PandoraPartyProject

幕間

メイメイと。

関連キャラクター:メイメイ・ルー

愛らしい羊のあなた様へ
●عيد ميلاد سعيد
「まあ。メイメイ様は本日がお誕生日でしたの?」
 その日、偶然サンドバザールでアラーイスに遭遇したメイメイは、彼女に時間があればとお茶に誘われた。勿論メイメイはふたつ返事。アラーイスおすすめの店へと足を運ぶ最中、誕生日だからケーキをふたつ食べてもいいでしょうかという独り言のつもりであった呟きを、耳ざとく拾い上げたアラーイスが声を跳ねさせたのだ。
「めぇ。はい、実は……そうなのです」
「まあまあまあ、メイメイ様。それを早く仰ってくださいませ」
 日よけのヴェールを握りしめると、垂れがちな眦が持ち上がる。きりりとした顔でメイメイを見たアラーイスは「行き先を変えても良いでしょうか?」と聞いてきた。
「はい、大丈夫です。アラーイスさまのおすすめでしたら、わたしはどこでも楽しみです」
「……行き先はわたくしの店になるので、期待を裏切るようで恐縮ですが」
 折れる耳に、メイメイはぴぴぴと耳を震わせる。
「わたしはっ、アラーイスさまのお店、大好きです!」
「まあ、メイメイ様ったら。ありがとうございます。……メイメイ様が良い子すぎて、いつか狼さんにパックリと食べられてしまわないかと……心配になってしまいますわ」
「めぇ……?」
 何でもありませんわと微笑むアラーイスとともに、メイメイは彼女の店――以前も訪ったことのある香水店へと赴いた。

