幕間
指折り数える日々
指折り数える日々
関連キャラクター:ジョシュア・セス・セルウィン
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- 景色
- ジョシュアがアイスティーを淹れて席につくと、カネルが膝に滑り込む。リコリスはその様子に微笑んで、紅茶に口をつけた。
「美味しいわ。ありがとう」
「いえ。こちらこそ、マドレーヌをありがとうございます」
リコリスの作るマドレーヌは温かい味がする。心の奥がほどけていくように思えるから、好きだった。
「そうだ、今日はこれを。暑中見舞い、です」
お土産を渡すのは、少し緊張する。だけど胸が温かくなっている今は、すんなり渡すことができた。
「お花と、絵はがきかしら」
彼女の目が驚いたように見開かれて、それからそっと細められる。柔らかく浮かべられた笑みに、ジョシュアも思わず表情を崩した。
ジョシュアが渡したのは紅紫の花と、その花たちが描かれた絵はがきだ。以前ヘルムスデリーを訪れたときに見つけたものだ。
「綺麗ね。貰っていいの?」
「ええ、勿論です。この景色を、見せたかったので」
ありがとう、嬉しいわ。そう言って見つめられると照れ臭くなる。だけど、彼女が丁寧に花や絵はがきに触れているのを見ていると、こちらも嬉しくなった。
「何て言うお花なのかしら?」
「これはヒースと言って――」
その時の出来事や、見たもの、感じたことをゆっくりと言葉にしていく。リコリスが穏やかに話を聞いて、そっと笑みを浮かべてくれるのが、心地よかった。
- 執筆:花籠しずく
- 雪遊び
- 抱えていたカネルを雪の上に降ろすと、カネルの小さな足が雪の中に沈んだ。ふかふかした雪を楽しむようにカネルは足踏みをしていたが、やがて尻尾を振りながら歩き始めた。白い雪の上に、小さな足跡が点々と続く。
「何をして遊びましょうか」
ジョシュアはリコリスのように、カネルの言葉を理解することはできない。だけどちょっとした仕草や尻尾の動きで、今どんな気持ちになっているのかは想像できる。
「雪だるま作りがいいですか? それともかまくらを作るのがいいですか?」
カネルはどちらを尋ねても嬉しそうだったから、両方作ることにした。
「まずは、雪だるまを作りましょうか」
雪を丸くなるように転がして、身体の部分を作る。雪玉を二つ作っていると、片方をカネルがつつくように転がし始めた。前足で雪玉をつついている懸命な様子が可愛くて、ずっと見ていたくなる。
「折角だから猫の形にしようかと」
出来上がった雪玉を重ねて、目と鼻、それから耳をつけたら、猫の形の雪だるまの完成だ。
雪だるまの周りを、カネルはとことこと歩いた。尻尾を揺らして、時折じっと眺めるように立ち止まって、やがて隣にすとんと座った。
おんなじ。そう言っているようで、ジョシュアも思わず微笑んでいた。
雪だるまは、リコリスの家の庭に飾ってもらうことにした。
- 執筆:花籠しずく
- ひみつ
- リコリスがオーブンを開けると、香ばしい香りがふわりと漂った。ジョシュアも一緒に中を覗き込むと、パイが綺麗な茶色に色づいているのが見えた。
「できたわ」
リコリスの明るい声に頷いて、ジョシュアもポッドからハーブティーを注ぐ。優しい色がカップを満たして、それから二人で席についた。
パイを食べさせてくれるとは聞いていたけれど、パイの中身はまだ教えて貰ってはいない。「食べるまでの秘密」だそうだ。
パイから甘い香りはしないから、多分、お菓子ではない。深い器の表面を覆うようにパイがかけられているから、中身は水気が多いものだろうか。
「「いただきます」」
わくわくしながらスプーンをさすと、パイがさくりと破れて、茶色の中身が見えた。すくってみると、とろりとしたルーと共に肉と人参が現れる。
「パイシチュー、ですか?」
正解、とリコリスが笑う。ジョシュアもつられて微笑んで、パイとシチューを口に運んだ。
さくさくのパイがシチューと絡まって、食感が変わっていく。シチューも具材が柔らかく、ルーに食材の味が溶けだしていて美味しかった。
「ジョシュ君、いつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」
