早い夏の訪れ
 ――みんみんみんみん。
 ――ジジッ! ジジジジジジッ!
 陽炎揺れるアスファルトに手を伸ばせば、じんわりと濡れている様にも見える。追いかけども追いつけぬ其れは幾ら掴んでも消えてしまう逃げ水であり、木陰の合間から顔を覗かせた蝉が此方を笑っているようだ。
「暑いねぇ〜。もう帰ろうかぁ〜」
「出かけようって言ったのは夏子さんじゃない」
 珍しく何処か行こうよなんて言うものだから張り切って着る物を選んだり、変な所は無いか姿見で念入りに見直したり、兎に角ぎりぎりまで粘って整えたのにこうだ。
「いやぁ、まさかこんな暑いと思ってなくてですね〜。ちょっと? かなり? 滅入っちゃって……」
 あぁ、分かっている。理解している。夏子はこういう男なんだと。だけど、それでもだ。
「楽しみにしてたんだもん……」
 幾ら月日を重ねていたとしても、この男からの誘いは特別で、甘い甘い呼び水で。
 他では味わえない蜜なのだ。
「あれあれ! ごめんて! そんな顔しないでさぁ〜。大丈夫大丈夫、冗談だから、さ! もうちょっと休憩したら、行こう行こう〜」
 思わず吹き出しそうになる笑みをなんとか抑えた自分を褒めてあげたい。ちょっとした冗談のつもりで拗ねてみたものの、思ったより慌てさせてしまったようだ。
「本当? 帰らない?」
「ほんとうだってっ、僕がタイムちゃんを悲しませる筈ないじゃないかぁ」
 これは本当。怒ったり拗ねたり忙しいタイムも此処は信じている。彼は優しい人だって知っている。それが自分だけにではない事に少し嫉妬してしまうのだけれど。
「ん……」
 見上げればきっと此方の顔を見て話しているのだろうが、今は少し恥ずかしい。幾年経とうが自分の女の部分を認識するのは何処か恥ずかしさがある。
「そう言えば何処に行くって聞いてなかったけど」
 誤魔化す様に話を振れば、夏子がふにゃっとした笑顔で乗ってくれる。
「もうすぐ夏でしょ? ほら、海と言えばわかるでしょ? ほらほら、あれっ、わからない? 買うものあるじゃん? 水ぎ……」
 先程の高鳴りは何処へやら、楽しそうに欲望を出す夏子にため息をつく。私を見てくれていると喜んでいる自分も大概ではあるが。
「さ、休憩は終わり! 行きましょ夏子さん!」
 答えない代わりに彼の手を取って先を進む。
「あっ、ちょっと待ってもう少し〜」
 ただ試されている女にはなりたくないから。
 貴方の手を自信持って取れる乙女でいたいのだ。
執筆:胡狼蛙
リフレイン

