PandoraPartyProject

幕間

Ghost family

https://rev1.reversion.jp/guild/1335

鬱蒼たる森に在る、二階建ての古びた洋館。
絵画の瞳は此方を見つめ、ラップ音は鳴り響き、笑い声が木霊する。
そこはまさしくゴーストハウス!!

これは館の主クウハと住民達による
ある日のほんのささやかなお話。

Twitter紹介文+FL記録。
https://rev1.reversion.jp/guild/1335/thread/20148


関連キャラクター:クウハ

首なし騎士リチャード卿の災難
 おや、我が主。オマエさんほどの立派な騎士がどうしてそんなに泥だらけなのか、ですと?
 我輩のような落武者に立派だなどと仰って下さるのは我が主だけですぞ! そうなのです主……酷い目に遭いましたとも。首から見える光景を頼りにの中を森を手探りで探すなど、これっきりにしたいものですな!
 何せ首が下草の中に埋もれていたもので、タダでさえどこかも判らぬ森の中だというのに周囲の様子も見えやしない。しかも野ネズミどもが我輩の首を見つけて、喜び勇んで辺りを駆け回るものだから、体の立てる鎧の音も掻き消されてしまったのですぞ!
 とはいえ幸い、首がどの辺りに落ちたのかは判っておりましたからな! この辺りだろうと当たりをつけて彷徨き回ったところ、先程、無事にこうして首を発見した次第。今は鎧に付着した泥や樹液を拭う布を探していたところですな。

 ――何、どうして首がそんなところにあったのか、ですとな?
 それが、お恥ずかしい……先程妻と喧嘩した際に、二階の窓から放り投げられてしまったもので!
 いやいや、解っております我が主! 反省して妻の機嫌を取ることも忘れてはおりませんとも!
 とはいえ妻も幽霊、偏屈ですからな。そう簡単に許して貰えるかどうか……え、奥さんをそう悪し様に言うのが悪い? いやはやごもっとも……我輩も心を入れ替えねばなりませんな。
執筆:るう
泣き女ケリーの心配
 ねえオーナー、是非とも本当のことを仰ってくださいな。私……皆様にご迷惑をお掛けしてないかしら!
 ほら、私の泣き声が聞いた人の魂を抜いてしまうのはオーナーもご存知でしょう? とはいえここにいらっしゃる方はみんなもう死んでらっしゃるし、幾ら泣き叫んだところでその点は安心できるのだけれど……それはそれとして皆様にうるさいって思われてないか心配だわ!
 ……いえ、私だってヒステリックに喚き立てたいつもりはないんですのよ。実際、今はこうして毎日オーナーや皆様とお喋りできるわけですから、楽しくて楽しくて、泣く機会なんてありませんもの。
 でもね、オーナー。私……どうやら昼間、寝言で大声で泣いてしまっているんですって!

 昨日なんてあまりにも旦那がうるさいうるさい言うものだから、思わず大喧嘩してしまいましたの! いくら何でもあの言い方はないでしょうって、今も思い出すだけでむかっ腹が立ちはしますけれど……私だって、旦那の言い分が解らないわけでもないんですのよ。だって幽霊なら誰しも、安眠を妨害されて祟ってやろうかって思うことくらいはあるものですもの。
 だから……もし、私が気付いていないうちに皆様を苛立たせてしまっているようなら、遠慮なくそう仰って? 私だってここは心地の良い棲家ですもの、ご近所さんとは仲良くやってゆきたいわ。

 ……あら。このお屋敷は壁が分厚いから声くらいなら大丈夫? ならよかったわ……え、それより昨日のポルターガイスト合戦の時に物が壁にぶつかる音のほうがよっぽど響いてましたって?
 まあお恥ずかしい……! もう二度とあんな喧嘩やりませんから、どうかお目溢しくださいな!
執筆:るう
絵画の少女:名称不明のため便宜上レディ
 お屋敷の二階、長めの廊下にその絵画はかかっている。金髪に青い瞳、可愛らしい十歳程度の少女の絵だ。ニヤッとしたいつもの顔でクウハは絵画に向かって話しかける。
「よォ、今日も外見て浸ってんのか、レディ?」
 声に反応して外を見ていた少女の視線が瞬きクウハを見た。続いて少女の口が動く。絵画なのにだ。
「だっていつまでたってもここから動けないんだもの。お屋敷に来たときは知らない景色だから楽しかったけど。ねぇお兄ちゃん、早く私を移動させてよ」
「さァてどうすっかね。あちらもこちらももう一杯だからなァ」
「もう! 意地悪。じゃあせめてお話に付き合ってよね」
 そういうと少女は話はじめた。

 私は昔々大金持ちのお嬢様だったのよ。たくさんのお菓子とたくさんのぬいぐるみとかわいいお洋服とお父様とお母様といっぱいの使用人と暮らしてたんだから。すごいでしょ?
 でもね、私が病気になってから家の中がめちゃくちゃになったの。どれだけお金を出したってどんな優秀なお医者様だって私の病気は治せなかったわ。その時のことはあんまり記憶にないんだけど、胸が苦しくてお父様もお母様もいつも泣いてたのだけは覚えている。
 苦いお薬も痛い注射も嫌だったなぁ。
 そのうちにお医者様が来なくなって、代わりにお父様とお母様が喧嘩する声ばっかり耳に入ってきたわ。私のせいなのかな、って思ったのだけどお二人とも違うっていうの。不思議でしょう?
 ある日、お母様が私をベッドから抱き上げてお部屋から連れ出そうとして、お父様に見つかって、そのあとからお母様を見なくなったの。代わりに画家が私のお部屋に入るようになったわ。
 健康になるおまじないだからって画家は何枚でも私の絵を描くの。
 何枚も、何枚も、何枚も何枚も何枚も何枚も。ぬいぐるみを覆っても、お洋服を覆っても、もっともっと描くの。お部屋が私の絵で埋まっても描いたわ。

