PandoraPartyProject

幕間

ジル誕! in 2023

関連キャラクター:ジルーシャ・グレイ

馨香四葩の君を祝う

「もうすぐ誕生日なんだって?」
 唐突に雨泽に訊ねられ、瞬いたジルーシャは少し言葉を遅らせながらも「そうよ」と笑った。
「なぁに、お祝いでもしてくれるの?」
「話が早くて良いね。そういうこと」
 君だって祝ってくれたじゃない? と雨泽は告げるが、贈り物や祝う行為は対価を求めてすることではない。お返しが欲しそうにしてただろうかと、ジルーシャは少し気になって頬に手を当てた。
 けれど雨泽には『そういう』つもりは全然ないようだ。
「こんなに近いなら言ってよ。真ん中お誕生日会しよー! ってホテルの秋のスイーツビュッフェを予約できたのに」
 練達の希望ヶ浜辺りのホテルでよく行われるスイーツの祭典は、予約合戦がかなり早くから行われる。そのため、今日行こう来週行こうと思っても行けるものではない。その辺が不満らしくて眉を寄せた雨泽は、気持ちを切り替えた様子で両手の指先を合わせた。
「僕は贈り物選びにもすごく時間をかけてしまうタイプなんだ。だからさ、ご飯、奢らせてくれない?」
 今日のこれからの予定が無ければ、だけれど。
「ンフフ、勿論いいわよ。アンタが選ぶ店なら期待できちゃうわね♪」
「期待しすぎないくらい、の期待にしてね」
 そういえばお酒は呑めるよね? なんて話をしながら、ふたりは練達へと向かったのだった。