「少々お待ち下さいね」
 メイメイをモダンなタイル調のテーブルセットへ案内し、アラーイスは「メイメイ様にお茶を」と従業員に伝えて奥へ行く。
 すぐに温かに湯気立つチャイがメイメイの前に提供され、甘い香りと僅かなスパイスの香りを胸に吸い込みふうふうと冷ましていれば「お待たせしました」とアラーイスが戻ってきた。彼女が姿を消してから、そんなに時は経っていない。
「全然、待っていないです」
「おひとりにしてしまったことにはかわりませんわ」
 口をつけようとしていたカップをソーサーへと戻そうとするメイメイへ「自慢の茶葉とわたくし好みの味ですので、どうぞ温かい内にお飲みになって」と勧め、アラーイスはメイメイの向かいの席へとついた。
 手のひらサイズの箱をひとつテーブルへと置くと、メイメイがチャイを口にして美味しいと微笑み、ソーサーへ戻すのを見届けてからそっとメイメイへと『ﷺ』と刻まれた箱を押し出した。
「あの、こちらは……?」
「どうぞ開けてくださいませ」
 アラーイスと箱。双方へ幾度か視線を送り、そうしてそっと蓋を持ち上げる。
 中に収まっていたのは、小さめの可愛らしい香水瓶。
 蓋にはちょこんと仔羊らしき動物が座っている。
「これは……羊、でしょうか?
「ええ。ひと目見た時にメイメイ様のお顔が浮かんで、取っておいたのです。……こちらをお誕生日のプレゼントとしてお贈りしたいのですが、受け取ってくださいます?」
「えっ! あの、でも」
 誕生日だという話を零してしまったが、気を使わせたかったわけではない。そう思っていそうな慌てた表情に、アラーイスはにっこりと微笑んだ。
「他所の国のことには詳しくはありませんが、わたくしの育った環境では誕生日の方はその日の主役です。ですのにこんなに小さいので逆に申し訳ないくらいですが……受け取ってくださいます、よね?」
 お友達ですもの、お祝いしたいわ。ね、メイメイ様。
 他所の国の作法は知らないため無作法でしたらお恥ずかしいと頬に手を当て――しかしアラーイスは押しが強い。メイメイがいくら遠慮を重ねたって、きっと受け取るまで理由を足していくだけなのだろう。
 祝ってもらうつもりは無かった。けれども、お祝いしてくれようとする気持ちが嬉しくて、メイメイは素直に受け取ることにした。贈り物を受け取る時は、いつだって胸が春のようにあたたかい。
「……めぇ。お祝い、うれしい、です」
「ええ。お誕生日おめでとうございます、メイメイ様」
 箱を包むように両手で触れれば、アラーイスの蜜色の瞳が柔らかに咲う。
 その後は甘いチャイでおしゃべりに花を咲かせた。
 勿論、アラーイスおすすめの甘味店へはまたの機会にと約束をして。
執筆:壱花
影に咲く花
●可惜夜に
 はあ、と物憂げな溜め息が溢れた。
 こんなに美しい夜に溜め息を零すなど、吸血鬼(ヴァンピーア)失格だ。されど零さずにはいられない理由がいくつか、アラーイス・アル・ニールにはあったのだ。
 アラーイスはイレギュラーズに対し、幾つもの秘密を抱えている。己が吸血鬼であることを隠していることを始めに、幾つも、幾つも……指折り数えられる程に。
 本当は――悔しいことではあるが――さっさと姿をくらましてやるつもりだった。けれどアラーイスにはそれが出来ない理由があり、『仲良しごっこ』を続けることにした。
 隙があれば、食らってやるつもりでいた。
 イレギュラーズたちは吸血鬼から『月』を奪った敵なのだ。――それが女王の望みだと頭の片隅では理解しても、心の奥底には沸々と沸き立つ怒りもあった。
 幸いにしてアラーイスは老獪で腹芸は得意であったから、全てを笑みに隠すことができていた。女王を奪った憎い仇。いつかその寝首を掻いて――
 はあ、とまた溜め息が溢れた。それは僅かに艶めいた、少女らしい見目にあわぬもの。
 牙が抜かれていくような感覚を覚えていた。闇に生きる者として、よくないことだ。
「……メイメイ様」
 愛らしい、羊の娘。
 誰からも愛されていそうな、庇護欲をそそる娘。
 愛されたことのない『妾』へ友愛をくれる娘。
 彼女と過ごす時間はとても楽しい。味わったことのない『少女時代の楽しさ』を味わえる。何も知らず、幸せに、愛し愛されていたら、こんな生活を送っていたのだろうか、と。
 ――彼女以外、他にも幾つかの顔を思い浮かべた。
 彼女たちが笑って接してくれるのは、アラーイスがしたことを知らないからだ。仲良くなって、全てのタネを明かすつもりで居た。騙したのかと、苦しみ歪むその顔が見たかった。
(その、はずなのに)
 知ってしまったらきっと、今の関係には戻れない。
 知られることを、断罪されることを、アラーイスは恐れてしまった。
 ……けれどアラーイスには護らねばならないものがある。護れぬのなら、いっそのこと――。
「ひい様、『妾』はどうするのがよいのでございましょうや?」
 へりくだった一人称、それが吸血鬼としてのアラーイスの一面。
 最愛の月は、もう応えてはくれない。
「……メイメイ様は」
 愛らしく優しい、羊の娘。
 光の中で微笑んでいるのがお似合いの娘。
 彼女がいる陽だまりに、アラーイスの居場所はない。
「いつかわたくしを殺してくれるでしょうか」
 優しいあなたは、わたくしのために手を血に染めてくれますか?
 わたくしのために、涙を零してくださいますか?
 ねえ、メイメイ様。
執筆:壱花
食堂車の誘惑

「メイメイ様」
 呼び掛けられて振り向けば、『いつもと違う』アラーイスがそこにいた。
「アラーイスさま」
 装いも違うし、練達だからと耳と尾を変化で隠してしまっている。だから少しだけ知らない人のように思え、メイメイは少しどきりとした。被るクローシェ帽に合わせた色のレトロなワンピースは彼女によく似合っているけれど、メイメイの知る彼女はいつもラサの装いだったから。
「良ければわたくしと食堂車へ参りませんか?」
 けれどアラーイスは口を開けばいつもとかわらず、甘味を食べませんかと誘う甘い言葉。
 はいと返せば窓の外の星を溶かしたような瞳が穏やかに細められて、トンと一歩だけ跳ねるようにしてメイメイの隣へと並んだ。
「メイメイ様は『女学生さん』、ですか? よくお似合いですわ」
「めぇ。えへへ……ありがとうござい、ます。アラーイスさまは……」
 なんというのだろう。洋装ではあるが、『大正ロマン』というコンセプトに合わせた呼び方があるのだろうかとメイメイは首を傾げた。
「モガ、と言うのだそうです」
「モガ」
「コーヒーみたいですわよね」
 濁点を付けない、モカ。同じことを想像して、ふたりはくすくすと笑いながら食堂車へと向かった。

