イラストSS

　軽やかな鈴の音と人々の笑顔で満ちた街の裏側は、甘ったるく喉奥に絡みつくミルクの香りがした。

　リカの足取りはもう随分と何かに怯え、逃げ続けているように、ともすれば今宵の空気に浮かれた酔っ払いよりも酷い。
｢そんな、もう来るなん、テ｣
　夜更けの裏通りが丸呑みした震える声。肌を刺す冷気すら追いやる熱が体中を焦がす。
｢ヤメて、頭に入っテ来ないデ、あ、アア、アアア——！｣
　劣情。本能。抑圧され、最高潮まで至った獲物達の欲望。雪崩れ込んでくるそれらに応える体質はどれだけ否定しても、凭れた壁を引っ掻いても、程なく自我を食い破り、理性を突き崩し、限界を越えた。
｢んぎいい！？｣
　食い縛った歯の隙間から千切れそうな絶叫と呼気と、長い舌。堪らず抱えた両手を押し退けた山羊角。膨らむ胸は解放された悦びそのもの。黒く反転した眼球には金色が濡れる。
｢……ッ、はぁ｣
　溶けた吐息は夢魔への強制的な変態を終えたことを意味する。
　——世界の全てを白く染め上げ、人類の全てを色欲に狂わせ、永遠の平和を。
　魔王としての本能に従い、求められるままに何十人もの獲物に飽くなき快楽を与え、果ての果てまで快楽を貪る、穢れた聖夜が始まる。

　※SS担当者：氷雀