 そして私は死んだの。当り前よね、絵を描いて治るわけないんだから。でもお父様は納得しなかった。それで画家の描いた最高傑作の私の絵に私を封じたってわけ。
 酷い話だと思わない? 病気になってからほとんど外に出られなくて、死んでやっと外をまたみられるって思ったら絵に封じられたのよ?
 しかも飾られたのはお父様の書斎、窓にはカーテンがかかってて景色が変わることもない。唯一良かったのは姿を見なくなってたお母様がそこにいたことぐらいだけど、お母様はお父様を呪うばかりで別に話してくれるわけでもなかったわ。
 で、結局お父様が死んでお家のもの全部売り出されるまでそこにいたってわけ。

「……可哀そうでしょう? ほら、哀れに思ったら別の景色のところに移動させてよ」
「はいはい、そのうちなァ」
 ケッケッケと笑いながら去りつつクウハは手を一振り。カタンと音がして、後ろから少女の怒った声がした。
「ちょっと、絵をずらさないでよ! 直すの大変なんだからぁ!!!」
執筆:心音マリ
平々凡々な幽霊の、
 むかしむかし、この村に一人の女の子がいました。
 女の子は村のみんなにいじめられ、ついには崖から落ちて死んでしまいました。
 しかしその後、女の子をいじめていた人たちも次々と、何かに操られているかのように崖から落ちていってしまいました。
 今でもあの崖の下、その子は村人たちを憎み続け、其処を通る者は行方知らずになってしまうようです……。

 俺の生まれ育った村に伝わる昔話なんだ。子供のころはよく聞かされたもんだよ。
 だから俺も、幽霊は皆強い恨みを抱いてるんだと思って、怖がってた。ま、昔の話さ。

 ……。せっかくだから、俺の身の上話でも聞いてくか?
 独りで黄昏れてると湿っぽい気分になるもんでね。
 俺は何の変哲もない農村の生まれで、何の変哲もない農民として生きるはずだった。でも、娯楽もなければ人もいない山奥で、"そこそこ"の人生を全うするなんて我慢ならなかった。もっと凄い存在になりたかったんだ。
 勢いのまま突っ走って、大きな街に上京した。だけど俺に出来ることは結局限られてて、適当な仕事で日銭を稼ぐ毎日だった。
 そしてある日、酔っ払った同僚の介抱をしている最中、階段から足を滑らせて死んだ。
 それから当てもなくぶらついてたときに、この屋敷を見つけたんだっけな。

 バカみたいな人生だったろ?
 こんなんじゃ誰かを恨むことだって出来やしない。あの同僚も俺の死を悼んでくれたしな。
 幽霊は皆強い恨みを抱いてるんだと思ってた。実際のところ、俺に残ったのは行き場のない未練だけだった。
 どうして俺は生きて――死んでるんだろうな。
 この屋敷は個性的なヤツばかりで、なおさらそう思っちまうよ。

 ……。
 そうかな。そんなこと言ってもらえたの、初めてだ。生きてるときを含めても。
 ハハ。ありがとな。嬉しいよ。本当……本当に。

 ……。
 ハハハ! 本気で言ってるのか?
 でも、お前が言うなら説得力がある気がするよ。
 そうだな。死んだ後だからって関係ないのかもしれない。
 いつか、俺たちでデカいこと成し遂げようぜ。――絶対な!
執筆:
未練を忘れてしまったご婦人
 あら、あらあら? ここってどこかしら?
 まあオーナーさん、ちょうどいいところに。
 ねえ、ここってどこかしら? ……二階の空き部屋?
 まあ私ったらまた間違えてしまったのね。
 ええ、ええ。自分の部屋ですとも、『まだ』覚えてますわ。
 一階の玄関フロア入ってすぐのお部屋!
 ああ、スッキリしたわ。ありがとう、オーナーさん。
 もう夜遅いから夜更かししちゃあ、ダメよ? おやすみなさい。

「おう、お休みぃ! ……あの婆さん、毎日おんなじとこをうろちょろしてて面白れーよな」 
執筆:桜蝶 京嵐
Found you.
 僕は、かくれんぼで『絶対に見つからない必勝法』を識っていた。
 種を明かせば何て事も無いけれど。唯、何の仔の目線よりも高い所に隠れるだけだ。
 人とは、基本的には自分の目線真っ直ぐ、或いは下のものを探し易い。存外高い所は見ていないし盲点に為るから勝つには打って付け――机の下だとかクローゼットの中、ゴミ箱に隠れるのは素人さ!
 是からかくれんぼに挑む人には是非とも――喩えば屋外なら樹の上だとか、室内なら外を覗けるアイブロウ、腰を降ろせさえすれば良いから兎に角高い所へ隠れてみると良い。自分の事を見付けられず躍起になって鬼が探し回って名前を喚ぶのは気持ちが良くて、それでどっぷり日が暮れる頃に皆んなの前に現れる時の最高の気分は病みつきになってしまう程。

 『Let's play hide and seek. Are you ready?
 
