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これが最後だと思っていても
これが最後だと思っていても
イラストSS
ぼんやりとした光と細雪が辺りを包んでいる。
「ヤツェクさま」
憂いを湛えた瞳が男の顔を見上げて細く緩む。
穏やかに微笑する女の足取りは乱れを感じさせることはない。
教科書通り、お手本通りともとれる穏やかな足運び。
それは仮にも貴族である彼女の教養を深く感じさせる。
「ヘレナ」
そう言葉に変えた声は思っている何倍も揺れていて。
「今日はダンスに誘ってくださりありがとうございます」
穏やかに女は声を転がせる。
(あぁ全く……おれは何をやってるんだ)
軽く背中を抱き寄せれば、折れてしまいそうな腰を抱く。
(オースティンに守ると誓った、そんな相手だぞ)
「ヤツェクさま、ありがとうございます」
零れるような声と共に白い吐息が漏れている。
――これが最後、今日で最後。
これが最後だ、そう何度思ったことか。
そう何度も思い――そうして気づけば彼女に会いに来ている。
これが金や地位なら――命なら、投げ捨てることもできようが、愛情となるとそうもいかない。
「――いつも、ありがとうございます。
あなた様が居てくださらなければ、わたくしは……」
瞳を潤ませるヘレナが目を伏せて、そっとヤツェクに抱き着いた。
「――少しの間だけ、このままでいてくださりますか?」
ぼんやりとした光と、細雪が辺りを包んでいる。
白く澄んだ空気が、現実感なく辺りに満ちていた。
※SS担当者:春野紅葉