PandoraPartyProject

幕間

突撃!隣の盤を後破産!

悪人共になら何やったって構わねェよな!とばかりに
凶行を愉しむ2人の話。
例え普段の様子がどうであろうと
根はまごう事なき「悪」なのである。


関連キャラクター:クウハ

どちらが羊か狼か。
「イヤー! ちょっと、やめて、やめてよ!! 死んじゃう! 死んじゃうから!!」

 見るからにけばけばしい女がなりふり構わず叫ぶが、しかし目の前で行われている凶行が止まることはない。

「あ゛ー? なんか言ったか? 悪ぃなァ。俺様馬鹿だからよォ、人間様の言葉はわかんねぇや。ケッケッケッ。」
「てめ……ふざけんな……ゲフッ! やめっ……ガハッ!!」

 パーカー姿の男は女の言葉にあえて返事をしながら、手を……いや、手はポケットにいれたまま。足を休めることはない。
 足元では体格のいい、人相の悪い男がすでに満身創痍で倒れ、パーカー男の足が振るわれる度に血反吐が辺りを染めている。
 よくみれば、暗がりの中、周りにはすでに倒れている男が複数人いる。

「イヤ、イヤァァアア! もうやめてってば! あたしたちが悪かったから!! 離して、離してよ!」

 目を剥いて必死に身をよじり、彼氏だろうか? 男の元へ向かおうとする女だが、後ろ手を緑のローブのチビに絞められそれも叶わない。それどころか。

「も~うるさいわね。そんなに元気が有り余ってるなら……」
「え? ちょ、なにを……いぎっ!? イャアアアア!?」

 突然地面に押し倒されたかと思うと走る首筋の痛み。それが何かわからない恐怖に、女は思わず発狂する。

「うぇ……まっずい。」
「あ……あひ……」

 首筋から垂れる二筋の赤は勢いが止まらず。声色からして少女らしいローブの人物は不味そうに口の中に残った鉄臭を掃き出し、恐怖と失血で失禁しながら意識を失っている女の服で口元を拭う。

「ヒュー。そっちは楽しそうだなァ。俺様も混ぜてほしいぜ。」
「あがっ……や、やめて……ガァアァアァ!!
 そう軽口をたたきながらも、紫髪の男もまた、足元に転がる男の頭を踏みつける。きっと、当人には骨を伝い、イヤな音が聞こえているのかもしれない。

「『旅人なんざ世間知らずの鴨だから、騙された奴が悪ィ』っつったか? いやァ、さすが、おにーさん頭いいねェ。」

 男の頭をブーツの底に敷いたまま、手はポケットに突っこんだまま、猫のように柔らかな身体をぐにゃりと倒して、男の顔を覗き込む。
 その表情はとても。あぁ、とてもいい笑顔だったことだろう。

「悪ぃなァ。世間知らずなもんでね。加減も知らねぇんだわ。あぁ、でもこれくらいは知ってるゼ? 人間、悪ぃことした時は、謝るもんなんだろ? なァ? なんていうんだっけ、ほら。5、4、3……」

 そういいながら、さらに吊り上がる口角は、まるで三日月のようで。その表情に足元の男は恐怖を憶えながらも、朦朧とした意識と狭まる視界の中で、必死に生にしがみつこうと。

「す、すみませ……でした……! 許し……っ」

――――グシャッ。

「ハイ時間切れでしたーっと。」

 静まり返る周囲。
 周囲には、相手の力量も図れずに食い物にしようとした悪漢だったモノたち。つまらない連中だったが、おかげで久々に少しはスッキリできたのかもしれない。どこかサッパリした顔のクウハが「そういえば。」と振り返ると。

「……なぁ? なにしてんだ?」
「え? 魔術式の爆弾の威力を試そうかなって。んー。制音性はいいけど威力がいまいちね。こっちはどうかしら?」

 ドカーーーーン!!!

