PandoraPartyProject

幕間

フラグメント・キャバルリー

関連キャラクター:バクルド・アルティア・ホルスウィング

英雄に憧れて。或いは、ここが地獄じゃあるまいし…。
●ここが地獄じゃあるまいし
 荒地がひたすらに続いていた。
 どこまでも終わりが無いように思えた。草木も無く、水も無く、ただ岩肌だけが続いていた。まるで、自分の行く末を土地そのものが暗示しているかのようだった。
 屍の山を乗り越えて、血で出来た河の上を歩いて。
 ここまで、長い旅をした。
 10人いた仲間は、1人、2人と息絶えた。気づけば自分は1人であった。
 血と泥に塗れ、荒れた手を見る。
 腕には幾つもの裂傷が刻まれていた。よくよく見れば、その傷は文字になっていた。人の名前だ。倒れて行った仲間たちの名前であった。
 消えない傷を刻んだのだ。決して、名前を忘れないように。名前だけでも、忘れないでいられるように。
 けれど、自分が死んでしまえば意味が無い。
 自分たちの存在を、生きた意味を、誰もが忘れてしまうだろう。誰もが知ることは無いだろう。
 意味が無いと分かっていながら、彼は何度も仲間の名前を口にした。
 恋しいのではない。
 忘れないためだ。
 飲まず食わずの旅を続けていくのもそろそろ限界だ。もはや、自分のためには生きる気力さえ湧かない。だから彼は仲間の名前を呼ぶのである。友の名を口にするのである。
 自分のためには生きられないから。
 仲間のために、生きているのだ。
 己たちの旅が無意味では無かったと、後世に……或いは、世界のどこかの誰かに伝えるためだけに、彼は生きているのである。
 前へ進んでいるのである。
 牛の歩みよりもなお遅い。足はもつれて、動かない。
 動かない足を引きずるようにして、前へ進んだ。這った方がマシだと思えるほどに遅い歩みであった。靴の爪先が破れ、剥き出しになった足の指から血が流れた。
 皮膚が削れ、爪が削れ、痛みなんてとっくの昔に感じなくなった。
 それでも、歩いた。
 歩かなければ死ぬからだ。
 歩いていても、いずれ死ぬだろう。だが、歩かなければすぐに死ぬ。背後から追って来るそれは、まさに“死”の具現化のような存在であるから。
 この世全ての不幸と不吉を煮詰めて作ったような、悪鬼羅刹のごとき存在であるからだ。
 そう言えば、以前にもこんなことがあった。
 朦朧とする意識の中、かつての出来事を思い出す。今から暫く前のことだ。今と同じように、死の淵に立った彼の前に……彼らの前に、彼女は突如として現れた。
 誇り高く旗を掲げ、彼女は……彼女たちは、彼の前に現れた。確か、名前を“騎兵隊”と言っただろうか。
 あぁ、今にして思えばあれはいい出来事だった。
 あれは素敵な体験だった。
 彼女たちと轡を並べ、戦った。誰もが死力を尽くして、死の淵から生還した。あの時の自分たちは、まさしく英雄であったと思う。
 あの男も、そう言ってくれた。
 傷だらけのスキットルに入った酒を、自分にひと口譲ってくれた。
 みすぼらしい男であった。みすぼらしく、傷だらけの男であった。そして、強い男であった。きっと名のある戦士であろう。名前を聞くのは忘れていたが、今でもそう思っている。
 ボロボロの身体を引き摺って、血と泥に塗れて、その男は戦った。
 で、あれば。
 ならば、自分も“そう”でありたいと願う。
 そうでありたいと願うのに、あぁ、どうして……身体はもう、動かない。目の前はどうして、こんなに真っ暗なのだろう。
 指の感覚が無い。
 足の感覚が無い。
 舌が動かない。言葉を紡ぐことも出来ない。
 身体の端から、感覚が消えていく。
 目も見えない。ただ、風の音だけがしていた。
「あぁ、違う」
 風の音に紛れて、金属の擦れる音がした。ガチャガチャと重たい音を鳴らして、何かが近づく足音がした。
 風に旗が揺れる音がした。
 それから、男の声がした。
 “生きろ”と、誰かが言った気がした。
 そうだ。生きなければいけない。
 ここが地獄じゃあるまいし。
 生きて、戦い、そして死ぬのが“英雄”の在り方なのだと思う。少なくとも、かつて出逢った“騎兵隊”という組織の誰かは、そんな風なことを言っていただろう。
 はて、あれは誰の言葉であったか。
 思い出せない。もしかしすると、そんなことを言った者などいないのかもしれない。
 けれど、しかし……。
「もう1度、騎兵隊が来てくれたのなら」
 倒れた仲間の意思を継ぐのが、自分だけだと言うのなら。
 轡を並べて、戦わねばならない。
 自分1人でも、最後まで戦わねばならない。
 だから立ち上がった。
 身体が揺れる。目が見えないのだから仕方ない。
 手を伸ばす。闇の中へ、虚空へ向かって手を伸ばす。
 その手を誰かが握った気がした。
 冷たい、鋼の腕だった。

執筆:病み月

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