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イラスト詳細

オズ・ヨハネス・マリオットの凍雨による三周年記念SS

作者 凍雨
人物 オズ・ヨハネス・マリオット
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

 くるくるり。
 オズの手から放られた幾本もの投げナイフは回転を繰り返して宙を舞い、
 くるくるり。
 華麗な軌跡を描いて、またオズの手に戻ってくる。オズの手もそれらを逃すことはない。
 くるくるり。
 自身も陽気にステップを踏みながらオズ・ヨハネス・マリオットは拍手を返してくれる観客ににっこりと笑みを返した。
 観客たちは小さな子供から通りすがりの紳士まで数人ほど。大道芸を見るのが珍しいのか、おおーっと声を漏らしながら瞳を輝かせてくれているのが嬉しい。
「楽しんでくれてうれしいねぇ! それじゃ、これはどうかな?」
 ぽーんと更に高く投げナイフを放り投げ、くるりと体を一回転させて落ちてきたナイフをその手に収める。
 ここは幻想のとある大通り。道端で得意の大道芸を披露していたオズは、先ほどよりも大きな拍手をくれる観客に元気いっぱいに笑って見せた。
「やぁ、見事なもんだ! お姉さんずいぶん若く見えるけど、大道芸をやって長いのかい?」
「ありがとうねぇ! うぅん、でもその質問には答えられないなー。オズはオズの名前以外判らないからね!」
「おや、そうなのかい。悪いことを聞いてしまったかな?」
 ううん! と笑ってオズは手元の投げナイフを軽く宙へ投げてはまた手に収める。その仕草は淀みなく、笑顔は変わらず明るい。とても強がっているようには見えい様子が伝わっただろう。
 実を言えばオズは自身のことを何一つ覚えていない。
 気が付いたら道端で眠っていて、本来なら備えているはずの記憶というものがすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
 オズの憶えている最初の記憶は、目を覚ました時に目を映った暮れなずむ夕焼けの景色。鮮やかに街を染める色はオレンジ。オズの髪色と同じだねぇ、とぼんやり想ったことを覚えている。
 自分はどこのだれで、なにものなのか?
 家族はいるのか? 友人は? 恋人は?
 なにも分からなくても。
「でもね、それってあんまりたいした事じゃないよねって思うんだ!」
 何故かって?
 オズはくるくるっと手元で投げナイフを回転させてみせると、ふふっと楽しそうに微笑んで。
「オズは魔法使い(物理)だからね!」
 ウィンクとともに言った。ご丁寧に(物理)と付け足す理由は、オズは本当に魔法が使えるわけではないから。
 本当の魔法使いにはなれない。都合の良い魔法で人を救うことなんて出来やしないけれど。
 けれど目が覚めた時、たったひとつだけあった気持ち。
 "人を笑顔にしたい"。
 それだけは本当で、まっすぐ嘘のない気持ちだと思ったから。だからオズは「魔法使い(物理)」を名乗るのだ。たとえ魔法が使えなくとも自分の力で、誰かの願いを叶える魔法使いでいられるように。
「そうやって願いをたくさん叶えてね、みんなが笑顔になって幸せなら、オズは素敵だなぁって思うなぁ」
 えへへ、と微笑むオズ。どんな状況にあってもポジティブで明るい彼女に観客たちは優しい眼差しを向けていて。
 照れたように笑ってから、オズはパフォーマンスを再開させる。

「それじゃあお次は玉乗りアクロバット、いくねぇ!」
 ひょいっと身軽に玉乗りころころり。日々の大道芸で鍛えられたバランス感覚は抜群で、オズにとっては宙返りだってお手の物だ。投げナイフのお手玉も加えればそこはすぐにちょっとしたサーカス会場へと早変わり。
 おお、と驚くお客さんに笑顔を贈って、オズは世間話でもするように続けた。
「目が覚めた時なんもない道端で寝てたから、最初は何処行こうか迷ってたんだけどねぇ」
 ころころり。話しながらでもオズが玉から落ちることはない。
 オズは記憶がないのと同じように色々なことに無知であったから、道端で目覚めた時どうするのが適切かなどわかるはずもなかったのだ。
 いや、その状況に放り込まれた時にすぐさま適切な判断ができる人なんて、そもそもほんの一握りかもしれないけれど。
 ともかくオズにはあの時何もなく、帰る先もわからなかった。
 それでも、もしも彼女に何かが残されていたといえるならば。それは何の因果か残された”戦う力”のみだったといえるだろう。
 ぽん、とまた投げナイフを放る。ぱしっとその手に掴んだナイフの切っ先がひらめいて鋭く宙を裂いた。
「それで、しょうがなく道すがら歩いてたら……えっと、魔物? モンスター? そういうのに襲われてる人がいてねぇ?」

 ――あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
 ふらりとあてどなく街はずれまで歩いたオズの目に移ったのは、散乱した買い物袋と怯えた親子、そして気が立った様子の魔物の姿。
 親子はオズを視界に捉えた時に、震える声でいったのだ。
 「助けて」と。恐怖に歪んだ表情で縋る親子の”願い”をオズは叶えたいと思った。その顔を笑顔に変えたいと思ったのだ。そしてそれを見たいって。
 武器になりそうなものもなにも所持していなかったが、身体は戦い方を知っていた。鋭いオズの蹴りがヒットし魔物が森の奥に逃げ帰った時、親子が見せた安堵の笑顔を今でもオズは覚えている。
 ”人を笑顔にしたい”という気持ちが自分の中で確信を持ったのは思えばあの時だったのかもしれない。
 その時からオズは魔法使い(物理)を名乗っているのだ。

「そっからはあれよあれよと親切なお兄さんとお姉さんが色んな手続きとかしてくれてねぇ。とても助かったんだ!」
 そうしてオズ・ヨハネス・マリオネットという少女はギルド・ローレットへと所属することになったのだ。
 ――可能性の獣。特異運命座標(イレギュラーズ)として。
 オズは特異運命座標と呼ばれる彼らのことも知らなかったし、自分が”そう”であることも最初はピンとこなかった。
 なぜ自分が特異運命座標となったのか? 自分は何者なのか? それは今でもわからないままだけれど。
 それでも衣食住のある生活ができる。なにより依頼を通して沢山の人を笑顔にできる今の立ち位置をオズは気に入っているのだ。
 記憶がなくたって人を笑顔にすることは出来る。少なくとも今のオズにとってはそれが重要で優先したいことだから。
 なんとも楽観的に無邪気にケラケラと笑った。
「人生色々あるから、記憶なくなるなんて事もきっとよくあるよねぇ!」
 本当に良くあることかはともかく、人生いろいろ。なんだって起き得るもので、だからこそ”生きている”と実感できるのかもしれない。
 そのままオズは玉の上でくるりと華麗に一回転。大きい身振り手振りでパフォーマンスを綺麗に締めると、見事な大道芸を披露してくれたオズに観客からパチパチと惜しみない拍手と笑顔が送られる。
 その笑顔こそがオズの糧。オズの喜び。オズの望みだ。
 大輪の花が咲くように彼女は笑った。
 これからも魔法使い(物理)は生きていく。
 たったひとつ自分に残された”願望”を抱えて。
 たくさんの願いを叶え、人を笑顔にするために。

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