「わっ、ちょっと、失敗!! あっ、今ので人が来ちゃう!? 逃げるわよ!!」

 転がる連中で爆発実験をする猪市 きゐこの姿は、発散して毒気の抜けたクウハもちょっと引くものだった。
執筆:ユキ
「毒を以て毒を、なんとやら」
 いつだったか。クウハと猪市きゐこがつるんで悪人をボコボコにとっちめた時、駆けつけた人が口にしていた言葉を思い出す。
「俺らが毒ってガラかよ」
「そうね……。悪くはないけど、まどろっこしいわ」
 きゐこは肩をすくめて、壁の残骸越しにちょっとしたパイナップルをぶん投げる。クウハはニヤッと笑い、きゐこの隣へ避難した。二人仲良く耳を塞いだ次の瞬間、怒号と罵声と爆音が響き渡る。
 場所は、某犯罪組織の一拠点。悪党どもが金を貯め込んだ隠れ家を、今まさに、愛らしいパイナップルが弾き飛ばしたところだ。
 燃えた紙幣が、それはそれは壮観に、盛大に、夜空を舞う絶景。
 悪党たちが呆然と空を見上げるサマは、間抜けでお粗末この上ない。
「ケッケッケ! 見ろよあのツラ! ざまァねぇぜ」
「インパクトは十分ね」
「そんじゃ、いっちょ……」
 クウハは得物を手に、不敵に笑った。
「遊んでくるとすっかァ♪」
 クウハが向かう先は、爆弾が放り込まれたばかりの、隠れ家の残骸だ。
 壊れかけのドアを乱雑に蹴り飛ばす。突然、煙の中から刀で武装した男が飛び出してくる。
「おぉッと」
 その攻撃をひらりとかわし、クウハは大げさに両手を広げて見せる。
 攻撃の予備動作と見たのだろう。男はぎくりと身を固め、クウハから距離を取るように大きく後ろへ下がった。
 だが。
「ばァか。ただの猫騙しだ、っつの」
 ぱちん、と、ただ一度、クウハが手を叩く。何の効力もないただの柏手に、男の緊張の糸が一瞬ぶつりと途切れた。
「てめェ!! ただじゃ死なさねえ!!」
 頭に血がのぼった男が、クウハめがけて刀を振り下ろす。だが、冷静さを欠いた攻撃は、空を切る。
「何だ何だ? 俺とワルツでも踊ってくれってか? わんつー、わんつ、ほらほら、アンヨが上手ゥ」
 ぱちぱちとからかうように手をたたきながら、クウハはひらひらと、炎の残る隠れ家の中を逃げ回る。そのたびに、刀を振り回す男が暴れて家が崩落していく。
 男をうまく誘導しながら、クウハはちらりと周囲へ目をやった。
 他にも見張りは居たはずだがな? と考えた矢先、外でまた小規模な爆発音がした。続く悲鳴と哀れな叫び声から、まぁリタイアと見て問題ないだろう。
「あーあァ。俺の居ねえところでお楽しンでやがる」
 小さくぼやいた瞬間、男がぶん回した日本刀が、クウハの頭上すれすれをかすっていった。
「テメェら……どこに、雇われた……」
 息も絶え絶えな男の問いに、クウハは軽く肩をすくめた。
「誰かの依頼でなきゃ、俺と『遊べない』って思ってんのか? 冗談キツいぜ」
 ケッケッケ、と悪魔じみた笑いをこぼし、クウハは唇を釣り上げる。
「ただの遊びだぜ? 御大層な理由なんざねェよ」
「あん、だと……」
「俺はいつでも好きな時に、お前ら小悪党をオモチャにする。そんだけさ」
 あばよ、とクウハが笑った次の瞬間。脆くなった建物は、男を巻き込んで崩落した。

「あー、楽しかった。遊んだ遊んだァ」
「死霊術持ちでも無茶したわね」
「ケッケッケ、まァ、ちっとな?」
 ホコリまみれになったクウハの顔は、ひどく晴れやかだ。
「次は何して遊ぼうかしら」
 きゐこも、屈託なく笑う。どうせ根は似た者同士だ。
 面白そうなオモチャには、飛びつかずには居られない。
 肩を並べて帰る二人は、いたずらに成功した子どものように、無邪気な笑顔を浮かべていた。
突撃!詐欺師を大爆破!
「あー、もしもし? オレオレ。え? 声がいつもと違うって? いや~風邪引いててさ~。ところで事故起こしちゃったからお金振り込んでほしいんだけど~」

 ここは詐欺師のアジト。使い古された常套手段で高齢者から金を巻き上げている、そんなシーン。
 突如、アジトの家具がカタカタと震えだした。

「ん? なんだ……?」

 突然引き出しが開いて、中に入れてあった札束が宙を舞う。
 ドカッとアジトの扉が蹴破られ、猫耳のついたフードを被った男の手元へ、札束が飛び込んでいく。
 クウハが、ギフト『ポルターガイスト』を使ったのだ。