「リコリス様の料理はどれも、とても美味しいので」
素直な感想を口にすると、リコリスは顔を赤くして、ハーブティーを一口飲んだ。
「美味しい。これ、ミントティーね」
「ええ。ハーブ園に行ったときに買ってきたものです」
ジョシュアが持ってきたのは、ミントとカモミールの二種類だ。リコリスが「飲むまでの楽しみにしてみたい」と言っていたから、何のお茶を持ってきたかは秘密にして、ミントティーを淹れたのだった。
「カモミールは後ほど淹れますね」
「ありがとう」
ハーブ園で見たものを話しながら、パイシチューを食べる。胸の奥まで温かくなるようで、ほっとする時間だった。
- 執筆:花籠しずく
- 春を切り取る
- 花の香りがする紅茶と共に机に置かれたのは、淡いピンク色をしたロールケーキ。ロールケーキの上には薄く色づいたクリームが波を描くように絞られており、桜の花びらがさらにその上に飾られている。花びらがはらはらと散っていく様子を切り取ったようなお菓子に、ジョシュアの胸が躍る。
「食べてしまうのがもったいないです」
ジョシュアの一言に、リコリスは照れたように笑みを返す。「ジョシュ君が楽しみにしていてくれたから、張り切っちゃった」
彼女がナイフを取り出し、ロールケーキを切り分けていく。小さな季節が、お菓子に閉じ込められていく。
「さ、食べましょうか」
二人揃っていただきます。お菓子にそっとフォークを刺して口に運ぶと、ふわりと優しい香りが口の中に広がった。穏やかな甘みをほんの少しの塩味が引き立てていて、頬が落ちそうだった。
「美味しいです」
ジョシュアが微笑むと、彼女がほっとしたように表情を崩した。自分を受け入れてくれる人がいること、共に過ごせることは嬉しいし、落ち着く。
春らしいお菓子を食べていると、この前の依頼を思い出す。桜の精はどの子も素直で優しくて、彼女たちと共にあった桜は綺麗だった。その話をぽつぽつとしていると、リコリスは嬉しそうに目を細めた。
「実は私、桜の木は見たことなくて」
ジョシュ君の話を聞いていると、見たような気持ちになれるの。彼女はそう笑っていた。
桜が咲く場所が遠いのだと彼女は言うけれど、それ以前に、人に冷たくされるのを恐れてなかなか出かけられないのだと思う。自分が魔女であることを悩んでいるのではないかと気になるけれど、今は、あの宴会の出来事をたくさん聞かせてあげたいと思った。
- 執筆:花籠しずく
- クリームパン
- 楕円形に伸ばしたパン生地にカスタードクリームを乗せると、バニラの香りがふわりと立った。香りごと閉じ込めるようにしてパン生地で包み、天板に並べてオーブンで発酵させる。
発酵させている間は、カネルを撫でながらリコリスにパン教室の話をした。大切な人に食べさせてあげたいと思って教わるお菓子作りは心が躍ったものだ。だけどそれを伝えるのは恥ずかしくて、作ってみてどうだったのかということや、そこにいた人とのやりとりばかり話してしまう。
発酵が終わったら、薄く卵を塗り、生地をオーブンで加熱する。
お菓子作りは料理より不慣れだ。でも、クリームパンを食べたことのない彼女に美味しいものを食べさせてあげたくて、パン教室のことを思い出しながら頑張った。
美味しくできていますようにと祈ることしばらく。オーブンを開けると優しく色づいたパンが出てきた。
「わあ」
リコリスと顔を見合わせて、にこりと微笑み合う。あついあついなんて二人で言いながら焼きたてのパンをちぎって頬張ると、甘くて優しい、ふわふわとした味が口の中に広がった。
「美味しい」
そう呟く彼女の表情は本当に嬉しそうで、胸の内にじわりじわりと温かい気持ちが溢れる。
「今度お礼にお菓子作ってあげるわ」
そう言うリコリスの笑顔はきらきらとしている。リコリスの方がカスタードを美味しく作れるだろうと思って、「カスタードを使ったお菓子を食べたい」と素直に言うと、彼女は楽しそうに頷いた。
思いがけず出来た楽しみに、ジョシュアもまた笑みを浮かべるのだった。
- 執筆:花籠しずく
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