PandoraPartyProject

幕間

空翼(ソラ)を求めて

クウハとハンナさんの日常。

https://rev1.reversion.jp/interlude/detail/361?story=798
上記幕間から
https://rev1.reversion.jp/guild/1335/thread/21246
こちらのRPを経て恋人関係になりました。


関連キャラクター:クウハ

消えない傷をください。
「クウハさん?」

「……あん?」

 強い日差しが差す昼下がり。木の枝の上で優雅に人間観察という名の昼寝としゃれこんでいたクウハが目を開けると、そこにいたのは見知った顔だった。

「何をしてるんですか?」

「あー……俺にしかできない大切な仕事さ。」

 ハンナの質問に適当に返しながら、その姿を見る。身の丈程の白い双翼は今日もまた綺麗なもんで。本当に

(アァ……うまそうだ……)

 そんな内に潜む黒い欲望など微塵も出さず。

「……密偵ですか? 任務中に、すみませんでした。」

 慌てて同じ枝に身を隠し声を潜めるハンナ。その、変わらないクソ真面目な様子にクハッっと笑いが零れる。何を笑うのかと怪訝な表情を浮かべる彼女。

「何もしねェのをしてんのさ。」

 その言葉を聞けば、彼女の怪訝な表情は途端、不機嫌なソレとなり。
 アァ、イイ顔だ。たまらないナ。そんな気持ちが口元を緩ませる。

「”また”揶揄いましたね?」

「”また”だなんて心外だゼ? 俺様は”いつも”揶揄ってんのさ。」

 かわらぬ調子に「ハァ」とため息を零す彼女だが、それでも怒りはしない。どうせなら怒った顔も見たいもんだが。

「私はもう行きます。そうだ。お暇でしたら、ご一緒しませんか。」

 そういいながら当然のようにクウハの手を取るハンナ。ぼんやりと彼女を眺めていたクウハは、状況把握が一手遅れてしまった。

「あ? ちょ、まっ……!」

「え? ヒャッ!!?」

 なにを思ったか、クウハの手をとったまま飛び立とうとしたハンナだったが、バランスを崩して落下。咄嗟にクウハがハンナを自分の腕の中に入れ、背中から繁みにダイブする形となった。

「す、すみません……」

 困惑しながらも謝罪するハンナ。その驚き戸惑う表情は中々にソソるものでまんざらでもないのだが、それを表には出さないのがクウハである。

「いや、何がしたかったんだヨ。」

「いえ、霊なら飛べるのではないかと思って……」

 呆れた様子で問いかけてみれば返ってきたのはそんな返答で。

「なるほどな……んで? どうだい。俺の腕の中におさまった感想は。」

 からかい半分にそんな問いを投げかけてみれば。

「……ひんやりしていて、気持ちいいかもしれません。」

 まだ混乱しているのだろうか。他意はないだろうに、そんな言葉を返されれば、噴出さずにはいられなかった。

「笑っている場合ではありません。背中、怪我していませんか?」

 心配するその表情もまたイイもので。

「気にすんなよ。かすり傷だ。どうせなら消えねェくらいの傷をつけてくれたっていいんだゼ?」

「ふざけないでください。ほら。」

 改めて手を引かれ。その小さな手を。自分とは違う温かいソレを感じながら思う。

(冗談じゃねぇんだけどな。)
執筆:ユキ
飛べないって言ったじゃないですか。
(……失敗しました。)

 陽を遮るもののない海洋の海上で、ハンナはフラフラと帰路についていた。

 一晩の哨戒任務。
 かつて軍属として幾度も経験したソレは、ハンナにとっては特に問題ない任のはず……だった。

(久々とはいえ、混沌に来て、弛んでいましたか……)

 かつて軍属だったハンナ。任務とあれば、休息もままならない。殊、女であるハンナにとっては、排泄行動一つをとっても大きな隙となる。なにより、銃剣を手放すわけにはいかず、かといって下げたまま軍服やハーネスを脱ぐなど、面倒極まりない。それゆえに、任務となれば自然、水分摂取は必要最低限となるのが兵卒としてのハンナの習慣であった。
 のだが。

(海洋の湿気を見誤りました……)

 軍服の中は汗まみれ。一晩中浴び続けた潮風が瞼以上に羽を重くする。

(あ……これは、本格的にまずいかもしれま……)

 ローレット支部まであと少し。その安心が緊張の糸を緩めてしまったか。
 とたんに視界が暗転する。

 ――落ちる。

 それがわかっていても抗う力はなく、ハンナは海面へと加速していく。
 落下死とは。翼人にとってはなんとも不名誉なものだ。
 そんなことを思いながら意識を手放そうとしていたハンナだったが、けれど、その時が訪れることはなかった。

「おいおい、オマエさん、そんなに俺の仲間になりたかったのか?」

 その声は最近聞き慣れた声で。
 その胸の冷たさは、先日感じたもので。

「……気持ちいい。」

 思わず頬ずりするハンナ。その表情は熱で上気し、常にはない艶っぽさを帯びていて。
 けれど、彼女を受け止めたクウハはそれに憮然とした表情を浮かべ、

「……そうかい、そんじゃ、もっと気持ちいいことしよう……ゼ!!」

「え……? ひゃっ……わぷっ!!?」

 2回。
 激しく上がる水柱。
 響く水音。

「ぷはっ!! な、なにするんですか!?」

「どうだ、ちったァ涼しくなったか?」

 突然ハンナもろとも海に飛び込んだクウハだったが、それも火照った彼女の体を冷やすため。

「それにしたって突然……そ、それにあなた飛べなかったんじゃ……!」

「俺ァ『飛べない』なんて言った覚えはネェがなぁ?」

 たしかにあの日、彼自身は一言も「飛べない」とは言っていなかった。

「……とにかく。ありがとうございました。」

「オウ。んで? どうする? プリンセス。」

 どこか揶揄うようなその笑みに、けれど、まだ本調子ではないからか。
 あるいは、なぜかその扱いも悪くないと、そう思う自分がいたのか。

「……そうですね。あなたのせいで羽が濡れてしまいましたから。責任をとって、乾くまでこのまま運んでくださいね。」

 そう返せば、一瞬意表を突かれたような表情を浮かべ、けれどクハッ!と笑って見せれば、彼はこう返すのだ。

「仰せのままに。マイレディ。」
執筆:ユキ
「なァ、ハンナ」
「なんですか? クウハさん」
 手元の本に目を落としたまま呼びかけに返事をする。前方から聞こえてきた声は良くよく知っているもの、また悪戯されるのではと反射的に読んでいる本を握る手に力を籠めた。
「いや、よくに用事はないんだけどな」
「そうですか」
 前方の気配が隣に移動して、ドカっと椅子に座る音が聞こえた。視界の端に彼のパーカーが映る。ちょんと尖って見えるそれはフードに付いた猫耳の部分。どうやら座った後そのまま机に突っ伏しているらしい。
 読書の邪魔にならないのなら、と意識を本に戻して数分後、また声がかかった。
「ハンナ」
「なんですか?」
「いや、なんでもねェ」
 短いやり取り、そしてまたしばらくの沈黙。溜息が聞こえたような気がしたが、そもそもクウハが何をしたいのかわからなければどういうすることもできない。強いて言うなら声だけかけて手を出してこないのは珍しいというべきか。
 そうこう思考するうちに視界の隅に映っていたパーカーが動いて、立ち上がる気配がした。そのまま背後に回ってきた気配は自分の読んでいる本を見ているのかしばらく動かない。