 『 Everybody……HIDE!』

 『One……Two……Three……Four……Five……』

 『Six……Seven……Eight……Nin……』

 『Ten……』

 『Ready or not. Here I come!』

 「Fine, Come on!」

 何時の事だっただろう、もう覚えてない位ずっと前だった気がする。『幽霊屋敷』と実しやかに囁かれていた古びた洋館。大人達は口を揃えて近寄ってはいけない、と口を酸っぱくして云っていた――でもそんなもので子供の膨らんだ好奇心は止まらない――其れ処か行ってはならぬと云われれば最早『行け』と同然の意味を持つ。
 胸の高まりは最高潮で、鼓動が早まる儘に大人の目を盗んで肝試しがてら向かった其処で。

 ――僕は死んだんだと思う。寒い、雪の日。其れが僕の命日。そして所謂『幽霊』になって、未だに此処に居る。

 七色の大理石で作られた嵌木細工の床を走り回る友達を見下ろして居たぼくはと云えば、退屈過ぎて欠伸が出たものだから睡ってしまって。其れが直接の死因に成ったみたい。
 僕が先に怖がって尻尾を巻いて逃げ帰ったのだと決め付けた皆んなは日暮れに館を出て、其れで帰って来てない事が発覚し村からは捜索隊が組まれた様だけど。今更降りて行くのも格好悪いし、怒られるのも厭だし、手も足も軀もきぃんと冷えていて、聲を出す事も出来なくて――遠退き行く意識の中で、父さんと母さんの必死で、悲しそうな聴いた氣がした――……。

 二階の更に柱を攀じ登り中央の大きなドームの――天窓から差し込む柔らかでとろりと甘いクリィム色が漆喰の壁にグラデーションを作る、まるで天国に近い場所。其処に僕の骨は未だに誰にも見つけられずに在ったりするのだ。

 『Yes, I am…… Yes, I am……』

「うわッ、何だよ骸骨じゃんよ!? クウハさんったらクッソ驚いたぜェ!」
「え?」
「何でオマエさん、こんなトコ居んの?」
「かくれんぼ」
「ハーン? そんじゃアレだわ」

    みぃつけた
 『――Found you!!』

 其れからの僕は、館の中を自由に歩ける様に為った。此処には驚く程色んな幽霊が居て、今の目標としては唯一僕を見つける事が出来た此処の主にかくれんぼで勝ちたいって事なのだけど、如何云う訳かクウハさんは絶対に僕を見つけてくれるから、嬉しいんだけど悔しい。

 『Not just yet…… Not just yet……』

 『Are you ready?』

 『Yes, I am!!』
執筆:しらね葵
無邪気で人懐こい赤ん坊
「だーう!」
 んー? なーんだお前、また屋敷ン中冒険してたのかァ?
 大人と一緒にいろって前に言っただろォ?
 まぁ……危ないもクソもネェと思うけどよォ……。
「だ!」
 ん? なんだよ、遊んでほしいのか? しょうがねぇなァ。まぁ暇つぶしには丁度いいか。
 いやぁガキにその昔えらい目に遭わされたもんだからよォ……こいつが来たときは身構えたもんだが。
 ここまで小せぇとそんな悪さもしねぇからなァ。
 抱き上げても大人しいし可愛いもんだぜいだだだだだだだだァ!
 髪を引っ張んなァ!! えっ、赤ん坊ってこんなに力強かったっけいだだだだだだだだだ!!!!!!
「あーい!!」
 くっそゴキゲンな顔しやがってよォ!!
 人が痛がってるの見て笑うたァ、良い性格してんじゃねェかいだだだだだだだだだ!!!!!!!
執筆:
 あまり自分のことを覚えていないから、誰かの生活を、ずっと、ずっとなぞっている。残されているものからその人の生活や生き方を想像して、そういう風に振る舞って、何もない自分の穴を、埋めている。

 ふらふらとやってきた新しい屋敷には、自分以外にも幽霊がたくさんいるらしかった。だけど元の持ち主のものも残っていたから、その人の生き方をなぞることはできた。
 今ここにいるひとたちの真似はできない。そんなことをしたら、自分はただのコピーだと言いふらしてしまうことになる。だからここにいない誰かの真似をするしかなくて、そのひとの写し鏡になれるように、自分の穴を埋めて、同時に広げ続けた。

