幕間
気の抜けない同居人
気の抜けない同居人
関連キャラクター:スティーブン・スロウ
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- 捫著
- 家の主が、随分と酒臭くご機嫌な足取りで帰って来たのは夜半過ぎ。上瞼と下瞼が今にもくっつきそうな――実際既に少し睡り掛けて居たものだから、仮にも同居人が居る身である、少しは配慮願いたいものだが。
今床にゴロリと転がり大の字で睡っている其の男に、倫理や道徳を説くだけ無駄であると云う事は短い付き合いと云えど重重理解させられていた。
煙草の匂いと、其れから甘ったるい香水やら女の化粧品独特の匂い。鼻がむず痒くなる百合の花の様な馨りは、一昨日だかに嗅いだものとは違うし、何なら其の更に前のものとも異なっている。
散らばった荷物を拾い上げながら『ええい、邪魔臭い!』と蹴り上げてみたが、ぐうぐうと酒臭い呼気で鼾をかいて眠り続ける男を見てティオは己の将来に一抹の不安を覚えなくもない。
悪い奴じゃないのだ、少なくとも。一寸底抜けにだらしがないだけで――……
「……此れ。なんだ、コイツ本なんか読むのかよ」
『青少年の気持ちに寄り添う~現代的理解に於ける基礎知識~』
『知識ゼロでもわかる! 感情の仕組み』
「……別に理解なんてして貰わなくても良いんだよ」
『すこやかな育児、子を持つ親へ~十五歳の悩み事~』
「何か悩んでたっけ、ぼく。厭、そう見えるのか?」
『こねこのきもち』
「待って?! おい、お前起きろ!」
「痛ッ……! なぁに、もう……」
「ぼくは子猫じゃあないだろ! この、このっ、変態! 野生の狼!」
「変態は自認してるけど、狼って大半が野生だよね!?」
「えぇっと、じゃあ、……そうだ、歩く下半身!!」
「下半身って歩く為に付いてるモンじゃないの?! 罵倒が下手過ぎない!?」
「「はあ」」
「床で寝てると軀、痛いだろ。せめてソファかベッドで寝ろよ」
「そうしますー……おめーさんも早く寝るんだぞ、おやすみィ」
「……おやすみ」 - 執筆:しらね葵
- 野良猫にチーズを
- スティーブンは奴隷市で保護した同居人ティオにちょっかいを出しては警戒されている。
「ティオ、今日は何食べたい?」
スティーブンが声をかけても、ティオは人に懐かない野良猫のように素早く彼から距離を取ってしまう。
「ぼくに構うな。食べたい物があれば自分で作って食べる」
鋭い口調で拒絶するティオに、スティーブンは肩をすくめた。
「ああ、そうかい。じゃあ、俺も勝手に晩酌させてもらうぜ」
彼は瓶ビールを取り出して、グビグビと飲み始める。
ティオは「また酒か」と言いたげな目でスティーブンを観察していた。
その視線は少なくとも温かなものではない。
「お前も一緒に飲むか?」
スティーブンが酒の瓶を振ると、ティオは首を横に振った。
「ぼくはお酒は飲まない」
「あっそう。じゃあ、つまみだけでもどうだ?」
酒が飲めなくてもつまみは美味しいだろう、とスティーブンは燻製のチーズを取り出す。
それを見た途端、きゅう、と腹が鳴る音がした。
ティオの方を見やれば、性別不明の彼もしくは彼女はお腹を押さえて羞恥で顔を赤らめていた。
「やっぱ、腹減ってんじゃねえか」
「うるさい」
スティーブンは、ティオがチーズに興味を示したらしいことを何故か自分のことのように喜んでいた。
そうして、チーズを小さく切ってティオに差し出す。
「……毒でも入ってないだろうな」
「疑り深いな。これで証明できるだろ?」
スティーブンは切ったチーズの一欠片を目の前で食べてみせて、「な?」と安心させようとする。
それを見て、ティオはやっとチーズを慎重に口に入れた。
「燻製だから香ばしくて美味いだろ?」
「……フン。これでぼくに恩を売ったと思うなよ」
「とことんひねくれてるな」
スティーブンは呆れたような、それでいてホッとしたような笑顔を浮かべるのであった。
もしかしたら時間はかかるかもしれないが、二人の距離は縮まる日が来るのかもしれない。
……亀の歩みよりも遅いかもしれないが。
- 執筆:永久保セツナ
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