「わっ」
 突然、本が視界から消えた。正確に言えば伸ばされた手で取り上げられていた。何もしてこなかったのですっかり油断していたが、クウハと言えばこういう人だ。なんだかんだとちょっかいをかけてくる
「何をするんですか」
 顔を上げ、むぅとした表情を見せればクウハは機嫌よさそうにクツクツ笑う。
「あんまりにつまらなそうな本を読んでたから俺様が息抜きさせてやろうと思ってな」
「つまらなくはないのですが」
「いいからいいから、本なんか読んでないでどこかに遊びにいこうぜェ」
「そちらが本題ですか……」
 パタンと閉じられた本はクウハのそばに浮いている。試しに手を伸ばして取り返そうとしてみたがふわっと浮いて絶妙に届かない高さまで逃げていく。
「返してください、そうしたら付き合いますから」
「さっすがハンナ、わかってるじゃねェか!」
 嬉しそうな声と共に机に戻ってきた本。掴もうと伸ばした手は、しかしまた空を切った。目の前には揶揄うようにぷかぷか浮かぶ一冊の本。
「クウハさん!」
 少し強くなったハンナの声にクウハの笑い声が響いた。

 そう、今日も楽しく彼女を揶揄う。ピリピリ張り詰めたような顔をしてないで、女の子らしく表情を変えればいい。
 だからこれは自分の楽しいことと彼女のため。声が聴きたかった、なんて単純な想いはきっとどこにもないのだ。
執筆:心音マリ
その香りは無自覚の
 最近、屋敷に出入りする人間が多くなったから、とクウハは買い物がしていた時だった。
 日用品を買いに入った店の出入口付近、ふんわりと良い香りが鼻孔を擽った。
 早足で通りすぎてしまったその場所へ、慌てて振り返る。
 白く落ち着いた空間に様々な形の瓶たちが立ち並ぶ。
 品の良い字で書かれた文字で香水のコーナーと上から看板が吊るされていた。
 鼻が誘われるままに進めば、どうやら女性向けがメインのようだ。
 気にせず、先程の香りを探してみる。
 置かれていたムエット紙にワンプッシュしていって、ひとつづつ確認。
 やがて辿りついた正体は、陶器の瓶に入った香水だった。
 四角い瓶の表面にはアフタヌーンティーの様子が描かれている。
 香りもズバリ、甘いケーキのような優しいトップから爽やかに紅茶の渋みみたいなものが香った。
「あ、でもこのまま渡すと邪魔だよな」

 次の週末、ハンナはもう何度も通った屋敷のお茶会に誘われていた。
 クウハや屋敷に集う人達と過ごす楽しい時間はあっという間で。
 帰り際はいつも少し、どこか寂しい。
 そんな後ろ髪を押さえながら帰り支度を整えた時。
「ハンナ、これやるよ」
 そうクウハが差し出したのは、薄青いリボンで止められたグレーの箱。
ハンナが断って開ければ、あの時の香水瓶と指輪ケースに収まるチャーム。
「クウハさん、これは……?」
 驚いたハンナがクウハとプレゼントを見比べながらやや震える声で聞く。
 反対にクウハは楽しそうに答える。
「買い物に行ったら見つけてなァ。美味しそうな香りなんだぜ」
 つまみ上げたチャームには猫と小指ほどのガラス瓶が揺れ、中の香水が揺れる。
 それに釣られるようにハンナが嗅げば、なるほど甘く美味しそうな香りが鼻を楽しませる。
「ネックレスとかは邪魔だろ? 鞄やベルトにつけられるチャームなら落ち着きたい時に良いだろ」
 だからやるよ、とハンナの手に落とす。チャームの猫と目が合う。
 ハンナは断りかけて、ああやって頬をうっすら染めつつ礼を告げた。

執筆:桜蝶 京嵐
止まり木
 身体が重い。
 思考が定まらない。

 たとえ主と同じ不死性を得ても。その身全ての性質が彼と同質になったわけではなく。
 彼に近づけば近づくほどに、蝕まれるモノもある。アレはそう、抗いがたき甘美なる毒だ。
 それでなくとも、魂ではなく肉体の不死性についてはつい最近得たもの。
 痛みによって生み出される黒い暴力を翳せば、目の前で弱者をいたぶる愉悦から強者の尾を踏んでしまった絶望へと色を変える魂たちを眺めることができ、気分は高揚する。けれども、彼らを排除してしまえば、残るのは。

 あァ、だりィ。
 朝日がうぜェ。
 さっさと帰らねェと。
 帰る……?
 何処に?
 
 ――おまえの"家"だからね。

 思い起こされる甘美な呼び声に。
 同胞たちが待つ館へと向いていた足は、はたと止まり。
 ただひたすらに甘く優しく包んでくれる主の元へと、踵を返そう……という時だった。

 ……この匂い。なんだ。

 それは、どこかで嗅ぎ覚えのある匂い。
 人工的な甘く美味しそうな香りの中に確かに香る、温かなソレは。

「クウハさん?」

 声がした方に振り向けば、道端のベンチに座して本を読むのは見知った有翼の女。

「 ……おぅ、ハンナじゃねェか。奇遇だな。っかし、仕事もしねェで読書とは、いい身分だな。」

 無意識に。いや、自然ともいうべきか。
 呼吸するようにいつもの軽口を叩くクウハ。
 けれど。

「……あ?」

 突然目の前を何かが遮る。
 それがハンナの手だと気づくのに、一拍遅れた。
 視線を下げれば、いつもより近い彼女の顔。背伸びしているのだろう。下から自身を伺うその表情は、どこか心配げだ。

「どうかされましたか? お疲れのようですが。」

「あァ? なにいってんだか。あぁ、そうか。俺様が夜通し張り切って朝帰りするところだとでも思ったか? このっとおりピンピンしてんゼ?」

 そうやって、突き放す様に。
 踏み込まれないに。
 下世話に茶化してみても。

「でも、私にここまで近づかれても気づかないくらいにはお疲れなんじゃないですか?」

 ……敵わねぇな。

「……ちっと眠ィだけだ。心配すんな。」

 そうやって、額に当てられた手を振り払おうとすれば。

「……でしたら。」

「あ? オイ、何を……」

 払おうとした手を引かれれば、先ほどまで彼女が座っていたベンチへと誘われ。

「……なぁ、これは、どういうこった?」

「私の膝ではあまり寝心地もよくないかもしれませんが。」

 俗にいう、膝枕という奴だ。
 んなこたぁ分かってる。
 文句の一つでも言おう。
 そう思ったが、何故だろう。
 とたん、思い出したかのように強い眠気に襲われる。
 そういえば、最近はあんまりよく眠れてなかったな……

 そんなことを思いながら、無防備に眠ってしまうクウハの髪を撫ぜ、読書に戻るハンナ。
 晴れた秋の風が心地よく、猫のチャームを揺らしていた。
執筆:ユキ
膝上問答
「あぁ、クウハさん。今日は顔色が良さそうですね。昨日はよく眠れたんですか?」