「オマエさん、名前は何ていうんだィ?」

 話しかけてきたのは、耳のついたフードを被った男だった。彼もまた、「幽霊」だと言う。

 元々の名前なんてものは忘れてしまった。ここにいた貴族の名前が欲しいくらいだ。

「忘れちまったのかァ」

 彼はうんと首をひねり、それから軽やかな音を発した。貴族の名前でも、今までの名前でもない、新しい名前だった。

「僕の名前にしていいのかい?」
「呼ぼうにも名前がないと困るからなァ。気に入ったら使ってくれればいいさァ」

 猫耳がくしゃりと笑い、僕に任せるとでも言うように去っていった。


 それから僕の名前は***になった。誰かをなぞることをやめたわけじゃないけれど、名前のある誰かになれたのだから、あまりその必要を感じなくなった。

「よォ、***」
「おはよう、クウハ」

 穴は、塞がった。だからもう、僕は十分なのだ。いつものにんまりとした笑みを浮かべる彼に、僕はそっと微笑んだ。
矛盾する双子
 僕はエルト。僕はトルエ。
 僕らは二人で一人、一人で二人。ずーっとそうやって生きてきたんだ。死んだってそれは変わらないし、死んだからもう僕らは変わらない。
 だから一人の僕らを見分けられるわけがないんだ。そのはずだったんだよ。
 でも新しい住処には強敵がいるんだ。ほら、来た。トコトコ歩く猫耳フードが生意気なこの住処の主、今度こそやって見せるんだ。
 ばぁーって、二人で彼を囲ってグルグル回る。ぴたって止まって、さぁどっちがどっち?
「なァんだ、またお前らか」
 最初にどっちがどっちか目視させてない、しかもぐるぐる入れ替わった、いつも立ち位置は適当だからそれで見抜かれるはずもない。なのに、なのに……。
「右がトルエ、左がエルトだろ」
 チラッて僕らを見ただけで言い当てられる。悔しいから『はずれ!』って言っても慌てることなく「嘘だね」って見抜かれた。
 なんでわかるんだよって僕は怒る、僕らは怒る。誰にも見分けられないはずなのに、一人だけ見抜かれるのがどうしても許せない。

 はるか昔は、生きていたころは、見分けてほしかった気がする。
 僕と僕は別々の人間で、別々の考えがあるんだって知ってほしかった気がする。
 それは結局叶うことなく、僕らは全く同じ日に死んで全く同じ幽霊になって全く見分けがつかなくなってしまったのだが。僕らだってお互いを眺めているとエルトなのかトルエなのかわからなくなるのに。
 初めて会って自己紹介した後、猫耳フードの主は僕らを一回も間違えたことがない。
 僕らを見分けてほしい、それが未練だったならもうとっくに成仏できるのだと思うが、僕らには違う"成仏しない目的"ができた。
 いつかここの主にギャフンと言わせる。見分けがつかないようにしてクイズを外させるんだ。

「お前ら、双子っていう割にわかりやすいからな!」
 どこがわかりやすいんだよ、って聞いてもコイツは教えてくれない。ただおかしそうにクツクツ笑うだけ。それがまた悔しい。だって僕らにもわからない僕らを知ってるみたいじゃないか。
 次は絶対外させてやるんだからな! なんて捨て台詞を吐いて僕らはまた外させるための作戦を練るのだ。
「館の主としちゃあ、住人を覚えるのは当たり前だからなァ。悔しそうにされるもの気分がいいもんだぜィ」
 飛んでいく僕らの耳にそんな声が聞こえた。でも聞こえたのはここまでで、そのあとにまだ呟いてるのだけは知らなかったんだ。

「それに、当てたら心底嬉しそうな顔するんだもんな。外すほうが可哀そうだろ」
執筆:心音マリ
下半身の無い女。或いは、キミの名は…。
●あぁ、忌まわしき夏の太陽
 鬱蒼とした森の奥深く。
 古びた洋館の門前で、空を睨む女が1人。
 白い顔に、長い黒髪、地面についた両腕で体を支える彼女には下半身が存在しない。
 どろり、と。
 とめどなく流れる赤い血と、地面に零れた臓物を引き摺りながら彼女はここまで来たのだろう。彼女が通った道は……洋館の玄関から門までには、赤黒い軌跡が残っている。
「うぅぅぅう……忌々しい夏の太陽め。今年も懲りずに、燦々と!」
 空へ向けて女が吠えた。
 拍子にごぼりと、夥しい量の血と胃液を吐き出す。
 口元から胸までを真っ赤に濡らして、血走った目で空を睨む女の形相は、苦痛と怨恨に醜く歪んでいるではないか。
「おーおォ。一体全体、何をそんなに苛立ってんだァ? 不景気な面してよォ」
 そんな彼女にかけられる、どこか軽薄な男の声。
 じろり、と女は背後を見やった。
 そこにいたのは、猫を模したパーカーを纏う紫髪の男性だ。にやけた顔で女を見下ろし、わずかに肩を竦めてみせる。
「不景気じゃない面した奴がこの洋館に1人でもいるわけ? 誰も彼も死人ばかりよ?」
「まァ、そりゃそうだが。楽しくやろうぜェ? どうせ誰でも死んだら同じだ。生きてるころの身分や肩書き、汗水たらして稼いだ金も何もかも、一切合切、死後には持ち越せねぇんだからよォ」
 そう言って紫髪の男は、くっくと肩を揺らして笑う。
「っていうかよォ、何だってそんなに太陽が憎いんだァ? オマエは別に日の当たる場所には出られない類のゴーストじゃなかったはずだろう?」
 下半身のない女へと、訝し気な視線を向けてクウハは首をこてんと傾げる。
 女は舌打ちを零すと、身体を支える右手を伸ばして日の当たる地面を数度叩いた。
「熱いのよ! 死ぬほど! 死んでるけど! 私には下半身がないの! 仔猫を救けに馬車の前に飛び出して、退き潰されて地面とごっちゃになったのよ!」
 クウハの問いが、彼女の怒りの琴線に触れた。
 血の泡を吹きながら、女は怒声を張り上げる。ついでとばかりに、腹からはみ出す臓物が血飛沫を撒き散らしながら、右へ左へ跳ねていた。
「お……おォ? 悪ィ……つまり、どういうことだ?」
「つまり! 私はこの両手で! か弱いこの両腕で体を引き摺って歩き回らなきゃならないの! だっていうのに、夏の太陽が地面を燦々と焼くんだもの! まるで鉄板みたいになった地面の上を、手をついて歩けるもんですか!」
 夏の日差しはまさに凶器だ。
 数時間も、太陽光に炙られた地面となれば、触れれば火傷してしまうほどに高温となっているだろう。
 そんな地面に手を触れれば、あっという間に手の平を火傷するはずだ。
 足で体を支えるのなら、地面から手を離してしまえばいい。
 だが、彼女にはそれが出来ない。
「あァ? そりゃ大変だなァ。地面に近い方が暑いとも言うし、オマエにゃ酷な季節だよなァ?」
「そうね! その通り! でもね! どういうわけか、私は夏の間こそ不思議と“出番”が来たって気がするわけ! 何でよ?」
「しらねェけど……まぁ、誰かが呼んでるんじゃねェの?」
 怒り狂う女を置いて、クウハはするりと空へ浮く。
 彼女のようなゴーストを、果たして世間で何と呼ぶのだっただろうか。
「確かァ……テケテケとかって名前だったかァ?」
 なんて。
 太陽へ向け呪詛の限りを吐き出す女を見下ろして、クウハはポツリと呟いた。
執筆:病み月
幽霊犬タマ
 自分は犬です。種類はわかりません、昔の主は雑種だと笑っていました。
 昔の主はとっても大事にしてくれていました。真っ赤な首輪に『タマ』と一生懸命書いてくれました。それが自分の名前だと言ってくれました。
 でも今は主はいません。何があったか忘れてしまいました。ただ必死に森の中を駆け回っていたことは覚えています。そして屋敷にたどり着いたんです。