 ガタンゴトンと揺れる室内に、レストランみたいなテーブル。
 そして横を向けば大きな窓と暗闇にちかちか光るお星様。
 それが何だかとても不思議な心地がして、つい視線を向けていたら「メイメイ様」と呼ばれた。
「注文は決まりまして?」
 ショーの時間はそれなりに遅い時間でもあったから、少し背徳感がありますわよね。なんて言いながらも甘味のメニューを眺めていたアラーイスが問うた。
「わたしはプリンにします」
 実はもう、列車に乗る前から決めていたのだ。
「アラーイスさまは?」
「わたくしは珈琲のアフォガードを頂こうかと」
「……モガだから、です?」
「ふふ、バレてしまいました?」
 季節のフルーツが贅沢に乗ったプリン・ア・ラ・モードにしようかとも悩んだけれど、先刻のやり取りでアラーイスの気持ちはアフォガードへと傾いてしまったのだ。
 くすくすとまた少女らしい笑みが重なって、注文した甘味が届くまでもあっという間。
 メイメイの前に置かれたプリン・ア・ラ・モードには無花果とシャインマスカットがキラキラと輝くように愛らしく、アラーイスの前に置かれたアフォガードはバニラアイスが白くキラキラと輝いて。添えられている熱い珈琲をとろりと掛けるのを、メイメイはつい見守ってしまった。
「先に口にされてよろしかったのに」
「いえ、……あの。いっしょに『おいしい』を言いたくて……」
「あら」
 最初の一口目が同じタイミングだと、その瞬間の『美味しい』もきっと同じタイミングだ。
「メイメイ様は本当に愛らしいことを仰られますわね」
 メイメイは子供っぽかっただろうかと恥ずかしくなるが、アラーイスの言葉が好意に溢れていると感じていた。
「では、お待たせいたしました」
「はい、では」
 ――いただきます。
 同じタイミングでスプーンを動かして、同じタイミングで口へと運ぶ。
 そうして一緒に表情をほころばせ、少女たちはおいしいとともに笑い合うのだった。
 ああなんて、幸福なひとときなのでしょう。
執筆:壱花
雪と空

 揃いの外套を買ったその日の帰り道。
 メイメイがラサへと到着した時から重たげだった鈍色の空から、ついに白雪が零れ落ちてきた。
「あ……」
「雪、ですわね」
 チラチラと舞い始めた雪を見上げたメイメイに気がついて、アラーイスも見上げた。何気なくかざした手に偶然舞い降りた雪は、あっという間に溶けて消えていく。
 風邪をひいてしまう前に室内へ入りましょうとお茶へと誘ったアラーイスが、こちらですわと最近見つけた店へと先導しながらフフッと小さく笑った。
「雪はメイメイ様に似ていますわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。ふわふわしていますもの」
「飛んではいきません、よ?」
「飛んでいっては困ります」
 いっしょに居てくださると約束してくれたでしょう?
 わざわざ膨らまされた頬に「はい、いっしょにいます」とくすくすと楽しげに笑いながら返せば、「よろしい」なんて大仰な仕草が返って。またふたり、顔を寄せ合い笑い合う。
「積もったら、『雪ひつじ』でも作りましょうか」
「めぇ。……羊は難しくありません?」
「そうですわね……角の入手が一番難しそうです。でも細い枝をリースのように丸くしてワイヤー等で縛って固定すれば……」
 真剣に悩み始めた小さな友人の姿を、メイメイは瞳を細めて見守る。最近になってアラーイスは以前よりも色んな姿を見せてくれるようになった。どこか大人びた微笑を浮かべるだけでなく、はにかんだり真剣な表情で悩んだり――その変化がメイメイは純粋に嬉しかった。
「作ったら、見せてください、ね」
「あら。いっしょに作ってはくださらないの?」
「わたしは『雪おおかみ』を作るのに忙しかも、です」
「でしたらどちらが上手に作れるか勝負となりますわね」
「ふふ、望むところです」
 楽しみですねと微笑み合い、時折手のひらを掲げて雪に触れて。
 そうしてアラーイスおすすめの店へとたどり着き、外套についた雪を払った頃。ふとアラーイスが顔を上げてメイメイを見た。
「そういえば、メイメイ様」
「なんでしょう、アラーイスさま」
「わたくし、太陽を克服したみたいなんです」
「え、」
 どう考えたって、そういえばと思い出したかのように話す内容ではない。
 固まったメイメイから驚きの声が上がるまで、あと3秒――。
執筆:壱花
花びらをあなたと

