幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
サリュー組
サリュー組
関連キャラクター:サクラ
- 花陽炎
- ●稽古
「ホント、センセーって意地悪!」
河原の上に大の字になって豊かな胸を上下させている。
手足についた擦り傷は年頃の乙女からすれば不似合いなもので――同時に何処までもサクラ(p3p005004)らしい。
「ここまで容赦ないとか酷くない!? こんなに可愛い弟子に稽古をつけようって言うのに!」
晴れ渡った空を眺め、言葉とは裏腹に実に元気良い声を出したサクラを梅泉は「戯け」と切り捨てる。
「下手に加減なぞしようものなら、むくれて敵わんじゃろうに。
違うというなら『優しくそれなりに』教えんでもないがなあ!」
「……バレてたか」
可愛らしく舌を出したサクラに梅泉は実に深く嘆息した。
サクラは『弟子』と自称した自分の言葉を梅泉が殊更に訂正しなかった事にそれなりに満足している。一方の梅泉と言えばケ・セラ・セラだ。この期に及んでそんな『些事』に構う男ではないし、実際問題『他人に教えた事等ない』自分の例外として彼女が居るのは否めない所ではあった。
「まぁ、教えるなりの加減が無いとは言わぬがな」
「……それは不満なんだけど」
「練習で斬る訳にもゆくまいよ。
仮にのっぴきならぬ行く末に、命の取り合いが生じたとして――その時ならば愛でてやらぬでもないがな。
青い蕾を刈り取るなら、実に胡乱なるこの時間の意味も薄れよう?」
大の字になったサクラの横に座った梅泉は汗一つかかない涼しい顔のまま、得物の『木刀』を肩に担いでいる。
サクラとしてはそれが血蛭なる妖刀でない事が不満ではあるのだが、彼の言う所も分からないではない。
『サクラはまず間違いなく彼に恋をしていて、何なら愛していると言っても過言では無いが、行く末に訪れるかも知れない何かを覚悟もしている』。
つまる所、梅泉曰くの『胡乱な時間』とはこの飯事のような義務猶予の事に違いなく、それを過ぎた後の関係が幸せなものであるかどうかは神ならぬ誰にも保証し難い。
(……正直、複雑だけど)
『必ず命のやり取りになるかどうかは知れないが、そうなる可能性は否めない』。
故にサクラは少なくともその覚悟だけは済ませている必要がある。
……態々慣れない教示等に精を出し、自分に稽古をつけてくれる彼はきっと躊躇わぬ自分を望んでいるから、だ。
「どうした、サクラ。そう黙り込んで」
「……センセーにはどうせ分からない乙女の機微の話だよ」
「左様か」
鼻を鳴らした梅泉はサクラを一瞥してから時折飛沫を上げる清流に視線をやる。
「釣り具でも持ってくれば良かったな」
「……釣りもするの?」
「うむ。釣りは静かじゃ。それに武術に通じる故な」
「……そうなの!?」
「例えば主には効果覿面ぞ。釣りの極意は待つ事じゃ。
主はどうも軽くてたまらぬ――罠に喰いつく事、貪食の大魚の如し故になあ」
「酷くない!?」
くっくっと笑った梅泉の余りの言い様にサクラは思わず跳ね起きた。
何処にそんな力が残っていたのかと自身でも驚く俊敏な動きだが、恋する乙女を『貪食の魚』等に例えた酷い男が悪い。
確かに猪突猛進とからかわれた回数はかなりに上るが、梅泉が全部悪いのは間違いない。
「そうでなくては。存外に元気ではないか」
「……へ?」
「主は未熟じゃが、そうして堪えぬ所は気に入っておる」
自身をじっと見つめた梅泉にサクラの心拍数は異様な速度を叩いていた。
彼の手が自身の頬に触れる。至近の距離は『適切な間合いの内側』で不意を討たれて奪われてしまえば桜花の剣では抗し得ない。
「……センセー……」
ぎゅっと唇を引き結び、目を閉じてみる――
それは殆ど本能的な動作で本人の中で『そう』考えてのものではなかったが。
「ゴミがついておる。『恋する乙女』には忍びなかろう」
「……」
「……………?」
「……ず、頭痛がしてきた!!!」
思わず頭を抱えたサクラに梅泉は不思議そうな顔をしてそれから呵々大笑する。
「主等は本当に愉快よなあ」
「はいはい。どーせ面白いですよ!」
無理からず頬を膨らめたサクラに梅泉は目を細めた。
分かっているのか、いないのか――自分を小娘扱いする年上の男は手強く、酷く厄介だった。
「……ねぇ」
「うん?」
「割と真剣な話なんだけど」
前置きしたサクラは意を決して息を一つ呑み込んで。丹田に力を込めて彼に尋ねた。
「センセーはどうしたら私を認めてくれる?」
「……認めていない心算も無いが」
「はぐらかさないでね。流石のセンセーでも少しは伝わってるでしょ?」
梅泉は答えず、サクラは苦笑した。
「気の迷いでも酔狂でもないよ。私、もう二十歳になるんだから」
「七月一日じゃったか。間もなくじゃな」
「だから、少しは認めて欲しい。どうしたらセンセーは本気になる?」
「そうさなあ」
顎に手を当てた梅泉は思案顔の後、サクラに告げた。
「まずは主が一本取ったら、じゃな」
「結局そこかー」と納得したように笑ったサクラの一方で梅泉は内心だけで付け足した。
(別に、認めていない心算でも無いのじゃがな)
……とは言え、年嵩の男の機微を『恋する乙女』とやらは理解し得まい――
●『一本』
グラン・ギニョールの夜からこちら、新しい情報は入っていない。
必死の応援に涼しい顔をして、泣きそうなこちらの気も知らず、安請け合いをした男の消息は未だ知れていなかった。
「……ばか」
その言葉は『いけず』な男を向いたものか、はたまた自分自身の弱さに向けられたものか。
私自身、正しくそれを理解する術を持っていない。
あの夜、あの瞬間――『あの銀髪豚野郎』に操られて『取らされた一本』の感触は私にとって苦味だけで出来ていた。
これまで培ってきた技を、教えて貰ったその術を、輝かんばかりの『胡乱な時間』を全て台無しにした――
上等な料理に泥をかけるような。あんな事は絶対に許せない。馬に蹴られて死んでしまえ。
「……………ばか」
せめても泣き喚ける位に『強ければ』良かったのに。
私はきっとやせ我慢を出来てしまう位には『弱く』。
あの悪夢めいたワンシーンは何時までも脳裏にこびりついて離れない。
(……これが最後ならあんまりひどいよ)
せめて、斬り捨ててくれれば良かったのに。
『そうしたら不完全ながらに望みは叶い、諦めの一つもついたのに』。
鎧袖一触の如き、自分の剣に応戦せず、敢えて受けたセンセーの顔が忘れられない。
最早それは焼き付けられた呪いのようで、私はたてはさんの気持ちが産まれて初めて分かった気がした。
恐らく全人類で一番良く、分かっている。
「……でも」
同時に私は信じてもいるのだ。
――花濡れる
快哉細き
幕間の
死出路の招き
足蹴も涼し
きっと、あの酷い自信家は何時か酷く呆れた顔で私の頭を叩くのだ。
――わしの弟子なら、しゃんとせい!
きっと、きっと―― - 執筆:YAMIDEITEI