PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

とある艦の航海日誌

関連キャラクター:雪風

その子と雪風の話~ヘイキなの~
 膝小僧を抱えて、雪風は操舵室の壁を背に海風に吹かれていた。
 厳寒の冬の海、その上を越えてくる風は身を切るほどに冷たい。なのに荒ぶる風へされるがまま、雪風はしゃがんだまま白波をじっと見つめていた。船の足跡とでも言うべき白波は、細く長く続いていく。道と呼ぶには頼りなく、痕と呼べるほど残りもしない。やわやわと海に飲まれていく白波を、雪風はひたすらに見ていた。
 いや、本当は、その先にあった小島を見ていたかった。あのお方と再会した小島。望まぬ邂逅を果たした小島を。けれどもそれは既に水平線の彼方へ消えている。だから、船の後部から景色を眺めているのは、惰性。雪風は感情の消え失せた瞳へ、映写機のように白波を写し続けている。
「あ、こんなところに居たのですね、雪風様」
 操舵室の死角から、ひょっこりとその子が現れた。その子は二本のしっぽを持っていた。その子は、文明を食らう獣の一柱だった。その子は傾国の神だった。その子は、雪風の気になる存在だった。
 雪風はすこしだけおとがいをあげ、無言のままその子を見やった。
「……雪風様? 大丈夫ですか? あまり顔色がよろしくありませんよ」
 雪風の、白いを通り越して青白い肌。精彩に欠けた顔。見た目の年齢相応の快活さも、ほがらかさのかけらもない肢体。
「震えているではありませんか。寒いのでしょう? 船室へお入りなさいな」
 その子の声掛けにも、雪風は応えることはなかった。また視線を海へ戻し、茫洋としたまなこに戻る。
 そのため、その子が隣へすとんと座った時、雪風はたいそう驚いたのだ。声をなくして飛び上がらんばかりに驚愕している雪風相手に、その子はくすりと笑った。
「ほらとっても冷たい。体が冷え切ってますよ雪風様」
 ぴったりと寄せられた半身のぬくもりに、雪風は自分が氷のようになっていることへようやく気づいた。
「……おつらかったでしょう。いまは心が暴れているから寒空の下に居たいのかもしれませんが、落ち着いたらホットミルクでも飲みましょうね」
「暴れて、なんか」
「いいえ、暴れています」
 私にはわかっちゃうのですとも。などと微笑んだその子があまりにまぶしくてつい手を延べそうになってしまったのだ、雪風は。
「だいじょうぶ、ヘイキ、ヘイキ、ヘイキです、ヘイキ……だから」
「雪風様?」
 伸ばしそうになった手を握り込んで、雪風はつぶやき続けた、自分へ言い聞かせるように。
「ヘイキだから。ヘイキだから。ヘイキだから」
「なにが平気なのですか。とてもそうとは見えません」
「ヘイキ、ヘイキ、だいじょうぶ、私は、ヘイキ」
 ゆっくりと過呼吸気味になっていく雪風の背中をさすり、その子は顔をしかめた。雪風はあやうい。ギリギリのところでバランスを保っている。その子からはそう見えた。
(ほうっておけない)
 その子は憂いを慈愛を帯びたまなざしを雪風へ向けた。
「もう、戻れません。わかっています。だいじょうぶ、その程度にはヘイキ」
 どこかあやふやな言葉はすでに誰へ向けて放たれているのかすら定かではない。その子はぎゅっと雪風の肩を抱いた。
 小さく固まった雪風の震えが伝わってくる。寒風はすさまじく、渦を巻いている。けれどこの震えの理由はただの寒さがゆえではないのだと、その子にはよくわかっていた。
「雪風様、私がついています」
「だいじょうぶ、そんなことしなくても、だいじょうぶ、ヘイキだから」
「それでもおそばへおります」
「ヘイキ、ヘイキなの、ヘイキ……」
 かみ合わない会話。空回る心。消えゆく白波。踊る未来。

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