 ああそうだ、夏子さんがこれ好きって言ってたんだっけ。
 なんてふとした拍子に夏子を思い出してしまうのは、きっと心の何処かで無意識に夏子を探しているから。
 一人暮らし、好きなもので満ちた部屋、なのに何故か、なにか欠けていると思ってしまうのは、きっと一等お気に入りで大好きなものが此処には存在していないから。
(……あーあ! どうしたって思い出しちゃうのかしら。意識してないのになぁ、うーん!)
 テーブルで頬杖をついて、頭に浮かぶ彼を少しずつ消していく。つもりだったのに。
「……ん?」
 アデプトフォンはそれを許さない。
 設定変更し忘れたままの初期の着信音が鳴り響く。この音可愛いとかなんとか言っていたような。ああ、まただ!
「はい、もしもしっ。タイムです!」
「あ、起きてた~? タイムちゃん、今どこ? 暇?」
「夏子さん? 今は家だけど……晩御飯作ってたの。暇じゃないかも」
「お、ラッキー。まぁじゃあ一旦暇だと仮定しまして。今外出れる?」
「も~! 出れるけど。どうして?」
「ふっふっふ。なんででしょう!」
 肩と耳でアデプトフォンを挟んだまま、サンダルに履き替えて外に出る。そこには。
「あ、タイムちゃん。やっほ~」
「ええ?! 夏子さん?!」
 目の前と電話越しから聞こえてくるご機嫌な声に思わず声をあげて。はっと口元を覆う頃には、ご近所迷惑なんて言葉が蘇ってきた頃だ。
「新しい靴の履き慣らしに歩いてたら迷子になっちゃったので、ついでに会いに来てみました。タイムちゃんには悪いんだけどご飯食べに行かない?」
「ちょっと、ついでとか言わないでよ~!! えぇ、じゃあ食べていく? せっかく作ってたしなぁ」
「今日のメニューを拝聴したいところ」
「パスタだけど。夏子さんの好きな」
「……ごちそうになっても?」
「ふふ、もっちろ~ん」
 会えるとは思っていなかった。願ってもないナイスタイミング。
 もしもし神様、もしかして彼のことばかり考えているとうっかり会いに来てくれる魔法なんかかけちゃったりしてくれたんでしょうか。
 だとしたら貴方は天才です、ありがとう!
「まだ作りかけだけど待てる?」
「むむっ じゃあ手伝っちゃいましょうかね 腕の見せ所ってやつよ」
「さっすが夏子さ~ん! じゃあこっちきて。パスタ茹でるのお願い!」
「あいよ~」
執筆:
覚えていて欲しい、それだけなの
 ぐつぐつと沸騰するお湯に切り分けたブロッコリーと塩を入れて茹でる。
 蓮根と南瓜を素揚げし、油から上げて更に炒め火を通す。
 三分程置いたブロッコリーを一口齧ってみれば、柔らかい房と仄かに甘く程よい歯応えの茎が口内で混ざる。
「えぇと、ちょっと熱を取らないと」
 器に移して冷ましている内に、炒めた蓮根と南瓜に塩コショウと甘辛いたれで味付けを加えればシャキシャキ蓮根とほっこり南瓜の甘辛炒めの完成だ。
「……うん、こんなもの、かな……?」
 火と油を使ったキッチンの中はじっとりと熱が籠る。額に浮かび上がった汗が滴り落ちる前に腕で拭う。
 後ろで縛った髪は纏められ、ゆらゆら揺れる金色は馬の尻尾のようにしなやかに流動している。
 アルミ製のお弁当箱が二つ、タイムには大きいであろう物ともう一回り小さいサイズのそれに先程作った野菜達を敷き詰める。
「崩れないように、しなくちゃ」
 お箸でも取りやすいようにぎゅうぎゅう詰めにはせず、ふんわりと隙間を無くしていく。詰めている途中でハッと気づくと、脇に置いておいたアスパラの肉巻きを一口大に切り分け、二切れずつ余ったスペースに詰め込む。
 指に着いた醤油ソースを誰も居ないからと指で舐めとり、なんだかこそばゆい気分になって流水で洗い流す。誰の目も無い今、頬を紅くする必要も無いと分かっているのに、眼前のお弁当箱を通してからかわれている様で恥ずかしくなった。
 誰かに喜んで貰いたくて、美味しいと言って貰いたくて、笑顔を自分に向けたくて。
 彼の為と言いながら己の欲を満たしたいと理解している。
 好きだからわたしを見て欲しい。
 貴方が誰かに縛られる人では無いと分かっていても。
 迷いが心に靄を纏わせても、あなたがわたしの手を取ってくれれば|そんなの関係なくなるだと《共に迷ってくれるのだろうと》。
 野菜を中心としたメニューを考えたのも、夏子の出身を考えた時に慣れ親しんだ味を予想したもの。
 どこまでもずるい、彼を捕まえる為なら得手とは言えない料理だって頑張ってしまう。
 でも理解している、分かってしまう。美味しいと言われたのなら、こんな思考全て吹き飛んで嬉しくなってしまうのだと。
「お願いします……」
 どうか下さいな。
 あなたの美味しいをわたしに独り占めさせてください。

「あ、夏子さん! 今日の夜、ご飯食べていかない? ちょっと作りすぎちゃって……」
 嘘だ。ちゃんと二人分考えて作った。
「た、大したものじゃないよ? この間お弁当美味しいって言ってくれたから練習したの」
 嘘だ。これだけは自分でも記憶に無いはずなのに、誰かに習った覚えもないのに体が作り方を覚えていた。
「えぇと、シチュー……どう、かな?」
 意地悪だけど優しい彼は来てくれるだろう。言葉に出さない、自分でも気づかない想いをあなたに。
 ずっと忘れないで。
 わたしの味を。
 わたしのことを。
執筆:胡狼蛙
チョコレイトは熱で溶ける
 ――ハダカの私を、アナタで包んで。