「あ? あァ、そうだな。新しい枕があったのかもしれねェな。」

「それはよかったです。」

「誰かさんの膝ほどじゃねぇがなァ。」

「またお貸ししましょうか?」

「んにゃ。それよか、今日は俺の硬ェ膝を貸す番みてェだな。」

「? 私は別に眠れていますが?」

「んなひでぇ顔してか?」

「私が起床してから自分で鏡で確認していないとでも? 身だしなみは軍人の務めです。普段と変わりないでしょう。」

「昨日の依頼は、碌でもねェやつだったみてぇじゃねぇか。」

「……」

「天義やら鉄帝やら。女もガキも関係ねェ。嫌なご時世だこって。」

「それで、依頼で私が心的外傷を受けていると?」

「受けてねェってか?」

「馬鹿にしないでください。私は元々軍人です。」

「軍人様は依頼のためなら殺しもなんも気にしねェってか?」

「その通りです。」

「……ハァ。ったく、このばぁか。」

「……ちょ、何するんですか! 放してください……!」

「化粧なんざどこで覚えたんだ? けど、まだまだだァな。クマ、隠しきれてねェぞ。」

「……っ!」

「いんだよ。そういうのはな、俺みてェな根っこから黒い奴の仕事なんだよ。おセンチになったっていいじゃねェか。」

「……私は、そんな弱くはありません。」

「いんや。弱ェよ。」

「……私が女だからとでも?」

「わかってんじゃねェか。」

「……まさか貴方にそんな風に言われるだなんて……残念です。」

「弱ェところがあるくらいの方が、いい女だと俺ァ思うぜ。」

「……はい?」

「いいじゃねェか。俺みてぇに底の底まで真っ黒な奴にすりゃ、ちょっとばかし白すぎるくれェでもいいと思うぜ。その羽みてェによ。綺麗なもんじゃねェか。」

「き、綺麗だなんて、そんな……」

「お、ちったぁ顔色もよくなってきたんじゃねェか? ン?」

「か、揶揄わないでください! まったく、これだから……!」

「そうそう、ハンナはそうでなくちゃな。けど、ヨッっと。」

「キャッ!? ちょ!?」

「俺の膝を貸す番だ、っつったろ? おぅおぅ、見る見る顔色が良くなるなァ。クククッ」

「……もぅ! 貴方って人は!!」

「カハハ! ……ま、俺もひと眠りしてっからよ。今日の俺ァきっと爆睡しちまうんだろうなァ。そしたら何も聞こえやしねぇだろうなァ。」

「……ありがとうございます。……とでもいうと思いましたか?」

「ちょ、おまっ、くすぐんなっつーの! そこはシクシク膝を濡らすとこだろ!?」

「貴方が思う私は、そんなに弱い女ですか?」

「……ハッ! たしかに、ちげェな。」

「でしょう? ふふっ……」

 ――――でも。ありがとうございます。

 人肌とは違う、彼独特の、少しひんやりとした温もりが、熱を持つ頬に、瞼に、心地良く。
執筆:ユキ
このモヤモヤは。―買い物はまた後日―
 商店街、その中でもどちらかといえば女性向けの所謂ファッション街を行くは普段と変わらぬ猫耳パーカーのクウハと、今日は落ち着いたワンピース姿のハンナ。

「なァ~、ほんとに付き合わなきゃダメなのか?」

「貴方が言ったんじゃないですか。化粧がまだまだだと。あ、ここですねユリーカさんが教えてくれたお店は。」

 一軒の女性向けコスメショップのドアに手を伸ばせば、肩越しに感じる吐息。溜息交じりに、気だるげに、それでもレディーファストにとドアを開けるクウハが「どうぞ、マイレディ?」と揶揄うように笑う。

 いつもの彼。もはや照れるでもなく、けれど、どこか胸に温かいものを感じつつ「ありがとうございます。」と店内へ。


「きれいな白い羽に、お肌も白くて綺麗ですね!」

 ――その羽みてェによ。綺麗なもんじゃねェか。

 店員の営業トークに先日の言葉が想起させられて、知らず頬が熱くなる。きっと外に比べて店内が暖かいからだろう。

「……ところで、彼、素敵ですね。羨ましいです。」

「え?」

「お連れの方。彼氏さんですよね? 化粧品を一緒に買いに来るだなんて……」

「いえ、別に、そういうわけでは……」

「え? 違うんですか? ……じゃあじゃあ、紹介してもらえませんか?」

「はい?」

「私、ちょうど今フリーで。彼、ちょっと遊びなれてそうな感じがしてかっこいいから。」

「……」

「お店に入るときも、嫌そうなふりしてしっかりレディーファストしてるし、なんだかよくないです? ツンデレ、みたいな? 彼、なんて名前です?」

「失礼します。」

「え? あ、ちょっと……!」

 耳障りな声。何故だろう、何かモヤモヤする。店に入るまでの気分もすっかり台無し。とても買い物気分ではなくなってしまった。
 これはきっと、店員としての責務を果たそうとしないこの店員に失望したから。
 そう、それだけ。


「よう色男、昼間っから女連れかぃ?」

「あ゛ァ?」

「お、おいおい、そうツンケンすんなって。よくいるんだよ。彼女に引っ張られてきたはいいけど手持ちぶたさな彼氏ってよ。どうだぃ?彼女と上手くいってねぇなら、夜のアドバイスの1つでも。」

「昼間っから盛ってんじゃねェよ、ばぁーか。」

「……んだてめぇ。こっちが優しくしてりゃ。っけ、まぶい女が来やがったかと思ったら、てめぇみてぇなのと一緒ってこたぁ、こりゃとんだビッチか。お手付きなんざ、こっちから願い下げだっつー……」

 そこまで言って、男は突然その場に膝をつく。

「おぉい店員さん。このにーちゃん白目むいて漏らしてやんぞ。」
「え? ちょ!? きゃー! なにしてんのよ!」

 知りもしねぇでアイツのことを汚ェみたいにぬかすからムカついた。それだけだ。バァカ。
執筆:ユキ
人の気も知らないで。

「私、本当に怒っているんですよ」

 人気のない高台に2人。そう話すハンナに、クウハはそっけなく「別に初めてでもねぇだろ。」と返すだけ。

(もう、人の気も知らないで……!)

(……私の、気持ち……?)

 と、心の中で小首をかしげるハンナであった。

 なぜハンナがクウハに対して怒っているのか。それは……


 コスメショップを後にした2人。
 互いに、何故相手が不機嫌なのかは分からない。待たせてしまったから? 一緒に商品を探さなかったから?
 お互いに思う所はあるものの、本当の理由は闇の中。

「とりあえず……飯、くわねェか?」

 気づけば陽も高く。
 フゥ、とハンナも息を吐く。

「そうですね。買い物は、急ぐものでもありませんから。」

「そんじゃ……こっちだな。」

 ”オトモダチ”にでも聞いたのか、ハンナの手を取り歩き出すクウハ。その歩幅はやや控えめに。雑踏では前に。
 しばらく行けば、出店のパンと肉の焼けるいい香りが鼻をつく。

「コレと……ハンナはどれにすんだ?」

「あ、私はこれで。」

「ン。じゃそれで。お代な。」

 言うが早いか。さっさと支払いを済ませてしまうクウハ。

「あ、自分の分くらいは……」

 奢ってもらうつもりなどなかったハンナが慌てて財布を出そうとするも、「ほれ。」とクウハから包みを放られて、「わっ!?」と慌てて両手で受け止める。

 その時だった。

「え!? ちょっと、クウハさ……!!?」

「舌噛むなよ?」

 両手が塞がった隙に、クウハはハンナを所為お姫様抱っこすると、空へと舞いあがった。
 なんで、こんな。

(人目のあるところで。もーう!!)

