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イラスト詳細

リゲル=アークライトのしらね葵による三周年記念SS

作者 しらね葵
人物 リゲル=アークライト
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

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イラストSS

 朝焼けが、神経質な程に清廉さを感じさせる皓の街並みを照らし、幾多もの彩りを落としていた。
 ほのおの真陽を縁取るコーラル・ピンクに、薄ら陽作るインディゴ・ブルーの切れ目を白い鴉が羽搏いて。
 鮮麗な濃き茜と、|黄水晶《シトリン》を踏み、駆け抜ける青年、ひとり。白銀の髪に|蒼穹《そら》を切り取った眸、精悍な顔立ちに引き締まった体躯。『絵に描いた』と言っても決して大げさな表現ではない、まるで少女が憧れる物語の王子様の様な彼――リゲルの頭の中は、此の日の為に丹念に練った|妻《さいあい》とのデートコースの最終確認に余念無い。
 素朴さを好む彼女のこと、ブランチはラフにカフェでテイクアウトした珈琲とサラダクレープを子供達で賑わう公園で頬張るのが良いだろう。彼処のクレープは生地に米粉を使っていて、もちもちとした食感が良いと評判らしいから自分も密かに楽しみだったのだ。
 ディナーが控えているから、食べ過ぎず控え目に。そうしたら、此の角を曲がった所にある仕立物屋に向かって――ほら、彼のブラウスなんて屹度似合う。其れに、直ぐ近くに腕の立つ宝石職人の工房があるんだ、其処で合わせる頸飾なんて選んでも良い。
 時間が余ったら、此の辺りでは随一の品揃えで有名な表通りの本屋に寄ろうか。勤勉なものだから、俺が服や装飾品を押し付けるのなんかより余程喜ぶかも識れないな。
 嬉しそうに本を抱える姿を想像して――屋敷、アークライト邸へと。ジョギングを終え、庭で丹念なストレッチをして軀を解し朝の日課を切り上げた彼を待っていたのは、随分と粧し込んだポテトだった。
「お義母さんに、な。化粧もして貰ったんだ。似合うだろうか?」
 普段より色濃く脣の上で艶めく口紅も、ふるふると不安気に震える花瞼に載せたアイシャドウも。つるりとした頬に一刷毛、滑らした柔らかなチークも全て嫌味無く、彼女の美しさを引き立てている。
「うん、似合ってる。待ってて、俺も着替えて来るよ」
「嗚呼。けれどお義母さんがこうも云っていたよ。『こんな日位、鍛錬なんて出掛けて行かないでも罰は当たらないでしょうに』って」
「……ぐ。『仕方の無い旦那様ですこと』って?」
「其れは、ふふ。……――内緒かな?」

 ――
 ―――
 
 『今日はうんと、素敵な一日にしよう』
 掌を重ねて、何方からともなく指を絡めて。付き合いたての戀人の様に貌を見合わせ、照れ臭そうに咲って。髪を揺すれば、揃いの香水が仄かに馨った。
 
 丹念に時間を掛けて抽出した水出し珈琲を使ったオ・レ・グラッセは、すっきりとした味わいと上品な甘さ。新鮮な野菜をふんだんに包んだクレープはまるでブーケの様でシャキシャキと歯触りも良く、粉チーズとスパイスを効かせたソースが此れ亦絶妙だ。
「成る程、生地をもっちりさせれば食べている間も水分でべちゃっとし難いんだな」
「其れに、何処となくハーブ感が有った気がするな」
「あれは多分だけれど、オルガノだろう。勉強になった、其れにしても……此処は、賑やかだな」
 ポテトが眸を細め、笑い声を挙げ駆け回る子供達を眺めてほう、と息を吐く。其の眼差しは、何時の日か。近くか遠くか、そんな未来への憧憬。
「ポテトに似た女の子が良いな」
「……え?」
「いやさ、買い被りじゃなかったら……『リゲルに似た男の子が良い』って言ってくれそうなシーンだったから、つい」
「……馬鹿。もう――そうだよ、違わないさ」
 