 ――ねえメイメイ様、わたくしお願いごとがありますの。
 メイメイの友人は何かしてほしいことがある時、大抵そんな風に呼びかける。両手の指を組み、蜂蜜色がキラキラとメイメイを見上げ、『お願い』のポーズも欠かさない。……きっとこうすればメイメイは首を縦に振ると解っていてそうしているのであろうことをメイメイとて解っている。解ってはいるが……大抵は可愛らしい簡単なお願いごとであるし、少し難しいものだとしてもメイメイがちょっと恥ずかしいのを我慢したりする程度の、無理な願いごとはせず、押せば折れてくれそうなものばかり。
 だからメイメイは此度も首を縦に振った。
 ――はい、アラーイスさま。豊穣でお菓子を買ってくれば良いのですね。わかりました。
 ラサから豊穣は遠くて、アラーイスは行ったことがないそうだ。けれども豊穣のことをメイメイがよく口にするから興味を持ってもらえたのだと、嬉しくて。
「アラーイスさま、このお餅でよかった、ですか」
「まあ。本当にお早い。そう、そう。ええ、きっとこれです」
 では行ってきますねと出ていったメイメイが一時間もしない内に戻ってきたものだから、アラーイスがすごいと手を合わせて瞳を輝かせた。そんな反応が少し微笑ましく、そしてくすぐったくて。メイメイははにかみながら花弁めいた甘味をテーブルへと載せ、アラーイスが可愛らしい皿に餅を移した。
「豊穣では新年にこのお菓子を頂くのだと聞いて、メイメイ様と食べたいと思いましたの」
「桃色の花弁のようで可愛いから、でしょうか?」
 アラーイスの持ち物は桃色のものが多いため、好きな色なのだと思っているメイメイはくすくすと笑った。
 けれどもアラーイスは、ふるりとウェーブかかった髪を揺らす。
「豊穣の食べ物には意味や願いを籠められたものが多いそうですね?」
「はい。おせちとか、そう、ですね」
「これは長寿を願うお菓子なのだそうです」
「アラーイスさま……」
 メイメイは牛蒡の覗く花弁めいた薄紅色の求肥と、眼前の少女とを交互に見た。彼女は眩しいものを見つめるように微笑んでいた。
 アラーイスは、吸血鬼(ヴァンピーア)だ。
 そしてその種は長命種なのだ。
「ねえメイメイ様」
 アラーイスは『お願いの言葉』を唱えた。
「長生き、してくださいませ」
 ね、と微笑んだアラーイスは頂きましょうとメイメイを促し、花びら餅へと黒文字を刺した。