 ハンナの怒りの原因であった。


 プリプリしているハンナ。その足元。たなびくワンピースの裾を見ながらクウハは思う。

 人気の店? 俺といるからってコイツが安く見られんのはうぜェ。
 場末の居酒屋? よっぱらい連中にコイツを見せてやるかっつーの。

「聞いてますか! クウハさん!!」

 こちらの気もしらないで怒れるプリンセスは、ったく。

「聞こえてんよ。つーかよ、お前も、自分の恰好考えろよ。」

「え? ……あ、もしかして、クウハさん。」

 そういいながら、ハンナは何かを察したのか。珍しくフフッっと笑って見せた。

「あ゛? 」

「クウハさん、私が飛んだら、下から見えてしまうって思ったんですか?」

「……」

「そんな迂闊なわけないじゃないですか。ほら。」

 そういいながら。
 特に恥じらうでもなく、当然のように目の前でワンピースの裾をたくし上げて見せるハンナ。
 なるほどたしかに。そこにはショートパンツの姿が見えた。
 同時に。ハンナの白く艶やかな。普段小柄でどこか幼く見えるものの、男から見ればまごうことなく”女の肢体”が。

「……」

「え、ク、クウハ、さん……?」

 無言のまま。
 真顔のまま。

 ゆっくりと伸ばされる筋ばった手。
 人よりも冷たいソレが、普段人の触れることのない太腿へと、静かに、優しく添えられる。

「……っ。」

 思わず身を固くするハンナ。
 けれど。
 抗えない。
 抗わない。
 ……なぜ?
 自分でも分からない。
 周囲の音が聞こえない。
 このまま……

「ひゃっ!?」
 
 突然ぐにゅっ、っと、無遠慮に太腿をつままれ。
 現実へと引き戻される思考。

「たしかに、こんなに細っこい足じゃ男も見ねぇか。お前はもっと食えよ。ほら。」

 そう言って、手にしたパンを口に押し込まれたハンナに、そっぽを向いたクウハの表情を伺うことはできなかった。

(昼間っから盛ってんじゃねぇよ。バァカ。)

 あれ。ところで、これ、間接キ……
執筆:ユキ
だから今日も、いつものように。
 ――化粧がまだまだだ。

 そう話す彼は、気づいていない。
 時々、その瞳がとても寂し気な色を湛えていることを。
 少しだけ染まる瞳。
 他人よりも冷たい肌、その中でうっすらと赤みと熱を持つ目蓋。
 あれは、きっと。

 でも、周りの人に聞いてみても、「いや、いつもとかわらなくね?」「あいつが? ないない。」と言われる。
 うん、きっと、その通り。
 彼はそういう人。
 飄々として。
 突然ふっと踏み込んできて。
 勝手に人の内側に触れてみせて。
 けれど、こちらが触れようとすると、ふいと離れていく。
 まるで、猫みたいな。
 それが、彼が見せる、作り上げた、世間の見た彼で。

 でも。
 それでも。
 私は気づいてしまって。
 どうしてか。
 なんでかは、自分でも分からなくて。
 それでも、胸が晴れなくて。

 どうして話してくれないんですか。
 何があったんですか。
 私には、何もできないんですか。

 けれどきっと。
 彼は私がそう言っても。
 いつものように笑って見せる。
 そして、本心を見せてはくれない。

 だから私も。
 いつものように。

「おはようございます。クウハさん。」

 あぁ、貴方を泣かせたのは、誰ですか。
 貴方はいったい、誰のために涙を流すのですか。
 ……私では……。

 空はこんなに眩しいのに。
 どうして、心はこんなにも晴れないのですか。
 なぜ。
 わからないの。
 誰か、教えて。
 私の知らない貴方が、知りたい。
 けれど、知ってしまうことが、怖い。
 どうしたら。
執筆:ユキ
とんだ悪霊様だぜ。
 ――責任をとって、乾くまでこのまま運んでくださいね。

 あいつはそうやって、無警戒に受け入れる。

 ――でも、私にここまで近づかれても気づかないくらいにはお疲れなんじゃないですか?

 あいつはそうやって、俺の仮面をはがしてくる。

 ――私の膝ではあまり寝心地もよくないかもしれませんが。

 あいつはそうやって、無遠慮に引き込んでくる。

 ――そんな迂闊なわけないじゃないですか。ほら。

 あいつはそうやって、無自覚に誘ってくる。

 そのくせ。

 ――え、ク、クウハ、さん……?

 あの表情だ。

 この情欲が、男と女の肉欲だけであれば、どれほど簡単か。
 いっそ一度食ってしまえばどうか。
 後腐れなくなるならそれもいい。
 色を知ってどう芽吹いていくか、それを見るのも面白いかもしれない。

 けれど、見えてしまう。
 そして、惹かれてしまう。
 そのまだ青く、けれど徐々に色味を帯びて熟れゆく果実(魂)に。

 手を出してしまえば、止まれるかわからない。
 抗える自信がない。

 抗う必要なんかねェはずだろ。
 これが他の奴だったらどうだ?
 なのに、よ。
 とんだ悪霊様だぜ。
 情けねぇったらありゃしねェ。

 魂を食べなくても死にはしない。
 別に今はひどく飢えても、渇いてもいない。
 そのはずなのに。
 アイツと会うたびに、俺の黒い部分が鎌首をもたげる。
 喉が鳴っちまう。

 そうして今日も旦那の元に足が向く。
 あの人の魔力に酔いしれることで、この衝動を、忘れられるカラ。
執筆:ユキ
今はただこの距離が。
「最近のあいつ、浮ついてねぇか?」

「いいじゃねぇか。悪霊と骸骨、お似合いカップルでよ。好き者同士でくっついて慰め合ってりゃ、かえって平和ってもんだろ。」

「「ちげぇねぇ。」」

 その会話を聞いたのはただの偶然。
 誰の名前も聞いていない。
 けれど、何故だろう。
 何故か、誰の事を言っているのか、察してしまって。
 察せるくらい、彼の機微に敏感になっていた自分がいて。
 何故か。

(あぁ。そっか。そう、ですよね。)

 そう、思えてしまう自分がいて。



 私は彼の事を何も知らない。
 彼を眷属にしたという、主さんのことも。
 お屋敷に一緒に住んでいるというたくさんの仲間や、居候しているという複数の同居人のことも。
 私が知っている彼は、とても薄っぺらい、表面だけの彼で。
 それでも何故か。
 私が。
 私だけが知っている彼がいる。
 私にだけ見せてくれる彼がある。
 そんな風に思い込んでいた自分がいたと。
 そんな、まるで年若く恋に夢を見る村娘のような愚かな自分がいたことに、驚きを覚えました。
 戦場で、多くの命を奪ってきた自分なんかにまだそんな甘さが残っていたのかと。