 練達の繁華街、一人ショッピングを楽しむタイムは耳に飛び込んで来たキャッチコピーの大胆さに思わず顔を上げた。
 見上げたビルの大型ビジョンには、細く焼き上げられた生地がチョコレイトをゆるやかに纏っていく姿が流れている。
 砕かれたナッツ、雪のように降る粉砂糖で次々と彩られていくその様はまるで魔法をかけられドレスで着飾るシンデレラ。
 出来上がった菓子を男性の俳優が手に持ち、女性の口へ。そして、反対側を自分の口へ。
 見つめ合いながら両端から食べ進めると二人の距離はその分近づいていく。
 唇と唇が触れ合う瞬間、息を呑み見守ればビジョン一杯に映し出されたのはお菓子のパッケージ。
 どうやら新商品の広告らしい。
 しかも、今日が発売日。
 繰り返し流れる広告をタイムは齧り付く様に二巡、三巡は見ていただろうか。
 徐にくるりと踵を返す。
 行く先は勿論、お菓子屋さんだ。

「で、買ってきたお菓子がそれってワケね〜」
 無事手に入れた新商品の箱を両手に持ち、ふんすふんすと息巻きながら街頭宣伝の内容を説明するタイムに夏子は肩肘をつきながら苦笑する。
 夏子と言う男はいつだって軽薄だ。
 否、本人的には至って真面目なのだが、そう見られがちであると言うのが正しい。
 そんな中でもタイムにとって最も重要といえるのが彼の女性との付き合い方だろう。
 これまで幾度「よそ見をするのはやめてよ」と言っただろうか。
 それでも、そんな夏子の側にも変化はあるのだ。
 今までであればそんな会話は上手く丸め込みチョチョイのポーンで女性をベッドに誘っていた夏子だが、こうしてタイムの『如何に宣伝がドラマティックだったか』トークを大人しく聞いているのだって苦ではない。
 夏子とてタイムを悲しませたい訳ではないのだ。自分といる事で楽しそうにする彼女を見るのは、まんざらではない。
 夏子はそんな自分の変化を誤魔化す様に「ンッンー!」と咳払い一つするとタイムの持っていた菓子箱をひょい、とつまみ包装を開けて彼女の口に菓子を一本放り込む。
「タイムちゃん知ってる? 綺麗に着飾っても、さ? シンデレラの魔法って0時で解けちゃうらしいよ?」
 気付けば時刻は"丁度"魔法が解ける直前。
「それに毎度ご愛顧頂いて居るタイムちゃんもご存知の通り、ボクチャンあれこれトッピングするよりも……素材の味を大事にする方だからサ!」
 タイムの肩にすすす、と手を伸ばす夏子の目が菓子で突かれるまで、あと2秒。
 その後魔法が解けたのかどうかは、二人だけが知っている。
執筆:百万石
七夕のねがいごと

「何もこんな七夕の日まで、律儀に出て来る事ないのにねぇ。本当、嫌な怪異だよ」
 同行している旅人が、エネミースキャンを展開しながらげんなり顔で呻いた。
 再現性東京。怪異出現の情報を元にローレットは即席パーティを現地へ派遣した。
 タイムそのうちの一人だが、どうにも頭の中で一つの単語が引っかかる。

――七夕。

 豊穣で暮らしていれば、行事の名前くらいは耳にする。
 愛し合う織姫と彦星が、一年の中でたった一度、再会を許される日。
 国をまたいで恋仲にあるお貴族様だって、こんなにハードな遠距離恋愛はしないだろう。
 aPhoneみたいにSNSで繋がれる訳でもなく、手紙すら送れずに一年、ずっと会えない人の事を想い続けるなんて!
 もしも自分が織姫の立場なら、天の川の対岸をぼんやり見つめる日が続くに違いない。妄想の中で彦星が振り向いた。
 その顔はとても、夏子そっくりで。

(~~っ、だめ! 一年も放っておいたら夏子さん、ぜったい他の女の子に余所見しちゃうわ!)

「タイムさん、aPhone握りしめて、どうかしたの?」
「ぇ、あっ! な、なんでもないっ……かな!」
「もしかして、SNSで怪異の情報を調べてくれてた? そういえば最初の目撃情報、ネットの掲示板からだったらしいね」

 仲間の証言に助けられ、コクコクと頷き話題を逸らすタイム。
 危ないと密かにため息をついたのも束の間、今度は別の方から驚きの声が上がった。

「ねぇ! ネットに繋がってるはずなのに、掲示板に投稿できない!」
 これも怪異の仕業だろうか。スマホの表示に電波のマークはあるが、通じないと仲間達が口々に言う。
 タイムも慌ててaPhoneを操作し、SNSを立ち上げる。
 開いたのは夏子と二人だけのトークルーム。ここには短冊も笹の葉もないけれど、せっかくの七夕だから。
(いいよね。どうせ投稿できないなら、わがまま書いても許されるよね)

『会いたいです』

――届いて。
――届かないで。

 指先が震える。トン、と投稿ボタンを押して待つこと数秒。
 再投稿を促すマークが表示されるだけで、送られた様子はない。
 どっと疲れが押し寄せて、緊張していた事に気付く。
 いつ怪異に襲われるかも分からない状況だから、当然ではあるのだけれど……怪異よりもメッセージひとつに感情がぐちゃぐちゃになるなんて。

「――っ、タイムさん!」
「!!」

 仲間が叫ぶ。反射的にタイムは魔術の構成を脳内で編み出した。
 勇気を込めた光の奔流が周囲を薙ぎ、間近に迫った黒い影を打ち払う!
 一匹やられたのを皮切りに、複数の影が姿を現した。怪異だ!

