幕間
メイメイと。
メイメイと。
関連キャラクター:メイメイ・ルー
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- 愛らしい羊のあなた様へ
- ●عيد ميلاد سعيد
「まあ。メイメイ様は本日がお誕生日でしたの?」
その日、偶然サンドバザールでアラーイスに遭遇したメイメイは、彼女に時間があればとお茶に誘われた。勿論メイメイはふたつ返事。アラーイスおすすめの店へと足を運ぶ最中、誕生日だからケーキをふたつ食べてもいいでしょうかという独り言のつもりであった呟きを、耳ざとく拾い上げたアラーイスが声を跳ねさせたのだ。
「めぇ。はい、実は……そうなのです」
「まあまあまあ、メイメイ様。それを早く仰ってくださいませ」
日よけのヴェールを握りしめると、垂れがちな眦が持ち上がる。きりりとした顔でメイメイを見たアラーイスは「行き先を変えても良いでしょうか?」と聞いてきた。
「はい、大丈夫です。アラーイスさまのおすすめでしたら、わたしはどこでも楽しみです」
「……行き先はわたくしの店になるので、期待を裏切るようで恐縮ですが」
折れる耳に、メイメイはぴぴぴと耳を震わせる。
「わたしはっ、アラーイスさまのお店、大好きです!」
「まあ、メイメイ様ったら。ありがとうございます。……メイメイ様が良い子すぎて、いつか狼さんにパックリと食べられてしまわないかと……心配になってしまいますわ」
「めぇ……?」
何でもありませんわと微笑むアラーイスとともに、メイメイは彼女の店――以前も訪ったことのある香水店へと赴いた。
「少々お待ち下さいね」
メイメイをモダンなタイル調のテーブルセットへ案内し、アラーイスは「メイメイ様にお茶を」と従業員に伝えて奥へ行く。
すぐに温かに湯気立つチャイがメイメイの前に提供され、甘い香りと僅かなスパイスの香りを胸に吸い込みふうふうと冷ましていれば「お待たせしました」とアラーイスが戻ってきた。彼女が姿を消してから、そんなに時は経っていない。
「全然、待っていないです」
「おひとりにしてしまったことにはかわりませんわ」
口をつけようとしていたカップをソーサーへと戻そうとするメイメイへ「自慢の茶葉とわたくし好みの味ですので、どうぞ温かい内にお飲みになって」と勧め、アラーイスはメイメイの向かいの席へとついた。
手のひらサイズの箱をひとつテーブルへと置くと、メイメイがチャイを口にして美味しいと微笑み、ソーサーへ戻すのを見届けてからそっとメイメイへと『ﷺ』と刻まれた箱を押し出した。
「あの、こちらは……?」
「どうぞ開けてくださいませ」
アラーイスと箱。双方へ幾度か視線を送り、そうしてそっと蓋を持ち上げる。
中に収まっていたのは、小さめの可愛らしい香水瓶。
蓋にはちょこんと仔羊らしき動物が座っている。
「これは……羊、でしょうか?
「ええ。ひと目見た時にメイメイ様のお顔が浮かんで、取っておいたのです。……こちらをお誕生日のプレゼントとしてお贈りしたいのですが、受け取ってくださいます?」
「えっ! あの、でも」
誕生日だという話を零してしまったが、気を使わせたかったわけではない。そう思っていそうな慌てた表情に、アラーイスはにっこりと微笑んだ。
「他所の国のことには詳しくはありませんが、わたくしの育った環境では誕生日の方はその日の主役です。ですのにこんなに小さいので逆に申し訳ないくらいですが……受け取ってくださいます、よね?」
お友達ですもの、お祝いしたいわ。ね、メイメイ様。
他所の国の作法は知らないため無作法でしたらお恥ずかしいと頬に手を当て――しかしアラーイスは押しが強い。メイメイがいくら遠慮を重ねたって、きっと受け取るまで理由を足していくだけなのだろう。
祝ってもらうつもりは無かった。けれども、お祝いしてくれようとする気持ちが嬉しくて、メイメイは素直に受け取ることにした。贈り物を受け取る時は、いつだって胸が春のようにあたたかい。
「……めぇ。お祝い、うれしい、です」
「ええ。お誕生日おめでとうございます、メイメイ様」
箱を包むように両手で触れれば、アラーイスの蜜色の瞳が柔らかに咲う。
その後は甘いチャイでおしゃべりに花を咲かせた。
勿論、アラーイスおすすめの甘味店へはまたの機会にと約束をして。 - 執筆:壱花
- 雪と空
- ●
揃いの外套を買ったその日の帰り道。
メイメイがラサへと到着した時から重たげだった鈍色の空から、ついに白雪が零れ落ちてきた。
「あ……」
「雪、ですわね」
チラチラと舞い始めた雪を見上げたメイメイに気がついて、アラーイスも見上げた。何気なくかざした手に偶然舞い降りた雪は、あっという間に溶けて消えていく。
風邪をひいてしまう前に室内へ入りましょうとお茶へと誘ったアラーイスが、こちらですわと最近見つけた店へと先導しながらフフッと小さく笑った。
「雪はメイメイ様に似ていますわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。ふわふわしていますもの」
「飛んではいきません、よ?」
「飛んでいっては困ります」
いっしょに居てくださると約束してくれたでしょう?