 ワンワンと自分は吠えました。古びていて誰もいなさそうな屋敷だったけど、お腹が空いていたんです。しばらく吠えていたら変わった服装の男性が出てきました。
「なんかうるせぇと思ったら、犬っころが何か用か?」
 ワンワン、ワンワン。
 自分は必死に訴えました。人間に言葉が通じないのは知っていましたが、それでも空腹と疲労で今にも倒れそうでしたから。
 でも意外なことに出てきた彼はぱちくりと目を瞬いてからニンマリと笑ったんです。まるで言葉が通じてるみたいに、聞いた言葉があまりにおかしいというように。
「お腹が空いてるって? でももうお前死んでるじゃねーか」
 そういわれて初めて気づきました。先ほどまでの空腹も疲労もどこへやら、そんなものがあるはずなかったんです。落とした視線、見える足はぼんやりと透けています。彼の言うように自分はもう死んでいたのです。
 さて、あっさりと自覚したのは良いのですがどうしたらいいのかわかりません。この魂はどこへ行けというのでしょう。
「行くとこないんだったらここにいるか? 子供たちも喜ぶだろうしな」
 自分が困っている様子を見かねたのでしょう、彼がそう言ってくれました。なので自分は快諾することにしました。彼はこの屋敷の主だそう、ならば彼を新たな主として仕えようと思ったのです。
 ワン、と了承の気持ちを込めて吠えれば彼はふっと笑いました。人間の言葉ではないはずなのに不思議といいたいことが伝わるのは自分が死んでいるからでしょうか?
「んじゃ、決まりだな。ところでオマエさん、名前はーっと」
 名前を求められていたので自分は首を誇らしげに上げて首輪を見せることにしました。そこには自分の名前が書いてありますから。
「タマ、ってこれがお前の名前か?」
 ワン。
「そうか……」
 ちゃんと伝わったはずなのに彼……ではなかった、新しい主は複雑そうな顔をしていました。
「まぁいいか、ほら、中はいるぞタマ」
 ワンワン。
 自分は喜んで尻尾を振り、新しい主について屋敷に住むことになったのでした。
 ただ屋敷に入る前に新しい主の言っていた「タマって猫に付ける名前じゃなかったか……?」とはどういう意味だったのでしょう。聞いてみてもいまだに教えてもらえていないのです。
執筆:心音マリ
夢馬プエルト
●メザメ

 目が覚めると、とても心が軽かった。
気 分も晴れやかで。ここしばらく何かに陰鬱とした気持ちを抱えていたような気がしたが、あれはなんだったろうか。
 ……まァ、いいか。せっかくいい気分なんだ。思い出せないならたいしたことじゃねェだろ。
 それよりも、腹が減ったナ。
 お、ちょうどいいところにうまそうな魂があんじゃねぇか。
 ソファーで寝てる灰色髪の女。ずいぶんとまぁ綺麗な魂だ。朝食にゃちょうどいいぜ。
ごっそさん、っと。

 …………

 ……あぁ、それにしても気分が軽いなぁ。
 いまならどんだけでも食べれそうだ。
 おっ、あいつも骨みてぇな見た目してっけど、旨そうな色してんじゃねェか。
 いい感じにドロっとしてさっきの女よりも濃厚そうだな。こいつァ腹も膨らみそうだ。
 あんたの魂、食べてもいいかィ?
 マジか? さんきゅーな。んじゃ、いただきますっと。

 …………

 いやぁ旨かった。
 ……っかしおかしいなぁ。あんだけ食ったのに、なんか食い足りねぇなァ。
 もっと、もっと他に旨そうな魂は……
 ……お? こいつァ……この匂いは、極上だな。
 ヨゥ、そこの長髪の旦那。アンタの魔力、たまらねェ香りがすんな。
その魂、食わせてくれヨ。
……いいのかい? 聞いといてなんだが、今日はどいつもこいつもやけに親切だな。ま、俺にゃ関係ねェか。そんじゃ……