 ずっと側にいてくれると言ったのだから、早くにわたくしを置いて逝かないでください。
 ねえ、メイメイ様?
執筆:壱花
陽に咲初めた花
●独白
 想いが実ったのだと、イードルホッブであなたが教えてくださった。
 お揃いのブレスレットを作ろうと石を選んでいるその時でした。恥ずかしげに何かを告げようとしてくださっているあなたはとても愛らしくて、何でも聞こうと頭上の耳を傾けていたわたくしへ届いた言葉。その威力がどれほどのものだったか、きっとあなたは存じ得ない。わたくしの目からは勝手に涙が溢れていて……さぞあなたを驚かせてしまったことでしょう。
 周囲の音が遠ざかって、あなたしか見えなくなりました。息をするのも忘れてしまいそうになりながら、何とか言葉を紡ぎました。「おめでとう」の言葉をちゃんと伝えられていたのか、わかりません。けれどあなたが抱きしめてくれたから、きっとわたくしの気持ちは正しく伝わったのでしょう。
 大好きです、メイメイ様。あなたがお友達になってくださって、わたくしはこんなにも幸せなのに、それ以上の幸せを頂けるだなんてわたくしは知りませんでした。
 ……でもわたくし、わたくしの涙をあなたがこっそりとブレスレットに仕込んでいたことは見ておりましたから、ね? まったく、メイメイ様ったら。見る度にわたくしが恥ずかしくなるからやめてほしいですわ。……けれどわたくしの涙がメイメイ様にとっての『美しいもの』であるのは、とても嬉しく思います。





 家族を奪われた。
 名前を奪われた。
 自由を奪われた。
 人権を奪われた。
 尊厳を奪われた。
 ああ、なんて。なんて人は醜い生き物なのだろう。
 皮の中に詰まった血と肉と欲。幼い娘に下卑た笑みを向ける男たち。自分はそれ以下の存在なのだと知らしめられる度に心が死んで、ついには何も感じなくなった。
 それがわたくしの一度目の死。

 死ぬことすら許されず、ただ言いなりになって生命活動だけを続ける日々。
 光さす場所には決して行けず、浮上する思考は『どうすれば暴力を回避出来るか』、ただそれだけ。媚びて、縋って、決して抗う意思を見せず、言いなりになって、ただ、ただ、ただ――この命が尽きて暗闇で休める時を願った。
 一度死んで空っぽな『私』も、死を願った。けれどそれは許されない。奴隷印を焼き付けられた者は『物』で、物には感情も思考もいらない。
 ずっとずっと、ずっと、ただ死を望む。楽になれる日を、開放される日をひたすらに望む日々だけが無意味に続いていく。
 その苦しみに満ちた世界に、ある日、あの方が現れた。あの方は容易く『私』を苦しめていた男をただの肉塊にし、美しく微笑んだ。今まで見た誰よりも美しいその笑顔を見て、生から開放される。
 そう思っていたのに、あの方は救ってくださった。
 ただのか弱い獣種の女から、あの方は生まれ変わらせてくださった。
 それがわたくしの二度目の死。

 強さを得たわたくしは血を糧とせねばならなかった。太陽も不快で……でも、『私』は陽の光など浴びれぬ場所に押し込められていたから、何も変わらない。
 子供を拾った。わたくしと同じ、哀れな娘。ひとり、ふたり、さんにん、よにん。力なき女子供を拾っては新しい生を与えた。生きる術を教え、与え――今度はヒトに虐げられない生を歩めるように。
 拠点を夢の都とし、上手く潜んで生きてきたと思う。騒ぎとなった時も見つからず、『王宮』からの命令どおり手引をし、鍋をかき混ぜるように騒がせ、娘たちにも好きなように振る舞わせた。ある者は騒ぎに乗じて憎い男を殺したようだ。ある者は愛を求めて動いたようだ。
 三度目の生は上手くいっていた。押し込められ虐げられてきたわたくしたちは――相変わらず日陰者だけれども、それでも今までよりも自由を得ていた。
 そんな折に、あの方が身罷られた。
 絶望した。後を追おうとした。
 けれども『月』を奪った者たちをそのままにしておけるだろうか。それがあの方の望みだと頭の片隅では理解していても、この悲しみと憎しみをぶつける受け皿がほしかった。
 幸いにもわたくしの動きはは知られてなかったから、『仲良しごっこ』は容易であった。
 それなのに今では全てが変わってしまった。

 ――いつかわたくしを殺してくれるでしょうか。
 優しいあなたは、わたくしのために手を血に染めてくれますか?
 わたくしのために、涙を零してくださいますか?