わざわざ膨らまされた頬に「はい、いっしょにいます」とくすくすと楽しげに笑いながら返せば、「よろしい」なんて大仰な仕草が返って。またふたり、顔を寄せ合い笑い合う。
「積もったら、『雪ひつじ』でも作りましょうか」
「めぇ。……羊は難しくありません?」
「そうですわね……角の入手が一番難しそうです。でも細い枝をリースのように丸くしてワイヤー等で縛って固定すれば……」
真剣に悩み始めた小さな友人の姿を、メイメイは瞳を細めて見守る。最近になってアラーイスは以前よりも色んな姿を見せてくれるようになった。どこか大人びた微笑を浮かべるだけでなく、はにかんだり真剣な表情で悩んだり――その変化がメイメイは純粋に嬉しかった。
「作ったら、見せてください、ね」
「あら。いっしょに作ってはくださらないの?」
「わたしは『雪おおかみ』を作るのに忙しかも、です」
「でしたらどちらが上手に作れるか勝負となりますわね」
「ふふ、望むところです」
楽しみですねと微笑み合い、時折手のひらを掲げて雪に触れて。
そうしてアラーイスおすすめの店へとたどり着き、外套についた雪を払った頃。ふとアラーイスが顔を上げてメイメイを見た。
「そういえば、メイメイ様」
「なんでしょう、アラーイスさま」
「わたくし、太陽を克服したみたいなんです」
「え、」
どう考えたって、そういえばと思い出したかのように話す内容ではない。
固まったメイメイから驚きの声が上がるまで、あと3秒――。 - 執筆:壱花
- 花びらをあなたと
- ●
――ねえメイメイ様、わたくしお願いごとがありますの。
メイメイの友人は何かしてほしいことがある時、大抵そんな風に呼びかける。両手の指を組み、蜂蜜色がキラキラとメイメイを見上げ、『お願い』のポーズも欠かさない。……きっとこうすればメイメイは首を縦に振ると解っていてそうしているのであろうことをメイメイとて解っている。解ってはいるが……大抵は可愛らしい簡単なお願いごとであるし、少し難しいものだとしてもメイメイがちょっと恥ずかしいのを我慢したりする程度の、無理な願いごとはせず、押せば折れてくれそうなものばかり。
だからメイメイは此度も首を縦に振った。
――はい、アラーイスさま。豊穣でお菓子を買ってくれば良いのですね。わかりました。
ラサから豊穣は遠くて、アラーイスは行ったことがないそうだ。けれども豊穣のことをメイメイがよく口にするから興味を持ってもらえたのだと、嬉しくて。
「アラーイスさま、このお餅でよかった、ですか」
「まあ。本当にお早い。そう、そう。ええ、きっとこれです」
では行ってきますねと出ていったメイメイが一時間もしない内に戻ってきたものだから、アラーイスがすごいと手を合わせて瞳を輝かせた。そんな反応が少し微笑ましく、そしてくすぐったくて。メイメイははにかみながら花弁めいた甘味をテーブルへと載せ、アラーイスが可愛らしい皿に餅を移した。
「豊穣では新年にこのお菓子を頂くのだと聞いて、メイメイ様と食べたいと思いましたの」
「桃色の花弁のようで可愛いから、でしょうか?」
アラーイスの持ち物は桃色のものが多いため、好きな色なのだと思っているメイメイはくすくすと笑った。
けれどもアラーイスは、ふるりとウェーブかかった髪を揺らす。
「豊穣の食べ物には意味や願いを籠められたものが多いそうですね?」
「はい。おせちとか、そう、ですね」
「これは長寿を願うお菓子なのだそうです」
「アラーイスさま……」
メイメイは牛蒡の覗く花弁めいた薄紅色の求肥と、眼前の少女とを交互に見た。彼女は眩しいものを見つめるように微笑んでいた。
アラーイスは、吸血鬼(ヴァンピーア)だ。
そしてその種は長命種なのだ。
「ねえメイメイ様」
アラーイスは『お願いの言葉』を唱えた。
「長生き、してくださいませ」
ね、と微笑んだアラーイスは頂きましょうとメイメイを促し、花びら餅へと黒文字を刺した。
ずっと側にいてくれると言ったのだから、早くにわたくしを置いて逝かないでください。
ねえ、メイメイ様? - 執筆:壱花
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