「な、なんだテメェ!」

「俺はただの悪霊さ。オマエに金を騙し取られた怨念が形を成したもの……とかなんとか、まあそんな感じに捉えてくれや。ぶっちゃけ今考えたんだけど」

「悪霊だァ? ふざけやがって!」

 逆上した詐欺師が懐からナイフを取り出し、クウハに襲いかかる。しかし、その顔へ手榴弾が命中し、爆発する。

「ぎゃあ!?」

「オイ、きゐこ。俺まで爆風に巻き込まれるだろうが」

「クウハなら大丈夫でしょ。多分」

 クウハの後ろから、猪市 きゐこが手榴弾を投げつけたのである。

「ああぁ……顔……俺の顔がぁ……」

「結婚詐欺にも使える素敵な美形も台無しだなァ? ケッケッケ」

 クウハは詐欺師の今までの悪行も洗いざらい調べ尽くしていた。
 オレオレ詐欺に結婚詐欺、妙な縁起物や情報商材まで売りつけている、詐欺のオンパレードだった。

「どれどれ、美形の血は美味しいのかしら?」

 きゐこは詐欺師の首元に思い切り噛みつき、血をすする。

「痛ァ!? す、吸われ、ぎゃあぁぁ!」

「うっわ、まっず。やっぱタバコとかお酒とか不摂生してる人間の血は飲めたもんじゃないわね」

 きゐこはペッペッと血を吐き捨てる。

「クウハ、お金は回収した?」

「ああ、部屋の中にある分は根こそぎ奪ったぜ」

「じゃあ、あとは爆破しちゃいましょう。そうしましょう」

「ま、まっで……」

 焼けただれた顔で許しを請うように手を伸ばす詐欺師の手を、クウハが踏みにじる。

「あばよ、色男。悪いことはするもんじゃねえって、来世まで覚えていられるといいな?」

 そうして、クウハときゐこは、爆破とともに崩落していく詐欺師のアジトから脱出したのであった。

「――ありがとうございました。これで祖母も安心すると思います」

 今回の依頼をローレットに持ち込んだ女性が、クウハときゐこに依頼料を渡す。

「ケケッ、悪人いじめて金までもらえるなんて、割の良い仕事だったな」

「そうね。こっちは爆発物の実験もできるし、いいことづくめだわ」

 クウハときゐこの発言に、依頼人の女性は若干引いていたのだった。
カウントダウン
 本来なら無人の廃倉庫に、二人の人間がいた。
 一人は男だ。両手両足、口元までもが厳重に拘束され、身動きもできず床に転がっている。
 もう一人の女は木箱に腰掛け、男には目もくれず、膝の上に乗せた装置を弄っていた。目深に被ったフード故に、彼女の表情を窺い知ることはできない。忙しなく動く手指だけが、一心不乱に作業に没頭する様子を示していた。

