PandoraPartyProject

幕間

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!

関連キャラクター:リコリス・ウォルハント・ローア

開けられない扉
「お師匠――ねえ、お師匠! ドアを開けてよ!!」
 そのまま叩き破らん剣幕で、リコリスは両手の拳を扉に打ちつける。この薄い扉を隔てた先には大好きな師匠が居るはずだ。なのに幾度となくドアノブを回そうが開いてくれない。
 ドンドンと絶え間なく叩き続ける音は、相手を責める怒声ではなく、いっそ泣き喚く声によく似ていた。
「リコリスさん。……聞こえるかい?」
 未だ本調子ではないのだろう。普段よりも疲弊した声音のリーディアが、扉越しに囁きかける。
「お師匠!」
 リコリスは彼に飛びつく勢いで扉にくっつき、狼の耳を寄り添わせた。師匠の発する言葉を、一言たりとも聞き逃さないために。

 ――烙印と呼ばれる呪い。生存欲求は血への渇望を孕み、零れ落ちる涙は水晶に。そして傷口から流れる血は美しい花弁に変じるという。
 何処の誰とも知れぬ輩が師匠を害し、印を付けたと聞いたときから、激怒と嫉妬と悪夢が心に纏わりついて離れなかった。赤く染め上げられた花の海。そこに彼が力なく沈んでいく姿が頭に浮かび、どうにかなりそうだった!

「大丈夫? 痛くない? ボクが治してあげるよっ! ほら、前にも約束したでしょ?」
「……ううん。リコリスさんの手を煩わせなくとも問題ないよ」
 言葉選びだけは安心付けるようだったが、リーディアの歯切れは悪く、呼吸も安定しない。まるで『何か』を堪えているようだ。きっと身を苛む痛みに耐えているのだろうとリコリスは解釈した。
 回したドアノブは空虚な手応えを返すのみで、やはり扉を開けてくれそうにない。
 いざというとき師を救うために回復術を学んだのに、手すら届かせてくれない。だとすれば自分に取れる手段は一つだけではないか? 愛する師匠だってそれを期待しているに違いない! 何より自分以外が印を付けたのが許せない――!
 己の獣性を正当化してしまえば、淀みなく言葉は紡がれた。
「わかった。お師匠はラサで怪我したんだよね? 誰? 誰に傷つけられたの? ボクがそいつを殺しにいくよ。そうしたらお師匠も――」
「駄目だ!!」
 ぴしゃりとリーディアは一喝する。リコリスの背筋に雷が走り、心臓が凍りついた。

「……じゃあ、ボクはどうしたらいいの?」
「…………」
 リコリスは開かない扉の前で、ただただ立ち尽くす。
 だけれど、リーディアも彼女への答えを持ってはいなかった。喉元まで湧き上がっていた『何か』を抑えるのに必死だったから……。
執筆:
着信音はまだ鳴らない
 はらり。
 深紅の彼岸花の花弁がどんどん床に積もっていく。その赤の中に真白の男が座り込んでいた。壁にもたれ掛かっているリーディアだ。その顔は蒼白く、吐き出した息は何かを堪えている様に震えていた。苛立ち紛れに壁を叩いて拳が傷み、擦り切れた指先から『文字通り花弁が産まれていた』
「ああ、本当にロマンチックだね」
 クソッタレと内心毒づき、リーディアは手を下ろした。
 つい先日のことだ。
 ラサの依頼でリーディアは血の代わりに花びらを散らす奇怪な、ツギハギだらけの敵と遭遇した。手練れが集まったこともあり、依頼自体は成功したのだが――。
「全く、素敵なプレゼントを貰ったものだね」
 左肩に丁寧に巻かれた包帯をそっと解いた。その下の肌には赤い花の様な紋様が浮かんでいる。

『烙印』
 敵はそう呼んでいた。

 狙撃手は接近戦は専門外だ。
 だからこそ、敵が近づいてきた時はその場をすぐに離れるか身を隠すのが鉄則である。リーディアも多分に漏れず、そうしてきたというのに。

 (全く気が付かなかった)

 わずか一瞬で背後を取られ、左肩を貫かれた。
 自分がパンドラを持たぬ身であったなら、あの瞬間に身体が裏返って絶命していただろう。
 慢心していた、とは言わないが結果として生きているだけであってはならないことだ。ぎり、と噛み締めた薄い唇が切れて再度小さな花弁が散った。
 変なアザを刻まれただけならばいいが、厄介な事にこの状態は様々な異常をリーディアにもたらした。
 一つ、血の代わりに彼岸花の花弁が流れる様になった。
 二つ、涙が結晶となり流れる様になった。
  
