PandoraPartyProject

幕間

ご主人と猫

関連キャラクター:武器商人

つまらない
 自分の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らす愛猫の雰囲気が柔らかくなったことに武器商人は気が付いた。
 そして数日前から主人たる自分の匂いでもクウハ自身の匂いでもない『ダレカ』の匂いを漂わせていることにも。
 最初はいつもの火遊びだろうと思っていたが、それはどんどん濃くなって、艶を増して、売れた果実の様な甘ったるい匂いを放っていた。
 この匂いを武器商人はよく知っていた。

(なるほどねぇ……)
 ――ふぅん。
 銀の髪から僅かに覗いた冷たい三日月が逆さまに哂った。
 自分だって愛しい番がいる癖に、自分の事は棚に上げて商人は判りやすく唇を尖らせた。
 べつにクウハに大切な人が出来たことを咎める気はない。
 恋人を作ってはいけない、なんて契約はしていないのだから自分が口を挟む資格はない。その分別が出来ない程子供じゃない。
 ただ、お気に入りの玩具を取られた子供の様な感情だった。簡単に言うと武器商人は拗ねていた。
 尤もクウハは玩具ではなく、眷属だ。
 しかし、極めて自分に近しい存在である彼に武器商人は強い執着を持っていた。
 
 コレは我(アタシ)のもの。
 
 傲慢と呼ぶべき、その強欲。欲しいと思ったから手に入れた。
 その存在が『自分ではないダレカ』の物になったということが、ただ、面白くなかったのだ。

「クウハ、おまえ。雰囲気が変わったねぇ」
「そうかァ?」
 たいしてクウハはのびのびと猫らしく身体を伸ばし、いつものように武器商人の毛先に指を絡ませ遊んでいる。
 クウハは良くも悪くも浮ついている。それは彼が悪霊たる所以かはわからないが一人に対して入れ込むという事があまりない。
 ただ、武器商人にはどこか惹かれ心から気を許し不断なシニカルな態度は鳴りを潜めこうして一匹の従順な猫となるのだ。
「……なんか、言いたげだな慈雨」
 二人きりの時にしか呼ばない呼び名でクウハは武器商人を呼んだ。
 武器商人の様子が妙におかしい。巧妙に隠してはいるが、クウハは僅かな違和感を感じ取った。はてさて、なにか彼の気に障るようなことをしただろうか。
 思考を巡らせ、嗚呼。と小さく鳴いた。なんて可愛らしい。
 肩を震わせ、笑い声を殺しきれていないクウハに不満げに武器商人は問いかける。

「……何がおかしいんだい」
「いや? ただ、愛しいご主人サマだなって思っただけさ」
「なんだいそれ」
 むすぅと膨れた武器商人の頬にクウハは手を伸ばした。
 
執筆:
理性と誘惑と、その間
「あー……こいつ、もう駄目だな。棄てよう」
「おや、どうしたんだぃ?」
 いつもの様に屋敷へ遊びに来ていた商人は、洗濯物を干すクウハと出くわした。
 庭の長いロープに色々と干す中で不意に止まった手。
 見れば首元が伸び、意図していないダメージが背中に入ったロングTシャツ。
 洗濯かごに残されるそれを見つめつつ、商人が口を開く。
「そのコは真砂に生かして貰うとして……新しいコを買いに行かないかぃ?」

 やって来たのは、客層も店員も若くヤンチャな雰囲気の服店。
 クウハは趣味に合いそうなものを手に取っては宛ててみせる。
 商人はそれを眺め、ニコニコと楽しそうに笑う。
「なあ、これとこれだったら……どうした?」
 ふら、と商人は届いたばかりの服をさばく店員へ近寄る。
 店員の方も店の雰囲気に合わないミステリアスな客に寄られて困惑している。
「そっちのシャツと揃いのコがあるだろう、買わせておくれ」
 商人の美しい指が差した先には、黒地に紫ラメのラインが襟と袖、それから胸元と背中に走るシャツ。
 店員が慌てて左右対称のデザインのシャツと共に値札を付け、レジへ持っていく。
 商人は会計を済ますと、やっぱりニコニコ顔でクウハの元に帰ってくる。
「まさか、それって」
「ヒヒ、帰ったら、帰ったらね。 “きっと合うよ” 」
「まったく……。それじゃ下は俺が買うからな、次いくぞ!」
 そして三軒の店を回ってクウハが商人に選んだのは、裾だけ赤紫の黒い袴パンツにウエストチェーンベルト。
 自分へは赤紫のラインが横に入った黒いラバーパンツを選び、同じウエストチェーンベルトを合わせた。
 上着は黒いスペンサージャケットで揃えた。