 不意に、足音が近づいてくる。
 助けが来たのかもしれないと、倒れた男は一縷の光を見出す――が、自分を痛めつけた青年が目に入った瞬間、容易く希望は打ち砕かれた。
「その顔、全部終わったみたいね? お疲れさま。頼まれた物もちゃんと作っておいたわよ」
「ああ。ありがとな」
 クウハはきゐこに笑みを向け、倒れている男にも気安い挨拶を投げかけた。
「よっ。お前が『教えてくれた』お陰で、手っ取り早く爆弾を設置できたぜ」
 男の顔が絶望に染まる。そして必死にもがき、声なき声で主張した。――話が違う、と。
 クウハはにやついた表情を崩さぬまま、男の脇腹に蹴りを入れる。当然のように傷口を狙った蹴りだった。
「おいおい、調子に乗るなよ。お前の爪、あと何枚残ってたっけなァ? それとも他の拷問がいいか?」
 楽しげな笑い声が反響する。……この期に及んで、男は初めて、自分が虐げてきた者の気持ちに理解が及ぼうとしていた。
「遊ぶのはいいんだけど」
 きゐこが口を開く。
「私は間近で爆発現場を見てきたいわ! 後は任せていい?」
「了解。安心して楽しんできてくれよ」
 きゐこは持っていた装置をクウハに渡すと、緑のローブを翻し、足早に立ち去っていった。クウハが仕掛けた爆弾は並大抵の数ではなかった。中にいる悪党の原型が残らないぐらいに、アジトが大爆発する光景は、きっと彼女の期待に適うことだろう。
 男の目の前に装置が置かれる。前面にはモニターが取り付けられており、無機質に「01:00」と表示していた。
「お前のアジトに設置した爆弾の起爆装置だ。遠隔式で、これを壊せば爆弾は爆発しなくなる。ほら、ドラマとかで一度は見たことあるだろ?」
 クウハがボタンを押すと、カウントダウンが始まる。
「赤の線と青の線、果たしてどちらでしょうか――ってなァ!」
 裏切られたばかりの彼の言葉を信じられるほど、男は純粋ではなかった。装置を壊して喜んだ矢先に、本当は嘘しか言ってなかったのだと、あの青年は嘲笑してみせるに違いない。それでも選択肢は一つだけだった。たとえ弄ばれているとしても、存在しない筈の希望に賭ける他は……。
 男は身を捩り、どうにかして装置をこじ開けられないかと足掻く。
 しかし、芋虫に地べたを這いずり回る以外が出来ようか?
 男の意思など露知らず、淡々とカウントダウンは進む。
 進み続ける。
執筆:
estar en danza。或いは、真夜中の襲撃者…。
●Boom!Boom!Boom!
 明け方近く。
 空が一番、暗くなるころ。
 屋敷の裏手に、そっと近づく人影が1つ。
 夜闇に紛れて、足音も立てずに裏口へと近づく輩が“まとも”であるはずがない。
 濃緑色のローブをすっぽり頭から被って、顔を隠しているのも怪しい。
 周囲の様子を警戒しながら、猪市 きゐこ(p3p010262)は門に近づき地面にしゃがんだ。見上げるほどに大きな門だ。材質は鉄、重さも厚さもかなりのもので設計者の“絶対に誰も通さない”という強い意思を感じる。
「門の頑強さを過信して、見張りを減らすなんて愚かなんだから」
 クスクスと笑って、きゐこは懐から何かを取り出す。見たところ粘土か何かのようだ。ほんのりと甘い香りのする粘土をこねて、鉄の門に貼り付けていく。
 時間にして僅か数分ほど。
 闇に紛れて、人知れずに仕掛けを完了させるときゐこは門から這うようにして離れていった。
 その口もとには、にぃとしたいかにも悪辣な笑みが浮かんでいるではないか。

「3、2、1……はい、ドーン!」
 きゐこの歌うような声。
 手元のボタンを操作した。
 瞬間、空と大地が激しく揺れた。
 爆発。
 轟音が鳴り響き、鋼鉄の門を業火が飲み込む。大地が抉れ、鋼鉄の門が歪に曲がる。
 ゆっくりと門が傾き始めた。
 その重さと厚さは、確かに脅威だ。容易には破壊されぬ、守りの要だ。だが、その重さと厚さゆえ、鋼鉄の門は自壊する。
 自身の重さを支えきれずに、鋼鉄の門が屋敷の方へ傾いた。
 周囲に飛び散った炎が今も燻っている。濛々と立ち込める土埃の奥で、男たちの怒号が響いた。
「準備できたわよ!」
 茂みから顔を覗かせて、後方へ向けきゐこが叫ぶ。
 その直後だ。
「おォ! 待ってたぇ! この“瞬間”をよォ!」
 クウハ(p3p010695)の声だ。
 暗闇の中でエンジンが唸る。
 地面を削る音がした。
 藪を突き破り、飛び出して来たのは1台の黒い装甲車。屋敷の近くに停められていた装甲車で、クウハときゐこが事前に盗んでいたものだ。
 猛スピードに車体が激しく左右に揺れる。
 クウハは必死にハンドルを握るが、車体の制御は難しい。とはいえ、周囲に障害となるものもない。多少のロスはあるものの、ほんの数秒で装甲車は爆破された門へ到達するだろう。
「かっ飛ばしちゃって! でも、事故んないでよ!」
 疾走する装甲車の荷台にきゐこが跳び乗る。
 地面を抉り、砂煙を巻き上げて、クウハの操る装甲車が門との距離を詰めていく。
「何か来たぞ! 門にぶつかる!」
「鉄砲玉か? どこの組のモンだ!?」
「1台でカチ込んでくるたぁ、ドエレー“COOL”な真似するじゃねぇか!」
 2人の接近に気が付いたのか、門の向こうから男たちの怒声が響いた。
 鉄の門に守られているという安心感があるのだろう。大爆発の後だと言うのに、男たちの声音には余裕の色が滲んでいた。
 だが、それは誤りだ。
 あまりにも現状把握が出来ていない。
「何のために爆破したんだっつー! なァ!?」
「やっちまいなー!」
 門を真正面に見据え、クウハはアクセルを強く踏む。
 そして、本日2度目の轟音が響く。
 轟音に続いて、数人の悲鳴。
 運が良いのか悪いのか。至近距離で、傾いた門を駆け上がっていく装甲車を見た者がいるのだ。
 かくして……
 誰にも、何にも遮られることなく、クウハときゐこは屋敷の庭へと跳び込んだ。
 さぁ、仕事の始まりだ。
執筆:病み月
汝は悪霊なりや?
 冠位色欲の勢力による影響だろう。昨日まで愛しあっていた者が、愛故に刃を向けてくることもあれば、名も知らぬ通りすがりの人物が愛を説きながら銃を向けてくる。そんな狂った隣人に脅かされる事態が散発する現在の幻想で、ローレット、イレギュラーズへと助けを求める者がいるのも、また自然な流れだろう。彼らは幻想にとっては”勇者”なのだから。


