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イラスト詳細

モカ・ビアンキーニの紅野による三周年記念SS

作者 紅野
人物 モカ・ビアンキーニ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月25日

4  

イラストSS

『From the New World (Symphony No. 9)』

「君に、世界はどう見える?」
 彼女が目覚めた時、その男は表情も抑揚もない声でそう言った。

ーーー

 成功事例。施設で彼女はそう呼ばれていた。そこは”バクフ”直属の研究所で、AIからロボット工学、分子生物学から論理物理学まであらゆる学問が研究され実験されている巨大な機関だった。この国で、いや世界で”バクフ”の名を知らぬ者はいない。大国からは敵視され、紛争地域からは尊敬される特殊な武装集団。傭兵集団でもなければ、国の軍隊でもない。言うなればゲリラ組織だがゲリラと呼ぶには特殊すぎる。

 その母体となった「アヅチ・バクフ」は数百年も前につくられたものだが、未だ名は古びない。時の権力者”ノブナガ”は現在で言う中国、そしてオランダとの貿易、国交をいち早く結び極東にありながら文化・文明・国家のるつぼと化し、同時に巨大な軍事組織でもあった。その栄華は18世紀の末になっても衰えることなく、バルカン半島を発端とした第一次大戦に参戦。その国力を欧米列強に見せつけた。第二次大戦はそれを脅威と感じた米国を中心とした連合軍との全面戦争と化し、日本には数個の原爆が投下され占領統治される。だがそれに唯一抵抗し続け、そして今も敵対しているのがバクフだ。彼らは地下深くに潜り、独立した自治区を持ちゲリラ戦を今なお繰り広げている。

 21世紀の情報化により、進み国家や民族という単位が失われつつあった時代にあって、いち早く民族・国家から逸脱したこの組織には世界から居場所を失った研究者が集まる。その頭脳は世界最高峰であり、その防衛を担うバクフは少数精鋭ではあったが戦争経済と化した21世紀後半には名実ともに最強の武装集団となる。

 この研究所で「成功事例」は目を覚ました。技術的特異点を超えた成功。その場に立ち会った研究者は歓喜の悲鳴を上げたが、主任研究者であった「Z」はそれに対してなんの表情も浮かべず、ただ彼女の起動を見下ろしていた。

 情報の爆発。照度・温度・湿度・重力・気圧・音……あらゆる情報が彼女の頭脳に入り込んで機能停止しそうになる様子。成功事例が喘ぎ声を出し、筋肉を痙攣させ、発汗する様子をただ見ていた。彼女は今でも彼のその時の目を忘れられない。彼は遥か先を見ていた。

 成功事例はその後、軍事用途のスパイとして使用されあらゆる情報の改ざん・入手を行ったが、彼女には自我がなかった。自分の存在を問うことも嘆くこともしない。ただの道具。彼女が任務を遂行するにつれ、その発明者であったZに賞賛が集まったが、ある日を境に彼はバクフから煙のように消え去る。失踪後、研究机には「無辜なる混沌より」と書いたレポート用紙が残されているだけだった。

 この失踪後、バクフのなかではあらゆる仮説が立てられ、検証されたがMの失踪にまつわる糸口は皆目つかめなかった。しかし彼が肉体を持った人間である以上、どこかの地域にはいるはずでありその頭脳を求める大国がいることも事実だった。バクフはその頭脳流出を恐れ、あらゆる手段を駆使して彼の居場所を突き止めようとしたがなんの成果も上げることができずにいた。

 皮肉にもそこに投入されたのが「成功事例」だった。バクフは軍事的介入、情報戦にも優れていたがスタンドアロン型の端末や箇所にまでは手が出せない。彼女は世界中を飛び回り、自分と同じようなアンドロイドを開発しているとおぼしき研究所の存在を知る。その報告を聞いた上層部は、その研究データの回収と、Zの確保または殺害を次の任務とした。

 後の彼女に言わせれば、それはこれまでの任務とは異なっていた。「何が」と問われても分からないが、「心」と人が呼び習わすものが動いていたような気がする。造り主、親のような存在と戦うのだから……そしてそれが彼女に初めての、そして最後の失敗の引き金を引いた。

ーーー

 その研究所は図々しくも、そして挑発するように大都会の摩天楼のの高層階に位置していた。彼女は黒のパンツスーツに身を包み、ビルの地下駐車場に130ccMTバイクを止める。警備と思しき人間も、研究者と思しき人間もいたが彼らは彼女の存在にさえ気がつかなかったであろう。ある時には、研究者にも見えただろうし、警備員はなぜか脳しんとうを起こしたと思っただろうし、監視カメラも偶然故障したと思われたからだ。

 厳重な警備をまるで縄跳びでも跳ぶようにかいくぐり、あっさりとオフィスに潜入。違和感はなかった。これまでの任務と全く同じ、なんの感情も抱くこともなければ、成功に溺れることもなかった。その部屋にはかなり旧式のPCが一台置かれていた。一般の目にはなぜこんな骨董品が置いてあるのだろうか? といぶかしがられるようなマシン。彼女は通信端末を通して報告を上げる。

「……ターゲット確認。コピー開始」

 彼女はPCに近づくと、なぜここまで重要な機密情報がこのマシンに格納されているかすぐに理解できた。それはあまりにも古すぎるからだ。もちろんネットにも接続されていないし、接続されたとしてもプロトコルが古すぎて現代の解析手法では逆になにも引っかからない。PCについている端子もFDと呼ばれる記憶媒体を通して行う必要があった。これは磁気を利用した記録方法で書き込みにも読み込みにも時間がかかる。ネット越しのハッカーの手に負える代物ではない。

 実際に人間が操作しない限り、この情報にはアクセスできない。そのため彼女は一瞬だけその作業に集中する必要があった。人間がする慢心から発するような油断ではなく、「集中」という行為が必要だったがためにそうしただけのこと。FDがカラカラと音を立てて回り始め、部屋にはその音だけが響いていたがすぐに異質の音がした。

 かすかな銃声。

 サイレンサーを使った銃から発射された弾丸が、彼女の胸を貫く。彼女にはどこから弾丸が飛んできたかも理解できていたし、その結果も理解していたが同時にかわすことができないことも理解していた。今、思えば不思議だ。なぜあんな場所に潜んでいた者に気がつかなかったというのか。ただ合理性だけを追求していたと思っていたのに……

 自分を捨てた男を出し抜いたとでも思ったのだろうか……だが彼女にはそれさえもわからなかった。致命傷を負って動けなくなったタイミングで男が近寄ってきた。

「囮の偽情報に引っかかってくれてありがとう。巧妙に作って流した甲斐があったよ」

 聞き覚えのある男性の声。……そうか、全ては奴の仕掛けた罠だったか……。アンドロイドは結局、造り主には敵わないらしい。

 Zは銃口を”成功事例”の頭部に突きつけてこう言った。

「君に、世界はどう見える?」

 引き金がひかれる直前、彼女の姿は消え、行方不明となった。

 彼女の名はモカ・ビアンキーニ。

 ざんげに召喚され、混沌世界でイレギュラーズの一員となる直前の最後の姿であった。

 Zは彼女が消えたことを確認すると「実験は成功」と呟いてはじめて笑みを浮かべたが、そのことは誰も知らない。

fin.

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