PandoraPartyProject

幕間

きょうの幻子ちゃん

関連キャラクター:リコリス・ウォルハント・ローア

My fair……?
 黒い道に重厚で立派な屋敷がやや広い間隔で建ち並ぶ。
 人影が少ないことが取り柄の閑静な高級住宅地、そこにひとりのメイドが歩く。
「ごめんください、※※家の者です」
 長い黒髪を後ろで編み、ひとまとめにした長身のメイドは真鍮製のドアノッカーを2度、叩く。
 対応した執事と思われる男は「お荷物のお届けですか?」と聞く。
 メイドは軽い下心を出した男の胴を何にも気付かれないまま、別つ。
 得物の血を払うと、何事もなかったかとのように進み、一直線に主人の部屋を目指す。
 こちらもノックは2回、上機嫌そうな主人の声が入室を促す。
 メイドはドアに身体を隠しつつ、得物を構えて部屋に入っていく。
 見覚えのないメイドに主人が何かを叫ぶより早く、一条の光。
 そのままメイドは部屋を漁り、目的の紙束を確認し、持っていくと屋敷を出る。

 このメイドの名を咲々宮 幻介と云う。本業はイレギュラーズ。時々、暗部。
執筆:桜蝶 京嵐
貞淑さに全てを隠して
●お仕事ですので
 メイドたる者、常に人目を意識して。
 メイドの出来は、家の顔。優雅で華麗な所作に、それでいて美しい容姿。主の手足が如く、主の意を汲むメイドを多く揃えていることが家のステータスともなる。家ごとのたくさんの決まりごとを遵守して、常に完璧であることは初歩的な初歩なのだ。
 当然、サロンにも従える。主人の後方には常にメイドや従僕の姿があった。
「リコ坊ちゃま」
「……ん」
「リコ坊ちゃま」
「……うぅ」
 所作が乱れております。
 そう言いたげな視線が、温室のようなサロンのティーテーブルに着いた少年の斜め後ろから。薄らと目を眇め――はせずに、その貌は笑みの形を保ってはいる。だが、『圧』を感じた少年は、アフタヌーンティーセットにすまし顔で並ぶピスタチオグリーン色とシクラメンピンク色のマカロンを掴もうとしていた両手を名残惜しげに引っ込めた。
 育ち盛りの少年は、食べ盛り。美味しそうなお菓子を我慢することなんて出来ない。スコーンを鷲掴みになんてせずに、両手でサンドイッチを掴んで頬張ることなどせずに、指先でピスタチオグリーン色のマカロンを摘み――一口で食べることもせず半分食んでゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから残りも口にする。
 メレンゲが口内の水分を奪ったのを自覚したなら、ティーカップのハンドルを、親指、人差し指、中指で摘んで持ち上げ、紅茶を一口。ソーサーが鳴らないように気をつけ、背筋も耳もピンと伸ばしたまま、すまし顔を保って少年はティーカップを元の位置に戻す。少年の腕も体も、全身がプルプルと震えていることに気付くのは側に控えたメイドくらいだろう。
『お嬢様、ご気分が優れませんか?』
 かたんと小さな音がして、ざわりと不安げな気配がサロンに広がった。
 急にサロンで体調を崩したらしいビスクドールのように美しい貴族の令嬢を、お付きの従僕が気遣っている。
『――ああ、大丈夫です。お嬢様はお体が強くなく……ですが今日は同じ年頃の子のように過ごしてみたいと無理をされ……申し訳ありません。お騒がせいたしました』
「――リコ坊ちゃま」
 姿勢を崩さずに騒ぎを視線だけで捉えていたメイドの声が、低くなる。
「うん」
 頷いた少年は何事もないような落ち着いた顔で席を立ち、メイドはそれに続く。
 令嬢を横抱きに足早に歩く従僕。
 素早く、されど慌ただしさを感じさせないように追う二人。
 従僕が路の角を曲がり、ふたりも路地へと踏み込んだ。
「私に何か、御用でしょうか? それとも『私の』お嬢様に?」
 待ち構えていた男に、飲み込むのは一呼吸分だけの吐息。
「……、話が早くて助かります。そちらのお嬢様をお返し頂けないでしょうか」
「嫌だ、と言ったら?」
「でしたら――」
 メイドは嫋やかに微笑み、貞淑さに溢れたロングスカートから白のストッキングを纏う筋肉質な足を覗かせる――と、そこに固定された鞘から太刀を抜き放ち、素早く一閃。腕から赫を滴らせてぐうと鳴いた男の腕から令嬢が取り零されるのを、すかさず滑り込んだ少年が抱きかかえ、すぐに距離を取って意識のない令嬢を護った。
「実力行使とさせて頂きます。お覚悟を」
 薄暗い路地に鐵が煌めき、赫が散る。