 けれど所詮、私は彼の「唯一無二」でも、「恋人」でもない。
 当然です。そうなろうとしたわけでもありませんし、なりたいと思っていたわけでもありません。
 ……思ってないんです。
 なにより、彼が私なんかをそういった目で見るわけがないんです。

 あの日だって。
 触れられた太腿は、いまだに彼の手のひんやりとしたぬくもりを覚えているけれど。
 彼のあの眼差しが目に焼き付いているけれど。
 
 それでも、彼はそれ以上、私に触れようとはしませんでしたから。

 彼にとっては私はただの知人か、友人か。あるいは、妹のようなモノ、なのかもしれません。
 だって、ほら。

「ヨゥ、ハンナ。しけた面してんな? なんか面白ェことしようゼ?」

 そういって彼は今日も、いつもと変わらず、私の肩を組んでくるから。
 変わらない態度。
 変わらない距離。
 変わらない関係。
 だから私も、いつもと同じ私で。

「おはようございます、クウハさん。仕事はしっかりしないといけませんよ。」

 今はただこの距離が、〇〇い。
執筆:ユキ
思い通じたその爽やかな朝に

「おはようございます。」

 微睡みから引き戻す、とても心地のいいその声。自分を見下ろす、思い通じた相手。

「悪ィ。寝ちまったか。」

 昨晩は叱咤を浴びて。そして受け入れてくれたことに安堵したか、またも彼女の膝の上で寝ちまうとは。

(もったいねぇことをした。)

 などという雄の声は、さすがにまだ出さないが。

「体調、大丈夫ですか?」

「アァ、最高の枕で寝たからな。」

 そう返せば微笑むその表情が、いつものそれよりもさらに柔和に、愛おしく見える。

「でしたら……今日は先日の買い物の続きでもいかがですか?」

「……あ゛ー……。」

 先日の買い物。それを思い起こし、思わず気だるげな声が漏れる。

「……なにかあったんですか?」

「アァ、いや……」

「な・に・か。あったんですか?」

 わざわざ言うのもなぁと躊躇していると、いつになく凄んでくるハンナに思わず気圧される。

(こいつ、こんなキャラだったか?)

「……なるほど、仮にも交際を始めた相手に、二股以上に言えないやましいことがあるということですか。」

 じとっとした瞳にすわった声で、そのまま窓へと向かおうとする彼女。

「おまっ、バカっ、んなのネェよ! ただなぁ……」

 慌ててあの日の出来事を説明するクウハ。
 背中越しにそれを聞いていたハンナは、「ハァ……」と一度息を吐き。
 振り返った時には、毒気の抜かれた、呆れたような表情で。

「なんですかそれは。どうして言ってくれなかったんですか。」

「いや、言えるかヨ。」

「……フフッ。でも、そうですか。そんなにあなたは私のことを気にかけてくれていたってことですね。」

「……あぁそうさ。俺のせいでおまえが安く見られんのが嫌だったんだよ。」

「フフッ。素直でよろしい。それに……」

 そういいながら、ベッドの隣に腰掛け、彼の肩へとしなだれかかる頭。

「……それに?」

「……私もなんですよ。」

「……」

 灰色の髪を撫ぜながら、言葉を待つ。
 彼女も嫌がるそぶりはなく。むしろどこか心地よさそうに。

「あの日、店員の女性に、あなたのことを彼氏と間違われて。違うといったら、紹介してって言われたんです。」

「……言えよ。」

 溜息まじりにそう返せば。
 肩越しに上目遣いでこちらを覗く女はどこか楽しそうで。

「言えますか? 彼は私のですよ、なんて。あぁ、なるほど。あの時のモヤモヤは、そういうことだったんですね。」

 そう話す彼女は、とても晴れやかに笑って見せる。
 
「……言ったでしょう? 私をなめるなって。もう一度昨日のやり取りをされますか?」

「いや、それはマジで勘弁だワ。」

「じゃあ、行きますよ。何かあったら言ってくださいね。私がなんて呼ばれていたか、ご存じでしょう?」

 そう言って話す彼女はもはや妖艶とも言えて。

「……今あなた、私のことを食べたいと思ったでしょう?」

「……オマエ、本当にそんなキャラだったか?」

「フフッ、女は変わるものですから。あなたのせいじゃないですか?」

 あるいは、かつて英雄と、魔王と言われた彼女の素養が開花しただけかもしれないが。
 俺色に染まる。そう言われ、思わず高ぶりそうになるものの、その前にすることがある。

「んじゃ、いくか、俺の灰色髪の姫(シンデレラ)。ただし行くのはこの間とは別の店な。」

「えぇ、そうですね。」

「指輪かピアスか。それともネックレスか。何がご所望だい?」

「え?」

 かけられた言葉に、二人の絆の証を見に行くと気づき上気する頬に、「……まだまだ可愛いお姫様だな」と笑みが零れる朝。
執筆:ユキ
シャッターチャンス!!
「はい、チーズ!」
 自前のaPhomeを向けて、クウハは写真を撮った。ミントグリーンのワンピースを翻す彼女を、アルバムに収める。
 歴戦の軍人の反応速度でハンナは彼の方を見た。無言ながらも訝しげに眉をひそめていて、この行為の意味を問いかけてきているのは明白だった。
「……今度は驚かなかったか。時間経ったからイケると思ったんだけどなァ」
「人から教わったことを簡単には忘れませんし、忘れられませんから」
 クウハがハンナに写真の撮り方を教えたりなんだりした一件。あれから月日が経ち、二人の関係もずいぶん変わっていったものだった。
 だが、真面目に返事をするハンナの姿は以前から変わっていない。それならばと、クウハはニヤリと笑った。
「なんだよ、俺から教わったことなら何でも忘れないって?」
「そんなこと言ってなっ……! ……でも、それは、その……事実、かもしれませんが」
 ハンナは軍帽のひさしを掴もうとするが、生憎今日は帽子を被ってきていない。指だけが空しく宙を切った。咄嗟に顔を隠すように俯く。それでも、灰色の髪から覗く頬は、仄かに朱を帯びていて。
 否定を予期していたクウハは思わず硬直する。数秒の間が空いて、ハンナはなかなか言葉の降ってこない彼の顔を見上げた。
「……自分で言っておきながら、何で意外そうな表情をしてるんですか」
「ん? なんでだろーなー。ハンナが俺のことを愛してるなんて当たり前なのになァ」
 クウハは目を逸らす。普段の気丈さを取り戻したハンナは、長く息を吐いた後、「大体」と言葉を続けた。
「写真を撮りたいなら素直に言ってくれればいいんですよ。……将来、見返したときに楽しいかもしれませんし」

 ――口をついて出た『将来』という単語。
 そのシンプルな響きは、二人の心をくすぐるような心地がした。希望と共に将来を考えるなんて、そんなこと――。
 鬱陶しい硝煙の匂いと止めどない炎。流れる血と誰かへの暗い激情。そんな想像が、互いの胸に一瞬だけ去来した。けれど、一瞬だけだった。今は、一瞬だけで済んだ。
 クウハはふっと笑った。人をからかうときに浮かべる笑みとは違う、柔和な微笑みだった。
「じゃあ、撮ってみてもいいか? 俺とハンナで、一緒の写真を」
「……はい」
 彼は彼女の薄い肩に腕を回し、そっと傍らに抱き寄せる。シフォンケーキを連想させる甘い香りが鼻腔に広がった。再びaPhoneの液晶に触れる。
 二人で寄り添って、写真を一枚。来るべきいつかへ、想いを乗せて。