 …………

 旨かった。
 いままで食ったことがないくれェ、最高の味だった。
 油断したら俺が呑まれそうなくれェにヤベェ代物だったけどよ、際物だからこそってナ。
 あんなご馳走はもう早々食べれねェだろうなァ。
 いやァ、気分がいいゼ。
 本当に気分がいいナ。
 心が軽い。
 まるでそう、何かがすっぽり抜け落ちて、空っぽになったみたいに。

 それにしても、腹が減ったナ……
 …………


●目覚め

「……誰だよ、せっかく人が寝てるっつーのに、耳元で鼻息荒くしてやがんのは。」

 暗い森の洋館。
 そこから少し奥へと立ち入った木陰で昼寝をしていたクウハの耳を嬲るそれは。

「んだヨ、プエルト、オマエさんか。どうした? 珍しいな。」

 プエルトと呼ばれた、黒……いや、よく見ればクウハと同じ紫色の毛並みの馬は、ブルンっと一度小さく鼻を鳴らすと、下げていた頭を上げて、蹄を返すと森の奥へと歩き出していく。

「……んだよ、人の居眠りを邪魔しといて、詫びもナシかよ。っとに懐かねェ奴だな。」

 クウハの悪態に耳を一度ピンと立て、小さく振り向く彼女。けれどまたブルンっと鼻を鳴らすと、興味を失ったか、そのまま森の中へと消えていった。

「……っかし、なんか夢見てた気がすんだが……なんだったかな。ま、所詮夢か。」

 森を彷徨う死した馬の霊。夢馬(ナイトメア)、プエルト。
 本来は悪夢を見せる彼女が此度食べたのは、甘美な悪夢か。
執筆:ユキ
命を使い果たしたはずの猫、シャサ
 一つ目の記憶は優しい終わり。野良猫だったけど暖かな家族に拾われて、短い間だったけど大好きな飼い主の腕の中でその生を終えた。
 二つ目の記憶は悲しい終わり。気が付いたらいた土の中、這い出して探して見つけた前の家。驚かれた飼い主に殴り殺された。
 三つ目の記憶は悲嘆に暮れた終わり。なぜ未だに動いているのか分からずに、流れる川へと身を投げた。
 四つ目の記憶は恵まれた終わり。流れ着いたところを小さな子供に拾われ、再び飼い猫として生きた後、数字ににして眠りについた。
 五つ目の記憶は孤独な終わり。目覚めた土の中、這い出したところで帰る場所はなく、野生として生き抜こうとして鴉に襲われた。
 六つ目の記憶は意義ある終わり。目覚めたのちに拾われたのはとある学者の家。そこで知った自分の秘密。『猫には命が九つある』だから死んでしまってもすぐまた会える。なるほど、だから自分はいくつも死んだ記憶があるのか。
 目覚めた自分を受け入れて、七つ目の記憶も八つ目の記憶の時も彼はそばにいてくれた。
 死を覚えていたから知っている、これが九つ目。終えた時が彼との永遠の別れなのだろう。悲しいことだけど、最後いくらかの命が満たされたものでよかったと思う。だから満足して自分はその生を終えた。……はずだったのに。


「旦那様、旦那様」
 声をかけられてクウハはそちらを見た。元の色も柄もわからないようなボロボロの毛皮をした猫がそこにいて、目と目が合う。
「なんだシャサ、また来たのか」
「だって今日はあの猫はいないでしょう?」
 そういわれてそうだったとクウハは思い出した。今日は『あの猫』こと化け猫の女王様は屋敷を留守にしていていない。そして決まってシャサが訪れるのはそういう日だと決まっていた。
「それで、今日はどうすんだ」
「背中側の毛皮を整えてくださいます?」
 言いながら飛び上がってきたシャサを抱きとめる。何かが腐ったような匂いと小さな蠅が目の前をかすめた。言われた背中の肉は腐り、毛を抱き込んで半液状となって落ちかかっている。白っぽいものも見えるが恐らく骨だろう。
 相変わらずひどいこった、なんて呟きながらクウハは嫌な顔一つせず魔力を込めながら毛の向きを整えるように背中を撫でてやる。するとそれ以上のことはしていないのに腐った肉がいくらか綺麗になり灰色の毛がむき出しの皮膚を隠すように生えてきた。先ほどまでしていた匂いも消え、腕の中にいるのはみすぼらしい猫になる。
「はぁ~、気持ちいいですわぁ~」
 力を抜いてリラックスしているシャサ。そんな様子を見ながらクウハは思うのだ。整えたところで数日たてばまた腐るのに懲りないこった、と。

 彼女はシャサ、魔力を糧にその身を保つゾンビ猫である。
 彼女自身は何度も死んでいるとそれは猫の複数の命かあるからだと思っているが、実はそうではないと生まれついてのゾンビ猫だと知らないのは本猫だけなのである。
執筆:心音マリ
ジョン・ドゥとジェーン・ドゥ
 生命の香りが一切失われたあの村から帰ってきて、どのくらい経っただろう。
開いた窓から吹き込んだ暖かな風が何処となく眠気を運んで、くああと館の主は大きな欠伸をした。

