PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

深淵は覗く

関連キャラクター:レーツェル=フィンスターニス

ざわめき
 喫茶店で席につこうとして、その前にまず周囲を見渡した。あの黒い衣装がどこにもいないことを確認して、それからやっと椅子を引く。
 静かに席に着いたとき、隣にふと影が落ちた。

 来たか。

 貴様も懲りないな。そう唇を動かそうとしたとき、思っていたのと違う誰かがそこにいることに気が付いた。

「ああ、いや、一緒にどうかと思って」

 そこにいたのは、顔を赤くした青年だった。レーツェルの隣の席を指さし、座ってもいいかと尋ねている。
 胸の奥でざわついた何かが、すっと引いていくような気がした。

「構わんが」

 青年がぱっと表情を明るくする。照れ臭そうに彼が席に着こうすると、彼とレーツェルの間に、するりと影が入り込んだ。

「お姉様。ここにいたのですね」

 彼女の艶やかに塗られた指先が、テーブルの縁をなぞる。青年には入る余地がないのだと、その指先が示している。

「ここで出会えるなんて、今日は素敵な日です。一緒にお茶してくれますね?」

 心底嬉しそうに微笑みかけてくるラルフェ。その片方の目が、確かにこちらを見据えていた。

「用事を思い出した。ではな」

 先ほど青年に「構わない」と言ったばかりだが、彼を気に掛けている場合ではなくなってしまった。

 勢いよく店から飛び出すも、それだけでラルフェを振り切れるはずがない。当然追いかけてきているようで、後ろからなぜそうやって恥じらうのか、と言う声が聞こえる。

「そんなお姉様も可愛らしいですが、やはりお茶は捨てがたいのです」

 彼女の甘い声が、耳元に絡みつく。途端、先ほど消えたばかりのざわめきが、再び内側でうごめいた。身体から抜け出したそれは独特の痺れをもって、ゆるりゆるりと皮膚を這う。
 この感覚は、どうしてか不快ではない。甘いとも優しいとも違う、そういう不思議な感覚だった。

「茶は飲まんぞ。帰れ」

 とはいえ、追いかけられたら逃げたくもなる。それにここで捕まると厄介だ。どうにかして振り払わねば。

 街中を走り抜けながら、ちらと後ろを振り返る。想像通りの笑顔を浮かべている彼女がそこにいて、思わず頭を抱えたくなった。
執筆:椿叶

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