幕間
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関連キャラクター:九十九里 孝臥
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- ドライヤー
- 弦月のふわふわの髪をドライヤーしているときは、やはり平和だと感じざるを得ない。
髪の毛を乾かすのは面倒だのやってられないだの己のことには頓着しない者だから、ついうっかり「俺がやろうか」なんて言ってしまったあの日以来、弦月のドライヤーをするのは孝臥の役目だ。
「リンスは使ったのか?」
「……」
「痛むぞ」
「別に良いんだよ」
「俺が櫛を通しにくいだろう」
「じゃあ孝がやってくれよ」
「……この歳で二人で入るのは、良くないだろう」
「はは、そうか。そうだな?」
こんな小さな理由でも、弦月に触れられているだけで嬉しくて、満足しているのだから。
これ以上なんて望むつもりは、ないのだ。 - 執筆:染
- あーもーほんっっっっっと好き!
- 「ただいまー……起きてるわけない、よな?」
すっかり暗くなった部屋は既に皆寝静まっているだろうことを示している。
今日は満月や紅巴が泊まりに来ている日であり、孝臥は弦月が依頼で帰りが遅くなるのを知っていたためひとりで面倒を見なければならなかったのだ。
(孝には悪いことしたな……)
とはいえ早く二人の元の世界に戻るため頑張らねばならない。リビングへと足を進めた弦月だが――
「……ああ、おかえり」
「た、ただいま……」
「寝てるから、静かにな。ご飯は……冷蔵庫のなかだ、自分で出してくれるか?」
膝に二人を寝かせて読書をしている孝臥の姿。
先に寝ていても構わなかったのに、と漏らせば出迎えがないのは寂しいだろうと返ってくる。
――ああ。
(ほんっ……と、可愛いやつ) - 執筆:染
- その日世界が終わるなら
- 「なぁ、孝」
「ん?」
「もしも明日世界が終わるなら、何が食べたい?」
明日世界が終わるなら。聞き飽きた質問だ、なんて弦月は思う。そのくらいちっぽけで、特に意味のない質問だった。
退屈しのぎといえば聞きは悪いが、興味がないわけではない。好きな食べ物について知ることができるからだ。
孝臥は案外真剣に悩んでいるようで、うーんと唸りながらしばしの間思案する。こんな些細な質問にも健気に真面目に答えようとするところが、孝臥のかわいいところなのだ。
(なんだろーな……味噌汁、焼き魚……漬物も捨てがたいか?)
悩んでいるところを見るとつられて考えてしまう。クイズみたいだ、なんて思う。
「朝から夜まででよければ、決まった」
「お。聞かせてくれ」
孝臥は頷き、ゆっくりと口を開く。
「朝はまず俺の作った飯を食べたい。弦と一緒に。これは内容はなんでもいいけど……今の気分は卵かけご飯だな。焼き魚と、あととろろもつける」
「……旨そうだな」
「だろう? まずは和食で一日をはじめるんだ」
新婚さんみたいだな、とは言わない。まだ。どうせいつか付き合うのだ、誤差だ。とはいえやはり二人で迎える朝は格別以外の言葉は相応しくない。
弦月から好感触を得られたのが嬉しかったのだろう、ゆるゆると頬を緩めながら孝臥は昼のプランについて語りだす。
「昼はうーん……ジャンクフードかな。ハンバーガーとポテト。系統を変えてステーキなんかもいいな。何か買い物でもしながら、ついでにがっつり行きたいところだ」
「おお、いいな……駄目だな、腹が減ってくる」
「はは。それなら夕食は早めにするか」
楽しそうに笑う孝臥の顔は幸せ以外の何物でもなくて。そんな孝臥の笑顔は自分以外の誰も知らないのだろうと思うと、弦月は堪らなく嬉しくて、愛おしくて、抱き締めたくなってしまうのだ。
「で、夕食。今の気分なら……イタリアンかな。安くても高くてもいい。チーズとか、ベーコンとか。その辺りの贅沢なものと一緒にワインを飲むでもいいし……家で唐揚げとかもいいなって。二人で酒盛りとか」
「どっちも捨てがたいな……ところで」
「?」
「最後の日も俺と一緒に居たいっていう解釈でいいのかな?」
「……どうせ過ごす相手も居ないんだから、いいだろう!」
気になっていた弱点をつんとつけば、みるみる赤く染まる頬。孝臥は慌ててそっぽを向いて、赤い頬を隠してしまう。
(……かわいいやつ)
よしよし、と頭を撫でてやれば、一応払いのける素振りは見せるものの手をどかそうとはしない。わかりやすいものだ。
「はー、こんな話してたら腹減ってきた。晩御飯なんだ? 俺も手伝うから、はやく仕上げようぜ、孝」
「……ああ、わかった。今日は実は唐揚げなんだ」 - 執筆:染
- 白紙の予定
- 着替えを済ませた弦月は孝臥の部屋で髪をくくってもらう。別に自分でもできるのだが、孝臥に任せた方が綺麗なのと、孝臥が喜ぶのでやりたいようにやらせている。
孝臥の部屋でいつものように椅子に腰かけて、ぼんやりと周りを眺める。
が、今日はひとつだけ気になることがあった。
「あれ、カレンダー」
弦月が見つけたのは、ほかには書き込みがあるのに今日――つまるところ8月23日にだけ書き込みのないカレンダー。
別に期待していたわけではないが、それでも好きな人のカレンダーになにも書き込みがないのはやや悲しい。いや、大分悲しい。
「ああ、これか?」
「そうそう。今日俺のこと祝ってくれてるのに、書き込みがないなって」
なぁ? とおどけて肩を組みながら孝臥の方をみると、やや照れたように頬をかきながら目をそらされる。
そんな様子が見られただけでも満足ではあるのだが、無意識にそれ以上に喜ばせてくれるのが孝臥という人間だ。
「文字だと目が滑るから……」
「ん?」
「だから、ほら。一ヶ所だけ白いと目立つだろう?」
他の日付などどうでもいい。けれど目を配れば、ごみ捨ての時間を書き込んであえて目が行くようにされていた。工夫だ。
「へえ……」
「でも、書いてる方がよかったか?」
「いいや? 忘れてて今おもいだしたんじゃないか、って不安になってな」
「まさか、そんなことあるわけないだろう?」
今から買い出しに出ようとしているのだから、と笑えば弦月も頷いて。
「今日は俺の日だからな。孝、俺の無茶振りについてくる用意はいいか?」
「ほどほどにしてくれよな。財布の都合だけはどうしようもないけど、それ以外なら」
「ほんとか? ならうーん……ま、思い付いたら声をかけるか」
「ああ。そうしてくれ。叶えられる限りは叶えたいと思ってるよ」
今日は快晴。夏の暑さはしつこいくらいの陽気でイライラしてしまうけれど、だれかの誕生日――ましてや大好きな弦月の誕生日ゆえに晴れているのだと考えればなにも嫌ではない。単純なものである。
「あ、そうだ。あそこのソフトクリーム屋さんで何か買わないか?」
「暑いからか?」
「いや、気になった」
「ふふ、そうか。何味にしよう」
「俺はチョコとストロベリーのやつにする」
「じゃあ俺はキャラメルとバニラにしよう」
「あとで一口くれるよな?」
「……っ、し、仕方ないな」
ねだられたのだから仕方ない。胸内を落ち着かせるためにため息をついた孝臥は、手を振って自分を呼ぶ弦月の元へと走ったのだった―― - 執筆:染
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