『眠いの、クウハ?』

声をかけてきたのは、件の村から、共に館へ『帰ってきた』少女型の霊、ジェーン。
素朴ながらも丁寧なパッチワークで仕立てられたワンピースが印象的だ。

『もう、昨日も夜更かししてたからよ』
「ンな事言っても、悪霊様ってのは夜に動いてこそだろ?」
「元気なのはいいけど朝まで帰ってこなかったじゃない。皆心配してたわよ」

その言様は、子が心配で仕方ない母のようであり、弟妹を叱る姉のようであり、兄に甘える妹のようであり、仕方ないわねと微笑む祖母のようでもあった。実際、そのどれでもあるのだろう。彼女は浮かばれなかった魂の集合体でも有るのだから。

「そういやあジョンは?」
『あの人達、さっきから探し物してるわよ。というかじっとしてるのは落ち着かないみたい』

ジョンもまた、ジェーンと出自を同じくする、少年の姿をした霊だ。
それだけにジェーンとしみじみと思い出話に浸ったかと思えば、ひょんなことで言い争う事もあったり、かと思えば互いに無関心を貫いたり。

『なあクウハ、シャベルないかー? 早く種蒔きしないと春に間に合わないじゃないか!』
「そもそも幽霊って畑仕事出来るのかよ」

ジェーンが老婆、女性、少女の塊であるなら、ジョンはお茶目な祖父、働き者の父、外遊びを好む少年を集めて一人の人間にしたようなものだ。尤も、ジェーンに比べるとあの通り、能天気というか、無邪気な気質が目立つけれど。

「……しかし、霊が蒔く種なァ」

そういえば、つい先日、館の住人や友人達と、雪の霊を共に遊ぶ機会があった。もしジョンが花を育てたならば、似たような事が起こるのだろうか、と空想して。

「ンー……今度御主人に相談するんでいいか?」
『仕方ないなあ。じゃあ畑仕事は今度に回すとして……クウハ、僕達と一緒にかけっこでもしないか?』
『もう、クウハは貴方達とは違うんだから! そんなに暇じゃないんですよ!』

見かけは一人、中身は大勢。
だから彼等の自称も、ジェーンとジョンが互いを呼び合うときも、常に複数形だ。

私達。僕達(たまに俺達)。貴方達。君達。
誰にも知られず死んだ彼等。誰にも看取られなかった彼女達。

だが、ここには家族がいる。もう独りでは無いのだ。

「ところでオマエ等、ジョンとかジェーンって勝手に呼んでるけど、他に呼ばれたい名前は無いわけ?」
『そうはいっても僕達、ダニエルでもあればジョージでもあるし、ベンって言われればそうだった気がするし』
『クラリスでもあれば、リリーだった気もなんとなくしているし』

そう言うと、彼等は声を揃えてこういった。

『だから、呼びたいように呼べばいい』。
「そうかい」

まあどうしても気になるならこの館に来るもの達に、名前を相談すればよし。
別に不満がないのならこのままでもいいだろう。
クウハはまた、大きく欠伸をした。

『ん、眠いのか? ……俺達も……昼寝しちゃおうかなあ……』
『もー、寝るならベッド行きなさいベッド!』
2つの紫
 カサカサカサ。

 聞こえる音は、下草の擦れる音程度。野生の馬故に、蹄などなく。いや、それが理由ではないのだろう。馬ならざる夢馬であるがこそ、彼女の歩みに音は伴わない。もし聞こえたならば、それは彼女が意図して聞かせる悪夢の足音なのかもしれない。
 とはいえこの森の住人にとってみれば、その足音がしようがしまいが、大したことはないだろう。なぜならば、この森に住まうのは彼女の同胞ばかりだから。けれど、今彼女の行く先を塞ぐように足を上げ樹の幹を足蹴にする男は、正確にはこの森の住人ではなく。

「この野郎。最近ちっと景気よすぎんじゃネェか。オイ。」

 森の奥。彼女の縄張りで待ち構えていたクウハは、帰ってきた同じ毛色の同胞の通り道を足で塞ぎ。棘のある声をかける。その様子に、フンと鼻を鳴らすように息を吐くのは、夢馬プエルト。

『牝馬に向かって野郎などと、目が腐ったか、悪霊。眠れていないのではないか?』

 彼女はいつかのように沈黙を守ることはなく、その艶やかな声を響かせ返す。

「悪ィがおかげさんで最近はぐっすりだヨ。おまえさんプレゼンツの胸糞悪ィ夢のお供もなくな。そっちこそずいぶんいい毛並みしてんじゃネェか? 食い過ぎは腹壊すゼ。」

 たしかに、今のクウハは血色がいい。だがそれは目の前のプエルトも同じこと。クウハのいうように、今のプエルトは力に満ちている。まるで食後のように。

『貴様や貴様の連れが興味本位に森を侵すからであろう。こちらとて、質の悪い夢に食傷気味よ。ほんに貴様らは皆、自ら望んで現実と悪夢の垣根を壊し逝く。愚かなものよ。』

 変わらぬ尊大な物言いに、クウハも息を吐く。これだから悪霊同士の会話は着地点が見えない。

「おまえさんにはおまえさんの性分があんのは分かってる。こっちが踏み入ったのもアル。だが、ちっとやりすぎだゼ。あんまし過ぎると……」

 それ以上の言葉は口にせず、見据える瞳の力で語る。平時飄々と見せるクウハには珍しく漏れ出す禍々しいものは、仮にも彼が友人とする面々にまで目の前の夢馬の力が及んだだろう故。けれど対峙するプエルトは、面白そうに鼻を鳴らす。