 ●

「あの、この写真、妙に歪んでいる気がするのですが。火の玉も浮かんでいませんか?」
「おい誰だよ心霊写真にしようと写り込んできたヤツ! 今日は許せねェからな!!」
執筆:
贈り物は黒。
「よぅ、似合ってんじゃねぇか。ソソるゼ?」

 そう話すクウハの視線の先、柔らかな真白の綿の上に横たわるのは、シーツに負けじと白い肌をうっすらと赤く上気させた恋人。

「……あ、あなたがどうしてもって言うから、着たんですから、ね……」

 そう話す彼女の装いは、もはや「他者から肌を隠し自己を守る」服の体を成していない代物。その身の白とのコントラストを際立たせる黒のカップに隠される双丘は、小さいながらも女性を象徴し。そこから下へと肌を包み込む布地は、なんとも頼りなく透けて、薄暗い部屋の中にあっても華奢なボディーラインをあられもなく晒している。そのシースルーのドレス部分の奥、三角州を隠す布地もまた、平時彼女の着用しているものからすればとても小さく、ましてや前後を紐で支えるのみのソレは、ひどく落ち着かない。

 彼女の名誉のために言えば、これは彼女が選んだものではない。恋人である彼(クウハ)が彼女(ハンナ)へとプレゼント(提案)したものである。だが。

「そうだな。愛する彼氏のお願いを聞いてくれるだなんて。ハンナは本当にいい女だナァ?」

 そういいながら、その白い太腿をそっと指先で1本、2本となぞっていく。羞恥に、けれど目を閉じることなくにらみ返してくるのは、さすがというべきか。あぁ、なんて美味そうなことだろう。

「断るって選択肢だってあったんだゼ? オマエも、こうされるって分かって着たんだロ?」

 触れる指先はいつしか掌へとかわり。その手は徐々に、撫で上げ、薄い布地の奥へと。我慢しているのだろう。時折漏れ出る。「んっ」「あっ」という吐息さえも甘美だ。露わになった彼女の首筋へと鼻先を近づける。わずかに香る汗の香りもまた、香しい。その首筋。彼女の色素の薄い肌に浮かびあがる血管が、今彼の中に蟠る欲情を掻き立てる。

(あぁ……こいつの血を飲みてぇ。)

 目の前には、必死に快楽から逃げようとする彼女が差し出した白いうなじ。クウハはそこへ、その牙を……

 …………

 ……

「……夢かよ。」

 そう。夢である。
 隣には、すやすやと寝息を立てるハンナの姿があるが、寝乱れた様子もなく、もちろんそのうなじに、けっしてつけてはいけない傷跡もない。内心息を吐くクウハが、人の気も知らずに気持ちよさそうに眠るハンナの前髪を払い、整った鼻をつまんでやる。

「……んんーー!? なにするんですかもう!」

 不機嫌に手を払い起き上がるハンナ。その様子に、してやったりと口角をあげるクウハだったが、起き上がった彼女のその、毛布をはだけて露わになった寝着に、思わず目を見開いて固まる。だってそれは、夢の中で自分が彼女へと着せたソレだったから。いや、正確には……

「……たしかに、黒色もいいかもしれませんが。」

 そう話す目の前の彼女の様相は、先ほどまでのいつもの彼女ではなく、まるで雌のソレで。

「こちらの方が、”貴方色”じゃないですか? ねぇ……」

 纏う紫色のナイトドレスが、ひどく妖艶に迫ってくる。片方の肩紐をずらし、差し出される首筋。そして。

「どうぞ、私を飲み干して……?」

 …………

 ……

 森の中、1本の枯れかけた木の枝の上。頭を抱えて空を見上げる悪霊が1人。

「……どこまでが夢なんだヨ、おい」

 はたして、それは自然発生した夢か。あるいは、誰かが見せた悪夢か。
 ただひとつはっきりしているのは。自身を侵すこの喉の渇きは癒えていない。だから、大丈夫だ。大丈夫。
執筆:ユキ
そろそろ水着の季節ですね
「ちょいとそこのお二人さん、アタシのオススメを聞いとくれないかい?」
 街をぶらぶら歩いていたら、見知らぬ老婆(だが声は若いので変装だろう)に話し掛けられた。
 新しく入荷した商品が似合いそうでねぇ、と店の奥へ案内される。
「さて、まずはお嬢ちゃんの方さね。見た所、あんまり派手なのは苦手そうだから……」
 セパレートの水着が良かろうから、タンキニはどうだろう。
 柄は白地にミルキーパープルのボーダーストライプ。
 上に羽織る物は防水撥水と通気性を備えた薄手のジャンパーで。
 黒色なら可愛い猫耳しっぽついたものを仕入れているよ。
 足元はローヒールのグラディエーターなら思いきり遊べると思うんだよねえ。
 あとはお祭りで買うようなカラフルだったり形が面白いブレスレットを重ね付けすると、可愛いかも。
「彼氏さんは派手だからねえ、そうだねえ……あえてシンプルめに」
 彼女さんと同じ配色の斜めストライプのはどうだい?
 太さもを隠す長さだからゆったり着れるよ。
 羽織物は黒く染めたリネンのロングカーディガン。
 耳しっぽは付いてないが、代わりに羽が舞っているデザインが裾と袖口に入るよ。
 足元も彼女さんとお揃いの物にしようかね。せっかくだから色違いにしてもオシャレだ。
 アクセサリーは今あるものでも充分だとは思うが、形の面白い物は買い足して揃えるとか。どうかな?
「ひとまずこんなものだよぉ。ありがとうねえ、話を聞いて試着してくれて」
「いえ、参考になりました。他も検討してから来ます」
「またな~」
執筆:桜蝶 京嵐
雨の日。
「……かくして、青年は蝋で仕上げた怪鳥の羽をその両手に、空へと飛び立ちました。高く、高く。太陽へと。」

「いや死ぬだろソイツ。」

「……御伽噺ですからね、クウハさん。」

 暗い森に佇む古びた洋館。その一室で、彼らは今日も静かな時を過ごす。長く続く雨に出歩く者はなく、そうなると森に迷い込む”おもちゃ”もいない。退屈が爆発して暖炉やキッチンを爆発させかねない小鬼たちと、それに対して爆発しかねない館の主を見かねて、彼の恋人であるハンナが本を持参し、小鬼や霊たちに読み聞かせる時間。霊たちは床に、壁に、天上に。ハンナの周りに集まって彼女の語りへと耳を傾ける。そしてその間、クウハは必ず同じ部屋でハンナの読み聞かせが終わるまで待機している。時折、つまらなそうに相槌を返しながら。
 そんな心配性なのか、構ってほしいのか、独占欲の強い恋人に苦笑して返すハンナ。その背には、蝋仕立てなどではない、白無垢の翼が一対。その翼に群がる小鬼たちは、さきほどまでハンナの読み聞かせる絵本にキャッキャとしていたが、クウハの不機嫌そうな声に、そそくさと翼の中へと姿を隠す。それを見てクウハが「その羽は俺んダ。」とさらに眉をつり上げるのを分かったうえでやっているだろう小鬼共に思わず殺気が零れるが、「私のです。」と羽の持ち主本人にぴしゃりと訂正され、さすがに続く言葉がない。