「回復は任せてね。出来る限り支援します!」

 敵に包囲された不利な状態でも、タイムは勝利を確信する。
 モヤモヤした気持ちをぶつけられる相手が来たのだ。手加減する道理はない!


 最後の一撃で怪異が沈み、灰となって消え去る。
「あんなに大量の怪異、倒しきれるか不安だったけど…何とかなったね」
「タイムさんの回復が凄かったからじゃない?」
「そんな事ないよ。皆で力を合わせたから――」

 ピロン、と音がしたのは緊張の糸が切れた直前だった。
「良かった、ネットも回復してるね」
「さっきエラー出てた投稿もちゃんと反映されてる!」

「……え?」

 反 映 さ れ て る?

 呼吸が止まりそうになる。
 トークルームには通知がひとつ。お願いごとに既読がついて、彼の返事が――
執筆:芳董
わたしが灰になったら
 冷房なんてないラサの夜は暑く、じんわりと肌が汗ばんでくる。
 その汗を拭う時間さえ惜しく、酷く億劫だった。
 肌触りの良い濃紺のシルクは夜空の様で、縁取られた装飾は光を反射し煌めいている星の様で、どこかで読んだ熱砂の国の盗賊と姫の御伽噺の一幕の様な空間。
 非日常溢れるこの時を、夏子とタイムは愉しんでいた。

「ね、タイムちゃん。今どんな気分?」
 いつもより、低く甘く擦れた声で夏子は膝の上のタイムへ囁いた。
 擽ったそうに身を捩ったタイムは、自分を囲っている夏子の方を向いた。
「さぁ、どうかしらね?」
 いつもの微笑みが優しい陽光なら、今のタイムは月光の様に蠱惑的で妖艶な笑みを浮かべていた。
 タイムが振り返った際に肌に触れた金の髪に、今度は夏子が擽ったそうに目元を緩めた。
 
 本物よりずっと小さい夜の帳の中に、タイムと夏子は身を隠していた。
 普段は見せることのない、二人だけが知っている秘密の表情。
 それを誰にも見せたくなかった。

 互いが身を寄せれば唇と唇が触れてしまいそうな距離だった。
 けれど、なんだか勿体なくてこうして二人、炎に照らされ互いの顔を見つめあっている。
 
 ああ、熱帯夜とはよく言ったものだ。
 こんなにも暑くて、熱いのだから。
 決して気温だけの所為ではない。
 胸の奥で燻っていた火種が、この人といるだけで燃え上がって、この身を燃やし尽くしてしまいそうだから、こんなに暑くて、熱いのだ。

(わたし、どうなっちゃうのかしら)
 熱に浮かされて。
 溶けて、解けて、融けてしまって。
 境目も何もわからなくなって。
 朝日が昇る頃には、まっさらな灰になってしまうのだろうか。
 でも屹度、そんな姿になっても、きっとこの男は優しく丁寧に灰を掬い上げて。

「大好きだよ、タイムちゃん」

 なんて、平気な顔で言って掌の中の灰に口づけるのだろう。
 その言葉の儘に、恋や愛の詩(うた)を歌うこともしないで。
 風に舞いあがったそれを見送ったら、振り返ることもしないで前を向いて歩くのだ。

(あなたは、そういう人だものね)

「……タイムちゃん?」
「ふふ、ごめんなさいね、ちょっと考え事してたわ」
「酷いなぁ、こんな色男を放っておいて考え事なんて」
「ふふ、ごめんなさいね。……ねぇ、夏子さん」
「なぁに?」
「――なんでもないわ、呼んでみただけ」
 だから、絶対に教えてやらないのだ。
「えっ、何? 真面目に気になるんだけど……?」
「ふふ、教えてあげないわ」

 屹度、彼が恋愛という物を理解できるまでこの答えにはたどり着けない。

 わたしが灰になって、風に吹かれて彼に纏わりついて。
 あなたが一生私の事しか想えなくなればいいのにと思っているの、なんて。

 絶対に教えてやらないのだ。
執筆:

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