 行き先は、閑静なホテル内の中華料理店だった。
「僕は杏露酒とか桂花陳酒とか好きかなあ」
「どちらも香りも味も甘いお酒ね」
 杏露酒はアンズだし、桂花陳酒は金木犀。
 中華料理だから料理の味は濃いし油も多いけれど、その分お茶を楽しむのも良い。
「凍頂烏龍茶もいいし、鉄観音茶もいいね。黄金桂茶も金木犀。此処らへんは青茶だね。白茶なら僕は白牡丹(パイムータン)が好き」
「アンタってお茶も詳しいのね」
「まあ豊穣生まれだからね。君たちが『外』から来て開国してからは、外のお茶をたくさん試しているよ」
 茶葉には色がある。緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶と紅に近付くほど発酵度が高く、黒茶は微生物による発酵だ。
 メニューにずらりと並んだお茶の名前を指さして、料理と口にするのなら青茶かなぁと雨泽が告げていく。
「黒茶は……普洱茶(プーアールチャ)だね。白茶はデザートの時に僕は飲むかなぁ」
 ジルーシャがよく口にするようなハーブティーとはどれも違う。ハーブティーは得たい効能によってその日飲むものを決めるが、雨泽が飲むお茶はともにする料理へ合うかどうかで口にすることが多いらしい。
「どれも気になってきちゃうわね」
「ポットで来るから、気になるのを分けて飲んでいく?」
「嬉しい♪ ……けど、それだとアンタはお酒が飲めなくなるわよ?」
「今日はジルーシャへのお祝いなんだから君に合わせるよ。気にしてくれるのなら、また今度BARにでも付き合ってよ」
「フフ、勿論よ♪」
 まずはこれから行きましょうと気になるお茶名を指差せば、雨泽が給仕を呼んでお茶と料理を注文した。
 少し待てばお茶と料理――たくさんの点心がテーブルの上に並んだ。
「まずは鹹点心(シエンティエンシン)から。後から甜点心(ティエンティエンシン)も注文しようね」
 鹹点心が塩味のあるご飯系で、甜点心が甘いスイーツ系。
「小さいからと言って侮れないのよね」
「そうなんだよね、結構お腹が膨れちゃうと思うよ」
 眼前に並ぶは、餃子に焼売、小籠包に春巻き。丸い蒸し器と平皿の上に華やかに並んでいる。……ラーメンやチャーハンも鹹点心に入るが、流石の雨泽も量を考えてか注文しなかったようだ。
「僕のおすすめは蝦餃(ハーガオ)……エビの蒸し餃子と、この翡翠色の」
「ピンクに緑、いい色ね。エビのは……何だか金魚みたいね」
「うん、これは店によって可愛くアレンジするところも多いよ」
「アラ、プリンみたいなのもあるわね」
「それは豆腐花(トーファー)だね。触感はプリンよりもゼリーみたいな感じかなぁ」
「どれから食べようか悩んでしまうわ」
「それも点心の楽しみだよね」
 なんて話している間に、玻璃の茶器で花が開いた。
 色付いた液体を茶器へと注げば、華やかな香りがふうわりと広がって。
 綺麗と可愛いと美味しいに包まれて、ふたりは心ゆくまで飲茶を楽しんだのだった。
執筆:壱花
芳しい香りのあなた様へ
●أتمنّى لك كل السعادة بمناسبة عيد ميلادك.
「足を運ばせてしまって申し訳ありませんわ」
「アラ、いいのよそんなこと」
 顔を見た途端に眉を下げてアラーイスがそう口にしたものだから、ジルーシャは気にしないでと明るく笑った。
 イレギュラーズであるジルーシャは空中神殿を介して各国のローレット支部のポータルへと飛ぶことができるが、イレギュラーズではないアラーイスにはそれが出来ない。勿論ポータルから先の移動は常人を一緒だが、一瞬で遠く離れた異国への移動が叶うため『アシ』のある方が移動して当たり前だとジルーシャは思っている。
「イレギュラーズの皆様は本当に素敵ですわね」
 国と国との移動が出来ると知った時、アラーイスは神の御業かと思ったと正直に零した。常人からすれば、奇跡の領域だ。
「わたくしも移動が自由に出来れば良いのに」
「……アラーイスちゃん……」
 頭上の耳が垂れたから、ジルーシャはそっと気遣わしげに声を掛けた。
 だが。
「移動できれば販路が……もっと……」
 くぅっとアラーイスが悔しがる。
 如何に見目が愛らしかろうと、彼女は商売人なのである。悔しがる場所はそこなのかと、『らしい』と思える姿にジルーシャは小さく笑った。
「と、わたくしとしたことが。いけませんわね」
 先刻からシナモンを割り、カーダモンの種を砕いて……とアラーイスの手だけはせっせと動いている。煮立てたスパイスに茶葉を入れ、チャイが完成するとカップをジルーシャの前へと置いた。
「お口に合うとよろしいのですが」
「ありがと。以前頂いた時もとっても美味しかったわよ♪」
 にっこりと微笑み合い、茶器へと唇落とす。シナモンが上品に香り、カーダモンのすっとした爽やかさ、それから鼻から抜けるクローブのドライな香り。スパイスは直前に割ったり砕いた方が香りは格段に深くなる。それは香りに関わるふたりには当たり前のことで、時間や手間は増すが都度惜しまずにアラーイスはジルーシャをもてなしてくれていた。
 チャイを片手に歓談のひととき。最近の出来事等を話し、笑い、それからふと空気が緩んだ頃、アラーイスがジルーシャ様と彼の名を呼んだ。
「お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「手を?」
「ええ。正確には爪を」
 ふたりの間にあるテーブルの上に、アラーイスが小さな小箱を置いて。
「お誕生日と聞き及んでおります。おめでとうございます、ジルーシャ様」
 幼さの見える指先が器用に摘み上げるのは、ネイルポリッシュの愛らしい小瓶。
 ティル紫が閉じ込められたそれの色は濃く見えるが、パールが入ったそれは塗れば上品な光沢を放つのだとアラーイスは告げた。わたくしには少し大人びた感じになりますが、ジルーシャ様でしたらきっとお似合いになりますわ、と。
「折角ですもの、塗らせてくださいな」
 友人に「あなた様の指先を彩りたいのです」と告げられて、断る由などジルーシャにはない。
「勿論。可愛く飾ってちょうだいな♪」
 蕩けるように細められる金色に笑みを返し、ジルーシャは手を差し出した。

 指先に、彩りを。
 あなたの一年が、この彩りのように彩ある日々となりますように。
執筆:壱花

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