PandoraPartyProject

幕間

潮騒商館

関連キャラクター:ラダ・ジグリ

In this morning.

 窓の隙間より聞こえる波の音。商人たちの声や、行き交う人たちの足音、まばらに木霊した生活音。
 ここはラダが独立して立ち上げた港町の商会、その商館。
 困り事から発注まで、貴方の望むままになんでもごされ。
 気取りすぎない硝子の証明はラダのこだわり、そのひとつ。
 自ら選び、自ら築き、自ら率いる。そんなこの商館と商会をラダが大切に思っているのは手に取るように明白で。
(……さて、と)
 まだ慣れない商会長の称号。其処まで広くはなくていいのだと注文した筈なのだけれど、随分と広く頂いてしまった会長の部屋。
 溜まった書類の山をひとつ何とかしたところで、グラスに注がれた珈琲を口に含む。
 ほどよい苦味に口元がゆるゆると緩んでいく。
 この称号の重みは喜ばしく、そして誇らしく。そしていつか、他人にとってもそうなれるように。
 勿論今だってそうなのだけれど――ラダにとってはまだまだ及第点にすら届かない。
 うんと伸びをしたその手の先に広がる天井を掴めるくらいには……なんて。考えてしまった自分の思考に、思わず笑みが溢れた。
執筆:
Today, I have to go.

 商会長ともなれば、これまで他人に任せてきたことすべてが自分にも降りかかる。
 スケジュール管理はもちろん、打ち合わせや取引先との会議などなどなど、沢山の業務に追われることになる。ああ、いそがし!
 忙しくぱたぱたと動いていれば、一日なんてすっかりと終わってしまう。そんな心地よい疲れと共に泥のように眠る。そんな日を繰り返す。
 時たまにローレットに赴き依頼をこなして、身体をほぐして。
 やりたいことを実現したからこそ得られる充実した疲労感は、何よりも誇らしい勲章にほかならない。
執筆:
嵐の夜に。或いは、甘露なる酒を求めて…。
●来る紅
 ごうごうと、窓の外で黒い風が吹き荒れる。
 天候は雨。
 嵐の夜。
「……来たか」
 遠くの丘に、黄色い光。
 ひっそりと、それは嵐に紛れて近づいて来る。
 手にしたライフルに、ゴム弾頭を装填しラダ・ジグリは席を立つ。
 防水コートを身に纏い、ラダ・ジグリは窓を開け放ち外へ。
 嵐の中へ、身を躍らせた。
「やはり来たか……ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ。今日はうちの領地で酒宴か? 酒を仕入れに来たのだろうが」
 溜まったツケを払い終えるまで、空き瓶の1つも渡すわけにはいかないのだ。
「……そう。貴女が立ちはだかりますのね、ラダ」
 雨合羽を脱ぎ捨て、カンテラを捨てる。
 紅い髪の小柄な女。
 鋼の右手にメイスを下げて、暴風雨の中、彼女は告げた。
「ローレットの仲間だ。少々の融通はしてやりたいが……私は商人なのでな」
 商人にとって、金は命と同じ程度には重い。
 ツケを溜めたヴァレーリヤが、酒宴用の酒を狙うというのなら黙って見過ごすわけにはいかないのであった。
「偽名まで使って酒の予約とは恐れ入る」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
 皮肉も通じない。
 ヴァレーリヤは腰の高さにメイスを構えた。
 これ以上の会話は不要ということか。
「気絶させるだけですので……ごめんなさい」
「それはこちらの台詞だよ」
 遠くの空で雷が光る。
 それが開戦の合図であった。
執筆:病み月
貴女の留守は私が支えるからね
「……んーー……はぁ。今日はここまでかしら。」

 積み上げられた帳簿の山を見やりながら大きく伸びをする。レンド・バラーズは今日も一人、まだ新しさを感じさせる商館で書類整理に追われていた。外を見れば月は高く、ずいぶんと夜も更けていたようだ。

「今頃、うちの妹分はどこにいるんだか。」

 販路を広げるという目的があるのは分かるけれど、どうにもあの商会主は行く先々で面倒事に巻き込まれてくる。もう成人したんだし、もう少し落ち着いてもいいと思うんだけれど。

