PandoraPartyProject

幕間

百合草瑠々の日常

それは、百合草瑠々だった証。


関連キャラクター:百合草 瑠々

あまりにも眩しい世界
「ちょっ……何処に連れて行くんだ……!」
「ん? ちょっと、いい景色でも見に行こうぜ! って思ってな!」
「道理で町の外に連れて行かれると思ったら!!」

 瑠々は現在、手を引っ張られて街の外へと出ようとしている。
 自分より小柄で、眩しすぎるほどの赤い髪を持った少年ーーエドワードが外に出ようぜ! とはしゃいでやってきたものだから、断るに断れなくて現在に至る。
 放っておいてほしかった……と嘆いても仕方がなく、瑠々はただただエドワードに従って街の外の森の中へと入っていった。

「あ、草葉には気をつけろよ。毒草とかはないけれど、結構傷つくと痛いヤツあるから」
「遅すぎるって! もう引っ掛けた!」
「おぉ……ごめん……」

 エドワードに注意される間もなく、草葉に服を引っ掛けた瑠々。ああもう台無しだよ、と思いながらもまだまだ探検は続くそうで。
 赤い髪が森の奥へ、更に奥へと進んでゆく。置いて行かれると帰り道がわからない瑠々は渋々彼の後ろを歩いた。

 自分とエドワード、そして他の動物達がガサガサと草葉を揺らす音。本来ならなんてことはない、よくある冒険の一端ではあるが……瑠々にとっては少々恐ろしいものだ。
 こんな自然だけしか無い場所、元の世界には無かった。否、あったとしてもこうして冒険のためには足を踏み入れたりはしないだろう。
 死にたいと願うその心が、冒険に出向いてみたいと思ったことは……無い。だからこそ、放って置いてくれと何度エドワードに向けて言ったことか。

 けれど彼はそんな瑠々の言葉を気にすることはなく、ただただ太陽のような笑顔を向けて、冒険に出かけようと誘ってくれた。

(正直、コレに何の意味があるのかわかんないんだけどな……)

 ――死にたいと願う者が冒険することに何の意味がある?
 エドワードの前で口に出すことはなかったけれど、未だに瑠々の内側では燻っている言葉。
 彼があまりにも元気に誘ってくれるものだから、表情にも言葉にも出さなかったが、やっぱりこの言葉が脳裏を巡る。

 もう帰ろうと告げようか。
 そう思い悩んだ瑠々に対し、エドワードは振り返ってまたも良い笑顔を向けてくれた。

「さ、到着だ!」
「……えっ?」

 坂を登って、登って、登って……考えている間にどのぐらい登ったかなんて、一切数えちゃいない。
 ただただ、黒い意識が自分を支配して、ぐるぐると考えるだけ考えながらエドワードについて行っただけ。

 そうしたら、まあ、なんということだろうか。
 彼が見せてくれたのは、山の中腹から見える広大な草原と、ぽつんと見えるいつもの街の光景。
 太陽の光に照らされた大地に、風に揺れる草葉や木々。その恩恵を受けるように街の人々が細々と動いている様子が目に映る。

 瑠々は小さく呟く。『ああ、なんて眩しい世界なんだ』と。
 死の存在をはるか遠くへと押しやるような温かな世界。眩すぎて目を閉じたくなるほどに。

 エドワードは言う。『ここに来ると、世界が広いって思い知らされるんだ』と。
 自分達がどれだけ小さな存在なのか、人とはどんなに小さなものなのかと、眼下に見える街と草原を見渡して笑っていた。

「いやいや、そりゃ小さいさ。だから生き物の生き死にも、この世界にとっては一瞬の出来事じゃねえか」
「うん、確かにな。でも、一瞬でもちゃんと世界に俺も瑠々も居るんだなあって思えるじゃん?」
「……うーん?」

 眉根を寄せて考え込んだ瑠々。自分が世界という概念を語るには、目の前の少年はあまりにも眩しいのだと再三知らされた。
 今日の冒険は色々と考えさせられることはあったが、それでも多少の経験としては良いものとなっただろう。

 瑠々が連れて行かれる冒険譚はまだまだ始まりを迎えたばかり。
 果たして次の冒険譚はどこへ行くのやら……。
檸檬。或いは、喉の奥で弾ける爆弾…。
●死ぬほど暑い黄色い季節
 じりじりと、夏の日差しが肌を焼く。
 頬を伝った汗が1滴、顎へと流れて地面に落ちた。
「死ぬほど暑ぃ」
「ははぁ? この程度で死にやしないだろ? キミがどんなにそれを望んだって、世界がそれを許しちゃくれない。あはは、まるで呪いか何かのようだね」
 どんよりと淀んだ瞳で百合草 瑠々が零した言葉は、武器商人によって即座に否定された。
 舌打ちを1つ零した瑠々は、隣に置かれた籠へと暗い眼差しを向ける。
「檸檬……何だってこんな暑い日に、ウチはこんなところにいるんだ?」
 籠の中身は檸檬であった。
 絵具をチューブから捻りだした直後みたいな単純な色の紡錘形。それを1つだけ手に取って、瑠々は「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らす。
 そんな彼女の様子を眺め、武器商人はさも愉し気に口元をにんまりと歪めて見せる。
 ところは幻想。
 ジェイル・エヴァーグリーンの果樹園。
 ある夏の暑い日のことだ。
 武器商人が、実った黄色い紡錘形をもぎ取ると、ぱっとトパーズ色の香りが辺りに散った。
「なに、気紛れだよ。ここ最近のキミときたら、得体の知れない不吉な塊に終始心を抑えつけられているみたいな顔をしていたじゃないか。それはちょっといけない」
 得体の知れない不吉に敢えて名を付けるなら、それは嫌悪か焦燥か。とにもかくにも、碌なものではないことばかりは確かであった。
「まぁ、収獲の時期にはまだ早いけど、この季節の檸檬も美味しいものだよ」
 瑞々しい果実を、ぽいっと瑠々へ放って渡す。
 それをまるで“爆弾”か何かでも見るような目でじぃと見つめて……綺麗な歯でもって、ほんのひと口、かりりと噛んだ。
「酸っぱい」
「だろうね。でも、少しだけ目が正常にもどったように見える」
「……まぁ、悪くは無ぇな」
 喉の奥に、いつも感じていた痛み。
 嘔吐を繰り返したことによる慢性的な嵐のようなそれさえも、数滴ばかりのレモンの果汁が洗い流した。
 ほんの僅かな時間だろうが、この瞬間に瑠々はいつぶりか痛みの無い、無垢な刻を過ごしたのだ。
 つまらなそうな顔をして、しかしどことなく面映ゆいような雰囲気のままに、瑠々は檸檬んをもうひと齧り。
 酸味に顔を顰めるものの、檸檬の酸っぱさが胸の奥で爆弾のように弾けては、幾らかの爽快感を与えてくれる。
「美味しいだろう? 次回以降のお買い求めはどうぞサヨナキドリまでご連絡ください」
「……はちみつに漬けたのはあるか?」
 なんて、そう言って瑠々は檸檬を投げ返す。
 涼しく光る檸檬が1つ。
 弧を描いて、武器商人の手に収まる。
「はちみつ漬けか。商品開発部に打診しておくよ」
 食べ掛けの檸檬をポケットに仕舞い、武器商人は収獲に戻った。
 そんな様子を、瑠々はじぃと眺めている。
 やがて……ポツリ、と。
「ウチが死んだら、写真の前に置いた花の影にでもそいつを備えておいてくれ」
 零すような呟きは、果たして耳に届いたか。
 それともそれは、単なる独り言だったのか。
執筆:病み月

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