PandoraPartyProject

幕間

日常系

関連キャラクター:ゼファー

You smile, I smile.
 湿っぽい空模様だこと。ゼファーの唇がそんな音を囁けばアリスは「お嫌い?」と問い掛ける。
 ソファーに乱雑に放り出した洗濯物の山に埋もれるようにして『蜂蜜』が広がっていた。白いシーツが含んだ雨の香りは、心地よさには程遠く湿った気配だけが部屋を包み込む。
「お日様の香りが恋しいのかしら」
「そうね、けれど雨も悪かないわ。二人きり、雨の異国情緒溢れる海洋(このくに)で扉を閉ざして過ごせるんですもの」
「情熱的ね」
 唇に乗せたのは軽やかな口説き文句。ムードもへったくれもないけれど、それ位が丁度良い。身体を寄せ合えば皮膚に纏わり付いた汗の香りが蜂蜜色の彼女のワンピースに移った気がした。唇を頸筋に寄せて「眠ってしまおうかしら」とゼファーは囁いた。
「其れも悪くは無いわ。目が醒めたら空も泣き止んで仕舞っているかも。ねえ、そうしたらお買い物に出掛けましょう?
 ディナーの準備を雨上がりの街でするのは屹度、楽しいわ? レインブーツの準備は出来ているかしら」
「突然の雨の相合い傘も悪かないでしょう?」
「ふふ、そうね。それじゃあ、少し眠ってしまいましょう? ゼファーとわたしのふたりきりで」
 耳朶を撫でた指先は冷たく心地よい。雨が閉ざしたこの部屋で、幸せだと笑っていて――いとしいひと。
Cuppa.
 ――食後のお紅茶は、如何、ですか?

 朝食を摂り終わったタイミングで、モーニングプレートを下げながら隻眼のウェイトレスがおずおずと云った。
「此処にそんなサービスあったかしら?」
「良いじゃない蜂蜜ちゃん、折角だから頂きましょう」
 まごつく少女に流し目を送る、隙の無いゼファーにアリスは口を尖らせて。

 ――直ぐ準備をする、ので、お待ち下さいね。

「あら、つれないの」
「ゼファー……」
 世界各国を巡り旅を続けるふたりには、『其の辺りに行ったら彼処に泊まる』という宿が幾つか存在する。
 其の一つ、此処は幻想の程々に栄えた場所にある、老夫婦が営む宿屋だ。
 特段華やかでも無いが小綺麗で素朴な所が売り。ご飯が美味しくて、旅暮らしには有難い広めのお風呂が気持ち良い。

 ――驚いた? 何だかあの子ったら、お茶を淹れる特訓をしているの。

 ――お、おばあさん! あ、あの、お待たせしました。

 陶器のティーポットから濯がれた紅茶は眼が醒めるかの様なスパイシーな馨り。

 ――ええと。此れは、ローズマリーティーで。その、少し苦いと思うので……此方の『蜂蜜』をどうぞ。

「まあ、まあ! 一本取られたわね? 私が『蜂蜜ちゃん』って呼んでるの、覚えていてくれたのでしょう?」

 優雅な朝の一幕。ふたりが口を揃え『美味しい!』と云えば少女は照れ屋な花の様にはにかんだのだった。
執筆:しらね葵

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