●只今準備中
「うぅん……本当にこれを着るの?」
「拙者に比べたら大したことでは御座らぬだろう?」
「そうだけど、そうだけどね、幻介くん」
 綺麗に着こなすためのシャツガーターとソックスガーターを装着し、シャツもソックスもきちんと着たリコリスが首を傾げる。
「少しきゅうくつだよ」
 ネイビーブルーの膝丈ズボンにワインレッドの上着を合わせ、襟元には上着と同色のリボンタイ。ひとつに結った髪と尻尾の付け根をタイと同じリボンで結んで真っ直ぐ立てば、どこからどう見ても『良いお家』のお坊ちゃまだ。
「我侭を」
 鏡台に座して紅を引いた幻介が、鏡越しにリコリスを見た。
 本日の仕事は、『貴族の令嬢を浚う不埒者の処分』。年頃の幻想の貴族が集う場へ潜入せねばならないのため、リコリスはお坊ちゃま、幻介はメイドの出で立ちだ。
 男らしい体躯に補正下着を纏ってクラシカルなメイド服にねじ込ませ、詰めた襟で喉仏を隠し、肩幅は目立たせないようにパフスリーブ。それでも肩を張ればバレるだろうと幻介は肩を落としている。
 幻介が立ち上がる。そっと瞳を伏せればその顔立ちから険が消え、慎ましくも主を立たせるメイドのものとなった。
「さあ、リコ坊ちゃま。参りましょう」
 数々の汚れ仕事を熟し、女難を回避し、修羅場(広義)をくぐり抜けてきたスーパーエリートイレギュラーズは面構えが違う。
 流石だなぁ、幻介くんは。
執筆:壱花
お花摘み
 メイドさんは朝からとても大忙し。
 刀の手入れをして、タバコをふかして……
 刀? タバコ?

「幻介くん! 今朝の新聞読んだ?」

 潜伏仲間のリコリスが大きなパンの袋を抱えて勢いよくドアを開ける。
 気づいていた彼は刀の鯉口を切るようなことはしない。しないよね?
 フゥー……と紫煙が吐き出され、部屋はけむけむ。

「むーっ!」 とリコリスが尻尾をぱたぱた煙を払う様を見ながら、パンと一緒にテーブルに置かれた記事を手にし、目に入る大きな活字に、新聞がぐしゃりと音を立てる。

 ――『今日の幻想街角美人』

 そこにはなにやらとても見覚えのあるメイド服の女性が紹介されていた。
 「淑やか」「奥ゆかしい」などといった美辞麗句とともに。

 あの小僧、絶対に記事にはするなと釘を刺したというのに。

「……少し出てくる。」

 ゆらりと扉へ歩みを進める幻介に、リコリスは慌てて声をかける。

「あ、まだ潜伏中だよ、幻子ちゃん!」

 ピタッ。

 その言葉に彼は立ち止まると。長く。とても長く息を吐くと、しゃんと背筋を伸ばし、優雅な所作で振り返り、文句のつけどころのない一礼。そしてとても爽やかな笑顔で。

「お花を摘んでまいります」

「……うん、いってらっしゃーい。」

 長いお手洗いになりそうだなぁ。そんなことを思いながら、焼き立ての大きなパンにはむりとかじりつくリコリスだった。
執筆:ユキ

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