 ハァ、と息を吐きながら、すっかり冷めてしまったフレーバーティーに口をつける。

 ――苦くない奴がいい。

 私も同じだけど、それにしてもあの子、大人っぽく見えてあれで可愛いところがあるのよね。おもわず昔の話を思い出して、フフッっと笑みがこぼれる。

「……ラダが14の頃だったっけ。お互い、大人になったなぁ。まだまだ本家から見たら駆け出しだけど。」

 ――人を殺してしまったらしい。

 あの日、表情を変えることなくそう呟いた彼女の気持ちに、レンドは想像はできても、共感してあげることはできなかった。でも、最近の彼女はどうだろう。

「自然に笑うようになったよね。でも、お姉さんは嬉しいけど、ちょっぴり心配だぞ。」

 変な男にひっかからないといいけど。
 今度帰ってきたら、お酒と一緒に聞いてみようかしら?
執筆:ユキ
用心棒。或いは、商会長の苦難…。
●ある晴れた日曜日
 空は快晴。
 時刻はもうじき昼になる。
「部下から連絡があった。もうじき来るぞ、準備はいいか?」
 ライフルにゴム弾を装填しながら、ラダは問う。
 ラダの問いに無言で頷き、亘理 義弘が数度、拳を虚空へ放つ。
「いつでも滾ってる。いつ、誰が、どこから攻めて来ても対応してみせるぜ」
「そうか。頼もしいが……くれぐれも油断してくれるなよ?」
 木造の倉庫を背に、ラダはライフルのスコープを覗いた。
 ターゲットの姿は見えないが、部下の報告が確かなら、きっともうすぐ現れるだろう。
「油断はしねぇ。ラダがわざわざ俺を用心棒に雇うぐらいだからな。よほどの相手なんだろう」
 そう言って義弘は、チラと視線を倉庫へ向けた。
 ラダからの依頼はこうだ。
 何があっても、倉庫の中身を死守すること。
 つまり、ラダが外部の手を借りてまで守り抜きたい商品が、倉庫の中にあるのだろう。
「よほどの値打ちもんか? いや、どうでもいいな……どんな奴が相手なんだ?」
 倉庫の中身に興味は無いが、これから戦う相手については気にかかる。
 義弘の問いに、ラダは微妙に困ったような顔をして、1つ、重たい溜め息を零した。
「ターゲットは紅い髪の修道女だ。そして、倉庫の中身は値の張る酒さ」
「……おい、まさか」
「無駄話はここまでだ」
 カラカラと、メイスを引き摺る音がしていた。
執筆:病み月
酷い朝。或いは、抗い難い誘惑の夜…。
●ある寒くて酷い朝
 朝日が昇る頃、窓から差し込む日差しを浴びてラダ・ジグリは目を覚ます。
 昨夜は長い旅を終え、早々に床についたのだ。久しぶりに柔らかくて暖かい布団で眠ったおかげもあって、寝覚めは存外すっきりしていた。
 寝ぐせの付いた髪もそのままに、「ばにく」と書かれたTシャツからいつもの服に着替えることさえも後回しにして、ラダは寝室から食堂へと移動する。
 どうせ今日の午前中、商館にはラダしかいないのだ。商会の長として、身なりにも相応に気を使う必要はあるものの、それを見る者が不在ならば気を抜くこともあるだろう。
 けれど、しかし……。
「っ……酒臭い」
 食堂に1歩、脚を踏み入れたラダは思わず口元を手で覆う。
 食堂に漂う甘い酒精は、仕入れていた果実酒のものだろう。日頃は商会員たち……主に元・盗賊の姉妹が飲んでいるものだが、彼女たちはつい一昨日から遠くの街に仕入れに出ている。
 そもそも、昨日はラダ以外の誰も商館にいなかったのだ。
 なのに、酒の臭いがするのはおかしい。それも、樽を開けたかのような濃い酒精となればなおのこと。
 と、そこでラダは“ある可能性”に思い至った。
 すなわち、何者か盗人が押し入った可能性である。生憎とライフルは部屋に置きっぱなしだ。近くにあった箒を手に取り食堂の奥へ……貯蔵庫へと近づいていく。
 果たして、そこには……。
「なぜ、ここにいる?」
 床に転がる人影が2つ。
 紅く燃える髪と、オレンジ色に染まった髪の2人の寝顔には見覚えがあった。ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ、およびアーリア・スピリッツである。
「んぁ~、ちょっと~……ラダちゃん起きて来たわよぉ?」
「ラダ~、いいところに来ましたわね~。溜まっていたツケを払いに来ましたわ~」
 見ればヴァレーリヤの手には硬貨の詰まった袋が握られている。それから、空になった酒の瓶も。
「いや、待て……新しいツケが増えているだろうが」
 その手から財布と酒瓶をもぎ取ると、2人まとめて箒で外に掃き出した。
執筆:病み月
世にも珍しい獣。或いは、ラダ・ジグリの雷獣狩り…。
●雷獣
 馬車が停まった。
 御者席から地面に降りたラダ・ジグリは、荷台に積んでいたライフルを背に担ぐ。
 ところはラサのとある遺跡だ。
 遥か昔には“雷獣”とやらを崇め奉るとある部族が暮らしていたと聞いている。
「そんなところに“雷獣が出た”なんて噂を聞いてはな。うちの商会も近くを通るし、安全確認程度はしておくべきだろう」
 なんて、独り言を口にしてラダは周囲に視線を巡らす。
 この日、遺跡と雷獣の調査に訪れたのはラダ1人ではない。とある事情により、ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤを半強制的に応援として呼んでいるのだ。
 しかし、今のところヴァレーリヤの姿は見えない。
「時間厳守かつ現地集合と言い含めていたはずだが」
 20分ほど待っただろうか。
 もうじき、集合時間に定めていた“夕方”が終わる。
 ラダが苛立ち始めた頃に、やっとヴァレーリヤが現れた。
 どういうわけか、遺跡の方から。
 けれど、1人ではない。
 ヴァレーリヤの隣には、ソアが並んでいるではないか。
「彼女は?」
「遺跡で眠っていましたの。ちょうどいいので、お手伝いを頼んだのですわ!」
「退屈してたからね! 雷獣と戦うんだったら、ボクに任せて!」
「……いやぁ」
 “遺跡に現れた雷獣”は、きっとソアのことだろう。
 その事実を告げるか否か、ラダは頭を悩ませる。
 
執筆:病み月

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