幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
凶悪人強面騎士の平凡な一日
凶悪人強面騎士の平凡な一日
関連キャラクター:マルコキアス・ゴモリー
- 砂漠の傭兵、オリーブ・オリーヴァ。或いは、よく描けた手配書…
- ●あぁ、無常
喉に突き付けられたのは、傷だらけのライフルだった。
マルコキアス・ゴモリーは、困ったように両手を顔の横にあげ、眼前の女性へ問いかけた。
「一体、どういう了見でしょう? 俺には貴女に銃を突きつけられる理由が分からない」
マルコキアスの言葉を聞いて、女性は頬を吊り上げる。苛立っているのか。それとも、笑っているのだろうか。
「あぁ? 誤魔化すにしたってもっと上手い言い方はないのかしら? アンタ、自分の首に幾らかかってるのか、知らないわけじゃないんでしょう?」
なんて。
女性にしては低い声でそう言って、彼女は引き金にかけた指に力を込めた。
時刻は少し巻き戻る。
所はラサ。
砂漠の真ん中。小さなオアシス。
砂漠を旅する者たちが、ほんの一時、休むための中継地点だ。現在、そこにいるのはマルコキアスと、傭兵らしき女性が1人。
お互いに会話は無い。そもそも女性は、オアシスの傍に建てられた粗末な小屋の中で目を閉じ休んでいるのだ。
女性にしては背が高い。
ウルフカットの真っ赤な髪が、渇いた風に揺れている。肩から羽織る赤褐色のローブには、何本もの弾帯が縫い付けられていた。それから、背中に背負う大きなライフル。古い型のライフルだ。性能としては、近年に製造された物に大きく劣ることだろう。
それを愛用しているのは、何かのこだわり故だろうか。
「……やり手だな」
なんて。
マルコキアスはそう呟いた。目を閉じていても、赤髪の女性に油断は無い。そして、性能で劣る古い銃を得物としているのは、きっと自信があるからだろう。
ほんの少しだけ、女性に興味が湧いてきた。
広い砂漠で偶然出会ったのも何かの縁だ。マルコキアスの得物は鎖剣、女性の得物はライフルと全く異なるものではあるが、互いに相応の技を修めた者同士。
知見を交換するという意味でも、多少なり話が出来れば僥倖と。
そう思ったのが悪かった。
「そこのお方。見たところ、傭兵か何かと思うのですが。ここで逢ったのも何かの縁です。よければ少し、情報交換でも」
そう言って、女性に声をかけた次の瞬間だ。
マルコキアスの喉元に、銃口が突きつけられていた。
「何かの縁じゃないわ。待っていたのよ。アンタが通りかかるのをね」
「オリーブ・オリーヴァ。冥途の土産に私の名前を憶えていきなさい」
カチ、と撃鉄の上がる音。
ライフルの口径は大きい。この距離で撃ち込まれては、顎から脳天までが吹き飛ぶことだろう。マルコキアスは頬に汗を浮かべながら、オリーブと名乗った傭兵に問うた。
「待ってください。俺には本当に命を狙われる理由が分からない」
「それが辞世の句でいいの?」
「いいわけがない。理由も知らずにあの世へ行くなどまっぴらごめんです」
マルコキアスに敵意は無い。
殺意さえもだ。ただ、その声に乗るのは困惑の感情だけ。
多少でも抵抗する素振りを見せれば、オリーブは容赦なく引き金を引くと分かったからだ。未来予想ではない。これまでの経験によって培われた“直感”によるものだ。
事実、死を目前に平常心を保つマルコキアスを見て、オリーブは毒気を抜かれたような顔をしている。
「理由? 理由なんて決まってるでしょう? アナタが大勢の人を殺めて、大金を奪って行ったからよ。おまけに商館に火までつけて証拠の隠滅。知らないの? 強盗、殺人、放火のスリーコンボを決めると、死刑にぐっと近づくのよ?」
「それは知っていますが……随分と惨いことをする人がいますね。許しておけない」
「だぁかぁらぁ、それがアンタだってーのよ」
ほら、とオリーブが取り出したのは、皺だらけの手配書だった。
手配書には、件の事件の犯人らしき男の似顔絵が掲載されている。
「大柄な体躯に黒い髪、赤い瞳。顔には無数の傷痕が残る。どう、これってアナタに違いないわよね?」
「む、う?」
手配書に視線を走らせる。
なるほど、確かに似顔絵の男はマルコキアスに良く似ていた。特に顔に走る幾つもの傷など、マルコキアスを見て描いたかのようである。
「よく描けていますね。ラサには腕のいい似顔絵描きがいるようです」
緻密なタッチで描かれた、殺人犯の似顔絵を見てマルコキアスはそう言った。そう言ってしまった。褒めてしまった。なぜなら、本当に良く描けているからだ。
これほどの絵が描けるようになるまで、随分と研鑽を積んだだろう。
努力と、それに裏打ちされた実力と結果を目の前にして、賞賛を送らないなんてことは出来ない。
「えぇ、本当に良く描けているわ。おかげでアナタの足取りも追いやすかった。というわけで、さようなら」
オリーブが引き金を引く。
撃鉄が落ちて、火花が散った。
発射される弾丸。
けれど、それがマルコキアスの顎を撃ち抜くことは無い。
「うぉ!?」
短い悲鳴と共にマルコキアスが地面に身を投げた。
側転の要領で弾丸を回避すると、慌てて腰から剣を抜く。オリーブと敵対するつもりはないが、誤解から命をくれてやるつもりも無い。
2発目の銃声。
剣の柄から伸びた鎖を振り回し、マルコキアスは銃弾を弾く。
それから彼は、姿勢を低くしたまま地面を蹴って加速した。一瞬の間にオリーブの眼前に肉薄すると、鎖をぐるりと銃身に巻き付け、空へ向かって投げ飛ばす。
「あっ!?」
「すまないが、一旦銃は取らせてもらう!」
重力に引かれて落ちて来るライフルをキャッチして、マルコキアスは数歩ほど後ろへと下がった。オリーブはボクシングの構えを取ると、マルコキアスに問いかける。
「殺さないの? 今なら簡単に命を獲れるわ」
はぁ、とため息を零し、マルコキアスはライフルをオリーブへ投げ返す。
「……だから、人違いだと言っているでしょう。俺の名前はマルコキアス・ゴモリー。ラサに来たのはつい先日で、どこの街にも立ち寄っていない」
何故ならラサに来て以来、ずっと砂漠で迷っていたから。
オリーブの誤解は解けたらしい。
小屋の日陰に腰を下ろして、2人はしばし言葉を交わした。
「つまり、指名手配犯はアナタによく似た男ってことね」
「そうなるな。そして、犯人が捕まらない限り、俺はラサを自由に歩けないかもしれない」
行く先々で賞金稼ぎに命を狙われるなんて御免被る。
困った、と項垂れているマルコキアスにオリーブが手を差し出した。
「だったら話は簡単よ。私と組んで真犯人をとっ捕まえればいいんだから」
なんて。
夏の日差しのようにカラリとした笑顔で、オリーブはそう告げる。
数瞬、マルコキアスは思案した。
少なくともオリーブと組めば近くの街には辿り着ける。真犯人に怒りを抱いているのも事実だ。
差し出された手を、マルコキアスは握り返した。
「……よろしく頼む」
マルコキアスとオリーブが、真犯人を捕まえたのは、この数日後のことだった。 - 執筆:病み月