『痴れ者め。貴様、漏れ出すモノまで”混ざっている”ではないか。魔力では渇きを満たせず、さらに血も受けたか。だが、それで貴様は満たされたか?』

 プエルトの指摘に、グッっとパーカーの中の拳に力が入る。足をおろし、漏れ出るソレを抑えるクウハ。張り詰めた空気が幾分和らぐ。

『……貴様は我に責を問うが、貴様らが見た夢、その全て我の所業と言い切れるか?』

 静かに響くその声には、変わらず熱はこもらない。

『その夢が、ほんに夢のままであると、真に語れるか?』

 熱を帯びず、冷たいままに。クウハの胸の内へと、無遠慮に踏み込み、淀みのように溜まっていく。

『誰それの飼い猫となり、与えられる魔力に酔いしれ、いつ切れるとも知れぬ色違いの細い糸の縁に絆され。在り方を損なった貴様は、弱い。故に今、蝕まれているのだろう? 血が恋しいか? 水に還りたいか?』

 主以外によって刻まれた印が熱を持ち、渇望を覚える。
 右手の鱗が疼き、聞こえないはずのあの日の歌が思い出される。

『もう幾日かで、血の病は形となって姿を現わそう。』

 ――――ゆめ、在り方を見失うな、悪霊。

 2つの紫の間に、それ以上交わす言葉はなく。光の届かぬ森にあるのは、静寂だけ。
執筆:ユキ
悪霊ならば。
瞳を開け、周りを見れば、どこか見覚えのある空間。

『ひどい顔だな。悪霊。』

 そう声をかけてくるのは。

「オイ、なんだヨその恰好は。」

 どこか見覚えのある、けれど出るところは出ている、艶っぽい、街中でいたら盛った男どもが声をかけるだろうが、自分は絶対声はかけねぇだろうなと思う女姿がそこにあった。

「貴様の姿を借りただけだが、何か不満か? 我は一応牝馬故な、雌の姿を取ってはいるが。なに、自信を持ってよいぞ。あのラッパ吹きの小僧もまんざらでもなさそうだったからの。」

 ちょ、おまっ。
 そう突っ込みたい気持ちだったが、遊ばれているのは明白。ハァと一度わざとらしいまでに大きく息を吐き、頭を掻いて、気持ちを落ち着かせる。

『感謝するがいい。眠れぬ同族を、気紛れに安らぎへと誘ってやったのだからの。』

 白い空間に現れる簡素なテーブルと、一対のチェア。その片方へと腰を掛けるプエルトに倣うように、クウハも腰を下ろす。

『他者から学ぶや良し、されど、他者を自身に投影するは愚かというものよ。』

「……っとに、この駄馬は。勝手に人のアレやコレや覗き見やがって、悪趣味が過ぎるゼ。」

 零れる悪態にも、いつものキレはなく。その顔には怒りというよりも、自嘲の色が浮かぶ。

『だが貴様の思いも分かる。今の貴様と、かの大喰らい。なるほど、通じるものもあろうて。』

 クククッと、自分を模した女姿で科を作るプエルト。それを、頬杖をついて横目に見るクウハ。

『奴の言を是とし、その在り方のままに喰らうを良しとするは、己の未来を見るようで、度し難いか。』

 かたや大罪。かたや特異運命座標。だが、そこに眠る魂への飢えに、なんの違いがあろうか。

『縁を繋いだ者らが死地へ赴く。故に貴様も盾にならんと飛び込む。なるほど筋は通っている。だが、それは貴様の本来の在り方か? 悪霊よ。』

 そう問われれば、クウハの視線はついと泳ぐ。
 何度でも言おう。クウハは悪霊だ。人と道を違え、己の在り方のままに、人を害しても構わない。そんな悪霊が、人を愛し、彼らを守るために盾となる。それは、本当に悪霊として正しい姿なのだろうか。

 ――――本当のお前は違うだろう。

 そう言っているかのように、自身の中の”飢え”が鎌首をもたげるたび、主に酔うことで誤魔化してきた。旦那なら、慈雨ならば、その魂(と呼ぶものがあるかは定かではないが)を損なわず自身を受け入れ、渇きを潤してくれる。

『……だが、それも良いではないか。』

「……アン?」

 話の雲行きが変わったことを感じ、クウハは再び、目の前の夢馬へと視線を向ける。

『そも、貴様は誰と比べているのだ。比べるほど、貴様は永きを生きたというのか?』

『方や幾百という歳月を生き、多くを愛し、喪った者。それに対し、貴様はいかほど生きたという。いくらを愛し、いくつを失った?』

『時の長さが。縁の数が全てとは言わぬ。だが、生まれたての赤子と老人など、比べるべくもあるまいて。』

『貴様はまだ、この混沌に生まれ落ちたばかりの赤子よ。なれば、赤子がどう生き、どう育とうとも自由というもの。』

 それに。

『悪霊としての在り方を神の定めし運命とすならば。神に逆ろうてこそ、真に悪というものであろう?』

 ――我が儘であるがよい、悪霊。その先に破滅や後悔があったとて。

 徐々に遠くなる声に。

 いつになく饒舌じゃねぇかヨ、と。夢の中でついた悪態が、届いたかどうか。
執筆:ユキ

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