 帰宅後、お互いで選んだ服を着て見せ会えば、自然と笑みが零れる。
「ああ、やはりね……。とても似合うよーぅ」
「ん……慈雨もかっこいい」
 最初はただ向かい会っていたが、そろそろと近寄ったクウハが座る商人の上に座り、前髪を撫でる。
「ところで旅人の国とかだと、服を贈るのは脱がしたいからだと言うが…………なあ、愛でてくれるか……?」
 耳朶を擽りながら囁かれた言葉に、強欲にして傲慢の魔獣は音もなく笑ったのだった。
執筆:桜蝶 京嵐
■■■の、味
「クウハぁ、お菓子作ったけど食べる?」

 主人がやって来て小さな箱を掲げたものだから、クウハは二つ返事で自分の部屋に招き入れた。紅茶を用意して、いそいそと渡された箱の中身を検めて思わず目を剥く。

「ミルクレープか。おそろしく手間の掛かるモン作るじゃねーか……」
「気分がノって」

 目の前のミルクレープの断面は多少のバラ付きはあるものの、かなり綺麗で多くの層を見せている。菓子作りが趣味であるクウハはその苦労と試行錯誤の回数が手に取るようにわかるし、その完成品を躊躇なく自分に分け与えてくれる主人に愛おしさを感じていた。ありがとうな、と感謝を伝えてからフォークでミルクレープを切り分け、一口。

「……美味い、な」

 甘く、柔らかく、何層も重なったクレープ生地とクリームが唇に触れる感触にクウハは酷く覚えがあった。生地から僅かに香るラム酒の香りは特別なものではないはずなのに、頭の中が蕩けるほどの心地よさを『錯覚』する。

 そうだ、これは主人の──

 紅茶なんて飲む暇も無いほど夢中になってミルクレープを味わい、気が付けば皿はあっという間に空っぽ。それを非常に名残惜しく思いながらようやくクウハは紅茶に口をつける。

「ごちそうさま。……なぁ慈雨。頻繁にじゃなくていいからまた作ってくれよ、これ」
「おやま、そんなに気に入ってくれた?」
「ああ。絶品だ」

 口の端に付いたクリームを舐め取りながら、クウハはどことなく熱を孕んだ視線を主人に向けてとろりと微笑んだ。
執筆:和了
夢を見た後の、
 水の中にいる。ふと、これは夢だろうと分かる時。大抵は水の中にいる。
 どうしてかは分からないし、悪霊も夢を見るのだと知ったのは混沌に来てからだ。
 水の中で、頭を下に沈み行く夢。
 何を示すのか、何が呼んでいるのか。
 不思議と不吉な気はしなくて。でも、どことなく寂しさを感じる夢。
 ……もしかして、慈雨の過去の夢が少し漏れてきているのだろうか。
 けれど、いつも分からないまま目が覚める。
「おはよう、我の猫」
「おはよう、俺の慈雨」
 俺に膝を貸したまま書類仕事をまとめていた慈雨が優しく額を撫でてくれる。
 ゆっくり起き上がって机の上の書類を見る。
 等間隔に並べられた茶封筒の上に重ねるスタイルは、サヨナキドリの敏腕マネージャーからの指示だったか。
 送る部署と宛先ごとに書類を重ねて置き、最後に中に入れて封をする。
 「人間がやる以上、ヒューマンエラーは必ずある。だからミスが少なくする方法を考えた方が建設的」と、彼は常々言っていた。
 束の半分ほど終わったのを見計らい、黒い封筒を手に取る。
「俺の『仕事』はこれだけか?」
 通常の手紙サイズの封筒に三枚ほどの書類をパラパラと流し読む。
 長い銀髪の隙間から慈雨が鋭い目線を寄越す。
「本当はもう一枚。だが、調査が難航していてね。それは終わり次第、渡すよ」
「りょーかい。どれも仕事開始は夜か。相方は?」
「海洋地域のみ海洋支店長と。それ以外の地域はいつも通りのあのコを」
 それに返事をして、もう一度膝を借りて眠る。
 仕事の時間は遠く、なれば愛しい慈雨に甘えて英気を養うことにした。

 ──だってディナーの前に腹を空かせていないのは、マナー違反だろう?
執筆:桜蝶 京嵐

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