 ――『なあ、ああいうのを『夫婦喧嘩は犬も食わない』って云うのかな』
 ――『違うよ、屹度『お後が宜しい様で』って云うのさ』

 ――
 ―――

「ちょ、ちょっとリゲル。私ばかり買って貰って良いのかい」
 肌触りの良いシルクとレースの細身なフレアスリーブブラウスにテラコッタカラーのリリー・スカート。愛らしい女性が酔ってほんのり頬を染めた様な色合いが甘くセクシーなシェリー・カラーのインペリアル・トパーズのネックレス。
「やあ、似合ってしまう俺の妻がいけないんだよ」
 慌てふためき乍ら隣を歩くポテトに、リゲルはからからと辺り憚らずに笑って上機嫌。然して、其の後にがっくり肩を落とし、眉を顰めて。
「……迷惑、だったかな」
 だなんて、悩ましい目付きを向けられれば、彼女が言葉に詰まってしまう事だって織り込み済みだから。
「そんな事、でも何か私もリゲルに」
「じゃあ此の儘、本屋に行こうよ」
「本屋?」
「長夜に君の隣で読む本が欲しくて。見繕ってくれると嬉しいんだ」

「おお、此の作者。新刊が出ていたんだな。ん、其れにこっちも面白そうで……」
「何か良いのは見つかったかい?」
 先程迄と打って変わって、水を得た魚の様な姿には『矢張り』と苦笑を漏らしつつ、彼女の指が示した先を眸で追って行けば、ロマンス、ミステリー等の通俗小説から、純文学、詩集まで造詣が深いものだから舌を巻く。
「此れなんてどうかなリゲル。前作は私の書棚にあるんだが、ウィットに富んだ台詞回しが面白くてね。何より犯人の意外性が――」
「待て待て! 其れじゃあ、意外だなって思う人物程ずっと疑ってしまうじゃないか! でも其れにしようかな。ポテトも一緒に読めるだろう?」
「じゃあ、此れは私に払わせておくれ。諦めず最後まで読むんだぞ? 感想を言い合いたいからな、約束だ!」

 ――
 ―――

 楽しい時間はあっという間、で終わらせないとリゲルは決めていた。定刻通りに停まった馬車で少し。そして、ポテトの手を引き訪れたのは、随分と前から予約をしていた高台にあるレストラン。
 貴族御用達、とは謂えど、今日はリゲル・アークライトではなく。|ひとりの男《リゲル》として――そうであれば、此の一等席を抑えるのは些か骨が折れた。調度品一つ取っても上質な物ばかりである事が見受けられ、流石の一言に尽きる。その甲斐も有って、蠟燭の朧明かりのみの此処から望む星月夜は一層眩しい程で。ともしびの色で喉の渇きを潤せば、アルコールの力もあって甘い台詞も転び出ると謂うもの。
「こんな、素敵な場所」
「気に入ってくれた?」
「うん。有難う……星が、綺麗だ」
「君の方が綺麗だよ、って云うべきかな。此れは」
「其れは、でも。こんな今日なら、素直に賛辞として受け取っておこうかな」
 照れ臭くて赤らんだ頬も、此の暗さなら誤魔化せる――喩え、見られていても。酔ってしまったと言い逃げれば良い。そう思ったのは、ふたり、奇しくも同じ。だからだろうか、芳醇な葡萄酒と共に一度は飲み干そうとした言葉でさえ、何時の間にか溢れて行く。
 
 ――『しあわせ』だとか。
 ――『ありがとう』を沢山。
 
 嗚呼、そうか。遥か昔から使い古された『愛してる』だって――どんな想いで、此の言葉が使われ、そして語り継がれて来たのか。本当に愛おしいものを手にした今なら判る様な気がした。其れは口に出すのは存外面映くて、気軽に投げ掛けられるものでは無いのだと理解した。
 後の事は、サプライズで運んで来て貰った花束が雄弁に物語ってくれるだろう――薔薇が十一本の意味する事は『最愛』。

「た、大変だリゲル。生花は暑さに弱いんだ、早く帰ろう!」
「え、ええ!?」
「其れに加えて此処は高台だ、風で花弁が傷ついてしまうな!!」
「そ、そっか。じゃあ急ぎ支払いを済ませて来るよ」
「有難う、先に出ている!」

 ――全く。叶わないな、こんな率直な『ふたりきりになりたい』なんて。

 暑いのは――【俺/私】の方だ――。

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