 その時がわたくしの三度目の死――と、なるはずだった。
 あなたは、わたくしを受け止めてくださった。
 手を握って、生きて欲しいと願ってくださった。
 暗がりを生きるしか無かったわたくしには太陽(ひかり)が与えられ、あなたという眩しい笑顔(ひかり)も得た。
 幼い頃に絶たれてしまった楽しみを、成長したあなたとともに行う喜び。これがどれほどわたくしが嬉しいか、あなたは知らないでしょう?
 わたくしの三度目の生はこれまでと変わらないはずだったのに――こんなにも幸せで良いのだろうかと思えるものとなった。





 長生きをして欲しいと、わたくしはあなたに願いました。
 一緒に居てくれると言ってくれたけれど、寿命差のせいで……あなたは必ずわたくしを置いていきます。ですがあなたの恋が実って――いずれ子を授かるならば、わたくしはあなたが残したあなたにどこか似た子たちを見守っていくことが叶います。
 あの時弾けたわたくしの喜びは、そういう類のものでした。
 わたくしは本当に、自分のことばかり。あなたが報われたのもとても嬉しくて幸福なのに、その先の先に自分の幸福も見ているのです。
 あなたに幸せになってほしい。
 そしてわたくしを幸せにしてほしい。
 あなたの幸せが、今のわたくしの希望なのです。

●開戦
「それじゃあ、アタシは行くね」
 気付けばジッとブレスレットに視線を落としてしまっていたアラーイスは、サマーァの声でハッと顔を上げた。
「アラーイスも気をつけて」
「ええ。わたくしたちもわたくしたちの出来る戦いをしましょう」
 商人ではあるが情報屋のサマーァは、ローレットで。
 夢の都に住まう商人のアラーイスは、商人仲間たちと声掛けあい、戦いに赴く者たちへの物資や食料の支援を。
 そしてイレギュラーズたち冒険者たちは――
(……メイメイ様)
 ラサの南部砂漠地帯『コンシレラ』。更にその西方――影の領域。アラーイスの大切な友人は、そこへ赴くのだろう。
(出立前に会わなくて良かったです)
 きっと顔を見ていたら両手を握って縋り、「いかないで」と我が儘を言ってしまっていたと思う。そうしていたらメイメイは困ったことだろう。けれどもあの娘は真っ直ぐに瞳を覗き込み、優しい紫色を細めて「必ず帰ってきます」と告げてくる娘だ。どんなにアラーイスが我が儘を言ったって、こればかりは止められない。
(――無事に帰ってきてくださらないと、わたくし泣いちゃいますから)
 苦しい時に救ってくれなかった神様なんて存在になんて祈りはしないから、アラーイスはただメイメイの無事を祈った。
 長生きをして欲しいとお願いをした。
 生涯の幸せを願っている。
 だから、どうか。
(どうか。どうか、ご無事で)
執筆:壱花
背伸びはヒールの高さまで