 三つ。
「吸血衝動に駆られる様になった、か」

 情報屋から伝えられた己の症状を復唱するだけで、溜息が漏れる。自制心は強い方だと思っていたのだが、そういうわけにもいかないらしい。
 風邪を引けば熱が出る様に、これは抑えるというより『当たり前の症状』として、内側からでしゃばってくるのだ。
 苛立ちを紛らわす様に、リーディアはもう一度壁を殴った。


『お掛けになった電話は電源が入っていないか、電波の届かないところに――』
 無機質な自動音声に舌打ち、リコリスは通話終了のボタンを押した。プープーというシステム音を数秒流した後に、aPhoneのディスプレイは元の待受画面へ戻った。
 リーディアと連絡が取れなくなったのは今から一週間前からだ。ラサの国の依頼を複数受注したところまでは聞いている。大変な依頼もあるけど、やりがいがあるねと笑っていたリーディアを見て「さすがお師匠!」とリコリスは尾を振った。いつも通りの光景だった。
 それがどうだ、依頼が終わりお師匠を迎えに行って美味しいご飯を食べようなどと考えていたのに姿も見せなければ電話にだって出なくなったではないか。
 狙撃手を止めたリコリス(自分)に失望したのだろうか?
 否、着信拒否のメッセージは流れていなかったから、見捨てられたという事は無い筈だ。そもそも、リーディアは客観的に判断してもリコリスをとても可愛がっている。天地がひっくり返ってもそれはない。
「じゃあなんでなの、お師匠……」
 いっそ嫌いになってくれればよかったのに、これじゃ生殺しだ。
 リコリスはメッセージアプリを開きつつ先日のことを思い出していた。

 リーディアの態度に耐え切れなくなったリコリスは彼の家に押し掛けた。
 責めるつもりは……全くないとは言い切れないが、理由が知りたかったから、自分にできることがあればなんでもしてあげたかったから。それが本心。
 屹度自分が直接赴けば理由を教えてくれる、ドアを開けて困った様に笑いながら「リコリスさん」と迎えてくれると信じていた。

 結果は明確な『拒絶』だった。

『駄目だ!!』
 リーディアのあれ程怒気を含んだ声を聴いたことがなかった。自分が任務に失敗した時も、リーディアのお気に入りのマグカップを壊してしまった時も。自分が自らの師を殺すという最悪な夢を見たと伝えた時も笑って抱きしめてくれていたのに。
 頭の中が真っ白になり、事前に考えていた質問やら台本やらが全て吹き飛んだ。情けないほど震えた声でようやく絞り出したのは。

『……じゃあ、ボクはどうしたらいいの?』

 幼い子が、道に迷った時の様な声だった。それでもドアは開かず、リーディアの返事も無かったのだ。
「……また、来るね。お師匠」
 涙が零れそうになるのを懸命に堪えて、努めて明るい声を出して走り出した。リーディアの家がどんどん小さくなって、見えなくなり息が上がって近くの気に凭れ掛かり座り込んだ。
「う、うぇ……うあああああああ!!」
 同時に堰き止めていた涙がどんどん溢れて乾いた地面に染みを作った。泣き止まなきゃと頭で考えて居るのに、身体と精神(こころ)は言うことを聞いてくれず、目を擦っても擦っても涙は止まらなかった。
 結局、泣きつかれ眠り込んでしまい気が付いたらすっかり真っ暗になっていたのだ。

 そこまでの回想を終え、溜息を吐いてからリコリスは慣れた様子でキーボードに文字を打ち込む。
「また、差し入れ、持っていくね。……っと。あーあ、コレがココ以外でも使えたらよかったのに」
 まぁ、リーディアが練達にいたところできっと今は返信が返ってこないのだろうが。そう考えるとまた憂鬱で、リコリスは何度目か分からない溜息を吐いた。ぶんぶんと頭を振ってリコリスは歩き出す。
「……お師匠の為にも、大好きなクッキー買っちゃお! お師匠も大好きだもんね~!! あっ、気になってた紅茶も一緒に買おう!」
 何処かその声が空元気だったのは、気の所為ではないだろう。
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