「助けてくれ! 女が私の命を狙っているんだ……! あれはきっと、最近噂の異常現象だ!」

 とあるローレット支部。カウンターに両手を叩きつけながら必死に訴える男へ、テーブルにどっかとのせた足を組みなおしながら、クウハはちらと視線だけを向ける。

「落ち着いてください。依頼でしたら、まずは正確な情報を……」
「これが落ち着いていられるか! こういうのはあんたらの専門だろう! さっさとなんとかしてくれ!」

 受付嬢の声に唾を飛ばす勢いで言葉を重ねる男に、彼女の口角も引きつっている。

「僕を誰だと思ってるんだ、父はトロン商会の会頭なんだぞ! 依頼料なら弾む。相場はいくらだ? 受付嬢の給金なら何年分にもなる額を出してやるぞ。それに、よく見れば君……なんなら、事が片付いたら君をディナーに招待してあげようじゃないか。」

 男は受付嬢の胸を舐めつけるように見ると、カウンターの上に置かれた手に自身の手を重ねようとした。
 が、その手垢が彼女の手につくことはなかった。

「よう旦那、命狙われてるとあっちゃ大変だ、すぐに解決しねぇとな。おぅ、受付の。俺が行ってやる。依頼票? んなお役所仕事してる暇なんざねぇだろ。旦那の命がかかってんだぜ? 片づけたらすぐ戻っから、そん時に適当に処理してくれりゃいいだろ。な? そうだろ、旦那。」

 いつの間にやら近づいていた紫フードの男は依頼人の手を取るや語る、騙る。

「あ、あぁ……だが、今僕は彼女に……」
「安心してくれや。こういうのは俺の得意分野だ。今からなら今日中に片づけられるぜ。そうすりゃ、今夜はお楽しみになれる。違うかぃ?」

 展開に戸惑う男の肩を組み、耳元でそう囁くクウハ。その視線が向く方へと男の視線も向かえば、そこには目の前の受付嬢の豊満な双丘が。

「……あぁ、その通りだ! 君がいてくれて助かった! すぐに向かおう! 」

 鼻息荒く支部を後にする依頼人とクウハ。


 だが、依頼人の男が再び支部を訪れることはなかった。
 クウハはしっかりと依頼をこなした。「女を食い物にする男を殺してほしい」という依頼を。

 色欲による影響? なんのことはない。そんなものなくたって、人間なんざ肉欲に溺れてやがる。クウハにとっては腐るほど見てきた、あるいは、自ら狂わせてきたものだ。

 夜闇の中、手にする人魂。

 病床で『ありがとう』と感謝を告げて、糸が切れたように逝った、元々死にかけだった依頼人からの報酬だ。
 男の恐慌はなかなかだったが、魂は腹の足しにもならない味だった。
 さて、こいつはどんな味がするかと口にしようとして、ふと過るのは、幾人かの顔。
 目隠れの主はただただ微笑んでいるだろう。
 元骨の彼も、鏡の同類も、何も言うまい。
 では、翼持つ彼女は、ラッパ吹きの彼はどうだろう。
 なにかしら理由をつけて納得するかもしれない。
 けれど。
 そもそも、何故、”誰かに” ”どう思われるか” なんてことを気にするのか。