「っかし、こう長雨じゃ、カビが生えそうだゼ。」

 こんな館に住まう悪霊が何を言うのかとも思うが、そうは言ってももう数日続く雨に、ハンナも思わず窓の外を眺める。

「依頼とあれば天候など気にしませんが、用もなく雨の中を出るのも、ですね。羽も湿ってしまいますし。」

 そう言いながら、もう数日は羽ばたいていない翼を撫でる。

「んじゃ、いっそ濡れねぇとこまでいくカ。」

「……はい?」

 そう言って、ソファーに寝そべっていた体を起こし首を鳴らすクウハに、思わずハンナの口からは呆けた声が漏れる。

「この辺りはどこも雨だと思いますよ? ローレット支部まで行って、空中庭園を経由して他の地域へ行くつもりですか?」

 時刻はもう夕暮れ。遠出をするにはいささか遅い。

「いんや。こっからすぐだゼ。」

 クウハはそういうと、椅子に座るハンナの背と膝の下へと手を滑り込ませる。自然、お姫様抱っこされるハンナ。

「ちょ、ちょっと!? クウハさ、ん……」

 突然の行為に、頬を染めつつも幾分の怒りを込め強い口調で彼を睨みつけたハンナだったが、その背に輝くものを見て、瞳が見開かれる。

「……綺麗。」

 それは慈しみの雨と共に在ろうとして届いた頂。3対の翼。

「この羽なら、太陽に近づいたって溶けやしネェだろ。」

 そういって呆けたままのハンナへ自分のローブをかぶせると、あけ放った窓の縁へと足をかける。そこにきて、さすがのハンナも我に返る。

「ちょ、ちょっと、まさか、雲の上まで飛ぼうっていうんですか!?」

「アァ。今の俺なら、前よか上手く飛べると思うゼ?」

 そうは言っても。困惑するハンナの頬を撫で。

「魔法の絨毯はネェけどよ。俺を信じろよ、プリンセス。」

 そう、悪戯っぽく、けれど愛おし気に声をかけるクウハに。

「……貴方が一番、いつも私のお話、聞いてくれているんですよね。」

 返事の代わりに、その首へと両手を回し、身を委ねる。


 きっと、雲の上は晴れ渡り。2人だけのトワイライトな世界。
執筆:ユキ
雨の日のお家デート
 とある週末、降り続ける雨。
 クウハとハンナはラグの敷かれた床の上でそれぞれまったりしていた。
 ハンナは読み損ねていた本を読み、クウハはハンナの翼に甘えていた。
 ハンナ自身の背丈よりも大きな灰の翼。
 天使じみた純白よりも好感の持てるその翼は柔らかで暖かい。
 こうして軽く広げて貰い、その内側でハンナの体温と翼の温もりを同時に享受できるのはクウハぐらいだろう。
「ふ、ふ……気持ちー………」
「ちょっと、くすぐったいです」
 羽の一枚いちまいはサラッとしていて、そのスベスベ感を味わうように撫でれば、本を読んでいたハンナから抗議の声があがる。
 まさかこんな羽の一枚にも神経があるとはな、と内心で感心しながら「いら、わりぃな」と謝っておく。
(でもそれなら、夜の時とか楽しめそうだなァ……)
 不埒な事を考えながら今は彼女の体温と温もりを全身で独り占めする。

 
執筆:桜蝶 京嵐
突然
「ナァ、ハンナ」

 彼は、悪霊で。きまぐれで。

「他に好きな奴ができたから、別れてくれるカ?」

 いつだって、突然だ。

 ……

 …………

 読んでいた本を閉じ、顔を上げる。
 テーブルをはさんで向かいのソファーに座る彼は、カウチに肘をつくでも、テーブルに足を載せるでもなく、こちらの目をじっと見つめている。
 しばらくその目を観察し。

 ―――フゥ。

 思わず息が零れる。

「……わかりました。」

 そう返せば。ポケットの中に入れたままの手が、落ち着かないように一度動く。

「……いいのカ?」

 そう聞いてくる彼に。

「いいわけないでしょう?」

 ぴしゃりと言ってやる。だってそうでしょう。

「試されて、いい気持ちになる彼女がいると思いますか?」

 ましてや。自分から聴いておいて、そんな、辛そうな顔をしておいて。

「……バレバレか。俺も平和ボケしちまったかなぁ。恋人一人騙せねぇんじゃ、悪霊様が形無しだぜ。」

 そうやって、大げさに肩をすくめて、冗談めかしてみせて。

「悪ィ悪ィ。詫びになんでもすっからヨ。」

 そうやって、テーブル越しに私の手を取り、その甲に唇を落として見せる。
 でもね、クウハさん。

「……じゃあ、別れましょう?」

 その瞬間。私の手に触れる、彼の冷たい手が一瞬震えた。
 しばらく返事はなくて。
 彼の手が静かに私の手を離そうとしたところで。
 強く。強く握り返してあげる。

「……ね? 気持ちのいいものじゃないでしょう?」

 そう言って。
 彼が好きだと言ってくれる羽を羽ばたかせて。
 テーブルを越え、彼の元へと渡り。
 その、私より大きな背を、抱きしめて。
 
「これでお相子です。だからもう、こういうのは、ナシですよ。」

「……あぁ。悪ィ。」

 もう、言葉にしてはダメですよ。
 だって、貴方は。
 私が望めば、簡単に手放してしまうから。
 私がいつでも離れられるように、縛らないように、線を引いてしまうから。
 どこかで、諦めているから。
 自分は、悪霊だから。
 誰かと幸せになんてなれないと。
 でも。
 それでいて。
 独りになることに、臆病だから。

 私を見る時の貴方の目はね。とっても正直なんですよ。
 本当に別れたいなら、もっと、覚悟とか、私への申し訳なさとかが、滲んでいたんでしょうね。
 さっきの貴方の目にあったのは、悪戯をした時の、不安を隠した子どものソレ。

 大丈夫ですよ。
 元々、私以外にも大切な人、離れられない人がいるって。最初からそう知りながら付き合っているくらいなんですから。簡単に捨てられると思わないでくださいね。
 ……大好きですよ。クウハさん。


 ……

 …………

 でも。
 だからこそ。
 もし。
 もしも、貴方が。
 本当に、私以外にもっと好きな人と出会えたなら。
 それが、貴方と一緒に歩ける人だったならとも、思うんです。
 私はたぶん、貴方と同じ時を生きられないから。
 たとえ混沌の滅びを払えたとしても。
 その争いで、命を落とさず、平和な日々を過ごせたとしても。
 いつか……貴方を置いて、逝ってしまうから。

