PandoraPartyProject

幕間

日常

関連キャラクター:烏谷 トカ

にゃんたる偶然
●烏谷 トカは猫好きである
 再現性東京202X街『希望ヶ浜』には、トカの好きな店がある。
 そこに行けばいつだってトカは満たされる、と断言できる。というのも、行って満たされなかった試しがないからだ。それくらいトカにとってその店は最高で最良の店であった。
 その店に似たような系統の店はいくつもあるものの、その中でも最近のお気に入りは『しあわせねこしっぽ』という名の店である。――店名でお気付きだろうか。そこは、所謂『猫カフェ』と呼ばれる店だ。
 最近通い始めた『しあわせねこしっぽ』の猫さんたちは、皆揃って長毛種。撫でればふかふかふわふわ。けれど品種や毛質が違えば、その撫で心地も全然違う。初めて訪れた時には驚いたものだ。
 既に数回訪れているトカは、そろそろお気に入りの猫さんを見つけたいと思う今日この頃であった。
 されど、中々見つけられずにいる。その理由はやはり――。
「皆違って、皆いいんだよね」
 なのである。
 サラサラ毛質な猫さんも、重ためもふもふ毛質な猫さんも、ツヤツヤすべすべ毛質な猫さんも、くすぐるようなふわふわ毛質な猫さんも――皆違って皆いい。もふもふに貴賤はないのだ。
 猫さんを傷つけないためにも撫でるのは(例え左手に手袋をしていたとしても)右手と心がけ、立てたふわふわしっぽでトカの頬をすりっと撫でて横を通っていこうとする猫さんの背中を撫でた。この子はふかふかタイプだった。
 お気に入りの子を見つけられたらどうなるか? 『お気に入りの子を見つけたら、Webサイトでその子が居る時間かチェックしてからのご来店ができますよ』と、店員が言っていた。せっかく来店したのにお目当ての子が今日はお休み、というのは少なからずショックを覚える。今日はしっかりと猫種と名前を記憶して帰るつもりでいた。

 ――カロン。
 来店を告げるベルの音は、猫さんたちの耳にうるさくない落ち着いた音色。
 猫さんたちは鼻先を出入り口に向けて一瞥するか、耳だけを向けて寝ている。此処に来る客は、人よりも猫に興味がある者ばかりだ。他の客は入り口に視線を向けずに近くの猫さんに甘い顔をしているばかりで、トカとて毛並みを吟味するように撫で続けている。
(この子にしようか)
 どっぷり大きなラガマフィンのマリィちゃんは、重ためもふもふ毛質。
(いや、でもこの子も捨てがたいのだよね)
 マリィちゃんと似たサイズのノルウェージャンフォレストキャットのケニーくんも、重ためもふもふ毛質。大型種の子は重ため毛質が多いのかな? なんて考えてしまう。
「あれ?」
「ん?」
 毛質の吟味に忙しいトカであったが、流石に頭上で声が聞こえれば顔を上げる。
「あ……」
「また会ったな」
「こんにちは」
 目深にフードをかぶった青年と光で銀に煌めく紺色の髪の青年は、以前もこの『しあわせねこしっぽ』で会ったことがあるふたりだ。その時は確か、「長毛種のこの肉球がたまらない」「わかる」「肉球より毛足が長いんだよな」「肉球の間から毛が飛び出ている感じもいい」などと話をし、意気投合したのだった。
 類は友を呼ぶし、猫カフェは猫好きを集める。偶然再会出来たのなら、これも何かの縁だろう。再会した三人は自己紹介をすることにした。
 聞けば紺色の髪の青年――ヴェルグリーズとフードの青年――アーマデル・アル・アマルは元々知人なのだそうだ。しかし今日の訪いはお互いにとっても偶然で、急ぎの依頼を受けていないからと練達へと足を伸ばし、癒やされるために猫カフェ『しあわせねこしっぽ』に向かった所、店の前でばったりと出会ったのだとか。
「僕は今日、お気に入りを決めようと思って来たんだ」
「気に入りを?」
「いいね。俺も見つけてみようかな」
 猫好きを繋げるのは、やっぱり猫に関する会話だ。
 たくさんの毛並みに触れて気付いたことをトカが話せば、ふたりは興味を惹かれた姿勢を崩さずに話に乗ってくる。
「結構絞れてきたのだけれど、どの子も魅力的で」
「悩ましいところだな……」
 いつの間にかトカの膝の上にはのっしりとラグドールのエミーナちゃんが乗っており、ヴェルグリーズとアーマデルは他の猫の匂いがするからか、猫さんたちにスンスンと匂いを嗅がれていた。匂いを嗅ぎに来ているケニーくんを撫でるヴェルグリーズの傍らで、アーマデルはふむと真剣に悩む素振りをみせる。
「トカ殿には、これと言った好みはあるのか?」
「僕は手触りの良い毛並みの子が好きだよ」
「ここの子たち、皆手触りが良いよね」
「そう、だから少し困っているのだよね」
 真剣に話し合う三人の耳には、微笑ましげな店員たちの笑い声は入ってこない。
「矢張り――沢山撫でて撫でまくるしかないのではないだろうか?」
「俺もそう思う。これだと思う子はきっと居るはずだし、根気よく探してみようよ。キミが満足するまで、俺も付き合うよ」
「ああ、俺も。トカ殿が気に入る子も気になるしな」
「君たち……、ありがとう」
 長い前髪の下で瞳を細めるトカに、ふたりは「『猫友』だろう?」と笑った。
 斯くして猫友の三人は猫話をしながら、もふって回った。
 自ら捕まえにいくだなんて、野暮なことはしない。ここ、猫カフェでいちばん大事なのは猫さんの意思である。猫さんたちが自由に寛いで、ちょっと挨拶に来てくれたり甘えに来てくれる時に、そっと撫でさせてもらうのだ。
 そうしてどれだけの時間が過ぎた頃だろうか。
「あ」
 ずぅっといと高き猫の座(キャットタワー)で瞳を閉ざしていたペルシャ猫のトゥーリくんがふわりと毛を揺らして降りてきて、その背にそっと手を当てた時――思わずトカの口から声が溢れた。
「この子、すごくいい」
 トゥーリくんの毛のさわり心地は、細いほど柔らかくすべすべだ。
 ノルウェージャンフォレストキャットのケニーくんやラガマフィンのマリィちゃんの毛は太めで、体は筋肉質なためアンダーコートまでしっかり手を入れて撫でると『肉』を感じた。しかしトゥーリくんの毛は非常に滑らかで、シルクのような触り心地とはこのことを言うのかと思わざるを得ない。
 みなまで言わずとも上がった口角を見ればトカが『お気に入り』を決めた事が解り、ヴェルグリーズとアーマデルも良かったな、と笑うのだった。


 三人はその後も、互いの時間が許す限りのんびりと過ごした。
「そういえば――猫と泊まれる宿の話、聞いたことはないか?」
「どこにあるの?」
「繁華街の方のだよね? 行ってみたいなって思ってたんだ」
「だったらさ、今度一緒に――……」
 なんて今後の約束も取り付けたトカの膝の上では、トゥーリくんがふわぁと大きな欠伸を零していた。
執筆:壱花

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