「……たまにらしいことをするとこれだゼ。ったく。」
執筆:ユキ
紫パーカーに気をつけろ。
「よぅ、そこの小綺麗な兄ちゃん。ここをどこだと思ってんだ?」

 紫色のパーカー、そのフードを目深に被った男が、裏路地を行くスーツ姿の男の道を塞ぐようにその足裏を自身が背を預けるものとは対面の壁へと伸ばす。
 行く手を遮られた男は、大事そうに荷物を抱えながら、ハットから覗く目を糸のように細め、目の前の男を警戒しているようだ。

「……私に何か御用でしょうか?」

 発せられる言葉も硬い。

「ハッ、『御用でしょうか?』とはまたお上品なこった。わかってんだろ?」

 道を塞ぐ足を下ろし、正面へと向き直る。その手にはナイフが。

「……っ!?」

 身構えるスーツの男だが、気づけば自身の背後を塞ぐように別の男が姿を現わしている。それも一人ではなかった。

「なぁ、あんたみてぇな上流なお方はご存じねぇかもしれねぇがよ。最近巷じゃ、こんな噂があんだよ。」

 手にしたナイフをちらつかせながら、紫パーカーの男は一歩。また一歩と獲物へと近づいていく。その顔にはひどく残忍な笑みを浮かべ。

「『紫パーカーの男にゃ気をつけろ。森に攫われるぞ』ってな。」

「……それじゃあ、貴方が、噂の……」

 スーツの男は自身の窮地を察したか、顔を伏せ、力なく荷物をその場に取り落としてしまう。

「おいおい、大事な荷物を落としていいのか? 何かしらねぇが、食いモンでも割れモンでも、傷ついたらどうしてくれんだよ? あ゛?」

 ブルっちまったんだろう。退路を塞ぐ男たちは嘲笑を隠さず。パーカーの男はすでにそれは自分のモノとでもいうかのように、落ちた荷物に手を伸ばす。だが。

(こんな小綺麗な身なりの男が持つには、やけに汚ねェ袋だな。それに、なんだこの臭い……)

 違和感は一つではなかった。だが、相手は何を急いでいたのか自分たちの縄張りに迷い込んだ優男一人。見たところ大ぶりな得物も持っていない。対してこっちは複数人。明らかに有利な状況が、状況把握を遅らせた。
 拾った袋は、思ったよりも重さがあった。そう、まるで、”人の頭”くらいの……

「……ヒッ!?」

 それが何かに気づいたパーカーの男は、一度は手にした荷物を落とし、とび退る。無残に落とされた袋から転げ出て目が合った”ソレ”は、男にとっては知った”顔”だった。その表情は、いままで男が見たことのあるものではなかったが。

「オイオイ、大事なお仲間だロ? もうちょっと大切に扱ってやれヨ?」

 その声は、本当に目の前のスーツ姿の男から発せられたものだったのだろうか。明らかに、さっきまでの雰囲気とは違う。獲物だったはずの男は、ゆらりと背を伸ばすと、ハットを脱いで、髪をかき上げて見せる。その色は、紫。

「……アァ、表情つくんのも疲れんゼ、ったくヨ。スーツもかたっ苦しいゼ。」

 ジャケットを脱ぎ捨てると、その下から姿を見せるのは、あぁ。アァ。

「紫……パーカー……」

 タイを緩め。背中から引っ張り出したフードを被り。両の手をポケットへと入れ。男は、嗤った。

「ヨゥ、嘘吐き野郎。お前の嘘を本当にしに来てやったゼ?」



『森には紫色の悪霊が住んでいて、時々人を攫って行く。』

 一時期、とある町で語られた噂。実際に女子どもが失踪したり、男が変死体で発見される事件がいくつか発生し、恐れられていた。しかし、後にそれは人攫いを生業にする小悪党どもが流した噂だったと。そういうことに、なっている。

 表向きは。
執筆:ユキ

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