 ……貴方とずっと一緒にいたい。
 ……貴方の中に、いつまでも私があって欲しい。
 ……けれど。
 貴方を縛りたくない。

 私は貴方を幸せにします。
 貴方と、幸せになります。
 だから。その先もどうか。
 幸せでいて欲しいんです。
執筆:ユキ
ぬるま湯
「ナァ、ハンナ」

 俺は、どこまでいっても悪霊で。

「他に好きな奴ができたから、別れてくれるカ?」

 こいつの魂を、汚したくないから。

 ……

 …………

 ――――かんっぜんに下手こいたナァ。

 ソファーに身を沈め、天井を仰ぎ見る。
 屋敷のそこら中から、クスクス、ケタケタと、無様な主を嘲笑する小鬼共の声が響くが、いちいちそれを恫喝するのも面倒だ。

 ただの思い付きっってわけでもなかったが、今思えば、どうしてあんなことを言っちまったのか。
 関係性が崩れなかったことに安堵する自分がいるあたり、自分の女々しさに、自分を殺したくなる。まぁ、死ねねぇんだが。

 そう。俺は死ねない。死なないんじゃない。簡単にゃ死ねない。
 もとより悪霊。それが混沌で受肉しただけで。この心臓が本当に”人”のソレと同じなのかも知らないデタラメな存在だ。
 そこにきて、魔性の契約、眷属化、そして得た主と同等の不死性。
 さすがに冠位魔種やら滅びやらと直接ぶつかりゃ一発だが。
 寿命という意味では、俺の時間は、わけのわからないもんになっちまった。

 じゃあ、ハンナはどうだ。
 アイツは、たぶん違ェ。まっとうな”人”だ。
 俺とアイツの時間は違う。
 つってもそれだけなら、幻想種や精霊種なんてもんがいる混沌じゃ珍しくもネェことだ。おセンチ気取ることもネェ。

 だが。俺は悪霊だ。
 この先も共に在れたとして。
 俺とともにいて。アイツの魂が、報われるのか。

 神様なんざ信じネェ。
 生まれ変わりなんてモンがあるかもしらネェ。
 だが少なくとも、俺がアイツの魂を食っちまえば。それはもう、”アイツ”じゃない。
 これまで食った魂をそのままに取り出せるか? 無理な話だ。
 ただの食事と同じように消化されるか。
 俺の中で変質したナニカになっちまうか。

 それを、俺は望まない。
 だが、俺の中で、「アイツと共に在りたい」「アイツを食いたい」という欲がいて。
 きっと、アイツはそれを否定しない。
 もしかしたら、「自分を食べろ」と言うかもしれない。
 そう言われた時。
 俺は抗えるのか。
 食っちまって。
 その先に。
 終わりのない孤独に耐えられるのか。

 もしかすれば。
 食べなければ。
 生まれ変わりというものが本当にあれば。
 あいつと同じ色の魂に、遠い未来、また会えるかもしれない。
 だが、そいつも今のアイツじゃネェ。
 俺の中でアイツの魂を縛るのも。
 未来、次のアイツを縛るのも。
 だから。
 それならいっそ、今のうちに。

 そうさ。最初から間違ってるんだ。
 アイツと分かれた先の孤独?
 違ェだろ。
 悪霊がお手手とりあって仲良しごっこなんざしてるのが、元々おかしな話なんだ。
 俺は、元々孤独だった。
 これからも、そして、アイツと分かれた、その先も。
 ぬるま湯に浸かっちまって家猫になり下がった腑抜けが、野良に戻るだけ。

 …………そう、思ったんだが、な。

 今くらい。浸からせてくれよ。
 だってよ……アイツの隣は、本当に、本当に。居心地がいいんだよ。
 俺なんかにゃもったいないくらいに。

 あいつが元の世界に戻るか。
 逝っちまうか。
 別れの、その時まで。

 ……その時どうするかなんざ。
 今の俺にはわからネェけどヨ。

 ……捨てられねぇよナァ。
執筆:ユキ
サイアイのソラ
 空は青く高く悠然と雲は流れ。
 自由の象徴たる己が姿を現す。
 風が声を遮る、姿が見えない。
 陽光を浴び、悪霊は目覚める。
 
 「……ン」

 悪霊は永い夢を見ていた。

 遥か昔……。遠い日の夢。
 ……まだ混沌に呼び出される前の時の夢を。

 「クウハ」
 悪霊の名を呼び、彼の顔を覗き、影を落としたのは翼の少女。
 少女の髪は短く、背丈は小柄で、眠たそうな表情も凛々しい。
 草原の丘。小さな家。赤い屋根の下。木陰で寝そべる彼らは。
 二人は混沌で出会い、幾数多の試練と冒険を乗り越えてきた。
 
 「ソラ」
 互いに助け合い。手を取り合い。時に傷つき。或いは傷つけ。
 相容れぬ者同士。人里から離れ。求めては、繰り返し求めて。
 共に歩む道を探し、選び、照らし、此処までたどり着いた……
 独りでいた日々を、時を、絶望を、過去に置き去りにした……ンだ。

 「……」
 どんな結末が待っていようと。
 たとえ混沌が消えてなくなろうと。
 そして悪夢が忘れられてしまっても。

 アァ……奪われる前にウバイカエセバイイサ。

 「…ソラ!」 今日は晴れ渡る快晴の日々。とても気持ちガいい太陽ダ★
 「クウハ!」 おっと、失礼ダゼ★ これは妻のソラ。とても可愛くて自慢の奥さんナンダ★

 「もう! 今日も帰りが遅かったのですね!」 へへっ、俺には本当に勿体ねえ女だゼ★
 「ソラ! おはよう! そしてただいまー!」 ちゅっ★
 「もう! 今日もいきなり仕方ないですね!」 アー……カワイイナァ。もっとイチャイチャしてぇナァ★
 「ソラ! 好きだよ! そして愛してるよ!」 そう、そこでギュっとソラを抱くんだよ、タマラナイ★
 「もう! 今日も朝ご飯は先に食べるです?」 どうしようかナそれとも後にしてお風呂に入ロウカナ★

 「ソラ! ソラだよ! そしてソラダヨー!」 ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ 
 「もう! 今日もクウハなの? ああっ!!」 ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★
 ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★
 ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★ソラ★

 ブツン……ジジジ……世界が覆われていく。
 愛を求めし大いなる陰に拐かされたのはサイアイのソラ。 
 在りし日の面影などない在りうべからざる―IF―の象徴。

 ――イクリプス
 変容した姿と共に、白く気高き翼は黒く重く禍々しく色が蝕まれてゆき。
 身にまとった衣服も、出会った頃に着ていた軍服のソレに移り変わっていく。
 背後には……俺様に銃口を向けた無数の異世界の重火器……。冗談ジャナイゼ。

 この世でアイが求められると思った。そして死んだ。悪霊となった。
 あの世でアイを探せられると願った。そして喚ばれて眷属となった。
 異世界でアイと会えたのだと叶った。しかし目の前の空翼となった。

 二人で笑い、楽しみ、歓び、喜び、悦び、慶びたかったんだ。
 それさえ叶わない、帰る事は出来ない。災いの「サイ」

 空は青く高く悠然と雲は流れ。
 自由の象徴たる己が姿を現す。
 風が声を遮る、姿が見えない。
 陽光を浴び、悪霊は目覚める。

 悪霊は永い夢を見ていた。

 遥か昔……。遠い日の夢。
 ……まだ混沌に呼び出される前の時の夢を。

 木陰で寝そべる彼らは。
 二人は混沌で出会い、幾数多の試練と冒険を乗り越えてきた。
 在りうべからず再の夢

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