 10月の終わりの日。その日から、混沌世界には不思議な魔法がかかる。
 古い、古い御伽噺(フェアリーテイル)に謳われる、不思議な不思議な魔法。
 その夜から凡そ3日間、人々は『なりたい』姿になれるのだ。
 故にその3日間の1日。2日目でも3日目でもいいので空いていますかしら? とアラーイスはメイメイへ手紙を送っていた。恋仲となった御仁と過ごすのは解っている。けれども仕事が忙しい人のようでもあるし、3日間ずぅっとメイメイを独占する訳では無いはずだ、と踏んで。
「……めぇ」
 そうして訪れたファントムナイトの何れかの日。メイメイは少し困ったような声を零した。アラーイスからの手紙にはこう記されていたのだ。『サプライズがしたいので、わたくしが良いと言うまで目を閉じてお待ち下さい』と。勿論、待ち合わせ場所の場所は安全面のためにもアラーイスの店の客間だ。サラ特有の砂っぽさはないし、ふわりと品よく香りは甘く、ソファもクッションもふかふか。目を閉じていても困りはしないのだが――メイメイの世話を頼まれたのであろう使用人たちに困っていた。彼等は目を閉じているメイメイのためにお菓子を口元へと運んでくれたり、飲み物も添えてくれたりとする。それがどうにもメイメイの肩身を狭くしていた。
 シャラ、と音がなった。美しい珠を連ねた珠暖簾が動いたということはアラーイスが来たのだろうか。メイメイが瞳を開けないように気をつけながら顎を上向ければ、つ、と顎に指がかかった。
「メイメイ様は本当に良い子ですのね。お待たせして申し訳ありません。もう開けても大丈夫ですわ」
「こんにちは、アラーイスさ――」
「ごきげんよう、メイメイ様」
 素直に瞳を開けて、さあどんなお姿を! と思ったメイメイが目をパチクリとして固まった。その姿が面白かったのか、サプライズ成功ですわとアラーイスがくすくすと咲う。
「アラーイスさま、そのお姿は……」
「メイメイ様、こちらへ来て」
 ソファに腰掛けたメイメイの手を引いて立ち上がらせると、アラーイスは姿見の前までメイメイをつれていく。
「見て下さいな、ほら。こうして映るとわたくしたち、姉妹のようでしょう?」
 アラーイスの頭上には三角の耳がなく、腰にはふかふかの尻尾もない。代わりにあるのはメイメイとお揃いの尾と尻尾、それから角。肉食獣の爪も吸血鬼の牙も持たない、草食動物の特徴のみ。
 そして――
「アラーイスさまも、大人に……?」
「わたくしは普段から大人ですわよ?」
「そうですけれど、そうではなくて、あの」
 ええ、とアラーイスが『同じ高さの瞳』を柔らかに細める。瞳孔も、メイメイと同じように横たわっていた。
「わたくし、『大人のわたくし』は嫌いですけれど……『メイメイ様と同じわたくし』は悪くないと思いましたの」
 羊の少女の成長した姿を初めて見た時『いいな』と思ったことを告げるアラーイスは、半分の本当で残りの半分を隠す。本当は置いていかれたようで少しだけ寂しさを覚えた自身に気付いていても、決して口にはしない。あれは祝福すべきことで、それ以外を外野が何かを思うことではないのだから。
「以前、『双子コーデ』をしたのをおぼえていらっしゃいますか?」
「勿論です、アラーイスさま。あっ、今日はもしかして」
「はい。メイメイ様がよろしければ、わたくしはこの姿でそうしたいのですわ」
 同じコーデの衣服を纏えば、同じ羊の特徴と同じ身長のふたりは本当の姉妹のように見えることだろう。
 ダメ? と伺うようにアラーイスに首を傾げられると、メイメイは大抵のことはOKしてしまう自覚があった。でも友人が自分との時間とともに楽しくいたいという要望を断ることなどできようか。
「ええ、アラーイスさま。どんなお揃いにしましょうか?」
「ありがとうございます、メイメイ様。言質をいただきましたわ」
「え?」
 言うが早いか、アラーイスが高らかに二度手を叩いた。
 それを合図に室内へ大勢の人がなだれ込んでくる。手には絹織物や繊細なレース、キラキラ輝く宝飾にシャラリと鳴る装飾のついた薄絹たち。
「……えっ?」
 メイメイが驚いている間にも出入りを繰り返し、あっという間にメイメイの眼前にはたくさんの衣装や装飾がこれでもかと用意された。
「あの、アラーイスさま?」
「わたくし、この姿を他の人に見られたくありませんの」
 吸血鬼になる前のことを思い出すのですとアラーイスが悲しげに眉を下げた。今にも涙が零れそうな表情だったから、メイメイは心配になる。
「ですから今日は商人たちを呼びましたの。不都合でしたでしょうか?」
「いいえ、そんなことは……。でもアラーイスさま、もしかして、これは」
「メイメイ様は聡明でいらっしゃって、たすかります」
 悲しげな表情は一転。きりと上がった眉に、上機嫌に輝く瞳が笑みをたたえて細められる。勿論、気になった衣装は全て試す気である。コレ! と決まるまで着せ替え人形となるのか、それともそこで終わってくれるのかはわからない。
 けれども間近でアラーイスが――メイメイと同じ羊の姿と見た目年齢を望んだアラーイスが、お揃いにしたいと望んでいるのだ。
「お揃いになってくださるのでしょう?」
 楽しげな友人の姿に、メイメイも覚悟を決めたのだった。
 ――来年は先にメイメイが衣装を用意しておくのも手かもしれない、と思いながら。
執筆:壱花

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